霧社からいったん埔里へ引換えし、昼食を摂って、日月潭に向かった。今でこそ、台湾を代表する観光地となっているが、春夫が訪れた頃は、まだ観光地として始まったばかり。台湾電力会社ができて、水力発電工事が始められ、春夫もその恩恵で見学できているのだが(さまざまな挫折を経て、完成まで結局15年の歳月)、春夫が泊まったのは総督府の宿舎「涵碧樓(ハンビーロウ)」、そこから船に乗ってサオ族が住んでいるラル島まで歌や踊りを見にゆく。

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遊覧船が出る辺

杵歌と杵音とは、サオ族のもっとも代表的な音楽で、女性が杵を使って石臼で稲穂を敲(たた)く音に由来すると言う。
日月潭は、ダムが完成して、水深が21m上がったことから、春夫が泊まった宿舎の場所はいまでは湖底に沈んでおり、ラル島にも人が住めなくなって移転を余儀なくされた。
わたくしたちが立ち寄った遊覧船の乗り場辺りには、サオ族が観光客用に演じる舞台があり、そこでは、春夫も眼にした「杵つき歌」が演じられていた。

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サオ族の「杵つき歌」実演

春夫は、サオ族の文化が観光化されていることに、批判的な意見を述べているが、さらに観光化が進んだ風である。しかし、サオ族の人々は、いまでもなお祖霊信仰、祭祀、冠婚葬祭、部族の行事など精神生活を大切にしており、わたくしたちはその家の祭壇も見せていただいた。春夫が見たのは、旧暦8月の新年祖霊祭の行事であったことが、いまでは判明している。

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