February 26, 2005

話の飛ぶ人と話の長い人

テーマ:ESSAY
話があっちこっちに飛ぶ人がいる。
今日、何話したんだっけ…と思っても、断片的にしか思い出せないことがある。
大抵、そういう人が相手だ。
文章を書く作業は結構しつこい。
写真を本業でやっている友人に

「文章を書く作業は、直すのに、文章を行きつ戻りつするから、
どうしてもモヤモヤしてしまうんだ。写真はだめなのは捨てるだけ」

と、写真の束から、気に入らない写真を凄いスピードではじくジェスチャーをしてみせた。
どうやら、わたしはその人流の表現では、モヤモヤしているらしい。
悩みがちということかもしれない。

文章を書くのが好きな人の話は、自分のことは棚にあげるけれど、比較的長い。
勿論、本当に感動を伝えたい映画や、個人的な大事な話は長くて当たり前、なのだけど。
そうでなくても、一つの映画、一つの思い出話、について延々と話が続く。
人によっては、こちらが意見を言えばエンドレスになりそうな勢いで。
そういう人たちは、感受性が強くて、自分の世界、こだわりを持っているからだと思う。
そして勿論、人間を二種類に分けるなら、わたしは確実に一つの話が長いほうの人間だと思う。
掘り下げることが仕事の研究者の方や、勿論作家の方は、その特性を生かしているのだろうけど、
ほとんど生かしきれていないわたしに、モヤモヤの代償になるほど、一つのことを考える価値があるのか、そんなことを、時たま考えてみる。

わたしのごく親しい友人も、好きになる異性も、往々にして話が飛ぶ。
次から次に、目まぐるしく話題が変わる。
どの話もこっちにしてみれば不完全燃焼。
そういう人たちの共通点は、アクティブで行動的だ。
夏はマリンスポーツ。冬はウィンタースポーツ。
上のカメラマンの友人もそうだった。
なので、この年末年始は、寝正月のわたしに引き換え、スキー、スノボに行く友人の多いこと。
わたしは今年、バドミントンのサークルに入っていて
(もう辞めているあたりがモヤモヤ的だ)
その時に、過去を振り返らないことの大切さを教わった。
前のミスをちょっとでも思い出したら、必ずミスをする。
次の足を踏み出したら、瞬間的に忘れてしまうことが大切なのだ。
子供の頃、跳び箱を、無心になって「跳んだ後の自分」を想像しだしたら
それまで全然跳べないで跳び箱の上で尻餅だらけのわたしが
とうとう、先生が用意した一番高い段まで飛べるようになった。
あの時の魔法のような感覚は忘れられない。

モヤモヤを捨てて、人生の跳び箱を跳べるように、なれたらなあ。



(2004年12月)
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February 21, 2005

青空の映りかた

テーマ:ESSAY

うちの窓から見える景色をパソコンの画面を通じて、
いろんな人が見ているなんて不思議だなぁ、と改めて思います。
でも、画像はパソコンによって見える色が結構違うこともあるんですね。
オフィスのパソコンでは、ちょっと空が薄い青でした。
ブログの背景は薄紫のはずなのに、なんとなくブルーで。

で、思うのは
パソコンのモニターみたいに
「本当は人間によって見える色は少しずつ違うんじゃないか」
つまりおんなじ「青空」「桜」「ひまわり」「好きなあの子のほっぺた」
なんてものが個人的に違うのではないかと。
網膜や目のレンズとかがそれぞれ違うのだから、
人によって色彩の伝達が違うのではないかと思ったのです。
で、調べたところ、人間個人個人による、色覚の差異は認められないそうです。
ちょっとがっかり。

あのひとと私の青空が違って見えたら、もっと面白いのにね。
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February 13, 2005

バレンタインデー

テーマ:ESSAY


数年前、二つ年上の片思いの人にチョコレートをあげた。
その日は、その片思いの人が、わたしと友人のために、合コンをセッティングしてくれた場所だった。
気の弱いわたしは、彼だけに本命チョコをあげるのがはばかられ
合コン相手三人分の、大きなミルクの樽のようなチョコレートをあげた。
まるでアルプスの少女のような印象の白い陶器のボトル。
チロリアンテープが蓋に巻いてあって可愛いそれを、片思いの人は、本当に軽く受け取った。
彼がわたしに気がないことは、この状況をどう見ても明らかだった。
話を聞くと、もう彼には彼女が出来ていた。
彼によく似合うしっかり者の彼女のようだった。
酔った彼は「看護婦だから」と何度も連呼していた。
看護婦さんと付き合うってことは、男性としては自慢なのかも知れない。
カシスサワーを飲みながらぼんやり考えていた。
彼はわたしとは正反対の女性を選んだのだ。
後輩を連れてきたせいか、彼女が出来たばかりだからか、彼はわたしと二人で遊んだ時と態度が全く違っていた。

飲んでカラオケに行って解散した後で、乗った終電が一つ前の駅止まりだった。
一駅歩いていくか。
合コン用の窮屈なイタリア製の靴が痛い。
「乗っていかない?仕事で使ってるんだけど」
ワゴンに乗っている小太りな中年男性が声をかけた。
わたしは振られたショックと、酔いも手伝って、その車に乗せてもらうことにした。
いつもはフィリピンパブのホステスの送り迎えだという。
わたしは残っていた、最後の一つの純白のチョコレートの瓶を、そのおじさんにあげた。にこにこ喜んでくれた。
人のいいおじさんという感じで、
昼はフレンチのコックをしていて、それが本業で、これはアルバイトなんだとしきりに言っていた。
家族は四人で、小学生と中学生の男の子と女の子がいるんだ、と。
わたしは父親に愛された記憶がないから、
優しいパパって、ただそれだけで、おっきくてふわふわのテディベアみたいに見えた。
チョコあげられてよかったなぁ、なんて思っていた。
「彼氏とバレンタインデー過ごした帰り?」
「いえいえ、そんなものいませんよ」
ヤケ気味で車に乗っちゃったけど、こういう小さな一期一会も楽しいものかな、
と丸い顔のおじさんと、窓を流れる夜景を見ていた時、降りる場所にわたしが指定した大通りの前で

「ここ寄って行かない?」

と、ラブホテルの前で徐行した。

「いいです」
「いやぁ、冗談冗談」

一瞬、沈黙が訪れた。

おじさんは優しいパパを演じきることを放棄してしまったんだ。

わたしはワゴンから降りてぺこりと頭を下げて、
最後まで屈託ない女の子を演じきった。

わたしは暗い部屋の明かりを点けて
行きにはま白いチョコの瓶の沢山詰められていた、
からっぽの袋をゴミ箱に捨てた。
疲れてそのままベッドに横たわり目を瞑ると
小学六年生のバレンタインデーに、どうしてもチョコレートをあげられなかった、初恋の男の子のことを思い出した。
色白でそばかすのある睫毛の長い少年。瞳は茶色くアーモンドのよう。

「チョコレート持って来てないよな?」
「・・・・・・うん」

少年は校門まで走っていった。わたしは鞄の中のチョコを出せないでそれを見送った。

そのアングルを瞼を閉じても思い出せる。
校舎の角度、彼の影、校門の景色。
思い出が綺麗なんじゃない、
汚れてしまったんだ、わたしのほうが。



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February 12, 2005

夏の日の1993

テーマ:ESSAY

最近、"夏の日の1993"という歌をテレビで"あの人は今"的に、classのお二人が歌っているのを聴いて、頭からすっかり離れなくなった。
わたしのことを好きでいてくれたN君のこと。
クリスマス当日に、わたしは都合よく彼を呼び出して
恋人たちで溢れかえるデコレーションされた渋谷の街を歩き
大きな赤いリボンのかけられた109を通り
東急ハンズで、アメリカのデザインのアルミケースに入った腕時計をもらった。
居酒屋で向かいに座った彼に煙草を勧められて
ちょっと吸ったわたしの慣れない指先に気づいて
「吸えないんなら無理するな」
と笑った。
その前日のイヴに振られたことも、
話をするとわたしが自分を追い詰めてしまうのが分かっていて
「もうするなよ」
と止めた。
今思えば、わたしの自虐的な話をする悪い癖を途中で止めてくれたのは、
後にも先にも、彼だけだった。
カラオケボックスで、N君は、"夏の日の1993"が好きだと言って歌っていた。
モニターの歌詞を読んで、わたしに歌ってくれているのが分かった。

N君は、いかにも異性を感じさせない雰囲気の
将来マイホームパパになりそうなまじめで優しいタイプだったのだけど、
意外にも、元風俗嬢の女の子と同棲していたことがあったという。
ある夜、その女の子は、泣きながら、彼に風俗嬢だったことを告白した。
彼はそれを受け入れて、それでもそれからも一緒に住んだ。
彼女は、そのうち、傷が癒えた鳥のように他の男性の元に飛び立ってしまった。
その女の子と同棲を始めた時は、彼女が風俗で働いていたことを知らなかったけれど、どこかしら、N君が放っておけないところがあったのだと思う。
N君は情がバケツの水が溢れるように、自分でもコントロールできないくらいに深いから、
女の子の背負っている影とかそういうものにとっても敏感で、
ある意味で、ちょっと意地悪な言い方をすれば
同情が恋心に変わりやすい人だったのかもしれない。
N君の目に、当時のわたしはどう映っていたのだろう?
その過去を隠していた女の子と似たような孤独を感じとっていたのだろうか。
わたしはそれから、N君にあれだけ優しくしてもらったのに、
電話の次の約束もあれこれ言い訳しながら断り、
それから、二度と会うことはなかった。

その元風俗嬢の彼女は、何だったか具体的なことは忘れたのだけれど、洗濯機のかけ方が独特らしくて、わたしは勝手に、
髪のちょっと痛んだ茶髪のロングウェーブの華奢な女の子が、彼と同棲している狭いアパートで
洗濯機の中の洗濯物がぐるぐる回っているのを覗きこむようにぼうっと見つめている
そんな姿を想像してみたりした。
今でも、たまにこうしてN君のことを思い出す時は、それと同時に、
自分で見たかのように、N君のところで羽を休めた女の子が洗濯機をかける姿を想像する。
どこまでも優しく慈しみ自分を受け入れてくれる人、
その人が働きに出ている間の、静かで平和な陽だまりの昼下がり。
過去を捨てた女の子が、汚れたシャツを洗濯機に入れて、まっ白になるまで、ぐるぐる回す。
わたしは彼女と一緒にされているのが
嫌なわけではなかった。なかったんだけど
彼女と同じように、彼で羽を休めたくなかった。
そして、わたしの孤独を見透かす彼が、慈悲深くても、一緒にいるのが辛かった。
自分を見透かせる人と一緒に居るのは、心の奥まで手が届きすぎて、
時に残酷で、痛い。
きっとその女の子も、ただ彼の元で羽を休めたかったからという理由で
飛び立ったのではなかったも知れない。

N君は今も優しく、元気にしているかな。


"いきなり恋してしまったよ"

("夏の日の1993"より)




アーティスト: class, 松本一起, 富田素弘
タイトル: 夏の日の1993~2003 up to date session~
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February 09, 2005

父の目線

テーマ:ESSAY

この間から父のデジタルカメラを使っている。
親が亡くなってから、自分の写真がいっぱい撮ってあったとか、自分の映像が映っていたとか
カメラやビデオにまつわるいい話は見かけるけれど、父は生きている上に、わたしと数年来顔を合わせていないので、そんな感動的な話はまったくない。
それまで使っているデジカメが壊れたと電話で母に言ったら、
母経由で、荷物と一緒に送られて来た。
最近のデジカメは操作が簡単と勧められて買ったものの、
ビデオの時間予約も出来ない父のこと、使いこなせなくて諦めたものらしい。
それでも撮るだけは出来たようで
カメラに映っていたのは、父のよく知る世界。
すべて父の目線の
故郷の市役所、堂々と撮ったと思われる故郷の街角を歩く人たち、
許可は取ったのか疑わしい、ラーメン屋の頑固そうなおじさんが店の中から睨みつけている顔、
もうずっと会っていない、父の唯一の友達の実家の老いた猫。
懐かしくて、不思議な光景。
そこには、わたしはいない。母もいない。
同じ光景のまったく別の世界がある。そんなSF小説を思い出す。
父だけが歩く街。父だけが住んでいる家。
その世界はパラレルで、それぞれに秩序があり、わたしの住む瓜二つの世界と決して交わることはなく、わたしはそこに行けなくて、老いた猫だけが行ったり来たり出来る、なんて。


わたしが日帰りの京都で、そのデジカメ初の出番で、慣れないながらも写真を撮って、小さなモニターで友達にプレビュー画面を見せる時に、ボタンを連打しすぎてその写真まで遡ってしまった。
大手の電器店のお兄さん。派手な店内にスーツ姿。
ちょっとすっきりした感じのイケメン風。
父が電器店で、店員にひとつひとつ教わりながら、撮影の練習をしてみたのだろう。
「これ誰よ?」
と男友達に突っ込まれて、わたしは
「お父さんが撮ったの…」
と、上擦った声で答えた。
普段、父親の話もしないのに、唐突なのが物凄く嘘くさい。
ラーメン屋のおじさんの写真なら、見られてもよかったのに。

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