ベタなタイトルだが、今回はあえてベタで行きたい。
私は時計台の鐘が鳴る札幌市民です←札幌市民憲章よ
そして私は40目前の中年です。
私が子どもの頃、その建物は五番館というデパートだった。その当時、札幌駅界隈には五番館、東急、そしてそごうがありました。(マルスステーションデパート〈現アピア〉は単なる地下商店街なので除く)
そごうは私が子ども時分に出来た一番新しいデパート。でかいNゲージのジオラマが入り口にある模型屋があって心が躍ったものだ。そして東急と五番館は物心ついたときにはあった。五番館は古くさかった。東急は新しくはなかったがまだ古くさくもなかった。母親は東急が好きだったみたい。でも、なんか大味な感じでいまいち好きになれなかった。自分は古くさい五番館が好きだったのだ。なんか子ども心に老舗感とか感じたのかもしれん。なんかゆったりしてて、適度にこぢんまりしてて。屋上遊園地もなかなか素敵だった。
そして、中学の時かな、五番館は西武に身売りして「五番館西武」となった。残念でもあったが、嬉しくもあった。あの頃はセゾンがいけてた時代でした。広告の時代でした。旭川や函館には西武があるのになんで札幌には無いんだよとか思ってた私には朗報だった。これで近所に無印良品ができる、と喜んだ。札幌市内の西友でも無印は扱っていたのかもしれないが、西友は遠かったし。
そのころ都合良く自転車が壊れたので親にお願いして無印の自転車を買って貰った。ホーマックとかで買った方が絶対に安いのだがそこはお願いですよ。無印の自転車はごつくて重たかったがそれでも嬉しかった。
大学に入り、入学式用に親がブレザーを買ってくれた。どこで買うという話になり、「五番館西武で」との主張が受け入れられた。
五番館西武が出来て少し経ってからB館が出来たような気がする。同時開業ではなかったような…。B館は今のロフト館。階段が素晴らしかった。当時は踊り場にベンチがあって喫煙できた。そこで本読んだりもしてた。酒蔵という酒販売フロアにも通ってた。酒の種類が他のデパートとは段違いだった。日本酒の銘柄覚えたのは酒蔵でだ。WAVEはテクノや当時流行っていたワールドミュージックの品揃えが良くてこれも結構買った覚えがある。一番上の階には赤れんがホールという小ホール兼催事場があった。ステージとひな壇状の客席という小ホール仕様にも、平面の催事場にもなるという凝った作りだったはず。ちっちゃい映画祭(名前は失念)とかZABADAK(!)のコンサートとか見に行った。インカ文明展みたいなのも見に行った覚えが…。でも、いつのまにか階段からベンチは無くなり、酒蔵は縮小、WAVEは撤退、赤れんがホールも閉まっていることが多くなった。気づけば、名前も五番館西武から札幌西武になっていた。
西武本体に昔の勢いがないこと。そごうがなくなりステラプレイスや大丸ができるなど札駅界隈の風景が大きく変わったこと。不況。などなど色々な要因があったのだろうが、9月末をもって閉店ですってよ。悲しい。やはり西武の無印が市内では一番品揃えいいと思うので困るし。というわけで、日曜日にお別れしてきた。以下はお別れ写真。クリックすると大きくなるはずなのでヨロタム。
「さっぽろの心をあなたに」
お別れ展みたいなのがあって、社史的な物が張り出されていたのだがその中にこの曲の歌詞カードが。正味な話、サビしか印象に残りづらいのだが、サビの印象深さは格別。お別れ展会場にはラジカセが置いてあり、この曲がエンドレスでかかってた。「カラフルワイード ごばんかんー」
という歌詞がなんとも素晴らしい。カラフルでワイドだもんな。
ロフトの地下。なかなか心躍るエントランスだと思うのだが。ロフトは年末まで営業とのことだが、この際撮ってしまった。本当はまだ営業する店なのだし、写真とったらまずいのかもしれんな。
駐車場からの連絡バス。初代のはロングシートのマイクロバスだった。このバスに乗ると「さぁ、西武だ」って気になったものだ。
7階の渡り廊下。お別れ展の一部で、昔の新聞記事や市民から募集した五番館の思い出エッセイなどが貼ってあった。
五番館西武になったときのパネル。
当時の新聞広告。セゾンで映画作ってたころ。高嶋兄だ。切れてしまったけど、このすぐ上に横一段でチケットセゾンの広告が入ってる。まさにセゾンな時代だよ。
赤れんがホールの入り口に残った五番館時代の看板
ロフトの階段、よく入り浸ってた。景色いいし。
階段に座って本を読んでる若い女子がいた。おじさんも20年ぐらい前にそこでそうやって本読んでたよ、なんて声をかけるはずもない。
仲小路から仰ぎ見る連絡通路。少し斜めになってるのが、またかっこよく思えたものよ。
できた頃はもちろん蔦なんて絡んでいなかった。これが時間というものだな。
改めていい小路だよな。
駅前通側
南側
いい建物だよな。
好きなデパートが無くなるのってなんか思い出が消えてくようで悲しい。自分はデパートにとって最大の利益源である、服や靴、鞄、化粧品などのファッション関係ではほとんど貢献できなかったのが悔やまれる。もう、なんともしようがないのだが。
ああ、どうして自分が好きな物って消えて無くなるのだろうか。