その1から続きます。

 

1938に京王八王子に到着。

折返しはどうなるのか…と思っていたら、すぐに回送列車になってしまうようで、表示も「回送」になってしまいました。このあたりは、LED表示の味気無いところです。これが幕だったら…いやいや、止めましょう(^_^;)

 

京王八王子到着直後の5785のご尊顔。

 

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ヘッドマーク?

 

接写してみました。

 

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京王ライナー運転開始を宣伝するもの

 

京王ライナーのロゴマークが中央に鎮座、その周囲を月桂冠のように線路を模したイラストが囲むというもので、なかなか秀逸なデザインだと思います。

このとき、このヘッドマーク付き編成を待ち構えていた同業者の方もいらっしゃいました。

 

京王八王子到着直後の車内はこんな感じ。

 

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クロスシートにすると豪華に見える

 

茶色の濃淡の座席は、色使いも上品でなかなか高級感がありますが、これは八王子がかつて「織物の街」として栄えたことによるものだとか。

座席下の台座の部分には、今や必需品となりつつある電源コンセントが装備されています。これは新宿発車後の案内放送でも言及されていましたが、聞くところによると「京王ライナー」としての使用のとき、つまりクロス仕様のとき以外は使えないそうで、それはちょっと勿体無いような気もします。

 

京王八王子駅の改札外からの写真。

 

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取り囲んでいるのは愛好家ばかりではないと思われる

 

特に鉄道に興味のなさそうな方でも、スマホを取り出して写真を撮影していましたので、この方々全てが愛好家ばかりではないと思われます。それだけ、沿線利用者の関心も高いということなのでしょう。

実際、愛好家ではない一般利用者の声も(※)

 

・府中まで停まらないなんて凄いねー

・指定券買わないで乗ると700円取られるんだって!

(注:京王では『京王ライナー』に座席指定券を買わないで乗車した場合、通常の指定料金400円の他、さらに割増料金として300円を徴収するとしている。これは車内放送でも案内されていた)

・何で調布に停めなかったのかな?

 

など。

※ 管理人がじかにインタビューしたわけではなく、他の乗客が話しているのを聞いただけです

 

感想。

実は新宿発車時、管理人が乗車した6号車はほぼ満席であり、かなり高い乗車率でした。土曜日だから乗ってみよう、という「浮遊層」が多数派だったのかもしれませんが、座席の座り心地など居住性も上々であり、400円の座席指定料金は決して高くないと思いました。そうすると、このような「浮遊層」の人たちがリピーターになることは案外容易かもしれず、そうなれば「京王ライナー」が定着していくことは確実と思われます。

そしてこのことは、京王の競争相手に対しても、大きなアドバンテージを持つものになるといえそうです。京王は対八王子でJRと、対多摩センターで小田急と、それぞれ競合関係にあります。対八王子はJRには「中央ライナー」があるものの、そもそもの運賃が高額であり、料金も「京王ライナー」の400円を上回る500円(普通車の場合)。また中央線快速に連結が計画されているグリーン車も、着席が保証されるわけではありません。対多摩センターにしても、現在の小田急には座席指定列車はありません(かつて唐木田行きの『ホームウェイ』が運転されていたが廃止された)。

ただし本当の意味で京王が優位に立とうというなら、もはや笹塚-調布間の線路容量は限界を超えており、抜本的な改善にはこの区間の複々線化しかないのではないか、とも思われてなりません。

「京王ライナー」の構想は4年前からあったそうですが、それが見事な形で結実したといえます。今後は、平日の運転時間帯の拡大は勿論、土休日の高尾山口発着「高尾山ライナー」、都営新宿線本八幡発京王八王子又は高尾山口行きの座席指定列車の運転も期待したくなってしまいます。もっともそうなると、5000系の本数を増やさなければならなくなりますが…。

 

最後におまけ。

京王八王子1949発特急新宿行き。

 

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幕車

 

鉄道車両の世界でも、幕は貴重になっていきますからね。

5000系が足りないのであれば、7000系をL/C仕様に改造して…ってそんなわけないか(^_^;)

 

次回はその3として、「京王ライナー」の調布駅通過の瞬間を取り上げます。

 

※ 当記事は02/24付の投稿とします。

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「新しい京王」が走り出した、2.22ダイヤ改正。

この日走り出したのは、京王としては初めてとなる座席指定列車、「京王ライナー」です。「京王ライナー」は、平日・土休日とも京王八王子方面・橋本方面とも各5本が運転されることになっています(概要は こちら)。

 

この列車が走り出して初となる週末となった24日土曜日、管理人は勇躍京王新宿駅へ。

1・2番ホーム上にある、「京王ライナー」の座席指定券の券売機。管理人はここで、1900発の「京王ライナー9号」の座席指定券を購入しました。

 

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物々しい雰囲気(帰途に撮影)

 

↑の写真を撮影したのは、新宿に帰還した後ですが、このときは2100発17号の発車前で、案内のためか駅員さんが2人お立ちなのがわかります。勿論、1900発9号の発車前にも、案内役の駅員さんがいらっしゃいました。

 

管理人が購入した座席指定券。

 

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座席指定券は「京王ライナー」のロゴ入り

 

買ったときは気に留めなかったのですが、券の右下のQRコードは何だろ。

 

ところで、駅の改札内の自動券売機で座席指定券を購入すると、席を選ぶことができないのですよ。画面には飛行機の予約画面のように座席が出て、席が緑色になるのですが、これは「この席を売りますよ」という意味なのだそうです(案内役の駅員さんの言)。ありがとうございましたm(__)m

そして発車案内表示には、遂に「KEIO LINER」の表示が!

 

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出た!

 

「出た!」というと幽霊みたいですが(^_^;) やはり座席指定列車がここに出るのは、昭和の京王を少しでも知っている身からしたら、感慨深いものがあります。

 

で、座席指定券を持って、6号車乗車位置で待ちます。

すると、発車時刻の10分前くらいに、入線してきました!

 

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回送で入線

 

京急ウイング号と同じように、回送列車として入線します。これは5000系のロング/クロスの座席転換の手間や、ダイヤ乱れの可能性、さらには京王新宿駅の余裕のなさを考えると、仕方ないのかもしれません。ただ、愛好家としては、ロング仕様の一般列車で到着し、扉を閉めた後にクロス仕様に転換…という一部始終も、見てみたい気もします。

 

乗り込みます。

管理人の座った席、6号車10番D席は、ちょうど戸袋部にあたるため、側面の眺望が殆ど効きません(´・ω・`)

 

京王はJR式を採用した

 

以前の記事で、座席指定列車の席番の話題を取り上げたことがありますが、当時は未だ「京王ライナー」運転開始前。そのため、「京王ライナー」の運転にあたっては、番号+アルファベットのJR式を採用するのか、号車+番号のみの南海・旧東武式を採用するのか、そこにも興味がありましたが、やはり手堅くJR式でいきましたか…。

座席の座り心地ですが、適度な硬さとしっかりしたホールド感があり、40分弱の乗車には勿体無いほど。ひいき目ではなく、東武の50090系や近鉄のL/Cカーより上だと思います(^_^) 勿論、50090系やL/Cカーが悪いわけではありません。

 

ところで、「京王ライナー」といえば、やはり見ておきたかったのがこれ。

 

新宿-府中間ノンストップ

 

これはかなり、鉄道趣味界、特に関西のそれにおいて衝撃をもって受け止められました。何しろ、明大前・調布を通過するということなど、到底考えられませんでしたから。阪急の神戸線特急が十三や西宮北口を、京阪だと京橋や七条を通過するようなもの。西鉄だと西鉄二日市や西鉄久留米を通過するようなものですな。

 

夜なので車窓は割愛。

1900の定刻を1分ほど遅れて発車。地下線を抜けて笹塚を通過すると、スピードが乗ってきます。

そしていよいよ、明大前を通過するのかと思いきや…。

 

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運転停車!

 

このときは、東急東横線を走る「S-Train」と同じように、信号システムの関係で通過ができないのかと思っていましたが、調布駅を低速で通過していきましたので、そういうことではないのかもしれません。今度、明大前駅で確かめてみようと思います。

明大前といえば、阪急の十三、京阪の七条と同じような立ち位置の駅なので(個人の意見です)、そのような駅を通過(通過扱い?)するというのは、やはり京王に慣れ親しんだ身としては新鮮な驚きです。

明大前を発車した後は、調布までノンストップの特急と同じ快適な走り。そして調布駅を低速で通過(写真撮り損ねたorz)、府中に到着。

府中からは、「ウイング号」の上大岡や「TJライナー」のふじみ野と同じように、座席指定券無しで乗車が可能になります。そのためか、ここからは多くの乗車がありました。

 

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府中到着

 

府中から先は、特急と同じ停車駅で京王八王子まで走ります。

 

ところで、新宿-府中間のノンストップ区間では、車掌さんの巡回があったのですが、進行方向後方(10号車側)から2人の車掌さんが歩いてきたと思ったら、1号車側から歩いてきた2人の車掌さんと合流。この1本の列車に、何と4人もの車掌さんが乗車していたのには驚きました。無札客対策なのか、あるいは「京王ライナー」運転開始後初の週末だからだったのか、はたまた今後の研修を兼ねた乗務だったのでしょうか。

 

新宿発車後40分弱、1938に京王八王子へ到着。

その後のお話は、次回へ続きます。

 

※ 当記事は02/24付の投稿とします。

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以前、車番も消されナンバープレートも取り外された「ガスエアロ」こと都営バス臨海営業所のCNG三菱エアロスターを取り上げました(下記関連記事参照)。

そのときはまだ「ガスエルガ」ことCNGいすゞエルガは現役で稼働していたのですが、その後程なくして退役したと聞き、2月20日、所用で江戸川区葛西を訪れたのを幸い、その帰りに臨海車庫に寄り道をして様子を見てきました。

 

臨海車庫の光景。現役の車両ばかりが並んでいるように見えますが…。

 

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奥にナンバーを外された「ガスエアロ」がいる

 

これは臨海車庫の門外の右側から望んだものですが、この写真の右側を見ると、こんな光景が広がっています。

 

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「ガスエルガ」が並んでいる

 

この写真は臨海車庫終点のバスに乗車し、降車した場所から撮影したものです。奥の一番左側の日野ブルーリボンシティハイブリッドの右に、4台の「ガスエルガ」が留置されているのが分かります。

そしてこの写真、よーく見るとお分かりいただけると思いますが、写っている4台の「ガスエルガ」には、ナンバープレートがありません。ということは、都営バスとして走ることはもはやない、ということでもあります。これが通常仕様の車なら、地方への転出もあり得るのですが、CNG車ということを考えると、それも望み薄でしょう。

 

こちらは、車庫近くの歩道橋から望んだ写真。

 

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写真の真ん中奥が「ガスエルガ」が固まっている場所

 

この写真を撮影してから3日が経過していますが、もう搬出されてしまったのか、あるいは月を跨いで留置され続けるかは、現時点では分かりません。

 

最後に、こちらも(上記の各写真とは別の場所)。

 

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ナンバーも車番もない

 

これ、「ガスエルガ」のリアの姿です。車椅子マークや「CNGノンステップバス」のステッカーこそ残っていますが、ナンバープレートは外され、車番も消されてしまって分からなくなっていました(´・ω・`)

 

これら「ガスエルガ」の退役により、24年間にわたったCNGバスの歴史が、都営バスにおいては終了することになりました。やはり地上設備の維持にかかるコスト、そして車両側のボンベ維持にかかるコスト、それぞれが無視できないレベルになり、かつそこまでのコストを要せずに高い省エネ効果が見込める方法(ハイブリッド車など)が一般化した結果こうなったといえますが、頭では理解していても、やはりバス愛好者の端くれとしては、寂しいものがあります。

 

◇関連記事

 

№4359.遂に「ガスエアロ」全廃・「ガスエルガ」も風前の灯火~全廃間近の都営CNG車

№4361.【5年前は路線網】平成の終わりに、都営バスの大変革【今年は車種構成】

№4373.こちらはしばらく安泰(?)~川崎市バス塩浜営業所のCNG車 

 

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鉄道趣味界は「京王ライナー」やらGSE試運転やらで喧しいようですが、当ブログはあくまで我が道を参ります(^_^;)

(本当はどちらも撮りたかったが故の負け惜しみです…失礼しました)

 

一昨年11月の土日に、2度にわたって行った、銀座線青山一丁目-溜池山王間の区間運休。

これは渋谷駅の工事のため、工事間合いを確保する必要があってのことですが、このたび、今年のGWにも行われることになりました。

 

 

銀座線 渋谷~表参道駅間、青山一丁目~溜池山王駅間を運休します

 
東京メトロ(本社:東京都台東区 社長:山村 明義)では、銀座線渋谷駅移設に伴う線路切替工事のため2018年5月3日(木・祝)~5日(土・祝)の3日間、銀座線 渋谷~表参道駅間、青山一丁目~溜池山王駅間を終日運休します。
工事当日は、表参道~青山一丁目駅間、溜池山王~浅草駅間で折返し運転を実施します。また、東京メトロ、都営地下鉄、JR、各私鉄にて振替輸送を実施します。
銀座線をご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、皆様のご理解とご協力をよろしくお願いいたします。
詳細は、別添ファイル(管理人注:PDFファイル注意)をご確認ください。
 
 
またこれが見られるようになるわけですね…。
 
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溜池山王行き
 
車内案内表示も…。
 
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溜池山王行き
 
表参道行きも。
 
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普段は見ることができない
 
車内案内表示も殆ど薄くなっています。
 
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表参道⇔青山一丁目の折り返し運転だった
 
今回の工事の目的は、渋谷駅ホームの移設場所となっている明治通り上空でのホーム設置に必要な距離を確保するため、線路を移設するというもので、いよいよ新ホーム建設が本格化するということになります。
上記ファイルによれば、2019年度下期には新ホームを供用開始予定ということなので、昭和13(1938)年の開業当時から残る現在の銀座線渋谷駅は、そのときまでの命となります。
 
いよいよこの駅にもお尻が切られた
 
既にこの駅を取り込んでいたデパートの建物は取り除かれ、写真のように車両の上には日が差す状態となっていますが、これも遅くとも再来年3月までの光景となります。
渋谷における五島慶太の遺産が完全に消えることは、歴史的に見ても勿体無い気はしますが、それも東京の都市交通の進化のためには、やむを得ないことなのでしょう。
3日間の工事の無事を祈念しております。
 
◇関連記事

№3781.史上最大の作戦 番外編 各駅の掲示物など

 
※ 当記事で使用している写真は、全て以前の記事からの転載です。

その4(№4367.)から続く

今回は、朝ラッシュ時の混雑解消と速達性の確保を狙った「通勤快特」、及び同列車に使用された700形(Ⅱ)について取り上げます。

昭和40年代半ばに入ると、京急でも通勤客の増加が顕著になります。
そこで編成両数の増加が行われ、都営地下鉄直通列車は6連のままだったものの、優等列車は6連ではなく8連から10連へ増強されました。ただし、このときはまだ品川駅のホーム有効長が8連までの対応だったため、堀ノ内などで2両の増結車をつなぎ、神奈川新町で切り離す運用を行っていました(同駅はホーム有効長が8連分だったため、増結車の客扱いは横浜までとして、横浜-神奈川新町間は回送扱いにした)。
それでも足りず昭和49(1974)年、京急は優等列車の12両化を目指し、金沢文庫、上大岡、横浜の各駅改良工事を完成させ、朝ラッシュ時の品川どまりの線内特急4本について、金沢文庫-横浜間で12両運転が開始されました。
しかし品川への12連の到達は、同駅の改良が完成する昭和56(1981)年を待たざるを得ませんでした。

かようにして、京急では大手私鉄で最長の12連での運転が開始されたものの、その区間が横浜までに限られていたため、「横浜以南からの乗客をできるだけ品川へ引っ張る」という京急の目論見は、こと朝ラッシュ時の輸送に関する限り、足踏みせざるを得ない状態が続きました。
その足踏みから脱却したのが、12連での運転が開始された7年後の昭和56年。この年、品川と京浜川崎(京急川崎)のホーム12両対応化などの改良工事が完成、この年の6月に、京急は長年温めてきた、朝ラッシュ時の切り札「通勤快特」の運転を開始します。
「長年温めてきた」というのは、この列車の運転開始から遡ること10年、600形(Ⅱ)が冷房改造・更新工事完了後の姿を新町検車区で披露したときに、「通勤快特」のサボを掲げた写真が残されているからです。勿論こんなものが愛好家の自作であるはずはなく、京急が作ったことは明らかですから、このころから構想自体はあった、それもかなり具体的なものがあったという傍証になります。
この列車の運転の意図は勿論、「横浜以南からの乗客をできるだけ品川へ引っ張る」、それも通勤客の横浜からの国鉄・東急への流出を防ぎ、品川まで京急に乗ってもらうこと、そしてそのためには横浜-品川間の速達性の確保がどうしても必要で、同区間では途中京浜川崎にしか停車しない列車を運転することにしたことです。
ただし身も蓋もないことを言ってしまえば、横浜以北で12両対応にする駅を京浜川崎と品川だけにすれば、とりあえず朝ラッシュ時に12連の快特が運転できるということで、この両駅のホーム延伸が急がれたということです(当時、京急蒲田は快特停車駅ではなかった)。

こうして、昭和56年6月、新たな種別「通勤快特」が運転を開始します。停車駅は、横浜以南では特急と同じ停車駅、横浜以北では京浜川崎と品川のみ停車とすることで、長編成による輸送力と速達性を両立させようとしました。ちなみに「通勤快特」は正式名称で、「通勤快速特急」の略ではありません。
この列車には、勿論600形(Ⅱ)も充当され、運転開始当初しばらくの間は、同形の先頭部に「通勤快特」のサボ(ただし昭和46年当時のものとはデザインは全く異なる)を誇らしげに掲げたものですが、やはりラッシュ時のこと、同形では乗降性に難があることは否めません。このことから、「通勤快特」に充当される車両も、600形(Ⅱ)よりもオールロングシートの1000形(Ⅰ)、あるいはラッシュ対策車の700形(Ⅱ・以下省略)が多くなりました。700形は普通車(各駅停車)に充当するため加減速性能を向上させ、かつ1両あたり扉を4ヶ所に増やした車両ですが、「通勤快特」は地味な運用に終始した同形にとって、数少ない晴れ舞台でもありました。

ここでちょっと700形について触れておきましょう。
700形は、昭和42(1967)年から46(1971)年にかけて、McTTMcの4連×21編成84両が製造されましたが、当初はMcTMcの3連で計画されていました。両端の電動車がデハ700形、中間の付随車がサハ750ではなくサハ770形になっているのは、この計画の名残です。しかしなぜか当初計画は変更され、付随車を1両ではなく2両組み込むことになりました。この計画変更による電動車の出力や歯数比の変更はなされないままでしたから、700形が当初計画どおりの起動加速度を得ることはできませんでした。京急では、700形を登場当初こそ普通車に使用していたものの、昭和53(1978)年に普通車の運転曲線を吊り掛け駆動車基準から700形のMcTMc基準に引き直してスピードアップを図ったことにより、付随車の1両多い700形は、普通車のダイヤに乗ることができなくなってしまいました。
そこで京急は、700形4連を3本つないで12連を組成、朝ラッシュ時の「通勤快特」など、混雑時の輸送力列車に充当することにしました。これは同形の、他車よりも扉が多いことを生かしたものですが、これは大当たりだったといえます。それにしても、700形の「通勤快特」その他ラッシュ時の優等列車は、12両編成で側扉の数は実に48ヶ所。当時は常磐線の4扉車15連も多扉車もありませんでしたから、この数は大変なインパクトがあったのではないかと思います。その他の編成は、4連のまま朝ラッシュ時の特急の増結用として使用されていました。
なお、以上とは別に、700形の付随車を1両抜き、3連で本線の普通車や空港線の区間運転などに使用する一方、抜いた付随車を1000形(Ⅰ)の中間に組み込むということも行っています。しかし、オールMの1000形(Ⅰ)にとって、付随車を増結することは単純に編成全体の負荷を増やすことに他ならず、そのためこの編成の運転には、運転士も苦労したと聞きます。
なお、700形は落成当初は全車非冷房でしたが、昭和55(1980)年から63(1988)年にかけて、全車の冷房化が完了しています。ただし、このとき冷房関係機器の搭載を編成内で振り分けたことに伴い、冷房化改造後はMcTMcの3連を組成することができなくなり、退役までMcTTMcの4連で運行されることになりました。
そのためかどうか、700形は退役も比較的早く、平成10(1998)年から退役する編成が出始め、その7年後の平成17(2005)年までに全車京急から姿を消しています。一部は高松琴平電気鉄道(琴電)に移籍し、現在でも活躍していますが、残りは解体処分されました。

「通勤快特」という種別そのものも、平成11(1999)年7月のダイヤ改正で消えてしまいました。ただし列車としてはまるまる残っており、金沢文庫を境に同駅以南は特急、同駅以北は快特として運転されるように変更されています。

次回は、いよいよ600形に代わる、京急のフラッグシップが登場します。

-その6に続く-