昨日、出張先でテレビをつけた。
NHKの「プロフェッショナル~仕事の流儀」の再放送があり、それは世界的なデザイナー・石岡瑛子さんの逝去に伴う編成だった。
映画「ドラキュラ」の衣装デザインでオスカーを獲った、名実ともに世界のトップデザイナー。
僕はその石岡さんと一度だけ仕事をご一緒したことがある。
1988年、名古屋デザイン博が開催された。
当時、バブル経済の真っただ中で、各地で博覧会が開催され、デザインに絞った、しかも、大都市で開催されるものとして大きな注目を集めていた。
その割に緊縮財政だったと記憶している。
デザイン博の記念イベント、それは日本を代表するグラフィックデザイナー田中一光氏デザインによるマルチスライドの上映と、筑紫哲也さんと石岡さんの対談だった。
僕は24歳、駆け出しのディレクターだったが、なんと田中先生デザインのマルチスライドの演出家としてかかわった。
石岡さんのさまざまな実績を写真構成で、縦6メートル、横12メートルという巨大なスクリーンに大音響とともに映し出す。
しかも対談の中で話の展開の機を見て、映写する。
失敗してはならないと思いながら、僕は大変緊張した。
連日の徹夜作業が響き、当日、高熱を出し、一人で立っていられないような状態だった。
控室で筑紫さんと石岡さんが打ち合わせしている最中も、その机のすぐ脇で床にそのまま寝ていた。
意識朦朧としたせいか、どんな話をしたのか全く記憶がない。
筑紫さん、石岡さんと短い言葉で挨拶を交わしただけだったろう。
いざ本番がやってきた。
筑紫さんは終始にこやかだったが、石岡さんはシャープというが、エッジの効いた話をリズミカルに展開した。
その途中で長い映像が挿入される。
僕は2階の観客席でマルチスライドをみた。
そして信じられないことが起こった。
石岡さんの作品が2枚ほど、上下さかさまに上映されてしまったのである。
終演後、石岡さんとは会っていない。
果たしてどんな気分でお帰りになったのか・・・・。
情けないというか、穴があったら入りたい、文字通りそんな気持ちになった。
しかし、石岡さんも筑紫さんも田中一光先生も、その後、鬼籍に入られた。
売れない映画監督の僕だけが生き残っている。
振り返ると、せつなく、酸っぱいが、とても素敵な思い出のひとつです。