私のPCが古くなりアメブロを更新できなくなって早ウン年…。

今日小6のボンズと「快活クラブ」に来てPCをいじれているので、

数年ぶりにツイッターとアメブロのプロフィール更新ができました。

でも今後アメブロの記事を書くことはあまりないかと思います。

長い記事を読まれる時代ではないですからね。

ここしばらくは、ツイッターとフェイスブックで日々感じることを綴っていますので、

フェイスブックでつながっていただけるといいかと思います。

「飯田知樹」でご検索ください。


ちなみにここ「快活クラブ」には以前はボンズのカラオケにつき合っていましたが、

最近はゲームをネットにつなげてやりたがるので、たまに来ています。

ウチにWI-FIがほしいと要求されますが、

見えざる電磁波の影響を思うとしばらくはやりたくないなと思っています。

でもこれも時代の流れで近い将来やらなければならなくなるのかも

…という気もしています。


今後もご縁のあったみなさまとつながっていきたいと思っていますので、

どうかよろしくー。

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昨日27日木曜日、小5のボンズの通う小学校で舞踏家の森山開次さんの「表現ワークショップ」があった。保護者の見学(参加)も自由とのことだったので、仕事の都合がついた私も楽しみに出かけて行った。

森山さんはEテレの幼児番組「からだであそぼ」をやっている時、ボンズといっしょに、「おもしろいな~、いい番組やるな~」と思って見ていた。

その森山さんが、ボンズの通う小学校の50周年記念事業に来ると知ってビックリ。今や世界的に活躍する森山さんが、よくぞまぁボンズの小学校に来ることになったもんだと思った。彼を呼ぼうと言い出したのは誰だろう、そしてよくぞ呼んでくれたものだと思った。

全児童500人以上との「ワークショップ」でいったいどんなことをするんだろうととても興味を持った。私も時折ジンベクラブ(西アフリカのダンスとタイコ)の仲間と小学校に呼ばれて公演をすることがあるので、きっと参考になるだろうとも思ったので、「これは行きたい!」と思った。

独特の表現様式を持つ「舞踏」の世界に子どもたちが触れて、いったいどんな反応をするのか楽しみだった。またきっと、今回の体験に大きく影響されて将来に反映されるような子も一人や二人いるだろう(一人でもいれば十分とも思う)。

森山さんの公演の前に、彼を紹介したTV番組が上映された。それにより、森山さんがどんなことをしているか、そしてどんなに世界的に評価されたスゴイ人なのかが、子どもたちもある程度わかった。

そして、子どもたちの前に登場した森山さんは、長~い金髪を束ねた気さくなお兄ちゃんだった。緊張感を漂わせることなく、子どもたちに親し気に話しかけながら、ワークショップに入っていった。

「表現ワークショップ」ってどんなことをするのだろう?とみんなが思っていたと思うが、それはとてもシンプルなものだった。
ストレッチ&カラダほぐし的なことをやった後、大きく3つに分けられた。

一つ目は、リズムにノって飛び跳ねた。
「グーチョキパー、グーチョキパー」と手と足を動かしながら。
何度かやってから、低学年から高学年が発表するかたちでやっていった。
二つ目は、カラダを使って文字を書くことから、大きな流れでカラダを動かした。

三つ目は、「ウエーブ」。コンサートや野球場等のスポーツをする場で、お客さんが順番に立ったり座ったりしながら「ワ~ッ」と声を出して波のように何度もうねっていくアレ。
最初遠慮がちだった子どもたちも、だんだん盛り上がって来て、最後の方は森山さんが言ったわけでもないのに、体育帽子を上に飛ばしながらのウエーブ! この子どもたちの自主的な行動?はとても楽しく自由を感じたし、壮観だった。

それらのワークショップを1時間程やって、最後は森山さんとお仲間との「ダンス」。衣装に着替えた森山さんは、静かな歌がバックに流れると、すぐさま子どもたちの中に入っていき、子どもたちとのコミュニケーションを楽しみながら踊った。近くで踊る森山さんたちに子どもたちは大喜びだった。

一番喜んだのは、森山さんが男の先生に自分が被っていた黒い帽子を被らせて、手をひっぱって真ん中に連れ出したこと。この先生は森山さんのスローな動きをマネして踊って(?)大ウケだった。真ん中に置かれていた小さなステージに上がって、森山さんの指示に従ってワークショップでやった動きをやったり、この先生の柔軟なその場対応には感心した。

森山さんは子どもたちの間を縦横無尽に踊った後、ステージでワークショップでやった動きをやった。ワークショップの時は、踊りというより単なる運動のように思えた動きが、「そうか、こうしてダンスになるんだ!」とわかった瞬間だった。

シンプルな動きも流れの中でダンス(表現)になる。なるほど、なにも難しいことをしなければいけないわけじゃないんだ、と子どもたちも感じてくれたんじゃないかな。

そして、最後の最後はやっぱり「ウエーブ」。これまた大いに盛り上がった。この大勢の子どもたちをどう引っ張って楽しませるのか、それができるのかと思っていた私は、森山さんのさすがの手腕に感嘆した。最後のウエーブを見ていて、子どもたちがすなおに喜んで楽しんでいる姿に、私はなぜか泣けた。カラダを動かすことはやっぱり楽しいんだよね。

そして最後に森山さんから子どもたちに向けて発せられた言葉が印象的で、「あ、これを伝えたかったのかー」と思った。細かい言葉は覚えてないけど、このような内容だった。

「自分は人前で何かするなんてできない子どもだったんだけど、今こうして人前でダンスをしている。みんなの未来も開かれているよ」。


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なんだこれは~?というタイトルですが、これは私が考えたものではなく、昨日(10月8日)札幌で行った講座の中で、私とインタビューゲームを組んだお母さまが私の話を聞いてまとめてくださる時点で考えてくれたタイトルです。

約20分、聞き手と話し手を交代して「徹底して聞き合う」のがインタビューゲームですが、いろいろな話に及んだ中で、ここのところに焦点を当ててまとめてくださり、それが潜在的に私が伝えたいと思っていることとぴったり重なっていたのでびっくりしました。なかなかこのようなことはありません…。

実際、「自分にとってすでに関心がないところを掘り下げて聞かれた。違うところ、過去ではなく未来について聞いてほしかったし話したかった」という感想を持った組もありました。

ただ、これもやっぱりインタビューゲームだからこそ学べるところで、「人はそれぞれ自分の聞きたいことしか聞こうとしない」ことを体感できますから、今後の日常のコミュニケーションでそのことを頭に入れておけば、これまでとひと味違う人生を歩むこともできる…かもしれません。

若い頃からの長年の思い「戦争をしない世の中にしたい」が、現在のらくだの教室とつながっていることを、久しく忘れていました。そうだ、そう感じたからずっと関心を持って「開塾」のタイミングを見計らっていたんだ、ということに気づきました。

なかなか理解されないだろうな…とは思いつつ、自分の信じた道を地道に歩んでいこうとあらためて思わせてくれた、インタビューゲームと今回組んでくださった方、そして主催してくださった方、参加してくださった方々に感謝です。


◎以下、今回インタビューゲームで組んでくださった方が私に「インタビュー」してまとめてくださった内容です(一部手直ししてます)。

“戦争をしない世の中にしたいから、子どもたちにらくだをやってもらいたい”

私は飯田知樹です。若い時から世の中の事に関心がありました。人と会ったり、講演会やシンポジウムに参加するのが楽しかった。しかし「教育」関係には興味がなく、人文学部を中退して、ワークショップに参加したり音楽に出会ったり好きな事をしている中で、東京でらくだメソッドを主催する平井雷太さんに出会った。でもその時は自分がまさか将来、らくだの学習塾を開くとは夢にも思わなかった。

しかし、人生とはわからないものだ。その後、父親の介護を経て、小1の子どもがいる女性と一緒になり、新しい仕事を考えた時に、自分の子どもにらくだをやってもらいたいと思ったことをきっかけに、らくだの教室を開くことを決意した。

やり始めて気づいた。これは天職だと。今まで私は出会いによって「生かされて」きた。私は人とのつながりの中でしか生きられない。この仕事はプリント教材を媒介にして、いろいろな人と出会える。それが自分の生きる力になるんだ、と気づいた。

今の世の中は今の教育の「成果」で、考えなくても生きていけるようになっている。普通の人間が、普通に育ち、考えたら、戦争なんかするわけがない。それぞれの頭で考えられ、自分で考えて行動する子どもを育むためにも、らくだを潜在的に必要としている人にもっともっと届けたい。


◎以下は、「講座を終えて」感じたことをまとめたものです。

“考えないこと、とりあえずやってみること” 2014年10月8日 飯田知樹

相馬氏の口からは語られたことは、今の子どもの多くは何をするにおいても「準備万端整えて」から。相馬氏は「酒の勢いで?」漂流教室を始めた。私は、子どもを持った勢いで?らくだの教室を始めた。‘食いぶち’も分散してあり、人とのつながりが多様にあるのも共通している。“ツール”があるかどうかの違いで「子どもに寄り添う」ことが中心であることも共通。札幌という街で、時を同じくして生まれ、なんとかでも継続している同士。「考えるばかりじゃなくて、とりあえずやってみる」こと、子どもに伝えていきたい。






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