★自分らしい人生の気づき方★

◆人生に何かしらの行き詰まり感を感じてる人は、自分の生き方(ステージ)を変える時期に来た合図です。SEから私立探偵そして心理カウンセラーと自分のやりがいや充実感を感じる面白い生き方に、どうやって気づいてきたかお伝えしています。◆



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そういえば、5年前ぐらいに新しい自分に目覚めたいと思った。


それは探偵の人生に先が見えなくなって、みんな自分の存在に、

とても喜んでくれていたけど、もう自分はみんなと一緒に進めない。

探偵として生きる気力はない。そんな状況だった。



そして、時は変わり2015年4月の今、

ネット上で、将棋の人間対コンピューターの、

戦いが行われているんだけど、2勝2敗のタイで次が最終戦。



最初は単純に人間に勝って欲しいと思ってたんだけど、プロフィールを見ると、

プロ棋士はエリート街道を歩いてきた8段になる人物。


一方、コンピューター開発者の人は、将棋の奨励会で3段までいったが、

4段にはなれずプロになることはできなかった人物。将棋の世界の挫折者。



将棋以外の道で、何をすれば良いのかわからなくなった人が、

将棋コンピューター選手権で優勝するプログラムを開発して、

プロ棋士に挑む。



その人いわく、「奨励会でもがいていた時は、自分は辛く苦しかった。

でもコンピューターは定跡がなく自由にいろんな手を指して、

プロ棋士を打ち負かしていく。自分は将棋の息苦しい世界から解放された。

そんなコンピューターを開発できて嬉しい。」と話す。



そのコンピューターのプログラム名は「AWAKE」。


AWAKE = 目覚め、覚醒




そう、自分も望んでいたのは、これだった。

自分の中に眠っている、もっと素晴らしい自分に目覚めたい。


世界を信頼できる自分。

人間を信頼できる自分。

世の中を愛せる自分。

自分を愛せる自分。



そう、愛に気づいた状態。


それが覚醒であり、本来の人間の素晴らしさを引き出せてる状態。



自分がそうなって、みんなもそうしてあげたかった。

愛に気づき、愛に目覚め、愛で生きて、すべて愛だとわかる人生。

それが最高なんじゃないか?


そんな風に思ってた。





でも、愛でもいいし、愛じゃなくてもいい。

勝ってもいいし、負けてもいい。

その人の素晴らしさは、全く欠けてないから。



プロ棋士に勝って欲しいと思ってた。

でも、コンピューター開発者のことを知ってしまったら、

この人にも負けて欲しくないと思ってしまった。



ああ、もうどっちも好きなんだなと。


どっちも素晴らしい。


そこはどっちか?どっちが素晴らしいか?ではない世界。


右か左か?ではなく「1つ」に見える世界。



だとしたら、人生だってそう。


挫折も成功も、苦しみも喜びも。感動も憎しみも。孤独もつながりも。

すべて何かにつながってるんだと気づくためのパーツで。

全部がつながって1つに見えてくる世界がある。


すべてこのためだったんだと。


すべて、自分が望んだことだったんだと。


望んだ意味があり、望んだ理由があり、望んだワケがあり、

そこに気づきたい、思い出したいんだと。


それが「AWAKE = 目覚め、覚醒」だと。



自分はそんなセッションがしたいんだな。


それが自分のやりたいことだと。


そのための場所に行くのであり、

そのために必要な人に会いに行ってる。



さあ、行くぞ。


「次の自分へ」



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すごい成長の仕方



前回、「仕事は輝く」で思い出した成長の仕方をブログに書いたのだが、

よくよく考えれば、それは「自分を責めてしまう人用」の成長のポイントだった。




自分を責めてしまう人用の成長ポイントは、

「評価を他人基準から自分基準にすること」でした。





そこで今回は5種類のそれぞれの段階での、

成長の仕方を、その最大重要ポイントに絞って、

書いてみようと思う。





その5種類とは


①、責めてしまう人用

②、一気に成長を望む人用

③、部下を育てたい人用

④、会社を経営したい人用

⑤、世の中に貢献したい人用


の5種類である。成長のステージがそれぞれ全く違う人用ですね。



<5つの成長段階に応じた、すごく成長する核心ポイント>



①、責めてしまう人用

成長ポイント:

評価は他人基準から自分基準へ



②、一気に成長を望む人用

成長ポイント:

成果を出してる人が知ってる、仕事がうまくいく核心部分を教えてもらうこと。



③、部下を育てたい人用

成長ポイント:

部下を見て腹が立つ自分の原因を探ること。
腹が立たなくなったら、部下はいつの間にか成長してる。



④、会社を経営したい人用

成長ポイント:

お客様が喜んでいるかは大事だが、それ以上に会社の従業員が、
この会社にいることに喜びを感じているか、それを日々感じ取れる自分になること。



⑤、世の中に貢献したい人用

成長ポイント:

世の中が、自分が貢献しなくても、素晴らしい世界であることを、
信じられる段階まで成長すること。



ま、これが一朝一夕にはできないわけだから、大変なわけですが(^^;。

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「仕事は輝く」からの学び


最近、作家の犬飼ターボさんの「仕事は輝く」を読んだ。


アマゾン「仕事は輝く」


未熟な石切り職人の話で、

「仕事」は意識の持ち方で、

そのモチベーションも成果も成長も、

全く違ってくるという内容であった。



つまり、未熟でもいいから、最初っから、

自分を「専門家」や「プロ」なんだと言い聞かせることで、

その高い意識で仕事をすることにより、

全く成長の度合いが違ってくるということだ。




私の場合は、上記のように、そうやったつもりなのに、

まったく成果も出ないし、成長もできないし、


「苦しくなる一方だった経験がある。」


だから、読んですぐには、その考えを受け入れられなかった。






「え!未熟なうちに、そんな高い意識を持ったら、

つらくなるばかりじゃない?」って思ったからだ。





しかし、あとでそれは誤解だと気づいた。






そもそも成長には、2種類あると思う。




1つは、「身を削り型」である。


「身を削り型」は、


1、完璧を良いものと思ってる。

2、怒られる、注意される、ダメだしをされることを過度に恐れる。

3、他人からの評価を欲しがってる。


これだと、未熟なわけだから、当然怒られ、注意され、ダメだしされるたびに、

傷つき苦しみ、他人からの評価も得られないので挫折しやすい。



自分がやっていた型は、この「身を削り型」が多かった。

そりゃ、うまくいかないわけである。





うまくいってる時は、もう1つの型を使っていた。


それは、「自信深め型」である。



「自信深め型」は、


1、まず自分が未熟であることに正直になり、素直に受け入れる。

2、怒られる、注意されることを、当然のものとして受け入れる(嫌なんだけどね)。

3、他人の評価ではなく、自己満足の積み重ねで、問題ないことを理解している。

(3が難しいポイントだ。怒られるけど、自分の進歩は自分の基準で評価するのである。)




少し説明した方が良いと思うのだが、この型のポイントは、

自分が仕事で未熟であることが、

「そりゃそうだよな」って思えることから始まる。

(だって経験もないし、知識も大してないんだから。)



そんな自分が叱られるのは、当たり前で、仕事のミスを叱られた時に、

「ごめんなさい。自分のミスです。今後、気をつけます。」と、

仕事を覚える前に、ミスした時に「謝る練習」からするのである。

(これは、反省するためではなく、叱ったり責めてくる周りに納得してもらい、

その場を早く乗り切り、早く改善に移行するためである。)





そして、得てして、仕事の現場で周りに求められる仕事の水準とは、

「みんなから文句の出ないような高い水準」であって、ちょっとした期間で、

マスターできるようなものではないことは、明らかである。




「つまり、自分より先輩や上司の評価基準で、自分を評価してばかりいたら、

苦しむのは目に見えてるし、成長するのは、とても難しくなる。」





だとしたら、

「他人の評価基準で怒られるけれども(これは仕方がない)、

自分の成長は自分の評価基準で判断するのである。」

(とくに自分の場合、最重要ポイントはこれだった!)




多くの場合、自分もそうだったのだが、

「他人や上司の評価基準で怒られるので、その他人や上司の評価基準を使って、

自分は合格かどうか判断するべきだと、勘違いしてしまうのである。」





なので自分で評価する場合は、

「おし、今日はこれだけ覚えたぞ。」

「そうか、AとBはここが違うのか。」


など、仕事の成果が出たかどうかなんてレベルの話ではなく、


「ちょっとした違いの理解」や、

「とりあえず現場の経験・体験をすること」など、


仕事のパーツを少しずつ積み重ねることしか、未熟なうちは体験できないのである。

(ドカーンとすごい成功をおさめるなんて通常ありえないのである。)



なので、客観的にみて、いきなり他人から高評価を得るなんて不可能なので、

自己満足で十分問題ない(それしか成長できない)ことを理解しておくのが大切だ。



自己満足で良いから、今日のほんのちょっとの進歩に、

自分なりに悦に浸りながら、成長する方が、よっぽど健全だし、

確実に、自分は進歩成長し続けるのだ。





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競争の世界から、最適発見の世界へ



もしも出世競争や売上競争など、

「競争の世界」で仕事をやりたくない、

ビジネスをやりたくない、

違う世界の価値観で生きたいとしたら、


それは最終的には、「最適発見の世界」になると思う。




「最適発見の世界」とは、

そもそも今のその仕事に、自分は向いているのかどうか?


得意不得意の話ではなく、

より深く「探究したい仕事」なのかどうか?

そういう意味である。



専業主婦(主夫)はどうだろうか?

投資はどうだろう?

ネットを使って何かするのはどうだろう?

誰かと一緒に働くのが面白く感じるだろうか?



どんな内容の仕事なら、今の自分が、

より深く「探究したい」と思うだろうか?




もちろん、2年後、3年後には、

また別のことに興味がいくかもしれない。



その時は、また違う仕事を深める日々が面白い日々だろう。



自分の本当に興味ある仕事を深めてる間は、

人は他人のことが気にならなくなる。



競争の世界を忘れていられる。



なぜなら、自分の仕事の奥深さに気づき、

その深遠な深さ面白さがわかると、

周りと競争する必要がないこともわかるからだ。



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幸せな人と適応力のある人とは違う。



昔、この人は幸せそうでいいなあと思ってる女の子がいた。


でも、彼女は自分が幸せでも、その状態をすごく嫌がっていた。


なぜなら、お金や収入がたくさんあるわけでもないので、

幸せでも「人生に不自由な自分」という感覚があったからだ。



多くの人は、社会に出ると仕事のスキルを磨き、収入を増やして、

幸せとかハッピーとか無視して、

まず社会的に自由に振る舞える力を増やす。




ようは、「現実社会に対する適応力」を伸ばすのだ。




これを伸ばす際に、子供のような純粋さや、

一目を気にせず振る舞う無邪気さなどを捨てていく。

その結果、幸せやハッピーが感じられない自分になっていく。



で、もう仕事はいいから、幸せが欲しいという話になる。



これは犬飼ターボさんが言ってる、

「幸せと成功の軸は全く違う。」ということで、

片方を手に入れると、もう片方が手からこぼれ落ちるという、

なんとも困った状態なのである。




自分もこのことにさんざん悩み、こんな結論を出した。




「興味が湧くことしかやらない。面白いと思わない限りやらない。」



僕の場合は、例えば・・・


「インターネットビジネス」


学ぶ興味が湧かないので、一切やらない知らない。

(もちろん学べば成功に近づきそうだけど、学ぶ間苦しくなる。)



「ビジネスコンサルタント」


響きはカッコいい。できたら嬉しい。

でもどんなこと学んだらなれるのかわかってきた段階で興味がなくなった。

(フィーは高いが、やってる仕事は地味だし、面白くない。)



「心理カウンセラー(精神カウンセラーのこと)」


自分の職業のために名乗ってはいるが、本格的な精神カウンセラー的なことはしない。

自分には重荷だし、やはり興味がそこまで湧かなかったからだ。




そんな感じで、修得すれば、現実社会に対する適応力があがるものってあると思う。

(他に、アフィリエイト、不動産投資、海外ファンド投資、株やFXなど。)



しかし、そうとうな情熱が自分にないと、

他者から抜きんでるほどの実力にはならないし、

お金を稼ぎ利益を出すほどの結果は得られないだろう。



自分が情熱が湧かないようなもの、熱中夢中できないものは、

さっさと捨てるあきらめる(もちろん後で情熱が復活するケースはある。)。

そんな決断がどんどんできる方が、人生は良い方向に進むだろう。



自分に相応しいものが、なんなのか気づくタイミングも早まるだろう。




これを僕は、


☆「競争社会から、最適発見社会へ」移行することなんだと思ってる。






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お金を使ってでも嬉しいことがあれば、チャンスはやってくる。



人とお金との関わりは、本当はこうなってるんじゃないだろうか。



お金 → 自分が欲しいものゲット → 嬉しい → もっと頑張って働ける

→ またお金ゲット → 繰り返し



ここで言いたいことは、つまりお金ゲットして、それで終了と言う人はいないこと。



必ず、「そのお金を自分が喜べることに使いたい。」はず。


そして喜べたら、自分が満たされて、またその経験するために、

働ける(与える)ようになるでしょう。


そんな風に、お金と働く(与える)ことは、繰り返し循環している。



ところが、そこで過度にお金を使わないように我慢しつづけたり(不安だからとか)、

お金を嬉しいことに使わなかったりすると(浪費ばかりに使うとか)、

自分の生活から喜びが遠ざかってしまい、

だんだんすさんだ生活になってしまう。



すると働く意欲も減少してしまい、上のような循環がしなくなってしまうのだ。




ここで大事な点は、


自分が喜べることなんだろう?って知ってること。増やせること。

それをまた味わいたいと思えば、もっとお金を稼ぐ意欲が湧いてくること。

もっとお金を稼ぐ意欲がわけば、そのチャンスはやってくるということ。



そう、最重要ポイントはここなのだ。

「もっとお金を稼ぐ意欲がわけば、そのチャンスはやってくるということ。」




そのチャンスに取り組むことができれば、よりお金を稼げるということ。



フォーカスすべきは、収入や貯金などのお金の金額ではなく、

「あなたがお金使って喜べることを、妄想する毎日を送ること」なのだ。

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お金を与えるほどに、お金は入ってくるはホント?ウソ?




よく、「お金を与えるとその分たくさん入ってくる。」


そんな風なことを聞いたことがないだろうか?




ここで大事なポイントがあって、

与える時に、与えた分以上のものを、

「与えたその瞬間に感覚でもらってるんだよ。」

ってことなのだ(もらうものはお金とは限らない)。




必ずしも、100万円与えたら、それ以上の金額が、

入ってくることを保証するものではない。



「100万円分以上の喜びや学びや経験を、

払った(与えた)その瞬間に貰っているんだよ。」


そういうことを意味している。



「えー!でも1万円お賽銭したけど、全然嬉しくなかった。」


それはどういうことだろうか?


それは「無理して払っている」からだ。




そもそも1万円お賽銭するときに、

「1万円のお賽銭できる自分を嬉しく思ってる。」



例えば、とうとう1万円もお賽銭できる余裕ができたのかあ。

俺頑張ったなあ、嬉しいなあ。そんな心境の人だから、

1万円お賽銭する価値があるわけです。

だって、本人は嬉しいんだもん。

(お金の面だけ考えると、損するけどね。)



これを普通に聞いてお賽銭すると、

「1万円もお賽銭したんだから、それ以上の見返りがなかったら、

許さないぞ!ほんとに大丈夫なんだろうな!損しないだろうな!」


そんな気持ちになるんだったら、お賽銭しない方がいいわけです。



自分が与える時、その持ってるものを与える瞬間に、

どんな心境になるのか?



すべてはそれによる。



つまり与えてうまくいくかどうかは、

与える時の人それぞれの「心境次第」だよってことなのだ。





与える時、「あれ?なんか違和感がストレスが・・・」と思ったら、

与える直前で引っ込めたらいいよね(笑)。




与えるつもりだったけど、直前で違和感を感じてやっぱ止める。

それこそ、ありのままの自分で生きてる証だろう(^^。


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コントロールは素晴らしい。



「否定には光を照らし、闇は肯定していく。するとすべてが愛だと気づく。」





ところで、「人を支配しコントロールする」って聞くと、


ものすごくひどいことのように感じないだろうか?



・そんなことしてはいけない!

・やっちゃダメ!

・自由の方が大切なの!



もちろんそれはそうだが、

幼稚園の先生は、園児たちをコントロールしつつ、

遠足に連れて行ったり、近所を散歩したりしている。




つまり、「ケースバイケース」ってことを言いたいのだ。


(コントロールも素晴らしい場合があるってことだ。)



大人でも自由に行動したり、振る舞わせて良いかというと、

会社の上司部下の関係や、接待の席や、

それこそ新入社員に自分がどう接するか?を考えれば、

「自由?いやいやそれはないでしょ。」ってケースはいくらでもある。





つまり、「絶対その通り」というコトバは存在せず、

すべて、ケースバイケースによるということだ。

(新入社員なんて社会わかってないんだから・・・)




先にコトバや標語をつくり、どんな場合もそうしないといけない!

となると、とても窮屈な世の中になる。





愛が大切。


自由を尊重。


調和が大事。


気持ちに正直に。


ありの~ままの~(歌)・・・・。



まあ、綺麗な表現のコトバはいろいろあるわけだが、

それが優先なのではなく、

「このケースは、どうなんだろうか?」

と目の前の出来事に合わせて考える方が大切だ。



愛?・・・そんなこと言ってられないでしょ!

自由は?・・・そんな身分じゃないでしょ!

調和・・・・・って言う前にさっさと動きなさい!

気持ちに正・・・みんな待ってるのよ!

ありの~・・・・迷惑なんだけど!



まずは、現状に素早く対処できた方が、

どれだけ楽だろうか?



その環境に、ずっと一生居続けるというのは、

酷だろうから、成長したらもっと楽で違う環境に徐々に移れば良い。




「考え方変えた。」→ 「現実もすぐに全部その考え方に合わせて変わる。」


とはなっていないことに、うすうす気付いているのではないだろうか?





現実は徐々に変化するものである。




大変かもしれないが、楽になりたくて、一気に変わろうとすると、

かえって現実がついてこないものである。






考え方を全部変えたつもりで、残ってることもあるしね(^^;)


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否定には光を照らし、闇は肯定していく。



肯定と否定

と、

光(プラス)と闇(マイナス)

には、


お互いの問題を解決できる相関関係がある。




人は、全てを肯定(意味あると)していこうとすると、

否定している自分を無視したりマヒさせたり、

ムリな部分が出てしまうものだ。



それは、「肯定と否定」の二元論で考えてしまうからである。




同じように、「光と闇」という考え方がある。

光と闇は、道徳的に善と悪や、正しいと間違い、良いと悪いの、

すべてを総称したものの見方だ。



これも「光と闇」の二元論で、ついつい考えてしまい抜けることが難しい。




実は、これは抜け方(解決の方法)が存在する。



闇には光を当てるのではなく(光にしようとするのではなく)、

闇のままその存在理由を「肯定」することができたら、

人はスッキリできるのである。



そして、否定には、無理やり肯定しようとせず、

否定している自分や相手に、光を当てることで、

物事が解決していく。




そうしていくことで、

人はこの世界がどう成り立っているのか、

その真実に気付いていくのである。

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苦しみから抜けるには。



ひと言で言うと、それは「最低の自分」を受け入れることである。



こんな自分だったら嫌だな~と思う自分。


それこそが、自分だ。

そこからスタートすることである。




・人にやさしくできない。

・愛情なんて注げない。

・楽にのんびりなんて思えない。

・家族想いなんて絶対無理。

・能力才能なんてない。

・友人なんていない。



ようは、「世間」から一切評価されないような人間のことである。



逆に言えば、人は世間から評価されるために頑張り続け、

世間に受け入れられる、賞賛される自分になろうと無理し続ける生き物だ。

その生き方をするから、本来の自分から離れていってしまいきついのである。



そのきつさから楽になるには、世間のことなどどうでもいいと思え、

「自分はこうなんだからしょうがないじゃん」と、

開き直れる心境を手に入れることである。
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