2008/12/7



 本日はジョンレノン・ミュージアムにて『二人のジョンと黄色い花』という、きわめてボランタリーなイベントに出席。

 なんとミュージアムが閉館後のホールを貸してくれ、柳生(真吾)さんを中心とする“ダブルファンタジーを追い求める仲間たち”が続々と集まったのであった。

 八丈島からはフリージア栽培の第一人者・山下さんご夫妻(長生き宣言が感動的だったなあ)。
 種子島からフリージアの球根栽培の第一人者・清水さん。
 もちろん熱血育種家・竹下大学さんも登場。
 ダブルファンタジーに最も近い球根をネットで探し当てた「ハルキチさん」、それを翻訳でバックアップした「Lin Dioさん」など、我々がよく知っている登場人物があちこちに!
 
 かつて、ダブルファンタジーを作り上げた伝説的育種家ジョン・ゴーマンさんのご子息、ボブ・ゴーマンさんからもメッセージが届く中、ジョン・レノンがまさにその花を見たバミューダ植物園で日本時間22時から、我々が入手したのと同じ球根が植えられることを柳生さんが発表。

 などなど、いちいち胸が熱くなる二時間半だった。


 

 さて、0時も過ぎ、ネーミングコンテスト結果発表!

 
 ご存知のように、SOZOROが最多投票を獲得して第一位。

 ただし、「だまこ」さんから御指摘があった通り、素敵な同名ユニットがすでに実在

 そこで、私の案なのだが、SOZOROに「T」をつけて、

 SOZOROTでいかがだろうか?

 
 読みは同じ、ソゾロ。
 PIERROTがピエロというのと同様です。

 「青蛙」さんのOKがいただければ、これでコンテストは成立。
 同時に、「青蛙」さんの欲しいホスーKを、住所氏名付きで僕あてにメッセージしてくだされば(ブログの下の封筒マークを押して、個人的に送ってください)、それをご褒美に送付いたします。

 
 よろしく、SOZOROT!



AD

2008/3/26


 3月22日、23日は素晴らしかった。
 前回書いた通り、柳生(真吾)さんと八丈島へ、ダブル・ファンタジーというフリージアを探しに行ったのだ(ジョン・レノンに霊感を与え、彼を復活させた花であることを、昨年末柳生さんらが突き止めた)。
 そして、我々はこの花をよみがえらせ、平和運動のシンボルにしたいと願っている。
 デモをする者たちの手に、この花がかかげられていることを我々は望んでいるのである。
 この花の前では、暴力を行い得ないのではないかと我々は考えているのだ。
 
 羽田には、全国から名うての園芸家がこの趣旨に賛同して集まっていた。
 全員が手弁当。
 豪華なボランティアである。

 バラ界の貴公子といわれている園芸界の超イケメン、大野耕生はフランス経由で岐阜から参加。
 「男のガーデニング」を世に広めている造園家の佐藤進は横浜から。
 生花の太田市場にコンピュータシステムを導入した男、黒田高硯もいる。
 話をはしょると、翌日にはバイオテクノロジーで自在に花を造る名人、育種家の矢澤秀成も鳥取から日帰りで参加した。

 我々はこのフリージアの季節に、生産農家が集まっている八丈島に渡り、まずフリージアとは何かを自らの目で知った上で、生産農家の代表者である古老・山下忠弘さんからくわしくダブル・ファンタジーのことを聞こうとしていた。
 そして、その途中で野生化したダブル・ファンタジーを見つけられないか、とも思っていた。
 だから、バンで移動する間も道端で黄色い花を見れば、すかさず止め、誰かが素早く確認して「違う。シングル」とか、「品種が全然違う」とか判断してからまた動き出した。

 山下さんがダブル・ファンタジーの写真を持って、我々を出迎えたときはどよめいた。
 奇跡かと思った。
 そもそも、羽田から飛行機が飛んだこと自体が奇跡的で、すでに三日間、強風で一便しか飛んでいない状況の中だった。欠航、もしくは羽田に引き返す便が連続する中、我々の便だけは飛んだ。鳥肌が立った。

 そして……。

 くわしくは、やがて柳生さんが新しく立てたブログで発表されるだろう。こちら(http://www.t01.com/)に飛んでいただきたい。


 ともかく、最短で三年後に我々は21世紀のダブル・ファンタジーを見ることが出来そうだ。
 育種家の矢澤さんが、「戻し交配」の技術で40年という年月をさかのぼることを決断したからである。
 我々はそのボランティアを全力で応援しつつ、さらに世界中にネットワークを広げ、ダブル・ファンタジーを見つけ出したいと思っている。

 俺はこのメンバーを、花の世界の「オーシャンズ11」と呼んでいる。
 俺たちは必ず、でかい夢をかなえてみせる。


 そのためにも、山下さんから渡されたダブル・ファンタジーの写真をお見せしよう。
 この、あたかもバラのような八重咲きのフリージアに見覚えのある方は申し出て欲しい。
 


 香りも素晴らしかったそうだ。

 ただ、ウィルスに弱かった。
 佳人薄命である。

 メンバーが山下さんに「そんなに弱い株をなぜ何年も輸入し続けたんですか?」と聞いた。
 すると、山下さんは静かに答えたものである。

 「妻がこの花を好きだったものでね」



 

 

 
AD

2007/12/9

 昨日、マンションから見える飛行船を見て、父が一句つぶやいた。

 「飛行船 静かに浮いて 十二月八日」

 なんのことかと思っていると、父は続けた。
 「今日は真珠湾攻撃の日だよ。日本があやまちの一歩を踏み出したのが今日、十二月八日だからね」
 それを知って味わうと、即興の句はなかなかよかった。
 父はさらにしみじみ言った。
 「そして、今日はジョン・レノンが殺された日でもある」

 77歳おそるべし。
 ジョン・レノン情報まで操るとは……。

 
 そして、本日。
 まさにそのジョンが暗殺された日本時間から、ジョン・レノン・ミュージアムで柳生真吾さんと対談。

 今まで必死に書かないで来たが、柳生さんは園芸家としてジョン・レノンに関する世界的な大発見をしたのである。
 今日はその公的な発表の日であった。

 ジョン・レノンが長い沈黙から復帰した作品『ダブル・ファンタジー』について、これまでマニアックな文献にだけ「ジョンがバミューダ植物園で見た花の名からとっている」とか、「それはフリージアである」と言われてきた。

 だが、誰もきちんとした同定をしてこなかったのである。
 ロック界の知識と、園芸界の知識が合体されなかったためだ。
 したがって、同名のクリスマス・ローズなどとの混同さえ起こっていた。
 
 
 柳生さんはミュージアムに頼まれて、二ヶ月ほど前からこの『ダブル・ファンタジー』を調査し始めていた。
 そして、日本園芸界が誇るべきプラント・ハンター、荻巣樹徳(おぎすみきのり)さんにまで、話は伝わった。
 荻巣さんは海外からは園芸界のノーベル賞のようなものをもらっている偉大な人物である。だが、学歴主義の日本でだけ評価が低い。数十の種を発見している大変な人なのにである。

 それはともかく、荻巣さんは話を面白がった。
 そして、世界中に広がる園芸家のネットワークを使って、調査を進めた。
 アルバムが出た1980年、ファンタジーというフリージアがあったことはわかった。だが、「ダブル・ファンタジー」がない。
 なぜだ。では、なぜジョンはそれを見たというのか?

 荻巣さんはそこではたと思い当たったのである。

 園芸の世界で、「ダブル」は「八重咲き」という意味を持つことに!


 調べると、「ダブル・ファンタジー」が確かに存在したという記録が出てきた。
 ジョン・レノンはバミューダ植物園で間違いなく、この八重咲きのフリージアを見、その花にインスパイアされて最後のアルバムを作ったのだった。
 これは世界の研究者の誰にとっても、発見なのであった。

 では、その画像はないか。
 ミュージアムでの発表時には、画像がなくちゃいけない。
 柳生さんに僕はそう言った。
 そこで、柳生さんは荻巣さんと再び連絡をとって調べた。

 1980年の花のカタログを調べよう!ということになったらしい。

 だが、そんなカタログはオランダにもない。
 イギリスにもない。
 二人は頭を抱えたらしい。 

 しかし、執念とは恐ろしいものである。
 最終的に彼らは見つけ出したのだ。
 たった一冊のカタログが、なんと偶然にもこの日本にあったのだった。

 八重咲きのフリージア。
 写真の下に、「ファンタジー」と書かれている。

 この写真はじきに柳生さんのブログにアップされるだろうから、それを見て欲しい。
 労を尽くしたのは柳生さんだから。

 http://www.yatsugatake-club.com/

 
 柳生さんは現在、このファンタジーの球根を世界中の園芸家ネットワークを通して入手しようとしている。
 我々は咲かせたいのである。
 ジョン・レノンに傑作を作らせた花を。

 そして、その花をシンボルにしたピース・ムーブメントを起せないか、と我々は夢見ている。
 武器の前に指し出す花として、「ダブル・ファンタジー」ほどふさわしいものはないではないか。
 

 
 
 

 
AD