かつて上野から急行「志賀」が走った、長野電鉄屋代線。国鉄→JRからしなの鉄道になった信越線に、HiSEやN'EXが乗り入れるという両社のコラボレーションは、夢物語になってしまったようです…。


長野電鉄屋代線廃止へ 利用者減歯止めかからず


長野県千曲市の屋代駅と須坂市の須坂駅を結ぶ長野電鉄屋代線(24・4キロ)の存続について協議してきた長野電鉄活性化協議会は、委員による投票で同線を廃止し、バス運行で地域交通手段の確保を図る方針を決めた。過疎化や自動車交通の発達で地域交通を支えてきた私鉄ローカル線は各地で厳しい経営状態に置かれているが、同線は道路網整備などで利用者減少が進んだ典型的な例。今後はバスを軸とした沿線住民の移動手段確保に向けた協議が始まる。
大正期に開業した同線は、沿線で盛んだった繊維産業を支える物流の大動脈としての役割を担った。しかし、産業構造の変化や道路網整備などで利用者数は落ち込み、昭和40年度に330万人あった利用者数は平成21年度には46万人まで落ち込んだ。特に近年は上信越自動車や長野新幹線の開通など沿線の周囲に高速交通網が急速に発達したこともあって、いっそう経営環境が悪化した。
3市や長野電鉄、住民、観光団体などで構成する協議会は、(1)利用者増に向け実証実験の継続(2)屋代線を一時休止してバスを代替運行する(3)同線を廃止してバスに移行する-の3案に絞って協議。投票の結果、(3)が14票、(1)が11票となって廃止の方向性が決まった。同社はバスの運行に向けた態勢が整った後に国土交通省に廃止を届け出ることになる。


MSN産経ニュース より)


以前に管理人が訪問した際、ほぼ全線にわたって上信越自動車道が並行していたのに驚き、また利用の少なさにも驚きました。屋代線はここ数年来存廃が取り沙汰されていることも知っていましたが、まさかこんなに急転直下で決定するとは、管理人も驚きを隠せません。

昨年だったか、屋代線は社会実験と称して、電車そのものの増発はもちろん、電車の間隙を埋めるバスの運転もしてきました。ということは、増発しても利用が増えなかったんでしょうか。増発しても利用が増えないということは、路線の形態そのものが、人の流れと合致していない何よりの証左だと思います。

その点はおくとしても、インフラは本線よりも古いですし、しかも使用している車両も、21世紀の御世に非冷房! 非冷房の電車に喜ぶのは愛好家だけで、沿線住民は「ええ加減にせえ」という感じでしょう。これでは、廃止もやむを得ないのかもしれないと思ってしまいます。



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(いずれも以前の記事から転載)


この路線は、最盛期の昭和41(1966)年の利用者数の10分の1まで利用が落ち込んでしまったということですが、これは、屋代線の線形にも理由があります。というのは、屋代線の沿線には松代という観光地があるものの、松代からの人の流れは長野市に向いていますが、屋代線はそのような流れに沿っているとはいえないからです。逆に、松代から見れば、屋代に出ても須坂に出ても、長野市まで直行するバスに利便性でかなわないですから、自動車などを抜きにしても、そもそも屋代線は勝負にならないのです。

ならば、しなの鉄道とタッグを組み、両社のコラボレーションにより直通列車を運転するなどの積極策もありえたのではないか。地元民ではない門外漢の管理人にはそのように思えますが、やはり初期投資額が大きいことや、しなの鉄道自身も経営状況が苦しいことから、実現へのハードルは、管理人のような門外漢が思う以上に高かったのでしょう。

ただ、それでも管理人は残念に思います。長野県内の鉄道ネットワークが失われてしまうというのもそうですが、屋代でしなの鉄道とつながっていた線路が途切れると、しなの鉄道の車両の検査や、長野電鉄への車両の搬入などはどうするのでしょうか。そのためだけに屋代-須坂間の線路だけを維持するのも非現実的なんでしょうけど…。


管理人が屋代線に訪問した際の記事のタイトルを「たちあがれ屋代線」としましたが、とうとう「たちあがれ」ないまま、屋代線は大正時代以来の歴史にピリオドを打とうとしています。

高齢化が進む昨今、今まで以上に公共交通の維持が困難になってきています。そもそも民間企業に任せることには限界が生じてきているのではないでしょうか。


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№1364.たちあがれ屋代線

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