去る30日(土)、知人のエッセイストK氏と熊本の烈士T氏と会うことになった。場所は九段下のかつての蕃書調所跡に建つ、とある会館である。
T氏は熊本に居られたがお仕事の都合で、静岡に赴任。研修で東京に来られているとのことであった。
かねてからT氏とお会いする話があって、K氏からは是非ご一緒にと誘われていたが、その日がついにやってきた。
最初に私が、そしてK氏と落ち合う。その後、暫くしてはじめてT氏と対面した。制服着用とのことだったのでT氏はすぐにわかった。
そして会館のコーヒーラウンジで、自己紹介もそこそこに色々と三者会談をする。かたや熊本の烈士にして、一方は旧熊本藩士。そして熊本とは縁もゆかりもない本荘藩士の末裔が花のお江戸でのおしゃべりである。
T氏ははじめ厳ついというか、体格のしっかりした方だと私もK氏も勝手に想像していた。しかし、初めて見るT氏はそれとは裏腹な、ごく普通の体格をされた方であった。それには2人とも驚いたが、メール等でやりとりしているせいかT氏とは初めてのような気がしないのである。
早速に熊本での歴史談話となった。K氏のご先祖の墓探しや、神風連のことなど3人共通の話題にはことかかない。
その後、靖国神社へ行き偕行文庫や遊就館を見学。T氏は仕事先に呼ばれて中座。K氏と私とで遊就館を見学した。
ご一新以来の戦争の遺物や神社の歴史を語る史料が展示してある。それだけではなく、甲冑など武具類もある。入って最初に目に付くのは大坂冬の陣の際に彼の大坂城の天守閣をぶち抜いたという大筒である。
甲冑類は伝信長の南蛮兜や金吾秀秋の甲冑もあった。が、私としては加藤嘉明の富士山形兜鉢を見たかった。
多い史料の中で、この展示はこうした方がいいなと思うところもあるが、ここを辞去して市ヶ谷駅へ向かう。駅の近くの喫茶店でK氏と休むこと数十分、T氏から連絡があり、ここで落ち合うことになって、T氏の知るサロンで午後の4時過ぎから飲み始めた。
ここでも色々と話したが、T氏の熊本の人たちに対する思い入れや、お仕事に対する情熱を知り、とても感銘深くした。それに比して私などはただその日を無為にだらだらと暮らす、ぐうたら人である。
まさにT氏は現代の「熊本の烈士」である。
最後に記念写真を撮って午後7時頃に参会し、またの再会を期した。
熊本の烈士と、介錯人との楽しい一時はこうして終わった。帰宅後、両氏と熊本の知人でT氏に会いたがっておられたS氏お写真をメールでお送りした。
T氏にかつての幕末の志士にも、いや神風連の烈士に似たような雰囲気を勝手に持ってしまったが、まじめながらもまた、お話ししたい方である。