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6月の休館日:5日、12日、19日、26日
7月の休館日:3日、10日、18日(火)、24日、31日

※月曜日と祝日の翌日が休館です。
※7月17日(月)は祝日のため開館。翌18日を休館とします。

こちらもどうぞ佐藤春夫記念館フェイスブックページ

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  • 27 Jun
    • ノウゼンカズラの季節到来!

      ノウゼンカズラが咲き始めました。 今は、受付の横の石垣の上の花が満開です。   そして、門のところは、写真のような感じです。 こちらは、水曜日頃から咲き始めたばかりです。 この水曜、日曜と、大雨が降り、つぼみが落ちてしまわないか心配でしたが、 無事咲き始めました! 最近あまり天気がよくないのですが、 日ざしの中で咲き誇るノウゼンカズラの花を ゆっくりながめたいものです。

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  • 24 Jun
    • 館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う21

      「一、個人を尊重することを知らず、正しき校風の名の下に多数者の勢力を振ふこと高等学校より甚だしきはなし。(略)/一、帝国大学の図書館に於てはその後一切社会主義の書物を貸さず云ふ(附記す、鷗外博士曰く、社会主義と自然主義の外にして近代の文学なしと。)堪えがたき哉、官僚の臭、児は何所にか文学を学ぶべき。/一、要するに高等学校及び大学は文学を究めむとする児等にありて遂に何等の権威と関係とを有せざる也。」 書き出しは、「御手紙読了、左に御返事を認むべく候/一、高等学校に入学せぬと云ふ事は作家は深く学ぶの要なしと云ふ事とは全然根底を異にすること也。一、作家は深く学ぶの要なしと云ふがごとき理は、児の知らざる所なり、(略)一、学問は高等学校の専売にあらず。」で始まる父豊太郎宛の書簡から(1912年・推定・4月16日付)。父は、慶応義塾という私塾に入学した春夫に対し、あらためて、高等学校から帝国大学への進学を希望、要望したものと見える。文学を究めようと決心した春夫にとって、父の敷こうとしているコースはむしろ有害、と主張。文中「児」とは「自分」の意、「その後」とは、「大逆事件後」の意味である。 長い間潜伏していて、時流に乗って急に浮上してきたかに見える、現在の人文系学問への風当たりの強さ、理系重視、実学重視、効率重視へのあからさまな学問シフトの移行、そんな現在の風潮への強い異議申し立てとしても読み取ることができる。

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  • 07 Jun
    • 館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う20

      「その次の日にもフロオランスは、水絵具と早咲きのヒヤシンスとを持って、また見舞いに来た。//「ヒヤシンスなんて、そんな馬鹿げたものをあなたお描(か)きなされやしませんわね。これはただ持って来たのよ。こんなものは女学生が描くんだわ」//「おれもそう思う。―美しい花だ」//イシノはにっこり笑った。誠にこの上もなく邪気のない笑顔であった。―この笑(えみ)を見るだけの事にでもフロオランスは、彼と同棲する値があると信じたのかも知れないのだ。」 主人公の画家マキ・イシノのフランス・パリでの暮らしぶりをややメルヘンチックにえがいた春夫の作品が『F・O・U 一名「おれもさう思ふ」』。「FOU(フウ)」は「狂人」の意味。1926(大正15)年1月の「中央公論」に発表されたもので、モデルとされるのは、やがて関口町の春夫の自宅(現在の新宮市の佐藤春夫記念館)を設計する大石七分(しちぶん)。東京に文化学院を創設した西村伊作の弟で、大杉栄とも深交があった。叔父で医師の大石誠之助が「大逆事件」で刑死させられ、大杉も関東大震災後の混乱で虐殺され、国家権力の横暴は、七分の精神をも蝕(むしば)ませたのである。フランス・パリへの逃避、そこでの「奇行」が題材になっていて、精神病院へ入院もしている。掲出部分は、その精神病院に見舞ったフロオランスとの会話。イシノは日本に妻子を残してきていた。実は、フロオランスは売笑婦だった。しかし春夫は、翻弄されるイシノを「邪気のない笑顔」「優雅で柔和な紳士」として、天賦な才能を有する芸術家として愛着を持って描いている。

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  • 27 May
    • 雑記

      スタッフMです。唐突ですが、記念館2F和室に展示している、春夫一周忌門弟代表メッセージパネルの中には井伏鱒二直筆のものもありますよっと。 (研究でもらえる栞は全部取りましたが、イケオジ井伏を転生させられるだろうか…) 以前に文アルとのコラボについてお問い合わせをいただき、できれば何かやりたいとはお答えしたものの、相変わらず何も進んでいません。常勤二人+週二バイト一人で受付業務から清掃やら事務やら資料整理など一通りの業務をやっておりまして、正直手が回っていない…楽しみにしてくださっていた方には申し訳ないです。 当館館長もけっこう乗り気ではあるのですが、この手のイベントをやった人が身近にもおらず、誰も進め方が分からないという…そして何をやれば喜んでもらえるのかもピンとこないという…ちなみに館長案は、「絵の使用許可をもらって、等身大のキャラパネルを作って置いてみたらどうだろう」というものです。(文アルはるさん、身長設定はどうなっているんでしょうね。大きそう) 何かやりたい気持ちだけはあるのですが、アプリ解禁までに間に合わない事だけは確定しているので、ここでご報告させていただきます。 それにしても文アル効果なかなかのものですね。来館者の平均年齢が急に下がった気がします。 あと、書き物好きな方が多いのか、来館者ノートもにぎわっています(そしてノートのあちこちに踊る「某ゲーム」の字)(なぜか伏せられるゲームタイトル)。本やグッズも購入してくださるし、ありがたい限りです。 と、思っていることをつらつらと書いてみました。一応記念館の公式ブログではありますが、このブログはかなり自由度が高かったりしますので、いちスタッフがなんか言ってらぁくらいに捉えてもらえれば助かります。 そういえば、以前館長にハエトリグモが糸を出しながら歩く話をしたところ、そういうのも記念館のブログで書いたら? と言われましたっけね…さすがに春夫や記念館どころか新宮とも関係のなさすぎる話なので書いてないですが(笑) その他お知らせ事項としてはレターセットが品薄になってきたな、とか。おそらく再販になると思いますが、一時的に取り扱いがなくなるかもしれません。 以上、スタッフMの雑記でした。

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  • 17 May
    • 館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う19

      「彼はその気の弱さと我儘(わがまま)とのために人を避け、心の底に抱くその秘密と傷手とのために自己を飽くまで追及することもできないで僅(わずか)に形影相弔(けいえいあいとぶらう)の文学を作り、孤独を慰める一手段としてピアノのキイを次々とたたくように異性を追い求めた人ではなかったろうか。/すべての文学にはみな形影相弔の姿はある、しかしそれを荷風ほどはっきりと具象的に示している例は稀(まれ)であろう。」 「形影相弔」は難しいことばだが、「かたちとかげ、自分の体とその影とが、互いに相慰め合う」つまり「孤独な様」の謂(い)いである。恩師永井荷風の「本質」を、一言で言い表そうとし、荷風の代表作「濹東綺譚(ぼくとうきたん)」に言い及ぶ。 戦後、春夫は『晶子曼陀羅』から始まって、『小説高村光太郎像』『小説智恵子抄』と実在の人物を登場させて、独特な文学世界を築き上げてゆく。『小説永井荷風伝』もそのひとつ。春夫が恩師荷風をどのように捉えていたかは、岩波文庫版『小説永井荷風伝他三篇』の中島国彦氏の解説に、手際よくまとめられている。「荷風を語りつつ、春夫は自己の姿を、知らず知らず明らかにして行く。二人を巡る真のドラマ、そこにこそこの作品の面白さがある」と言う。

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  • 05 May
    • お供茶式会場のお知らせ

      明日、5月6日のお供茶式は記念館前庭で執り行います。 皆様お誘いあわせの上ご参加ください。式典は10時から。参加者へのお呈茶は11時頃までを予定しています。なくなり次第終了。 詳細・注意事項は1つ前の記事をご覧ください。式典準備のため10時までは入館できない等、通常時とは違う点があります。 駐車場の混雑が予想されますので、お車の方は係員の案内に従ってください。ほぼほぼ河川敷駐車場に誘導されると思います。   皆様のご参加をお待ちしております! 館内も是非見学していってくださいませ。

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  • 26 Apr
    • お供茶式のお知らせ

      今年も5月6日が近付いてまいりました。スタッフMです。 5月6日は佐藤春夫の命日です。この日は毎年記念館前庭で式典を執り行っております。 先に要点だけ箇条書きに。 ――― お供茶式 5月6日午前10時~11時頃 晴天時…佐藤春夫記念館前庭 雨天時…新宮市福祉センター(市役所等の駐車場をご利用ください) どちらの会場になるかは前日17時までにフェイスブックページで告知。 どなたでも参加可。無料のお茶のふるまい有り(なくなり次第終了)。当日記念館は入館無料。 ――― 記念館が開館する以前から、春夫命日には有志がお茶をお供えしていたようです。記念館が作られてからは、記念館が「お供茶式」として式典を執り行っています。 今回のお供茶式は、 ・晴天時…記念館前庭 ・雨天時…新宮市福祉センター ともに、午前10時~11時頃。来場された方にもお呈茶いたします。なくなり次第終了。 と、なっております。雨天時会場がこれまでと違いますのでご注意ください。 新宮市福祉センターは新宮市役所と道路を隔てた場所にある、市民の皆様にはお馴染みのあの場所です。この建物内にある中央児童館で遊んだ方もいらっしゃるのでは。 ちょっとばかり注意事項を。 晴天、記念館前庭で執り行う場合 ・準備で立て込んでおりますので、式典開始の10時まではご入館できません。 ・式典中は裏口からご入館できます。スタッフが裏口付近にいますので、遠慮なくどうぞ。 ・式典の片付けが終わり次第、普段通りの開館となります。無料です。 雨天、新宮市福祉センターで執り行う場合 ・記念館は通常通りの開館です。9時からご入館できます。無料です。 お供茶式では春夫遺影に呈茶ののち、参加者にもお茶とお菓子が振る舞われます。空いた椅子に座っていると、淡交会の方が持って来てくれますので気楽ですよ。 ぜひお気軽にお立ち寄りください。記念館内も帰り際にぜひぜひ見て行ってくださいね! 5月6日は無料で入館できますので! 晴れなら無料でお茶とお菓子と記念館見学が簡単にできて、とてもお得感があるイベントとなります。雨天だと新宮市福祉センターから記念館に寄るのが大変になるのですが…(徒歩で20~25分ほど?)うーん…晴れてほしいものです。晴れ男に期待。 お供茶式会場がどちらになるかは前日に決めてしまいますので、5月5日の17時までにはフェイスブックページで触れようと思います。前日に決めますので、天気によっては当日晴れていても雨天会場になるかもしれません。 尚、駐車場に限りがありますので、お供茶式会場が記念館なら熊野速玉大社近くの河川敷駐車場、新宮市福祉センターなら市役所等の駐車場への駐車を推奨しております。少し歩くことになりますが、ご協力お願いいたします。  

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  • 11 Apr
    • 「初恋びと」連載のお知らせ

      春夫生誕日入館無料の一日を終え、すっかり通常運転になりました。スタッフMです。 日曜の入館無料ということで、たくさんの方が入館してくださいました。他所でも生誕日をお祝いしてもらえてありがたや…。雨と雨にはさまれた日曜でしたが、生誕日当日は晴れて(一時ざーっと降りましたが)春夫の晴れ男っぷりが発揮されていたような(笑) 今年は前回(土曜日)と比較すると入館者数は少なかったのですが、売店売上はなかなかの伸びでした。というか、最近図録やらグッズやらを買ってくださる方が増えましたね。ありがたい限りです。     さて本題。フェイスブックページでも軽く触れましたが、熊野新聞にて春夫の「初恋びと」の連載が始まりました。 連載開始の関連記事が熊野新聞オンラインにありますので、こちらもどうぞ。 臨川書店の全集には一部しか収録されていなかった「初恋びと」なのですが、上記記事の通り、市内の収集家の方が奔走してくださったおかげで全文が揃いました。収集だけではなく、なんと新聞掲載の働きかけまで…おかげさまで、まとめて読める機会が少なかった小説が改めて日の目を見ることとなりました。掲載誌の『新婦人』は今でも古書店で入手できますが、さすがに古書入手はハードルが高いですからね。関係者の皆様方ありがとうございます。 ちなみに、『新婦人』掲載時の挿絵担当は佐藤泰治。佐藤コンビですね。 この『新婦人』掲載の「初恋びと」、初回は手書きタイトルが「初恋人」と書かれているのですが、二回目から「初恋びと」になっています。このタイトルが意味するところは“初恋の人”であって“初めての恋人”ではないので、やはり「初恋びと」表記がしっくりきますね。 初恋に振られてあるルビは二回目までが“はつこい”三回目以降は“はつこひ”となっていました。このあたりは…誰の判断なのでしょう。春夫のこだわりだったりするのでしょうか。ちょっと分かりません。     新聞連載用に可愛らしいタイトルロゴを付けてもらった佐藤春夫の「初恋びと」。熊野新聞4月9日付から、木曜付と日曜付の週2回掲載予定となっています。

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  • 06 Apr
    • 春夫生誕日、4月9日は入館無料

      スタッフMです。記念館に『文豪とアルケミスト オフィシャルキャラクターブック』と『文豪図鑑完全版』が届きました。『新編日本幻想文学集成5』と合わせて職員さんが購入した模様。現在展開中の新たな(少なくとも佐藤春夫に関しては)流れを知るという意味でも、キャラクターブックは押さえておく資料と言えるでしょう。多分。 つい先日届いた泉鏡花記念館館報のボランティアスタッフだよりに「5人の“鏡花ちゃん”たち」というワードを発見し、鏡花ちゃん5人もいるのかすごいな…と思いました。はるさんは今何人いるのでしょうか…   さて本題。今年も佐藤春夫生誕日が近付いてまいりました。 ----- 「春の日の会」といふのは、はじめ、わたくしの還暦と芸術院会員になつたのとを、わたくしの知友たちが祝つてくれた会であつたが、それが毎年の行事になるのは恐縮だからもうやめてほしいと云つたが、いい季節ではありかうして年に一度みな顔を合わして遊ぶのもたのしいから会は是非つづけたいと云はれて、それではわたくしのための会といふのではなくたまたまわたくしの誕生日を択ぶといふことにして下さいと会の名をわたくしが「春の日の会」と名づけたものであつた。(「海棠日記抄」より) ----- 春の日の会…うららかな響きでいいですね。記念館ではお誕生日会などはやらないのですが、ブログタイトルの通り4月9日は入館無料となります。長々と書いておりますが、タイトル以外の情報はいらなかったのではないかと思います。 今回は日曜という事で、来館者がどれだけ入るのかスタッフもドキドキです。 無料開放日は「ツアーで熊野速玉大社に来たから取りあえず寄ってみた」「佐藤春夫とはなんぞや」という方も気軽に立ち寄ってくれる日です。少しでも春夫について知ってもらえれば嬉しいですね。 どうぞお気軽にご来館くださいませ! 館内の雰囲気を味わったり、常設展を眺めたり、庭で記念撮影をしたり…楽しんでもらえれば幸いです。

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  • 25 Mar
    • 館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う18

      「今年中に版畫全部完了//して今年中に本か出ると//思ふか 本年中に本に//して今年中に金をほし//いと申す事ハ毎度申し//居る筈君ノ誠意ヲ疑フ所//以也愚弄致す事勿レト云爾」 12月 8日付の佐藤春夫から谷中安規宛の葉書の全文。1935(昭和10)年と推定される。春夫の安規宛の葉書6葉が新たに見つかった(1通は代筆)。なかに「谷中安さん」と親しげに呼びかけているものもあるが、掲出のものは、手厳しく叱責する内容。 なかなか版画が仕上がらない安規に対して、やきもきしている所に、お金の請求、すっかり業を煮やした模様。「君ノ誠意ヲ疑フ」理由と言い、馬鹿にするな、と怒る。「云爾」は、「しかいふ」と読み、「というわけだ」「以上」の意味。発信欄は「カンシャク先生」。 春夫邸に自由に出入りすることを許されていた安規だが、幽霊のように訪れて幽霊のように去っていく。春夫には「遠慮」がちな面もあった安規だが、息子の中学生方哉(まさや)には、お気に入り。方哉のために書いた「桃太郎」の草稿が新たに見つかっている。 最後の添え書きに「どうかお父さんにも目を通して貰って」とある。これに絵を添えて安規本「桃太郎」が完成しなかったのはいかにも惜しい。

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  • 15 Mar
    • 常設展が始まりました

      こんにちは、スタッフMです。 佐藤春夫がモデルになった実名キャラクターも登場する、ブラウザゲームの文豪とアルケミストがスマホアプリ化するそうですね。ゲームする人が増えて、文豪に興味を持つ人がさらに増えればいいなと思います。今の若い方は、スマホで事足りるということでマイPCを所持しない派が増えていると聞きますし。 (あ、ようやくはるさんの声を開放できました。ただ、クリックすると喋る事に今まで気付いていなかったので、どれが増えたセリフなのだかさっぱり分かりません。キャラをクリックしてみるという発想がなく、勿体ないことをしてしまいました…) さて、当記念館では企画展が終わったので現在は常設展をしています。 常設展とはいえ、企画展前とは少~し違う展示になっている箇所がありますよ。 ゲームにあやかって、登場する文豪関連の展示ができないか職員さんに相談していたのですが、あいにくモノがほとんどないという…春夫は文アルに登場する文豪たちほとんどと何かしら接点があるので、展示できるものがあれば面白かったんですけどね。(企画展では借り物が多いのです。太宰の4m書簡も記念館の所蔵物ではありません)(ついでに言うと、原稿も意外と少ないんです。編集に渡したきり返って来なかったりしたようですね。手元に残るのは草稿の方。当時の原稿受け渡し方法を考えてみればそりゃそうかなのですが、知った時は意外でした) とりあえず、縮小版になっていた谷崎関連と芥川関連の展示が復活しています。春夫の描いた絵も前回とは違うものに掛け替えました。今は「自画像」が出ています。売店で販売しているポストカードの図柄になった絵です。 普通に置いただけでは手帳か何かにしか見えない『田園の憂鬱』も今回はアグレッシブ展示されてますよ! 是非見に来てくださいね!! まだ少し先ですが、4月9日は春夫誕生日につき終日入館無料となりますし、お気軽にお立ち寄りください!

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  • 11 Mar
    • 館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う17

      「(烏有斎先生は)・(略)画伯が折角苦心の章魚吹笛図は章魚がそのとんがつた口を笛のなかへ突込んでしまつてゐて、これではたとひ穴の数がどれだけ正確でも到底鳴りさうにもないのを見て心中苦笑し、心私(ひそか)に呟いた。//「この善良な気質と最上の努力とを以てして不遇な境涯にゐるのも気の毒ながら故なしとせずである。」」 春夫が1937(昭和12)年 9月の「文芸春秋」に発表した「章魚吹笛(しょうぎょすいてき)」の終わり近くの文。「章魚」とは「たこ」のこと。谷中安規の、たこが尺八を吹く図柄が評判に。「時事新報」の1936 (昭和11)年12月17日付夕刊の挿絵。 「烏有斎先生」とは、作家内田百閒。百閒が「居候匆々」を連載したその挿絵を安規が担当。しかし36回まで連載した所で新聞社が倒産。その後、追加されて単行本に。 新聞小説では、作家と画家との絶妙なタイミングが要請される。安規の画が遅れるだろうという周囲の思惑とは逆に、百閒の文の方が遅れ気味。急遽、画面の変更を余儀なくされることもあった。たこが尺八を吹く図柄もその典型。安規は魚屋へタクシーを飛ばし、楽器屋へ尺八の穴の数を確かめに。そうして出来上がったのがこの挿絵。その苦労談を耳にして春夫は小説に。「烏有斎先生」の安規評は、春夫も共有していたものに違いない。どうしても憎めない安規の人柄。この小説の書き出しで、春夫は内田百閒と谷中安規を結びつけたのは自分であると誇らかに語っている。

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  • 09 Mar
    • 館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う16

      「あつい。退屈してゐる。お墓の行レツのやうなやつをまたみせて下さい。//手紙を上げやうと思つてゐるうちに日が経つてしまつて、君は多分いまタメさんとこにはゐな(い)だらうと思ふのだが、外に出すところがないので、うまく君の手に迄入ればいいと思ひながらこれを書く。//もう忘れた時分に返事を書くのが僕の病気です。」 佐藤春夫が谷中安規に宛てた原稿用紙1枚のペン書きの書簡。「八月十五日」とあるが、大正14年でほぼ間違いがない。発信の住所は「わか山県新宮町徐福町」、宛先は「東京高輪南町六 高橋タメ様方 谷中安規様」。もうタメさん方には居ないだろうという春夫の予測通り、このとき安規は遠く朝鮮の京城、父の下に居た。しかしこの便りは安規の手元に届けられて、安規は後生大事に保管、昭和20年4月13日の東京での空襲の罹災の際にも守り抜いて、いまでも眼前にすることができるのである。 関東大震災で罹災した春夫は、大正13年11月頃熊野に帰省して、下里や新宮に滞在。その折、若くて将来を嘱望された作家富ノ澤麟太郎にも熊野の地で執筆すべく便宜を図ってやっていたのだが、富ノ澤は熊野の地で急死。一人息子を亡くした母親は、東京で春夫の家族らの対応を非難、吹聴して回り、春夫もすっかり窮地に立たされていた。そんな春夫を慰める芥川龍之介の書簡が残されている。 安規の「墓の行列の絵」がどんなものかは分からないが、この頃の春夫の心象に合うものであったのだろう。安規の木版作品に、1932(昭和7)年の「京城」、製作年不明の「葬送」がある。

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  • 07 Mar
    • 館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う15

      「谷中の天馬が拙作の世界から自由に跳り出して谷中自身の世界の消息を伝へてゐる趣が相似てゐる。谷中は僕のカンナ屑を化して花びらにし、僕の小石を拾ってパンにした」 1936(昭和11)年4月に版画荘から刊行された『絵本 FOU』の「はしがき」で春夫が感謝を込めて記したことば。美術的な才能にも恵まれていた佐藤春夫は、本の装幀、本造りにもなみなみならぬ関心を抱いていた作家だった。春夫が早くからその才能を見抜いていた画家谷中安規(たになかやすのり・1897―1946)が、その装丁、挿絵を担当。イラスト12点、手刷りの木版画16葉は、表情豊かな女性像の数々、孔雀やエッフェル塔を巡って上ってゆく自動車、さながら谷中安規の自由な空想世界を奔放に花開かせている。春夫が「はしがき」で、「谷中は僕のカンナ屑を化して花びらにし、僕の小石を拾つてパンにした」と絶賛しているのも、もっともなことで、春夫は本造りの醍醐味を満喫していたはずである。ちなみに、春夫は谷中を内田百閒に紹介して、『王様の背中』や『居候匆々』の作品が作られ、百閒はボヘミアンで所在が定まらない谷中を評して「風船画伯」と名づけたのだった。

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  • 03 Mar
    • 仲之町のお魚タイル

        スタッフAがちょっと語りたい“ちょっとスポット”をご紹介させてください 新宮市の仲之町商店街、ところどころに「お魚タイル」が埋め込まれています。   原画は新宮高校で先生をされていた故・福井正二郎先生。 このタイルたち、ずいぶん傷んできてはいますが、よーく見て下さい・・・とてもかわいい 数えてみると、お魚タイルは、36枚もありました。 仲之町を歩く機会があれば、ちょっと足元にも目を向けてみてくださいね。   3月5日(日)には、商店街活性化イベント「春よ来い」が開催され、この仲之町でも色々イベントがあるそうです。でも、あまり賑わうと足元のタイルは見えないかも (福井先生の著書には『紀州熊野 さかな歳時記』『[紀州・熊野採集]日本魚類図譜』などがあります。 タイルはだいぶデザイン化されていて、この著書の絵とは大分ちがう感じです。) 佐藤春夫記念館への案内タイルもあります。 お魚タイルを辿ったあとは、記念館にもお越しくださ~い  

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  • 28 Feb
    • 館長のつぶやき―佐藤春夫、断章を拾う14

      「たちばなの花さきしかげ/われをよぶつぶらひとみの/ミニヨンにまがひしひとは/早く世にあらずなりぬる。//さすらひの二十年(はたとせ)ののち/海近き丘のふもとに/みいでたる杉の木(こ)の間は/おくつきに照る日もくらし」    表出部に続く結びの部分は、「みんなみの国にはあれど/ミニヨンにまがひしひとは/早く世にあらずなりぬる。」と、フレーズのレフレイン(繰り返し)で終わる。1938(昭和13)年10月刊行の「東天紅」に収められた「望郷曲」と題する詩。「殉情詩集」に収められた詩群にも、決して劣らないみずみずしさが、望郷の念と相まって、独特な詩情を醸(かも)し出している。 春夫は、初恋の人俊子の墓参をしたものと見える。「つぶら瞳」「黒瞳」と譬(たと)えられた俊子を、ここでは、ゲーテの「ウィルヘルム・マイステル」に登場する少女ミニヨンに託している。「まが(紛)ふ」は、「似ている」の意。「おくつき」は墓所。俊子は春夫の旧友中村楠雄と結婚。軍人であった夫は、呉や佐世保を転々、1919(大正8)年9月シベリアに出征して非業の最期(さいご)を遂げる。俊子も3年後肺結核で32歳で夭折(ようせつ)。

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  • 22 Feb
    • 猫の日

      今日は猫の日だそうで。 猫は好きですが、放し飼いの弊害を処理するのが面倒で大好きとも言えないスタッフMです。(フンが飼い主のおうちまで自動的に飛んでいけば大好きになるでしょう) さて、佐藤春夫の著作で猫がタイトルに入っているものは「猫と婆さん」と「愛猫知美の死」があります。飼っていたチビという猫との日々が題材になっているようです。どちらの話にも「夏目漱石の猫ほどではなくとも」や、(芸術院会員に)「漱石の猫とともに会員に推せんされてもよいのだ。部長になつてもよい。」などの親馬鹿っぷり?が見られます(「吾輩は猫である」のモデルと言われる夏目漱石の飼い猫の知名度すごい…) チビといふやうなやすつぽい名ではなく、せめては知美とでも書いて葬つてやればよかつた、などとも思ふ。 (「愛猫知美の死」より) など、深大寺の万零塔に葬ってもらう時の回想などがあります。息子がもらってきた子猫を最後の最後まで気にかけていた様子がうかがえますね。 春夫は猫に限らず動物が好きだったようです。以下のような文章もあります。共感できるできないは分かれそうな気がしますが、若い頃は鋭すぎた春夫ゆえ…なのかなと私は思います。ちなみに春夫が亡くなった翌月、『新潮』にて発表されたものです。  人間はどれほど親密な間柄と言つてもそれぞれの世界を別に持つてゐる。さうしてどこかほんの一部で互に接触したり重なり合つてゐる円なのだ。それにくらべると犬猫などの場合はすつぽりと内部に収まつてしまふ同心円みたいなものではないだらうか。それに猫の心持などは少しもわからないからその一挙一動はみな、こちらが、好き勝手に解釈し理解してゐるのだから、これは猫の生活といふよりは、むしろ自分自身の心持だ。自分の十年間の生活の一部で、それが失はれたのがすなはちチビの死なのだから、他の人間の死よりは悲しまれるのも当然のやうな気がする。 (「愛猫知美の死」より) と、ここで余韻をぶち砕く猫をどうぞ。 にゃー ※チビとは関係ありません。 何か上記二つの作品が読める手立てはないのかなぁ…と思っていたところ、「猫は神様の贈り物〈小説編〉」(有楽出版社)で「猫と婆さん」は読めるようですね。「愛猫知美の死」は今のところ臨川書店の全集だけでしょうか。 記念館側には出版社からの著作使用連絡が基本的に来ないので、現在出版されている春夫作品も全ては把握できていないと思います。時折ネサフしてチェックするのですが(笑)もれがあったらすみません。  

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  • 19 Feb
    • ギャラリートーク無事終了&南紀ウェーブ登場のお知らせ

      18日に行ったギャラリートーク、無事終了しました。 ご参加くださった皆様方ありがとうございました。 展示室が狭いため和室で行っております。 今回はZTVの方が取材にいらっしゃいまして、2月20日の南紀ウェーブで放送される予定です。 ZTV 番組名:南紀ウェーブ 放送日時:2月20日 18:00~ ※この週の水曜と金曜の同時刻に再放送があります。 ZTVに加入している方はご覧になってください。おそらくギャラリートークの様子は短いと思います。見逃し注意! 資料発見の記者発表などで時折TV取材があるのですが、基本的にニュース系は何日に放送されるというのが不確かだったり(大きいニュースが入れば後日に延びたりします)、放送されるのが早すぎて(その日の昼や夕方など)なかなかブログでのお知らせまで手が回らなかったりしてます。 今回は余裕があるのと、ギャラリートークの様子がTV放送されるのは滅多にない事なのでお知らせさせていただきますね。  

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  • 09 Feb
    • 記念館にいらっしゃる予定の方へ2(終)

      前回に続き、記念館のお勧めポイントを挙げていきますね。 スタッフMの独断と偏見でお送りしております。 文アル、春夫誕生日のご飯も期待していいのでしょうか。4月9日までまだ少し遠いですが。 そして谷崎が出ました…やったぜ…以後プレイ報告は控えようと思いますが、2~3日に一回程度の頻度で文アル春夫先生に褒めてもらいに行ってます。 展示室や和室の展示は変わる事があります。この記事で触れるのは2月9日時点の展示ですのでご了承ください。 ・展示室 二つの部屋を繋げて展示室にしています。元は寝室だったとか。 2017年3月12日までは企画展の展示を行っております。常設展では定番である芥川の形見のペン皿などがない代わりに、萩原朔太郎の書簡などがあります。風船画伯宛てですけど。 ここでは風船画伯こと谷中安規の版画が目を引きます。春夫が愛したその才能と、数々の書簡をご覧ください。一枚一枚は並べ切れなかった量の内田百閒の葉書もあります。 保管されていた谷中宛て書簡の中には与謝野晶子からのものもあり、こちらも一緒に展示中です。達筆。 ・書斎(八角塔) 展示室から書斎に入ろうとして、大きなリュックを背負った方がよくつっかえてます。狭くてすみません…(大きいお荷物は受付でお預りする事もできます) 堀辰雄がこの書斎に来たことにも触れた「堀辰雄のこと」の一部をミニパネルにしたものもあります(全文は全集でどうぞ)。こまごまと色々置いてます(大雑把な説明)。 時間がある方は、座布団に座って文豪気分を味わいながら来館者ノートに記入してみたり、本をめくったりしてみてください。 実はここに臨川全集が置いてありまして、自由に読めるようになっております。 別巻2巻は索引になっており、作品名、小見出し、詩歌初句、人名、引用作品名が索引できます。 例えば人名索引で作家名をひくと、全集のどこにその名前が出ているのか分かります。春夫が作品内・書簡内でその人物の名前を出しているのが分かるわけですね。 36巻は書簡集で、春夫が出した書簡が読めます。谷崎宛ての絶交状なども…読めます…。太宰との関わりの始まりでもある山岸外史宛ての書簡なども。谷崎千代に宛てたラブレターの長いこと長いこと。 後ろのページに宛名索引もありますよ。手紙を読んでも報酬はありませんが(笑)書斎でちょっと読むにはいい長さなのではないかと思います。 本格的に読むのなら図書館をお勧めしますが、小鳥のさえずりを聞きながら頁をめくるのも悪くないかと。 他の来館者がいる時は譲り合いの精神でお願いします。春先までは入館者が少ない時期なので、貸切状態も珍しくないですが…(それはそれで複雑) ・2F和室 スリッパを脱いでお入りください。春夫一周忌の寄せ書きが目を引きます。 他、春夫が少年だった頃の日記(の写真)も面白いですよ。テニスやベースボール(野球という訳がまだ普及していない?)を楽しむ様子がうかがえます。遠足が楽しみすぎて眠れないなど、全力で少年しております。漢字とカタカナで書かれており読みづらいのですが、崩さずに書いてあるので崩し字の知識がなくても読めますよ。 ・細い階段 手すりの飾りは春夫デザイン。 学校見学の際には一番の盛り上がり所となっていたりします。ワーキャーとお化け屋敷的な盛り上がりです。背の高い方は電灯に頭をぶつけないようお気を付け下さい。元々はごく普通の廊下の照明だったのですが、改装に伴いこの階段が設けられて、人に当たりそうな位置に来てしまったんですね。春夫は頭をぶつけたりしなかったのでしょうか。少し気になります。 ・売店(受付) 記念館の刊行物など、ここでしか買えない本をご購入いただけます。ここ以外でも買える本も少し。 お勧めは『佐藤春夫詩集』の装丁を模したレトロ感あるレターセットなのですが、使い勝手でいうと一筆箋も捨てがたいですね。こちらも人気です 注意書きもとりあえずもう一度。 館内は撮影禁止となっております。 それに伴い、スマホなどの操作をしているとスタッフに様子をうかがわれたり、声をかけられることがありますのでご了承ください。 他、飲食・喫煙もできません。 (オマケ)熊野速玉大社 句碑と歌碑があるので探してみてくださいね! 新宮市観光協会のサイトもどうぞ。 若い方のご来館も以前より少~~~し増えたような…? という印象です。ほとんどの方が静かに、尚且つ熱心に展示を見てくださるので非常に嬉しく思っております。今後もよろしくお願いいたします  

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  • 08 Feb
    • ギャラリートーク、ふたたび

      現在開催中の企画展「風船画伯・谷中安規と佐藤春夫」のギャラリートーク開催のお知らせです。 この企画展のギャラリートークは2回目となります。前回と内容は同じ。日曜日は都合がつかなかった方、土曜日はいかがでしょう? ----------------------------------- 日時:2月18日(土) ①10:30~ ②14:00~(1日2回・解説それぞれ1時間程度) 解説:辻本雄一館長 参加費:310円(入館料) ※土曜日につき、高校生以下無料 ----------------------------------- 午前・午後、内容はどちらも同じとなっております。 なるべく前日までに電話かFAXでお申込みください。 TEL・FAX共通 0735-21-1755 FAXの場合は、お名前と連絡先、午前午後のどちらが希望か明記してください。 皆様の参加をお待ちしております! まだまだ参加者募集中!! 館長の話を聞いた後で展示を見ると「なるほ度!」がアップしてよりいっそう展示を楽しめますよ!

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プロフィール

春夫さん

性別:
男性
誕生日:
1892年4月9日

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