なかのひと
2007-09-11 00:57:40

否定論見てまわる。

テーマ:従軍慰安婦関連

うん、まあ、否定論こんなものかな、と。
たまに否定論を見てまわって、つっこみを入れるのは、自分の中で情報を整理するのに役に立つ、と思う。
極稀に、これは調べなきゃ、と思うような記述もあるし。



http://www.geocities.jp/vivelejapon1945/jugun.html

従軍慰安婦問題は問題ではない ~ありえない強制連行説、日本軍に罪はなし~


 従軍慰安婦という言葉は当時は存在しなかった。

★意味のない一文です。歴史上の出来事を示すのに「当時存在しなかった」用語を用いるのは極めて普通です。


従軍という言葉は軍属という正式な身分を表す言葉であって、それは軍から給与をもらっていることを意味する。

★「従軍」と言う用語が「正式な身分を表す言葉」とは言えません。


だが、慰安婦たちは民間の売春業者が連れ歩き兵士を客とした民間人である。

★ネトウヨ大好き小室氏の著作「日本国民に告ぐ(ワック株式会社)」p120には、「関東軍女子特殊軍属服務規定によると、女子特殊軍属すなわち慰安婦の月給は信じがたいことに八〇〇円であった。当時の巡査の初任給が四五円、陸海軍の大将の月給が五五〇円だから、破格の高給である」とあるそうです。800円は月給ではなく年収であったようですが、それはさておき、重要なのは「関東軍女子特殊軍属服務規定」の存在。これが本当に存在するなら、満洲での慰安婦は、文字通り「軍属」であり、右翼も認める字義通りの「従軍慰安婦」と言えます。


すなわり、従軍慰安婦という言葉自体がまずおかしい。従軍慰安婦というデタラメの言葉は千田夏光という作家が『従軍慰安婦』という本を上梓したことがきっかけであるという。ただ慰安婦自体の存在は否定しない、慰安婦は確かに存在した。だが慰安婦は日本だけでなくフランスや土ドイツなどにも慰安所はあり当時では普通であった。

★慰安婦問題の論点は、存在の有無ではなく軍・政府組織の積極的関与の有無なので、枕詞以上に意味がない文ですな。


また朝鮮戦争時にはアメリカ兵のために小倉、大阪(のちに奈良)、横浜などで日本人慰安婦の存在やヴェトナム戦争時にも慰安婦はいたし1958年まで戦後日本は売春が普通に行われていた。さらに現在でも違法ではあるが韓国には売春窟があるという(*1)。

これらに公的積極的関与があったなら、それらは”旧日本と同様に”非難されるべきであって、他所もやってるんだから非難するな、というのはガキの論理。
★ところで、現在の日本にも違法ではあるが売春窟は存在します(吉原とかね)。慰安所は日本以外の国にもあった、と主張する一方で、現在の売春窟の存在については韓国のみ言及すると言うのは、態度としてどうかな?と思います。


 慰安所の設置目的としては慰安所無しの軍隊の場合は占領地での強姦事件の発生の可能性があるので、慰安所設置でその強姦事件をなくすことができる。例えば慰安所制度を持っていなかったソ連はベルリン陥落時の強姦事件は有名であるし、ソ連軍が終戦直前に日ソ中立条約を一方的に破り満州に侵攻したときもソ連軍によるレイプ事件が多発したことも有名である。

★この他に慰安所設置本格化前の1937年12月には、南京で強姦事件が発生していますな(南京事件)。ところがこの筆者はそれには触れない。
★代わりにこう述べる。


日本軍の占領地域では強姦事件はほとんど発生していない事実は武士道精神もあるだろうし慰安制度の果たした役割もある。

★「武士道精神」ときた。実際「武士道精神」とやらが不足していたおかげで、慰安所設置が加速するわけだが、別段、強姦事件が減ったとも言えない。「ほとんど発生していない事実」とやらは事実を知らないか意図的にみていないかどちらかでしょう。


つまり慰安所の設置は戦略的にも道徳的にも必要悪とでも言うべきであり、批判対象とはなりえない。

★慰安所の”存在”と黙認は、異論もあるでしょうが、戦略的には必要悪と言えるでしょう。ただし、慰安所の”設置”となると設置した主体は軍・政府であるわけで、売春の黙認ではなく推奨となるわけです。当然、これは批判対象となる。
「道徳的にも必要悪」・・・書いた人の道徳観念が伺える一節ではありますね。


 慰安婦は軍が強制的に連れてきたものではなく貧困などの理由でや女衒(慰安婦を集める仕事の人)にだまされたりなど悲しいケースではあるが、軍が強制的に連れて行ったものではない。

★全てがそうでないにしろ、軍が強制的に連れて行ったケースもあります(スマラン事件)。


悲しいからすべて日本軍のせいにするのはむしがよすぎるとしかいいようがない。

★すべて強制連行などという主張は聞いたことがないなあ。ありもしない主張を捏造して非難するのは「むしがよすぎるとしかいいようがない」


たしかに、だまされた、親に売られたなどのケースは悲しいケースであるが、日本軍に責任転嫁は日本軍が強制連行や詐欺などをやっていないのだから責任転嫁はできない。

★当時の公娼制度において、本人の意思に反して売春させるのは違法であり、日本軍・政府が募集・管理した売春宿においてそのような違法行為が行われていないか監督するのは日本軍・政府の責任です。
★まして、売春に関連した犯罪は、通常の公娼制度下でも頻発し社会問題化していたわけで、そういった犯罪を誘発する可能性の高い業種を”募集”する以上、通常以上に厳格な取締りを行わなければ、行政の重大な不作為として責任を問われるのが当たり前です。


従軍慰安婦の強制連行を主張する吉見義明中央大学教授は1997年1月31日放送のテレビ朝日系列の「朝まで生テレビ」において「日本の植民地(朝鮮、台湾)については、強制連行を示す資料はない」と言い切った。

★文脈不明の抜き出しだと何とも言えないが、「資料はない」=「事実でない」は成立しない、というのは論理学の基本です。


強制連行については以下のような証言もある。
「もしそんなことをしたら誘拐犯ですし、懲役刑を受けることになります。いや、法律の問題以前に、村の人たちにめちゃめちゃにされていまいますよ。強制的に連れて行かれる娘を見ながら、そのままにほっておくような卑劣な朝鮮人がいたとはけっして思えません。田舎であればあるほど、生活者の連帯意識も民族意識も強くてそんな彼らが黙って見入るわけがありません。彼らの民族愛がいかに強かったかは、私はいろいろな場面で見てきていますし、今でも鮮明に覚えています。そんな世界で女狩りなんてできるはずがないんです。(*2)」

★さて、この証言をそのまま信用してよいなら、「ソ連軍によるレイプ事件」を看過した日本人は「連帯意識も民族意識も強く」なかったことになる。レイプをしたソ連兵は強姦犯として懲役刑を受けたのだろうか?

★あと、そもそもこの証言自体の信憑性も疑問符が・・・(出所は秦氏らしいのだが、原史料が確認できないみたい。参照:http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070906/p1


このようにして強制連行説が崩壊したのちに反日日本人は強制連行ではなく、その強制性が問題であったといいだしたが、強制性が問題であるならば社会人は社会に強制的に労働させられているから奴隷なので賠償が必要だといっているようなものである。

★「反日日本人」・・・多分、筆者本人以外は全て反日なんではなかろうか?主観的に。
★で、上の文をそのまま読むと、筆者は強制労働は問題ではないと考えているらしい。シベリア抑留とかは問題ないとお考えかな?
★冗談はおいといて、「社会人は社会に強制的に労働させられている」なんて通常は言いません。労働市場の流動性と労働者の権利が有効に守られている限り、労働は強制ではなく本人の意思に基づくものです。「あなたの仕事はこれです。給料はこれだけです。辞めることは認めません。」という職場は、現在の日本に、公式には存在しません。しかし、慰安婦の場合は辞める自由がなかったケースが少なからず存在します。
★前借金による拘束、これには軍も関与していると見られます。
「In the latter part of 1943 the Army issued orders that certain girls who had paid their debt could return home. Some of the girls were thus allowed to return to Korea.」(アメリカ戦時情報局心理作戦班 日本人捕虜尋問報告 第49号 1944年10月1日)という記述から、軍が前借金を返済した者は帰国するように指示を出していることがわかります。しかし、娼妓取締規則の観点から判断すると、借金返済の有無に関わらず廃業希望者全員にこの指示を出さねばならないわけです。
★ここから、帰国許可に関する軍の判断基準が、慰安婦本人の意思ではなく借金の有無にあることがわかります。
★これは、廃業の自由を認めている公娼制度から逸脱しています。


慰安婦になったケースでも自ら志願してなったケースもありもともと公娼や私娼であったものが収入が3倍以上になるので職場変更しただけで慰安婦となったこともある(*3)。

★慰安婦の募集は、初期1930年代後半においては内地の芸娼妓を対象としていることが多かったようで、吉見教授らが既に指摘していたはずです。そういったケース”も”あると言うこと自体は、誰も否定していません。
「自ら志願してなった」これは、その時点でどの程度の選択肢と情報を持っていたかにもよります。現在でも、重要事項の説明なしに結ばれた契約は無効になります。慰安婦(酌婦)が、売春を行うことをちゃんと伝えたのかどうか、伝えた時点で辞めて帰ることが出来る状況だったのかどうか(現在の売春や人身売買にも共通する問題です)、それらについて否定論者が明確に述べているのを見た事がありません。


またよく間違われるケースとして女子挺身隊と慰安婦を混合することである。女子挺身隊は慰安婦とはぜんぜん違うのだが、これをわざと混同し強制連行を主張するのである(*4)。女子挺身隊は慰安婦ではないしそのような活動もしていないのでこれは間違いである。

★女子挺身隊は定義上では、慰安婦と言えないのが事実であろうが、女子挺身隊として派遣された先で売春させられたこと自体は否定できていない。
★上記の「(売春と)伝えた時点で辞めて帰ることが出来る状況だったのかどうか」に関連しますが、挺身隊として前線近くに派遣された後に、そこで有力者から売春を求められた場合に断ることは至難であろう。
★というわけで、女子挺身隊が慰安婦化するのを目的としていたか、結果として慰安婦化したのかはあまり重要ではないと思いますね。否定論者が出来ているのは前者の否定のみですよね。


 黄錦周(ファン・クムジュ)という人がいるが、この人は自らは強制連行の被害にあったと証言する有名な人であるが、この人の証言が実は有効な証言ではない。それは証言内容がころころ変わるからである。例えば高木健一著『従軍慰安婦と戦後賠償』では「生家が貧しく12歳の時100円で売られてソウルの金持ちの家で小間使い、1938年に咸鏡南道ハムン郡で女中をしていた時その家の娘の身代わりとなって満州に連行され慰安婦となる」と証言しているのに、1995年7月24日から27日夕刊の朝日新聞のインタビューでは「咸興の女学校在学中の17歳の時、1939年に国民徴用令で動員され軍需工場に行くと思っていたが着いたところは吉林の慰安所だった」と証言が一貫しない、しかもそのうえに朝鮮人女性に国民徴用令が出たのは1944年であるから1939年に徴用されること自体ありえない話である。

★正確な年号を覚えていないのは別に不自然ではない。聞き取り証言では起こり得る範囲内の誤りで全体の信憑性を揺るがすようなものではない。
★国民徴用令が朝鮮に適用されたのは確かに1944年だが、1939年4月の内地での国民徴用令に合わせて、朝鮮でも1939年9月から”自由募集”が行われている。日本人である村の班長が「1家で1人は日本の工場で働かねばいけない」と言ったとされるが、班長にすれば”自由募集”下でも多く集められれば、指導力があるということで上の覚えがめでたくなる、ということが予想できるわけで、名目は「自由」でも半強制的に募集されていても不思議ではない(会社勤めしたことある人間なら、社内のレクリエーション活動に”自由意志”で参加したことは少なからずあると思うのだが・・・)。


しかも吉林には朝鮮人経営の妓桜が5件も営業していたこともあり吉林には慰安婦を置いていなかった。

★下にあるように「カネは受け取っていない」という証言から、正規の慰安所ではなく(徴用名目かも知れないが)私的に囲っていた可能性が考えられる。妓楼では金がかかるが監禁ならただであり、動機として不自然ではない。


しかもこの黄錦周はその朝日新聞のインタビューの中で「最初の一年はその将校専属で昼間は兵卒の看病もした。三年目からは部隊内の慰安所で兵卒の相手、クリスマスには特に相手が多かった。カネは受け取っていない。そのまま部隊で終戦を迎えた日本兵は軍服を脱ぎ捨てて逃げいった。」とも証言しているがこれもありえない話である。

★特に不自然ではない。以下見ていこう。


軍医も衛生兵もいる部隊でなぜ慰安婦が兵卒の看病をするのか?

★徴用名目で監禁しているのなら通常業務をやらせても不自然ではないだろう。


日本軍にクリスマスなどなかったはずなのになぜクリスマスの時に客が増えるのか?

★監禁されたのが、1939年として3年目以降とすると、1942年以降だが終戦までにクリスマスは3回(1942年・43年・44年)しかない。記述だけでは、3年とも決まってクリスマスが多かったのか、クリスマスに多かった年があったのかが不明瞭。単にその時期(年末)に多かった、という風にもとれ、不自然と言うには情報不足(クリスマス休暇で兵隊が来たとか明言したならともかく)。


なぜ日本軍は私服を持参していないのに軍服を捨てて逃げていったのか、

★民間人はいくらでもいるので、私服は簡単に手に入る(合法・非合法の手段により)。


また何を着て逃げて言ったのかまったくわからない(*5)。

★調達した私服か下着で逃げた、というのが簡単に想像できる。慰安婦証言でそんなことまで説明しなければならない必要性がない。この筆者(又は小林よしのり)が直接本人に質問して回答がなかったならともかく、文章になっている証言にそんなツッコミをすること自体、おかしい。


このような嘘を歴史的証言としては価値がゼロである。

★こんな言いがかりで嘘と断定できるなら、世の中には嘘しか存在しないだろう。


ただし、この黄錦周という人はある意味でかわいそうである、なぜなら嘘とわかっている証言をしないと韓国世論が許さないから死ぬまで嘘をつき続けなければならないからである。

★この辺になると、筆者は自分に酔ってるんじゃなかろか?


 吉田清治という人が『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』という本の中で済州島での証言があるが、秦郁彦氏の調査によって吉田本人が嘘であると認めている。

★認めていない。「「人間狩りを行なった場所がどこであるかについては創作を交えた」と認めたが、人間狩りをしたという主張は変わっていない。」(WIKI)
★要は、『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』には特定できない創作が含まれるために、歴史検証として使えないに過ぎず、事実研究者レベルでこれを用いている人はいないそうだ。
★本人は「人間狩り」(強制連行)自体は虚偽と認めていないし、かつ秦郁彦の調査も済州島を対象としている以上、吉田証言を否定できるに至っていない。


残念ながらこの嘘本は朝鮮語に訳され、今でもこの吉田証言は韓国で重宝とされていて、それが韓国政府の公式見解となっている。

★これはソースを示して欲しいねえ。


実は済州新聞の許栄善記者は署名入りで吉田が本を韓国語に訳し出版された1989年に8月14日の紙面に以下のことを書いている。
解放四十四周年を迎え、日帝時代に済州島の女性を慰安婦として二〇五名徴用していたとの記録が刊行され、大きな衝撃を与えている。(省略)しかし、この本に記述されている城山浦の貝ボタン工場で十五~十六人を強制徴用したり、法環里などあちこちの村で行われた慰安婦狩りの話を裏づけ証言する人はほとんどいない。島民たちは「でたらめだ」と一蹴し、この著述の信ぴょう性に対して強い疑問を投げかけている。
 城山里の住民のチョン・タンさん(八五歳の女性)は「そんなことはなかった。二五〇余の家しかないこの村で、十五人も徴用したとすれば大事件であるが、当時そんな事実はなかった」と語った。
 郷士史学者の金奉玉氏は「(略)八三年に原本(『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』)が出た時何年かの間追跡調査した結果、事実無根の部分もあった。むしろ日本人の悪徳ぶりを示す道徳性の欠けた本で、軽薄な商魂が加味されていると思われる」と憤慨した。(*6)

★吉田自身が「場所がどこであるかについては創作を交えた」と認めている以上、済州島での否定言論を紹介することにあまり意味はない。
★また済州島自体、韓国内でも差別される傾向があるようで、一家の恥となるような慰安婦経験者の存在を認めたがらない方向での偏向を踏まえる必要はあるだろう。


 この吉田清治とならんで歴史を捏造する作家に千田夏光がいるがその著『従軍慰安婦』も虚構に満ちているといえる。例えばその本の「第4章 痛快! "挺身隊"」という一部には「”関特演”‥‥の動員のなかに”慰安婦”が含まれていた。関東軍の後方担当参謀原善四郎少佐(のち中佐)という人物がいたが、作戦部隊の兵隊の欲求度や所持金に女性の肉体的能力を計算したすえ”必要慰安婦の数は二万人”とはじき出し、飛行機で朝鮮へ調達に出かけている」「原善四郎氏は大阪市の南に隠栖されていた。‥‥私はそこからお尋ねすることにした」具体的にどのような方法で女性を集められたのですか」と質問すると原善四郎は「朝鮮総督府総務局に行き依頼した」「実際に集まったのは八千人ぐらいだった」「(最初は断った師団長も)二ヶ月とたたぬうち、やはり”配属してくれ”と泣きついて来た」(*7)とあるが、これは完全に嘘で塗り固められているのである。”関特演”第一次が7月7日、第二次が7月16日に動員命令が出ているのであるが8月9日には正式の中止決定がでているのである。またこの関特演は独ソ戦勃発に呼応して対ソ進撃を計画したもので極秘が守られており、実際には「動員」の二文字すらなく「臨時編成」の四文字で置き換えられているのである。これをもって考えれば千田夏光は完全な嘘として証明されるのである。

「独ソ戦勃発に呼応して対ソ進撃を計画した」・・・上の方で「ソ連軍が終戦直前に日ソ中立条約を一方的に破り満州に侵攻した」と非難的な論調で書いていたのだが、この関特演当時も日ソ中立条約は有効だったわけで・・・。そーゆーところは見えないんだろうなあ。
★それはさておき。
★ソ連侵攻計画は確かに1941年8月9日に正式中止されているが、関特演で増員された兵力がすぐにいなくなったわけではない。太平洋戦争の戦局悪化に伴う抽出まで戦力は維持されている。逆に開戦が無くなり駐留が長期化する見通しの中で「(最初は断った師団長も)二ヶ月とたたぬうち、やはり”配属してくれ”と泣きついて来た」と言うのは説得力がある(最初断った理由は、開戦後急進撃する予定であった、とか)。
★「動員」か「臨時編成」かは、外交上の修辞であって意味はない。
★こんな程度で、「完全な嘘」と言うのはちょっとどうかしている。


 平成四年1月11日付朝日新聞が「慰安所 軍関与示す資料」「募集含め統制・監督」と報道した記事であるが、これは「軍慰安所従業婦等募集に関す件」(陸支密第七四五号、昭和13年3月4日)であるがこれは、悪質業者が不当性に募集し強制連行しないように軍が関与したことを示しているのであって、軍が強制連行した内容ではない、よく読めば誰でもわかることである。つまりここで朝日新聞は偽報道をしたのである。

★「よく読めば誰でもわかることである」が、1992年1月11日の朝日新聞記事の見出しは「軍が強制連行した」ではなく「慰安所 軍関与示す資料」とある。それ以前の日本政府は、慰安婦は民間業者が勝手に連れ歩いているもので軍は関与していない、と主張しており、それだからこそ、この資料発見の報道は重大な意味を持っていたのである。ここで筆者は「朝日新聞は偽報道をしたのである」と嘘をついているのである。
★「軍慰安所従業婦等募集に関す件」(陸支密第七四五号、昭和13年3月4日)の解釈についても使い古されたレトリックである。
★「募集に任ずる者の人選適切を欠き」や「将来是等の募集等に当りては派遣軍に於て統制し之に任ずる人物を周到適切にし」などとあり、明らかに軍が売春業者に対し売春婦募集を働きかけていることがわかる。売春宿設置を軍が主体的に行った証拠がこれであり、業者が悪質かどうかのその先の問題に過ぎない。
★軍・政府が主体的に売春宿設置を行うのなら、売春業者が違法なことをしないように働きかけるのは当然のことであって威張るようなことではない。むしろそれにもかかわらず、現実に違法な募集が横行していたわけで、実際に軍・政府が違法な募集を取り締まるために有効な手段をとっていなかった点が問題となる。
★さらに悪質業者を取り締まったとネトウヨが称する資料は、朝鮮においては発見されていない。そして国際法違反の未成年売春婦が、ビルマで連合軍に保護されている。つまり朝鮮でも有効な取締りなど行っていないことを示唆しているわけだ。
★これらのことは、関連資料を「よく読めば誰でもわかることである」


 防衛庁が平成6年12月5日に公表した「森川部隊特殊慰安業務ニ関スル規定」(森川部隊、昭和14年11月14日)の中には「慰安婦ニ対シ粗暴ナル行動ヲナスベカラズ」「慰安所ニ要スル経費ノ一切経営者の負担トス」「常ニ慰安所内ヲ清潔ニシ飲食物及酒肴ノ販売ヲ禁ス」とあり、防衛庁が1996年に公表した「後方施設ニ関スル内規」(昭和20年1月8日石第三五九六部隊)には慰安経営者や従業員にたいして礼儀を重んじることを命令している。「石兵団会報第74号(後方施設ニ就キ)」には雇用主は慰安婦にたいして「毎月稼高ノ百分ノ三」を「貯金」させ慰安婦をやめるときに「本人ニ交付スル」とあり、なおかつ「遊客其他ヨリ稼業婦ニ於テ直接収受シタル金品ハ全テ稼業婦ノ所得トス」「遊興費ノ不支ハ全テ営業主ノ負担トス」「稼業婦廃業シタルトキハ雇主ハ稼業当日迄ノ稼高ヲ清算スベシ」とあり、これはどうみても慰安婦たちは奴隷とはいえない。

★単に筆者の奴隷に対するイメージが貧困なだけである。


 慰安婦たちの給料は300円から1500円であり、これは当時の日本陸軍の大尉の月給が110円であったことを考えれば法外に高い給料であり、当時の女工の級は50円にもみたなかったことも含めればどう考えても慰安婦たちは奴隷であったと考えることは不可能である(*8)。

★根拠となっているビルマの慰安婦の収入に関しては、軍票トリックであることは以前示した。ちなみに1500円のうち半分は楼主の取り分で、かつ円表示であるが、実際は公式レートが等価なルピーであり、一ヶ月の収入は最大で750ルピー、1944年当時の物価指数から、内地円に換算すると40円弱に過ぎない。
★「法外に高い」などとは全く言えない。
http://ameblo.jp/scopedog/entry-10030549652.html


 シンガポールにおいては「軍人軍属」が軍用車などに「慰安婦等ヲ同乗セシムル者ヲ散見スルハ頗ル遺憾トスル処ニシテ自今厳ニ戒慎セラレ度」と軍が戒めている例するある。

★これ、専用の慰安婦にして連れまわしているとも取れるが。


1944年にジャワ島セラマンで一人の陸軍少佐は、自分の部下が現地人を慰安婦に強制しようとしたことを黙認しただけで死刑になっているし、この事件のときには他に軍・民で合計7人が7年から20年の禁固刑になっている(*9)。そのぐらい強制はご法度であったのである。このような軍が強制連行するはずがない。

もし、日本軍自らがこの陸軍少佐らを裁いたなら自浄能力を認められるでしょうが、実際にこれらの判決を出したのは、戦後オランダによるBC級戦犯裁判によってです。(セマラン→スマラン:スマラン事件(白馬事件))
★裁いたのは誰かを隠して、上記の文を書いたのは悪質な印象操作ですな(知っていたなら)。


 よくある批判に慰安婦たちの外出時間や場所の制限が人権の侵害だからいけないというが軍と同行し、戦場または準戦場に位置していることを考えれば当然ではなかろうか。まったく人権侵害にはあたらないので批判として適切でない。

★小野田寛雄の回想で、日中戦争初期の武漢での慰安所について書かれているが、本来なら慰安所のような施設は、前線から離れた後方地域の大都市に出来るものである。危険な戦場にあれば、それこそ軍が規制すべきであって放置どころか設置するのでは近代軍としてお話にならない。


 つまり、従軍慰安婦問題とは実質はなんの違法性もなく、問題として扱うこと自体がおかしいのである。強制連行の事実はなく、違法性もないのであるから何の問題もない。

★違法性ありありです。
★「何の問題もない」として扱うこと自体がおかしい。
★「強制連行の事実はなく」自分で言及したスマラン事件について責任を持ちましょう。




*1呉善花 『「反日韓国」に未来はない』(小学館、2001)p170
*2呉善花 『「反日韓国」に未来はない』(小学館、2001)pp93-94
*3中川八洋 『歴史を模造する韓国』(徳間書店、2002)p237
*4呉善花 『「反日韓国」に未来はない』(小学館、2001)p170
*5小林よしのり 『戦争論2』(幻冬舎、2001)pp294-296
*6西岡力 『日韓誤解の深淵』(亜紀書房、1992) p192 新しい歴史教科書をつくる会 『新しい日本の歴史が始まる』(幻冬舎、1997)p86から再引用
*7 千田夏光 『従軍慰安婦』(講談社、1984)pp119-122
*8『毎日新聞』 1993年8月5日付け
*9『毎日新聞』 1993年8月5日付け


参考文献
中川 八洋 『歴史を模造する韓国』/ 徳間書店 2002
呉 善花 『「反日韓国」に未来はない』/ 小学館 2001
新しい歴史教科書をつくる会 『新しい日本の歴史が始まる』/ 幻冬舎 1997

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