2009/11/25

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$readymade by いとうせいこう


 冬が来ると、グラジオラスの仕込みということになる。
 感覚は漬物の仕込みに近い。
 たいていはプラスチックの容器に水を入れ、球根をセットする。
 それで冷蔵庫にしまう。
 正月を迎える頃、一気に日光に当て、室温を春の到来と勘違いさせるためだ。
 それで花の少ない初春を楽しむのである。
 
 今年は球根を二個もらった。
 容器も野暮だしということで、グラスに入れて書斎に置き、根を出させた。
 おかげでクラゲ状である。
 で、クラゲの面白さに魅かれていたら、冷蔵庫に入れるのを忘れた。
 先端からは芽が出てきている。
 この成長を止めるべきか、すでに勘違いしている球根を咲かせてしまうか。
 
 なんにせよ、グラジオラスは勘違いの塊である。
 勘違いが根を出し、芽吹き、勘違いが咲くようなものである。
 俺のごときおっちょこちょいには格好の植物かもしれない。



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2009/11/6

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 plants+ networkのために、俺はまた、たまに植物のことを書く。


 さて、木枯らし一号も吹き、寒波らしきものが列島を覆っているにもかかわらず、我が家のベランダには今日もニチニチソウが咲いている。
 もともとは今年初めだったか、ルーカスB.BPLANTS+のための取材で京都に行き、店舗に寄って種を買ったのである。

 苗木のポットを買えば、ひと鉢で百円みたいなニチニチソウである。
 その価格の低さにより、彼らの植物的な価値さえ低落している気がしてしまう。そもそも、俺の名著『ボタニカルライフ』でさえ「ニチニチ上等兵」と呼んでいるくらいで、今ではすっかり三等兵くらいの階級に落ちたのではないか。

 であるがゆえにこそ、俺は是非とも今年は種から育ててみたかったのであった。
 お値段以上のものを、俺のニチニチソウに与えたかったし、自分も感じたかったわけなのだ。きわめてニトリ的な姿勢と言えよう。

 そして、春植えた種は夏を経て咲き始めた。
 ふたつの鉢に分けて、ひとつを東側ベランダ、ひとつを南側ベランダに置いたのだが、不思議なもので東は数株すべてが赤くなり、南担当の数株はすべて白になった。
 同じ種だったか、三色ほどの混合だったか、今寒くて確かめに行く気がない。

 だが、ともかく俺が言いたいのは、それがこの二週間ほど、東町会の連中が、冬に向かって色を変え始めている事実なのである。やつらはピンクの花も咲かせ出した。白も出る。
 奥深い話である。

 それ以上、俺は語るべき何事も考えていないが、ポットで買うニチニチがたいてい花壇の下支えをする縁の下の力持ちになることを思うと、俺は今年種から育ててまことによかった。
 いまや俺のベランダの、ニチニチソウはメインである。

 なにしろ、俺が毎日しきりと見る。

 王様が将軍を謁見するみたいに。


 そう、将軍を。



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