最近お気に入りの伊坂幸太郎さんの本のテーマ。

神様のレシピ



なんだか良い響きだアップ



会社は楽しい。


いつかどこかで会ったような気がする人々に囲まれて
いつかどこかで聞いたような会話をしている。



きっと気付いたらあっという間に5年位経っちゃってて

27歳の9月に結婚する。

きっと。おそらく。多分。

27歳の9月に。

28歳になる直前。



そんな神様のレシピが用意されている気がする音譜



これは願望なのかしら?


願望なのかもね。




なんか今は遠回りして遠回りして遠回りして
もう一歩ってとこで怖くて逃げ出しちゃっている気がするDASH!


もう少し強くならなきゃね天使

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もしも、お金がたくさんあって、一生働かないでも贅沢な暮らしができるとしたら私は何をするか。

万に一もないことなんだけれども、考えてみた。


働くんだろうなって思う。


お給料も気にせずに、やりたいことを精一杯。

ガムシャラに。

働き続ける。



贅沢レベルが今以上の暮らしはし続けたい。

だから、ある程度の安定した収入は必要。


そうなると、会社も絞られてくる。


「ある程度の収入」を気にしなくて良くなった時にやりたい事が

私の一番やりたい事なんだろうなって思う。



うん。

来年からは忙しくなって、日々の仕事に精一杯になって、夢とかも忘れちゃうんだろうなって思う。

磨り減っていく日々の中でも「一番やりたい事」忘れずにいたいな。

の前に!

何やったって磨り減らない人になるのが大事☆〃

楽しめるかどうかなんて自分次第だもんねー♪♪

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最近「お金持ちのお家の子はカッコ良い子や可愛い子が多い」ってことについて考える。

天は完全に二物与えているよね?!

理由がよくわかってきた!


キーとなる要素は・・・

①お金持ちは父親の経済力が優れている場合が多い

②女は計画的に恋をする

③美しい女はより魅力的

④それなりの会社に行くには、できそうな容姿が必要

⑤それなりの会社の方がお給料は高い

そんなとこ。


綺麗な女の人はおそらく、経済力があって爽やかな容姿の人(そして性格も素敵な人)に惹かれる。

経済力があって爽やかな容姿の人もおそらく、綺麗な女の人(そして性格も素敵な人)に惹かれる。

そうなると、母親も父親も美しい。で、お金も持っている。んで、性格も素敵。

そんな両親から産まれる子供は美しい。んで、性格も素敵。


そんなわけで天は当たり前のように二物も三物も与えちゃうんだね♪♪


似たような考え方で、お金を持つには頭の良さが必要ってのもできる。

だからね、頭良くてお金持ちで容姿端麗で性格も素敵な子ってのが出来上がる☆


不公平な世の中だ!笑



明日は大好きなぴかりーとお話できる日☆★

ぴかりー読んでいるかしらん。

どんどん語ろっぜ~ぇい↑↑

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お墓参りには年に何回も行く。

今日も行って来た。山梨まで。

送り火ってのをたいてきた。

送り火っていうのはね、お盆に帰ってきた人があの世へ帰るのを送り出すためにたかれる火のこと。

お墓の前で炊いてきたよ☆

ちなみに迎え火はお家でたくのがうちの田舎の風習らしい。


でね、お墓の前で考えていたことがある。

それは、似たようなコミュニティーの中で自分自身が生きていることについて

きっかけは、この前お坊さんに聞いたお話。

お話してくれたお坊さんは、お盆の初日に山梨から東名に乗って東京方面へ来る。

お盆初日はそれなりに混んでいるらしい。

で、車で走りながらよく見かけるのが「お坊さんの仲間」らしい。

高速道路を走っていて、お坊さんがいることに気づく人ってどのくらいいるのだろうか?!

おそらくお坊さん仲間だけだと思う。


これは、就活スーツの原理と同じだと思う。

自分が就職活動を始めるまで、街中に就職活動中の人が溢れているなんて気づかなかった。

でも、就職活動を経験した今ならわかる。

街の中にたくさんの就職活動中の人がいるってことを。


何が言いたいのかはわからないなぁ。

つまり・・・自分と違う生活をしている人の存在に自分は気づいていないってことかな。


自分自身、たくさんの友達がいると思っている。

しかし、それは私が過ごしているコミュニティーにおいてのお話。

今過ごしている生活から少し離れた世界(?環境?)で生活をしている人の友達がいない。

ちなみに社会学では「自分自身が信じているルールが通じない場所」のことを「無縁」て言うらしい。

「無縁」の世界には友達も知り合いもいない。

当たり前って言えば当たり前。

でも、自分にとって「無縁」となる場所が多いことが悲しい。

もったいない気がする。


勿論今の私が過ごしているコミュニティーにはとても満足している。


ただ、その他にもたくさんの人々と知り合いたい。

そういった存在に気づける人になりたい。



最近の私は希望系のお話が多いなぁ。

就職活動が終了して物事を考える時間が増えてきたら、たくさんの希望が生まれてきたんだ。

一個一個かなえていきたい。


でも、今日の課題を解決するのは難しい。

なんと言っても、「知らない存在に気づく」ことなのだから。

お坊さんの住む世界でも良い。

他にどんなものがあるのかもわからない。

私が過ごしている世界がとってもとっても小さいことがわかっただけ。


少しでも、多くの環境が存在していることに気づいていける人になろうと思う。

昨日はブログを書いて三時間程で消去した。

なんとなく。

読む人の気分によってたくさんの捉え方ができる文章だと思ったから。

1mmの厚さも持たせずに私の意見をそのまま伝えられるだけの文章力が無い。

読み直してそう気づいたから消去した。


ただ、ある部分だけはそのまま伝えられる可能性があると思ったから書いてみる。

誰に伝えたい、と聞かれれば何年後かの自分と答える。

21歳の私が梅雨の季節に考えたことを残しておきたいと思う。

だから、今日は他の誰でもなく未来の自分に書いてみる。




何年後かのsayayaへ。

21歳の今、嫌いなものが無い。

意味がわからないかな。

嫌いな食べ物もなければ嫌いな人もいない。

綺麗事に聞こえるかもしれない。

でも違う。たくさん考えた結果なの。

きっかけは友達のイカトーク。

友達はずっとイカが嫌いだった。

イカの何がおいしいのかわからなかったらしい。

でね、北海道で港に行った時に灰色に近い色の生き物を食べたんだってさ。

食べた時に

「こんなにおいしいもの食べたことがない!」

って思ったらしい。

それがイカ。

私はまだ生で見たことがないんだけど、とれたてのイカは灰色に近いんだってさ。

それで、甘いんだって。

それを食べた時に

「今までイカを嫌いだったのは本当のイカを知らなかったからだってわかった」

らしい。

わかるかな。

人や物を嫌いになるのってこのイカ話と同じなんだろうなって考える。

本当の姿を知らないで、自分が知っている部分だけを全てと疑わずに「嫌い」って言っていたんだと思う。

私にはまだ何事の「本質」もわかっちゃいないと思う。

心の底からわかりたい、と思う相手のことでさえも何もわかっちゃいないと実感することがある。

なのに「わかりたい」と思っていない相手や物事なんてわかっているはずがない。

「嫌い」になるだけのサンプル数がある人も物事も食べ物も無い。

「嫌い」になるのが悪いって思っているんじゃない。

今の状態を美しいとも思わない。

むしろ何かを「嫌い」になるだけの経験をしてみたい。

「あれは嫌いだなぁ」

って心から思える何かがあるような人生であってほしい。

そりゃ全てのことをわかった上で愛せるような人になっていたらますます嬉しい。

でもそうなるには修行に出るしかないだろう。

修行まではいかなくても、何かを嫌いになれるだけの経験を積んでいますか?

きっとね、毎日真剣に何かに一生懸命生きていれば嫌いな感情もわかるんだろうなって思う。

まだまだ21歳の私はくすぐったい位甘っちょろいです。

何年後かの私は、今の私よりもずっとずっと多くのことを考えて、たくさんの経験をしていること願っています。

たくさんのことを考えて、一人でも多くの人が笑っていてくれる環境を作り出していてほしいです☆