2010-02-01 00:10:00

「ハッピーターン」

テーマ:演劇
$ライター気取りでGo!-happyturn

知合いの浅間伸一郎君のお芝居「ハッピーターン」を観てきました。
浅間君とはGAIA_crewで一回、くちなしとまとさんで一回共演させてもらいました。
その彼が初の脚本・演出を手がけた公演です。

浅間君本人は気にしてないと言いますが、賛否両論なのだそうです。
実際観てみて、賛否両論は観客の好き嫌いによるものだったんだな、と思いました。
観る前は、お芝居として(或は表現として)駄目なのかと心配しましたが、そうではありませんでした。

表現なのですから、伝わってナンボなのです。
伝わった結果それが受け入れられないのは仕方ない。
今回ので言えば、綺麗なものだけ見ていたい人には受け入れられないでしょう。

私が気持ち悪いと思うのは、一方で、本多劇場で5500円でやっているような難解なお芝居が絶賛されている事なんです。
難解なお芝居は、それを観てツウを気取るには良いんですよね。
「生の迫力があった」とか「独特の世界観があった」とか、何とでも褒められます。
けど、どうも私には表現する事を途中で諦めて、難解にする事で誤魔化しているように見えて仕方ない。
浅間君のお芝居をそのまま本多劇場に乗っけたら、みんな急に褒め始めるんじゃないだろうか。
「生」だし「独特」だし。

表現と言うのは「問いかけ」なので、受け手のレスポンスなしには在り得ません。
そのレスポンスから自分と他人の違いを知り、自分とは何かを知る事が、生きると言う事だからです。
悪いレスポンスを受けないために操作された表現では、生きる事はできません。
例えるなら、どこまで飛べるか知る事が目的なのに、着地のかっこよさを気にして力を緩めて飛ぶようなものです。

浅間君が初の演出作品で力を緩めなかった事が、私はとても嬉しいです。

完成度も、普段の彼からは想像できないくらい高かった。
表現者の一番の興味の対象はやはり人間ですし、人間の気持ちが動く事によってドラマは成立します。
気持ちが動くと人は狂います。

「ハッピーターン」では浅間君自身がそこそこ狂った人を演じているので、表現対象が狂った人なのか、表現者が狂っているのかが分かりにくくなっています。
でもそれはちゃんと考えて観れば分かる事。それくらいのスキルは観客に求めても良いと思います。
まあ、一番狂っていたのは浅間君が演じた人物ではなく、主人公の方だったのですがね。

終わった公演なのでネタバレしちゃいますけど、ただ無意味に狂っている訳ではないんです。
私なりの理解では、主人公は狂っているというより、「じゃあ普通ってなんだよ」「お前らだっておかしいじゃん」と言う思いが強まって、普通の事では気持ちが動かなくなってしまったんだと思います。
表現のテーマとしてはかなり普遍的なところを押さえていると思います。誰にでも起こりえる事なんです。

そんな事は、自分がまともだと思っている人たちにいくら問いかけても、解決しないんですよね。
そして明らかにおかしな人(浅間君が演じた人物)に出会う事で変わっていくと言う…ちゃんとしたドラマですよ。
ちゃんと、一番まともな人が一番ひどい目に遭いますしね。
最後は「主人公は何に一番気持ちが動かされたか」と言う事がセリフではなくシーンで表現されているし、そこに理屈はないのに答えがすごく明快なんです。

私がこういうお芝居を何回も観たいかと言うと、観たくないです。
でも初めての演出でこれを出来る浅間君にはポテンシャルを感じずにはいられません。
普段は知合いのお芝居については日記に書かないのですが、今回は特別に書いてみました。

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