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冒頭の写真は以前の記事からの転載です。

 

昭和4(1929)年の開業以来、88年の年を重ねた、片瀬江ノ島駅の特徴的な駅舎、結局建て替えられるということです。

 

小田急の「竜宮城」片瀬江ノ島駅が建て替えへ 築88年の名所、新デザインどうなる? 

 

江の島の「竜宮城」、ついに建て替え

小田急江ノ島線の終点駅で、神奈川県を代表する観光地のひとつ、江の島の近くに位置する片瀬江ノ島駅(神奈川県藤沢市)の駅舎が約90年ぶりに建て替えられることになりました。駅舎の老朽化と駅前広場の再整備によるもので、小田急電鉄と藤沢市は2016年9月から協議を行ってきました(後略)

 

乗りものニュースより)

 

以前に「降りたことがある駅」の小田急江ノ島線編をアップしたときは、まだこの建て替え計画が各メディアなどで取り上げられていなかったため、噂レベルとして言及は控えておりました。

それが、このようなネットメディアに出てきて、しかも小田急電鉄の広報部に話を聞いたということは、計画が動き出したと見ていいのでしょう。

なお、今のところ、小田急電鉄公式HPでは、この件に関して一切の言及がありません。

 

片瀬江ノ島駅といえば、写真のようなキッチュともエキセントリックともいえるデザインの駅舎が有名ですが、実はこれ、仮駅舎として建てられたものだそうです。「仮」だからこそ、あのようなデザインの駅舎を建てることができたともいわれています。その「仮」のはずの駅舎が、米寿を迎えるまで現役の駅舎として使用されるというのですから、世の中は分かりません。

しかし、流石に老朽化が進んできたということで、建て替えが不可避になったものと思われます。

 

ではどのような形態になるかということですが、やはり、現在の竜宮城然とした意匠は残してほしいという、観光客や利用者、さらには藤沢市民の声は無視できないようで、小田急電鉄の広報部も「現在の雰囲気を生かしつつも、さらに愛されるようなデザインを目指しています。」と回答しています。

 

新駅舎の竣工は3年後の東京五輪をめどとするということですが、そのときにはどんな駅舎になっているのでしょうか。

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その26(№4117.)から続く

 
北陸・北近畿地区では、485系は新型車両に押されながらも、何とか勢力を保ってきました。しかし、平成13(2001)年には「白鳥」と新潟発着「雷鳥」廃止などにより、「雷鳥」は大阪-金沢間の運転に統一され(10往復)、さらにその2年後には「しらさぎ」「加越」の683系化により、北陸での485系列の活躍は「北越」と夜行の「能登」を除けば、「雷鳥」に限られることになりました。
このとき、あわせて「雷鳥」の編成変更が実施され、「雷鳥」にパノラマグリーン車が連結されるようになります(ただし全編成ではない)。しかし、同時にグリーン車サロ481、クハ481のボンネットスタイルはそれぞれ編成から外され、運用がなくなりました。サロ481の一部は、後述するサハ481-500に改造されています。
 
(変更前)←大阪 TcM'MTsM'MM'MTc 金沢→
(変更後)←大阪 TscMM'TMM'MM'Tc 金沢→
 
この編成変更に際しては、サハ481を組み込むことになりましたが、当時もはやオリジナルのサハ481は存在しなくなっていましたから、改造で用意されました。種車はサロ481(-500)とモハ485(-700・-750)・モハ484(-600)となっています。
そして、前後しますが平成14(2002)年には、「はくたか」に充当されていた485系のJR西日本編成が、その3年後の平成17(2005)年には同系の「はくたか」用JR東日本編成が、それぞれ681・683系に置き換えられ、「はくたか」からも485系が撤退しています。また、大阪-新潟間「雷鳥」の定期運転終了後も、年末年始やお盆・GWなどには臨時運転で気を吐いていた「ふるさと雷鳥」も、平成21(2009)年のGWを最後に運転されなくなっています。
 
この平成21年という年は、北陸における485系の退潮が決定づけられた年と言っても過言ではないように思われます。
この年のGWを最後に運転されなくなった「ふるさと雷鳥」もそうですが、JR西日本はいよいよ485系の完全淘汰に向け、6月には683系4000番代(通称ヨンダーバード)を就役させたからです。

「ヨンダーバード」投入により、この年10月をもって「雷鳥」は6往復に削減されています。
そして、平成21年の年度末となった翌平成22(2010)年の3月、急行「能登」が臨時に格下げされ、これに伴い、唯一の489系の定期運用が失われることになりました。
平成22(2010)年3月13日のダイヤ改正では、「ヨンダーバード」追加投入により、「雷鳥」は遂に1往復のみと、あたかも481系による運転開始当初のような姿に戻ってしまいます。しかし編成は481系で運転を開始した当初とは全く異なり、編成はさらに短くされて所定6連(多客期9連)とされました。
 
←大阪 TscMM'MM'Tc 金沢→
(多客期はMM'Tを増結し9連とする)
 
このような体制が長続きするわけもなく、遂に平成23(2011)年3月12日のダイヤ改正で、 「雷鳥」は485系での運転を終了、同時に「雷鳥」という列車名は姿を消しています。481系で運転を開始してから46年3ヶ月(実際の運転開始からカウント)。681・683系列によって運転される列車は全て「サンダーバード」となり、「雷鳥」を名乗る列車は全てなくなってしまいました。「雷鳥」こそは、485系列と共にあった列車といえるでしょう。
 
これ以後、北陸線を走る485系特急は「北越」のみとなります。
 
しかし「北越」の孤軍奮闘も、新幹線開業の前には終わらざるを得ませんでした。「雷鳥」が消えた4年後の平成27(2015)年3月14日、北陸新幹線長野-金沢間が開業、これにより「北越」は廃止、これによって、北陸から485系が完全に消えることになりました。
もっとも、「北越」は沿線自治体から存続の要望が寄せられていたそうですが、仮に存続できたとしても、使用車両は485系ではなくなっていたと思われます。
このとき、糸魚川-新潟間に485系使用の快速列車が残りますが、これが最後の同系による定期運用となりました。
 
以上は北陸の485系ですが、北近畿の元485系、183系の終焉にも言及しておかなければなりません。
こちらは、窓下にピンストライプを追加しただけで国鉄特急カラーを維持する編成と、グレーを基調としたJR西日本オリジナルカラーの編成が存在し、これらが京都・大阪-福知山・舞鶴・城崎・宮津方面への特急に運用されていましたが、もはや老朽化は誰の目にも明らかな状況でした。
そこで、JR西日本は183系を置き換えるべく、平成22(2010)年に287系を投入し、一部の183系を置き換えました。287系は、翌年3月12日のダイヤ改正から「こうのとり(←北近畿)」「きのさき」「はしだて」で営業運転を開始していますが、このときは、まだ183系を全て置き換えるまでには至っていませんでした。
287系は「くろしお」にも導入され、そこから捻出された381系が「こうのとり」などに充当されるようになりました。同系が充当されるようになったのは平成24(2012)年からですが、その26年前の福知山線電化完成の際、地元が望んだのは381系振子特急でした。しかし実際に投入されたのは、国鉄末期の財政難により、全国からかき集められた485系。せっかくの電化開業でも、新型車が用意されなかった。その26年後に地元が望んだ振子電車が投入されるとは、何という運命の悪戯かと慨嘆せざるを得ません。
 
ともあれ、381系のトレードによって、183系充当列車は消滅しました。これにより、同系は平成25(2013)年3月で運用を離脱し、全車が廃車となっています。183系を追い出した381系も、「しらさぎ」用683系2000番代を直流専用に改造した289系により置き換えられ、平成27(2015)年には、これら列車は一部に京都丹後鉄道(←北近畿タンゴ鉄道)の気動車を充当するほかは、全て287系・289系で運転されるようになりました。
 
以上により、北陸からは快速列車1往復を除き平成27(2015)年に、北近畿からはそれに2年先んじた平成25(2013)年に、それぞれ485系が撤退しています。
このように、勢力を急激に縮小した485系ですが、実は2000年代に入って新しい運用を得たこともあります。
次回はそのお話を。
 
-その28に続く-
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冒頭の写真は、東武亀戸駅で折り返しを待つ8565Fの2連です。

 

7月15日(土曜日)、管理人は亀戸線にも回ったのですが、こちらは2編成とも通常塗装の編成(もう1本は8570F)で回しておりました。亀戸線は2本で回しているので、2本とも「オレンジ」「緑亀」、それが無理でもそのいずれか一方が運用入りしている可能性もあるとおもったのですが、まさか2本とも通常塗装とは(^_^;)

しかし、今後はもしかしたら東京都内を走る8000系自体貴重品になる可能性もありますので、そうそう贅沢は言えません。というか、ネタ編成が走っていないということは、ある意味で「究極の日常」ともいえます。

 

こちらが、当日運用入りしていたもう1本の8570F。

 

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スカイツリーを背に

 

スカイツリー、どんだけ高いんだよっていう(^_^;)

これで何とか、スカイツリーの頂点まで収めることができました。

 

先ほどの8565Fを遠景から。

 

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右側の盛土はJR総武線

 

以前にも書いたような気がしますが、右側の豊満な盛土、国鉄が東武を谷底に突き落としたようにも思えてしまいます。あるいは、越中島・新橋への道を遮る壁か。

 

◇関連記事

№1228.越中島・新橋への夢は遠く~本線になり損ねた東武亀戸線 

№3523.オレンジ色の絵葉書~東武亀戸線のリバイバルカラー編成撮影・乗車 

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4126.乗り鉄の風呂事情

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ブログナンバー4126(よい風呂)にちなみ、ネタ記事行かせていただきます。

今回はお風呂の話。題して「乗り鉄の風呂事情」。

ちなみに「4126」というと、静岡県伊東にある某温泉旅館の電話番号で、かつては大々的にテレビCMが放送されていたものですが、今回の記事はそちらの話題ではありません(笑)。鉄道旅行の際の「風呂」、入浴の事情について、思うところを述べたいと思います。

 

かつて多くの幹線で夜行列車が健在だったころは、ワイド周遊券などの乗り放題切符を利用し、夜行列車を宿替わりにしながら旅を続ける猛者も沢山いました。

しかし、そのような猛者は、当然のことながら「何日間も入浴できない」という状態に陥ってしまいます。こうなると悲惨です。まだ冬場ならいいですが、これが真夏だったりすると、汗の臭いがきつくなり、それが人によってはもともとの体臭と混じり合って得も言われぬ臭いを発散したりして、社会の迷惑になったりします。

そのため、このような方々は、そのような迷惑を避けるため、拠点駅近くの銭湯や公衆浴場の情報を収集し、そこで入浴するようにしていたようです。

管理人の場合は、体力がないヘタレなので(笑)、2晩以上の夜行列車連泊はできない相談でしたので(ただし寝台2連泊は何度かある)、1泊を車中泊にしたら次の1泊は必ず宿に泊まることにしていました。宿であれば、どんなにショボいところでも、少なくともシャワーだけは浴びることができるので、長期間入浴しないことに関する問題とは無縁でいることができました。

現在はインターネットが普及し、それもPCではなく掌の上のスマートフォンやタブレットで情報が検索できるようになったため、銭湯や公衆浴場の情報も得やすくなっています。ただし、夜行列車は壊滅状態になってしまい、銭湯も数を減らしていますが…。

 

管理人が旅の途中で銭湯を利用したのは、6年前に富山に行った際、駅前のホテルに宿泊したときの1度しかありませんが、温泉地の共同浴場であれば、何か所かあります。そのような場所は、大概地元民が格安になっていて、旅行者は割高になっています。ただし割高とはいっても、都会の銭湯と同じかやや安いくらいに抑えられているので、ずっと気軽に利用することができます。勿論、道後温泉の本館のような場所は別ですが。

温泉地の共同浴場を利用した経験は、管理人の場合は九州が多く、小浜・別府・湯布院・指宿の4か所に利用実績があります。最後の指宿ではあの「砂蒸し風呂」も体験しました。九州以外だと、和倉温泉、城崎温泉、松江温泉、樽見温泉、長野の湯田中、新潟の津南、岩手のほっとゆだ。あ、後の3か所は、全部駅構内か駅のそばにある(汗

最近は、温泉地の旅館であれば、昼間の「日帰り入浴」に応じているところもありますので、そういうのを利用してみるのも一興ではないかと思います。

 

あとはサウナやスーパー銭湯の利用ですが、これらは終夜営業の施設も多く、そういう場所であれば宿替わりにできるメリットもあります。管理人は宿替わりにこそしなかったものの、九州旅行のときに今はなき「ドリームつばめ」に乗車する前、博多駅前のサウナで汗を流し、いい気分で「ドリームつばめ」に乗車、おかげで爆睡できて疲れを感じずに鹿児島に着いたことがありました。大都市圏であれば、サウナが駅前や繁華街の中など交通至便な場所にあることも多く、そのような施設の利用価値は高いと思われます。

ただし、それ以外の場所だと、鉄道その他公共交通機関でアクセスするにはやや難がある施設も多く、そこは欠点ではあります。

これらサウナ・スーパー銭湯の欠点は「雑魚寝」であること。そのため、静かでないと眠れない人には辛いという問題があります。カプセルホテルを併設しているところもありますが、あれも周囲の雑音をシャットアウトできるわけではありませんから(管理人は、カプセルホテルで上段の区画で寝たことがあるが、下段の客の歯ぎしりとイビキで殆ど眠れなかったことがある)。

 

以上は単なる「旅行中の入浴」の話ですが、以下は「風呂のある移動手段」「風呂のある宿泊施設」のお話。

「風呂のある移動手段」といえば長距離フェリーですが、これは2等室利用であれば鉄道の普通運賃よりやや高いくらいでありながら、桟敷席で横になって寝ることができ、かつ大浴場があるので入浴が可能です(しかも無料!)。これは非常に快適性の高い移動手段といえ、関西と四国・九州を結ぶフェリーには根強い人気があります。

あとは寝台特急「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」にはシャワーがあり、A個室利用者は無料、その他の乗客でも共用シャワーを有料で使うことができます。JR発足後でも結構な数があった夜行列車ですが、そのような列車にもしシャワー室を備えた車両が連結されていたら、夜行列車の命運も今と変わっていたでしょうか。

「風呂のある宿泊施設」というと「風呂のないところなんかないだろ」と言われそうですが、確かによほどの安宿やネットカフェでもなければ、シャワーにはありつくことができます。しかし、ビジネスホテルだと客室備え付けのユニットバスしかないところが多く、あっても普通の家と変わらない広さの共同風呂くらいで、ゆったりと風呂でくつろぐ…ということがなかなかかなわないもの。ところが最近では、大浴場を備えたビジネスホテルやシティホテルも増えており、予約する際の参考にしてもいいのではと思います。

 

管理人は自他共に認める風呂好きなので、温泉地を訪ねればできるだけ共同浴場を訪ね、宿を選ぶ際にはできるだけ大浴場のあるホテルを選ぶようにしています。旅館、特に温泉旅館もいいものですが、一人旅だと敷居が高いような気がしますので、共同浴場か温泉旅館の日帰り入浴で我慢しています。勿論、それ以外でも最低限シャワーくらいは浴びるようにしています。

これは勿論、管理人の風呂好きという理由だけではなく「身嗜み」のため。特に夏場は、汗の臭いその他体臭がきつくなりますし、管理人の年齢だとそろそろ「加齢臭」も気になります。周囲の人を不快にさせないための旅行中の入浴でもあるわけでして。

「乗り鉄」の最中には、ついつい時間が惜しくなりがちなものですが、その間にも、風呂に入って汗を流すくらいの時間的余裕は持ちたいものです。

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長津田の視察終了後、こどもの国線で恩田へ。

長津田駅で折り返すこどもの国線の電車からは、大量の子供連れが吐き出されました。巷間言われる少子高齢化なんて絶対に嘘だろというレベルの。

…そんなこと言いだすと、管理人自身も少子高齢化に加担していることになりますがそれは(´・ω・`)

 

…それはさておき。

 

恩田駅ホームから工場を望みますと、元5810しか見えませんが、電車内からは驚くべきものを既に見ています。

それを見に、工場全体が見渡せる高台へ行ってみます。

 

と、その前に!

 

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横浜市営バス!

 

横浜市営バスの日野ブルーリボンシティ(BRC)ハイブリッドです。これをここで見るのは4度目くらいになりますが、どこかに移籍するのでしょうか。

なおこの車、ナンバーは切られておらず、緑ナンバーが付けられたままでした。

 

そして前回まで工場敷地内に大量に放置されていた、元「アルファ・リゾート21」の座席は…。

 

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すっかり片付けられていた

 

はい、何もありませんでした。あれだけ雨風に晒されたら再利用も難しいでしょうし、どこかに廃棄されたものと思われます。

 

そして、冒頭で申し上げた「驚くべきもの」とはこれです↓

 

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2000系!

 

何故か2003Fが、編成をばらされた状態で、高台側の側線に留置されていたのですよ。単なる検査とは思えないのですが…。

 

こちらは2003Fの中間車の連結面が分かる写真。

 

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特徴ある貫通扉

 

2000系は、第1・第2編成の一部と第3編成(2003F)の全車両に、「飾り貫通扉」というべき、窓ガラスを三角形にするなどのデザインを施した貫通扉を採用していますが、その特徴が外から眺められる、貴重な姿であると思います。

このような貫通扉のデザインから、管理人はついつい、喫茶店や床屋を連想してしまいますが、それはやはり、古ーい人間でござんしょうかねえ(鶴田浩二調)。

今や喫茶店はチェーンのカフェの影響で激減し、床屋も美容室に押され、残る店はオシャレに模様替えされ、昔ながらの床屋は絶滅危惧種と化しています。

 

そしてここには、何故か先頭車が2両だけ分離して留置されていました。

 

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2003(手前)と2103(奥)

 

まさか他社譲渡ということはなかろうと思いますが…。

 

先月ここに置かれていた1000系中間車はどうなっているのでしょうか? あるいは、譲渡前提の改造工事が佳境に入ってきたのかな。

 

こちらは、編成を2分割された8634F。

 

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5号車の連結面

 

正面はこちらから撮りました↓

 

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工場の正面玄関から(敷地外から撮影)

 

ここに留置されていると、案外「顔」が撮りにくいものですよ。正面から撮れるポイントもあるにはありますが、草がぼうぼうになっておりまして(^_^;)

 

ここまで撮影して日没となりましたが、まさか2003Fが編成をばらされた光景に遭遇するとは、管理人は夢にも思いませんでした。せいぜい、8634Fのように分割して留置されているくらいだとは思っていたのですが…。これだから「恩田通い」は止められないのですよ(^_^;)

 

このあとは東急バス「青55」で、青葉台駅へ抜けて撤収としました。