12月26日に心不全で亡くなった建築家、菊竹清訓(きよのり)先生 大学4年奇跡的に菊竹事務所のオープンデスクに行くことが出来。そのきっかけで入所することが出来た。 菊竹スクールと言われるほどこの事務所は「メタボリズム」(新陳代謝)で沢山の有名建築家を排出して来た。先生が事務所に入られる時は緊張が走る。初めは江戸東京博物館の現場での仕事で先生がこられる時は前日より徹夜作業で打合せの準備に追われる。「か かた かたち」形に意味がある。常に新しいデザインを求める。デザインは現場で最終確認する。沢山の原寸模型を作る。ダイナミックなデザインを生む模型、最終ディテールを決める模型 先生のスケッチはとてもかっこよかった。バッテリーと言われた遠藤勝勧先生はどの線を選ぶかとても大変なんだから・・・・・と現場で良く怒鳴りながら話す。にこにこする顔 急に怖くなる顔 何かといつもデザインで戦う姿が今でも記憶に残る。 戦後の日本を代表する建築家 菊竹 清訓先生 ありがとうございました。心からお悔やみ申し上げます



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