デートDV防止教育・DV加害者プログラム                SEDA(シーダ)のブログ

SEDA(Sexuality・Equality・DV・Action)誰もが自分らしく生きられるために……
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先日、友人に誘われて映画「追憶の森」を見てきました。
”樹海”がテーマになっている映画と聞いていました。ですが日本の映画ではなくハリウッド俳優のマシュー・マコノヒー、ナオミ・ワッツ、渡辺謙が出ている映画でした。

見てみて、一番感じたのは外国人がイメージしている樹海と日本人がイメージしている樹海には、かなり隔たりというか違いがあるなと感じました。
映画の中で主人公が、人生の終わりの場所をネットで探すシーンがあるのですが、豊かな美しい樹々が広がる樹海がヒットする場面が出て来ます。ネットの検索で樹海が終の場所として世界に知られるのかと、それを知ったことが一番驚きました。

映画は、確かに自殺・自死に関連したことではあったのですが、私としては夫婦、パートナー関係の映画という印象を強く受けました。

お互い、本当はものすごく相手を思いやっているのに、日常でのコミュニケーションでは何かとイヤミのような会話になってしまい、気持がすれ違って関係がうまくいかない。相手へ本当の気持ちを真っ直ぐに伝えない、伝えられていない、伝わってないという、ありがちで重症な過ちに陥っている状況が描かれていました。

その大事な存在を失って気づく。相手が自分にとってどれほど大切で重要な存在だったか!!
主人公の夫は、自分にとってどれほど掛けがいのない大切な存在と気づくけれど、現実はシビアで彼にとって唯一無二の存在を予期しないことで突如奪われてしまうのです。彼は遅過ぎたのです。

これほどに掛けがいの無い存在と心底実感するのに間に合わなかった。自分の目の前から理不尽に、唐突に居なくなってしまう。そうすると自分の存在自体も危うくなってしまうのですね。

お互い思い合っているのに、いい関係性にしていくのが何とも難しい。居て当たり前だから、日常の目先の事に気持ちが流れて行ってしまう。本当に向き合わなければいけないことをついつい後回しにしたり、おざなりにしてしまう。

災いは予期しない時に起こります。ちゃんとやっておけば、しっかり向き合っていい関係を作っておけば。。。と。
後悔しないように、今日、今、パートナーと向き合っておかなくて大丈夫ですか。


              ひろこ











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5月13日(金)開催のご案内をいたします。
※会場が変わりましたのでご注意ください。 今回の開催は午前中です。

【こころのケア講座】 

 時 間 10:00~12:00 

 会 場 生活産業プラザ4階 会議室 

 テーマ 「境界線」

 資料代:¥1000  申込み不要。

 ※女性限定 


【アクセス】

生活産業プラザ 

豊島区東池袋1-20-15
JR・東京メトロ・東武東上線・西武池袋線 都バス、民営バス、池袋駅東口より徒歩7分。

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長いお休み、パートナーや家族とのコミュニケーションはうまくいきましたか?

「赤ちゃんのコミュニケーションの高さはすごいです」と、『人はチームで磨かれる』で齋藤孝さんが書いています。

赤ちゃんは、ニコニコしたり、泣いたりしてコミュニケーションを取ります。顔や体、つまり身体性を使って親などに働きかけ、親もそれに応えるように赤ちゃんへのコミュニケーションをし、双方でコミュニケーションを活性化させていくというのです。

DVのある家庭では、パートナーが話し掛けているのに、スマホを見るのに「忙しい」と言ったり、生返事を返すという話を聞きます。
これではコミュニケーションが良くなるわけありません。ましてや関係は冷ややかになり、悪くなる一方でしょう。

大事なパートナーだから、赤ちゃんのようにコミュニケーションの高さを発揮して、上手にコミュニケーションしてみませんか。

       ひろこ
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自分を変えようと思って、DV加害者更生教育プログラムに男性たちは、毎週通ってきます。


プログラムをやっていて、パートナーといい関係でいたい、仲良くやっていきたいと望んでいるのに、意に沿わなかったり、意見や価値観が違った時、その解決や歩み寄り、落としどころの会話=普通の会話がひじょうに貧弱だなぁと感じることがあります。


例えば日常、テレビのチャンネル権の話はどこの家庭でもよくある話です。

見ていたテレビをいきなり断りになしに変えられたら、誰でも「見ていたのに」と抗議します。

通常、「ごめん、ごめん」と謝罪して元に戻すか、「違うものを見たいんだけど」と相互やり取りの会話をして平和的に事が進み日常が流れていきます。


それが「なんでだよ、これが見たいんだから」とパートナーの意向を無視して強行したり、「じゃ、いいよ」とふて腐れてイヤな空気にして、パートナーに罪悪感を持たせるような会話をしたりすることがあります。

パートナーさん達は何でこんなことくらいで、イヤな思いしなきゃならないんだろうと思います。


テレビを何見るなどは日常的によくある事です。それほど重要ではないけどよくありそうなことで、家庭の中がイヤな空気になったり、緊張や気まずい雰囲気になってほしくないと誰でも思います。普通に当たり前に何の波風も立たずに自然に流れていって欲しいと思います。


そのためには、ただの普通の会話を存在させることが必要でしょう。

別に威圧的になったり怒ったりするでもない、ただの、普通の会話です。


重要でない大したことでないからと誰かが即決的解決で済まそうとするのではなく、どんなことでも相手と一言会話を介在させるべきでしょう。

一人でないのなら、そこに誰かが存在するのなら、その存在をちゃんと認めているよと示すことです。

そしてそれを示すには会話をすること、何気ない普通の会話をすることです。


普通の会話とは、何気ない言葉のキャッチボールです。それはお互いが受け取りやすく投げ返し、続けることができる会話です。

押しつけも説教もない、語気もない、特に深い意味があるわけでもない、何もひっかからない平穏な、ただただ気持や日常が流れていく会話といえるでしょう。

そんな空気のような会話が家庭の中で始終流れていたら、二人の間は良好で、緊張や暴力とは無縁のはずです。


たかがテレビのことで何でイヤな雰囲気に行き着くのか。不思議ですよね。

二人の間になんのいいこともありません。そこには普通の会話が介在していなかったからでしょう。


プログラムの中で、些細な事でイヤな雰囲気の場面を取り上げ振り返ってみると「今考えると、何でこんなどうでもいい事にこだわったんだろう」「なんで普通の会話ができなかったんだろう」「こんなことになりたかったわけじゃないのに」という言葉が出てくることがあります。

多くは、自分の考えにこだわったり、優先させたりしたためのようです。


プログラムで学び、今まで二人の間で普通の会話ができていなかったことに気づき、少しづづできるようになってくると男性たちは楽になったと言います。なぜあえて楽でないことをしていたのか不思議に感じるようです。


男性たちは、自分の価値観やこだわりを家庭の中で押し通していい、主導権を持っていると、無意識に当たり前に思っているようです。そしてそれが以外にも自分を不自由にし、関係や会話を悪くする元凶になっていると気づかないようです。


その考えを手放すと、こんなにパートナーと心地良い会話ができ、いい関係になれるということを知らず、普通の会話ができずにいた。


ぜひ普通の会話の心地良さを知って、味わってもらいたいものです。

そして、それは何より多くのパートナーさんが切望している「普通の会話ができるようになりたい」との要望に応えるものです。

             

                                       ひろこ

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熊本県や大分県、九州に大変大きな地震が起きてしまいました。
被災された皆さまにお見舞いと、心身の健康に留意してお過ごしいただきたいと切に思います。


皆さん被災者でありながら支援者としても活動されている方も多くいらっしゃると思います。
みんなで協力し合い、衣食住を始め生活の立ち行かない不自由さに耐え、そして気遣いや気配り、疲労と不安、思いやりや苛立ち、余震の心配や恐怖など、さまざまな思いがないまぜになっていることと思います。


東日本大震災の時に仲間とボランティア活動に少しですが携わらせていただきました。

その時の思いとして、


個々人の不自由さは、イコール他の方の不自由さでもあるかもしれません。

先が読めないからこそ、自分も他の方も大切にして、自分のためであるようで、人のためにもなっているということを知り、小さい事でいいので、というより小さい事こそ飲み込まずに、声に出していただけたらいいなぁと個人的には思っています。


女性はこんな状況なのだからとお世話役割を自ら進んで頑張るという方も多いのではないでしょうか。
もちろん男性も被災した後片づけや避難所の運営や支援物資の運搬仕分けなど様々なことに精を出していると思います。


一般的に、こういう事は女性が、ああいう事は男性がと、何気なく振り分けられたり、引き受けたりします。また周囲からもそんな感じでお手伝いの依頼をされたり、期待されたりすることもあると思います。

ただ、それがちょっと重いなぁと感じる時もあると思います。


被災地の経験で、女性目線での気づきや改善点は、避難所の運営や一緒に過ごしている方々にとって、小さい気づきかもしれませんが、不安を和らげたり、便利になったり、小さいですが意味ある持続性の高い快適さをもたらす効果になると感じたことがいくつもありました。

今回も、いつもの生活者としての視点で小さい気づきで、そこここに小さな快適さを散りばめ、他の方々に波及していって欲しいなぁと思います。


そして非常事態がゆえに、いつもと違う注意深さが必要だと思ったこともありました。


みんなも我慢しているんだし我慢しなきゃ。頑張らなきゃ。イヤと言っちゃいけない。拒否しちゃいけない。

これやらなきゃ、あれもしなきゃ。これはしちゃいけない、これをした方がいい。こんなこと言ってはダメ。

こうしたいけど、こうすべきなんだよね。こんなことぐらい我慢しなきゃ。。。という気持ちになりがちです。

確かにその気持ちは必要でしょう。ですが程度が重要だと思います。

その程度や度合を自分の中でうまく見極め、対処するのが難しいのではないかと思います。


必要以上に抑え込んでしまう可能性があると思います。
ですが、その見極めこそご自分で丁寧に扱ってほしいなぁと思います。

避難生活が長くなる可能性があるようでしたら、なおさら丁寧な注意が必要だと思います。

それは自分のためでもありますし、周囲のためにもなると思います。


頑張ること休養すること、緩急あることの大切さを皆さんで共有してほしいなぁと思います。

弱音を吐くことに寛容であってほしいし、我慢させない、言ってもいいんだよという雰囲気作りが大切で、とても重要だと思います。

非常事態なので、いつでもどこでもそれができるかというと難しいかもしれません.。が、ある一定の時間や場所でなら、それらが心置きなく出せる空間が必要だと思います。


周りのぺースに合せ過ぎず、自分自身が常に一定に保てられることに一番留意してほしいと、個人的には思っています。

それが自分の、そして周囲への、非常事態を過ごすための安心と安定につながると思います。


               ひろこ


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