心のカタチ | toki - kitto・blog  * *

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耳元にいる彼らは、輝くその時をきっと知っている。

日々、硝子でアクセサリーなどの制作をしています。
生活の中でのつぶやき、 思ったこと、 感じたこと。

皆さま、こんにちは

トキシル・ハです!


ブログが停滞ぎみだったけれども、

『毎日更新しているTwitterから、言葉をピックアップしていく』

ということを思いついてから、
なんとか続けて書くことができています。




今日はこんなつぶやきをピックアップ


『世の中色んなことがあるなぁ。

昔から真面目だ真面目だと言われ続けて、大学の教授には真面目すぎるもっと面白くなれ、とも言われ、まぁマシになったかな?とも思うけど、やっぱり真面目なのは悪いことじゃないよ。きっと。』


私は多摩美術大学卒生です。

その時は面接をしていて、静物画を見ながら教授と話していたんです。

そしたらまぁ絵がカッチリしてたんだと思います。

私はモヤッと描くのが嫌いでした。
際まできっちり描いて、ぼやけているとこは色を少しつけ足すような、

几帳面な性格が、絵に出ていたんでしょうね。



「真面目だね~~」

とすぐ指摘されて、それから「プロフェッショナルって何だと思う?」と聞かれました。

その時はその言葉すら知らなくて聞き返したのを覚えています。
いわゆるプロと言われる人ってどんなことを意味してるのか、と問われたんですけど。


まぁ、きっと、

教授自身がその問いを自分にしていたんだと思います。



思い返すとなんだかイジワルな人だったな~と思います。

その後も、実は硝子を教えてくれた先生で、

紳士的な雰囲気がありつつもどこか自由で、重々しいような、軽々としいるような。

よく分かんない人でした(笑)

まぁでもその一言に、
もっと自分は堅くならずに、面白い人間にならないといけないんだ、と思って。

入学から今までで、どこかその意識がありながら過ごしてきました。



そして現在、

変わらないですね。


私を構築するもの、私の芯となる部分に生真面目さがあるんだと感じました。

でもきっと子供の頃の自分からしたら大分柔らかくなったんだと思います。

よく分からない人だ、とも言われたことがあるので、言葉足らずなところを見直したり。



小学生の通信簿にも毎回『真面目で努力家』と書かれていて、

きっとこれからも変わらないと思います、

私の芯の部分は。


それが私を苦しめることがあっても、

うま~く舵をとって、少しずつ形を変えながら、

私の中に存在していくんだろうな。




そんな心のカタチ。