April 21, 2005

プリン姫

テーマ:SHORT STORY

プリンの奥底に溜まったカラメルを僕は、スプーンで何度も取ろうとしていた。


プリンの底の、花のような形がレンズになって、こびりついたカラメル越しに、泣いている彼女が見えた。

別れ話はそんな儀式のように静かで、ステンレスのスプーンがプラスチックに当たる音だけがしばらく響いていた。


僕と彼女の出会いはコンビニエンスストアだった。


桜色の柔らかな唇に、長い黒髪を結って、形のいい丸くて白い額を出して、


「いらっしゃいませ」


と、いつも微笑んでくれた。


白い額に映える、いつも少し潤んだ黒い瞳は、僕を捉えて離さなかった。


家事労働で洗剤で荒れたのか、コンビニでの荷物の運び過ぎか、少しごわついた生活感のある華奢な手から、


いつもつり銭を受け取る時、胸が締め付けられた。

何不自由のない私立大学生の僕は、長時間コンビニで夜まで働く彼女にいつの間にか心奪われていた。


僕は毎日、大学の昼休みに、そして終業後に、プリンを買った。百円の安いプリン。

いつも一つだけ。

消費税があるから、彼女は僕の手に必ずお釣りを渡してくれる。

消費税もなかなか役に立つじゃないか、とそういう時だけは思う。

彼女のことを、こっそり僕は「プリン姫」と呼んでいた。

彼女もまた、僕のことを「プリン君」と、心の中で呼んでいたらしい。

僕がプリンを買い続けたある日、電話番号を渡して、彼女と付き合えるようになった。

ちょっと白々しく、携帯のアドレスも「pudding」を付けたのに変えて手渡した。

彼女は僕の察したとおり、とても寂しい女の子だった。

寂しいから、僕の就職活動も忙しくなって、なかなか傍にいてあげられなくなると、誰かに傍にいてほしくて、他の男性と会うようになった。

すぐにそれは発覚した。「pudding」でないメールアドレスが、幾つもあった。


たまたま、否、前から疑っていたから、見てしまった。

彼女は


「ごめんなさい」


と泣いた。

僕がプリンの底を物惜しげに掬っているので

「わたしの分もあげるよ」

と彼女はテーブルの僕のほうに、指先でそっと遠慮がちにプリンを寄せた。

「本当はさ」

プリンから顔を離して、彼女を見た。


俯いてプリンを食べている素振りは、泣き顔を見られたくなかったから。

「本当は、プリンなんて大嫌いなんだよ」

涙を見られて開き直った僕は、吐き捨てるように言うと

彼女は黙ったまま潤んだ瞳で目を丸くして、僕を見つめた。

「君が覚えてくれると思ったから、男なのに毎日プリンを買ってたんだよ、ずっと。

意外性って、インパクトあるだろ」

しばらく黙ってから

「・・・・・・知ってた」

彼女は答えた。

彼女は付き合ってからも、僕の部屋で、よく僕に合わせてプリンを食べていた。

「わたしも」

彼女は、テーブルの上で僕のほうに寄せたプリンを、もう一度手元に戻して、白くてかさついた手でプリンの蓋を開けた。


カスタードをスプーンで小さく掬って、飲み込んで言った。

「プリンは大嫌いなの」

僕は、涙を溜めて鼻を啜りながら、彼女を見た。

「甘いものは子供の頃からみんな嫌い。アイスクリームも、ケーキも、クッキーも、チョコレートも」

「じゃあ、僕に合わせて食べていたの?」

彼女は首を縦に振った。

「僕がプリンが嫌いだと知っていて?」

また縦に振った。

「毎日買いに来るのがショートケーキじゃなくて良かった。まだプリンなら」

「……そのほうが安いからね」

上の空で、どうでもいい返答をしていた。

あんなに美味しそうにプリンを食べていたプリン姫。なのに。


「でもね、わたしが甘いものが苦手な理由と、女の子みんなが甘いものが好きな理由が、
なんとなく分かったの」

彼女は、僕の唇にそっと柔らかな唇を押し当ててきた。

彼女の温かい舌に粘り気のあるカラメルが絡んでいた。

「幸せの味は、甘いのね」

額をくっつけて僕を見つめてから、首を傾けて耳元で囁いた。

「みんなそう喩えるじゃない」

「そうだね」

僕は寄りかかる彼女を抱きしめて、改めてキスをした。

「僕もプリンが最近、好きになったよ」

唇を離して僕は言った。

「君の唇の味がするから」

彼女は微笑んで

「あなたは堅めでちょっとざらざらしたカスタードだね。


わたしはその上から溶けて甘く柔らかくするカラメル」

と、いたずらっ子ように笑った。

僕たちはそれから、クリーム色の月が隠れるまで、


柔らかく蕩けるカスタードとカラメルのように溶け合った。

プリン姫のナイトとして、もう一度だけ彼女を信じてみようと思った。



そう、偶然通りかかったカフェの窓ガラス越しに、


彼女が一人で、特大のプリン・ア・ラ・モードを、

今まで僕に見せたことがないような、


至福の表情で頬張るところを目撃するまで。



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April 08, 2005

つけ爪

テーマ:DIARY

付け爪を貰った

赤と黄色のスパンコール

初めての付け爪

わたしの爪はいつも短く衛生的に切られていて

キャベツを切るのは早いけど

色香はない

 

これを付けて

誰の前で手を出そうか

テーブルの上で手を添えて

テーブルの下で足に触れて

シーツの中で背中に爪を立てて

 

思えばキスマークを付けたこともなければ

痕が残るほど爪を立てたこともなかった

不倫で証拠を残したくないとかそんなのではなく

マーキング

っていうの

とても下手なんだ

だからいつも終わりにするのに

相手は後ろ髪を引かれないのかな

わたしとの付き合いは 携帯メモリを消したら終わり

オートマティックで

衛生的

そしてその衛生的な手で

誰に何かを作るでもなく 

一人分のキャベツを

深夜に灯りをつけた小さなキッチンで刻む

 規則的なペースで

とんとんとん

 

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April 07, 2005

今すぐに

テーマ:POEM


いつも遠回りしてた


まだ答えを出したくなくって

もう少しこのままがよくって

南国の空気を封じ込めた

パイナップルの缶詰を開けるときみたいに

ぐるぐるぐる

巡ってたずっと

ギターのチューニングが

合わないままでいいから

弾き鳴らしてよ


わたしのそばで

今すぐに


出来ないなら

電話をして聴かせてよ

今すぐに

今すぐに


もう時間がないから

遠回りは出来ない

パイナップルの缶詰に

シロップだけ残って

鈍い銀色が

部屋の光を歪みながら映すんだ

時計の針の音だけが

部屋に響いて

残された時間をちょっとずつ削っていく


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April 02, 2005

蓮の花

テーマ:POEM



蓮の花 浮かぶ


水面(みなも) は映す薄紫色

留まらず揺れる 蓮の花と水面

寄り添うようにして光を映し合う


突風に 水紋拡がり 花の幻影をかき消せど

蓮の花は尚も動かず

蓮の花 根を張る

深き土の中に太い指を刺し

泥土から掬い上げる堅き命を淡き花弁の色に変え


今日は穏やかな風

蓮の花 浮かぶ

水面は映す薄紅色


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