「ここ数年、私のお寺の檀家さんは癌以外で死ぬ人はおりません」ある現地の証言
テーマ:ブログ私には二人の娘がいる。上の娘は隣に住んでいて、子育て中。下の娘は横浜在住、珠洲市滞在。原発が怖くて地震の翌日に横浜を離れたのだ。現在、珠洲市の実家で仕事をしながら、月の三分の一は横浜の会社の寮で暮らす。
東京では、何の問題もないように3・11以前と何の変わりも無い生活をしている人が多いという。そんな人たちを尻目に、自分は生活が激変したことに彼女は複雑な思いを抱いているように見える。
私は事故から数年のチェルノブイリを訪問した。子供の癌病棟は深刻な病状の子供たちでいっぱいだった。そのほとんどが現地とその近辺からの子供たちだった。薬が無い、医療器具が無い、と、治療が思うに任せない現状を切々と訴え、日本の私たちに援助を求め続けていた。その医師の目には涙が。しかし、彼女はその子達がチェルノブイリの被害者であるとは最後まで明言しなかった。通訳を通じての話はなかなか困難だったが、それでも、あくまでも「わからない」と言い張り続ける困惑した表情を私は忘れることは出来ない。
原発由来のものー、ハッキリしていても、それを証明するのは状況証拠だけ。国家がらみで闇に葬るつもりがあれば証明することは難しい。
私たちの珠洲原発の反対運動の最中でも、私は似たような経験をした。福井県在住、原発の現地に住む、さるお寺の住職さんと知り合った。珠洲原発の建設をかけた市長選挙の最中、反対派である私たちの応援に駆けつけてくれたのだ。その僧の両親とも「癌」で相次いでなくなったという。いくつもの臓器が同時に癌化するというかなり酷い癌だったらしい。その村では、似たような癌でなくなる人がたくさんいるという。どうもその地区は、福島の飯舘村のように、原発からの風の吹き溜まりになるところらしい。心配した檀家や親戚から彼が結婚するのを機に、土地を離れて子供を育てるように勧められたという。そこで京都で修行の傍ら陶芸の仕事をして生活をしていたらしい。その彼が、いよいよ僧侶不在のお寺の状況を見かねて帰ってきたのが数年前とのことであった。
「ここ数年、私のお寺の檀家さんは癌以外で死ぬ人はおりません」まさか、言いすぎだろうと誰もが考えた。しかし、しずかな口調の彼が殊更嘘をついているようには見えなかった。
それから三年後、その市長選挙は推進派の不正が疑われ、「選挙無効」の判決が出された。即やり直しの市長選挙が始まる。しかし、もう彼の応援は願うべくもなかった。同じ癌で既に亡くなっていたのである。
医師には医師の仕事があると思う。「疑い」や「想像」を科学的に立証しなければならない。しかし、この仕事は場合によっては病院の中での出世を諦めることに繋がるかもしれない。もし、誰かが立証したとしても、マスコミが注目することも無ければ、ヒーローになる事も無い。しかし、誰かが、来たる日のためにコツコツと続けなければならないのだと思う。そして、そんな医師が必ずおられると私は信じている。
とても残念だけれども彼らがもし注目される日がくるとしたら、チェルノブイリの様な癌病棟があちこちに出来てしまった後かもしれない。広島や長崎でたくさんの被爆者を出してから六十五年、この国は何処で行き先を間違えてしまったのだろうか。現在のこの国の在り様の責め追うのは私たちも同じなのだと思う。
かくなる上は「自分の命は自分で守って欲しい」私は自分の娘たちにはそう願っている。
原発立地予定地で、実際何が起こったのか。







