春のお花。東北での記録の最後はソトベニハクモクレン。
「木蓮の花が方向をおしえてくれるんだぁ。先っぽが北」
そんな話を子供の私にしてくれたのは東北は山形県に住んでいた叔母。
ボランティア活動を終え、被害の大きかった仙台市若林区に住む親類を訪ねました。
東京から持って行っていた、食料やコンロやガスボンベ・マスクやタオル類などは、救援物資が不足していた場所にみんな置いてきてしまったので「経済復興の一役」と再開できたばかりであろうお菓子やさんで、気持ちが休まる様甘いものをいっぱい購入しお土産にして。
最初に伺った親戚宅は、以前東京の企業に勤めていたけれど、現在はお父上の仕事を継いでビンの再利用事業をなさっています。伺ってみると、御自宅の前の広大な敷地には、全て事業用のリサイクルビンが整然とつまれていました。3段くらい。震災前は10段くらいは積まれていて、地震で3分の2くらいが割れてしまったそうです。
そのお宅の御主人は昔から勘の良い方で、地震の2週間前くらいに「大きな地震があったりしたら困るから」と、ソーラー発電を導入したばかり。震災時は近隣の方々にしばらく炊き出しを行っていたそうです。
東北地方には、伝統ある酒蔵がたくさんあります。酒蔵復興のためになんとかビンを集め届けている日々だそう。そして週に1~2回業務のかたわら何度も気仙沼に赴きボランティア活動をされているとの事。一緒に顔を見せてくれたウチの息子と同年代の、久しぶりに会ったらとても大きくなっていたスポーツマンの息子と共に。
彼曰く・・・
「あのな、気仙沼でいろいろやってきたけど、行く度に良くなっていくんだよ。もう、切ないくらいに大変な状況だった場所が、どんどんよくなってきてる。大丈夫だよ。心配しすぎるな」
そして、奥様(はとこ)は
「被災しても、もっとひどい場所の人たちに比べたら自分たちなんてまだましよぉ♪」
大きな被害だったのにもかかわらず、3人とも元気そうに笑って言っていました。
そして、
「あなたの顔を見たら、とても喜ぶと思うので母に顔を見せてやって」と。
親類の中で一番大きな被害にあった、90歳に近くなる大好きなおばさんです。
実は、心配ではあったけれど、
大変な時にご迷惑ではないか?気を使わせてしまうのではないか?
お会いして、何をどうすればいいのだろう?
遠慮させて頂こうかと悩んでいた時の一言でした。
小さい頃から、とてもかわいがっていただきました。御主人は芸術家で早くに亡くなられて、その後は猫と2人で御主人の作品と一緒につつましく暮らしていたおばさん。
もの心ついてからも何度か伺った、優しくおだやかな空気の流れているようなその家は、
全壊してしまいました。
長男の家に身を寄せていたおばさんのいつもと同じ穏やかな笑顔を見た時・・・
泣いている場合ぢゃないと思っていたのに、涙があふれてしまいました。
足腰が弱くなっていたところに全壊になるほどの地震。どんなに恐ろしかった事だろう。
地震当日。いなくなってしまった猫は、3日目に倒壊した家の床下から出てきたそうです。
「この子も怯えてたのよ。でも迷い猫にならなくてすんでよかったわ。
私の命はいただいた命。大事に過ごそうと思っているから、心配しなくて大丈夫よ。」
いつもの優しい笑顔で・・・
現地に行かれた多くの方が
「逆に元気をもらってきました」とおっしゃっていた意味を心から理解しました。
ありがたい事に親族は皆無事でしたが、
大切な人をなくし、しかし、愛するその土地で、その場所で、復興に向けてがんばっている方々がおおぜいいる。なんとか希望を持ち、震災前の日常に戻る事を心から望んでいる方たちが。
原発の心配があろうがなかろうが・・・
それが、私が体験してきた震災後の仙台です。
これからが大変なのです。復興・時間とともに変わっていく社会・原発問題。
自分はこれからどうするのか。
この仙台行きがはじまりになりました。
震災後の制作仕事のBGMはもっぱらBob Marley
この1曲でこの長文記録は終わりにしたいと思います。
つたない文章にお付き合いいただき有難うございました。
Bob Marley / Redemption song