応援してくださっている全ての皆様へ

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大切なお知らせ




ご無沙汰しています。磯部俊行です。

昨年8月のライブを最後にリハビリに専念しつつ、自分自身を見つめ直す時間をいただいていました。

16年間歌を歌い続け、1度も音楽から離れることは考えたこともなかったですが、

自身の体のこと、これからの自分を考えた末、アーティスト活動を無期限で停止することを決断しました。

この先どうなっていくのか自分自身でもわかりませんが、一回音楽という上着を脱ぐことを決めました。

本当にわがままな僕の活動に付き合ってくれた、スタッフや事務所の皆さん、音楽を一緒に作ってくれた

ミュージシャン仲間には感謝してもしきれません。

そして僕の音楽に共鳴してくれたファンの皆さんには本当に感謝いたします。

音楽のない人生なんて考えられないと思っていましたが、考える必要がなかっただけで、この半年、歌うたいでない僕に何ができるかと苦しい日々でしたが考える中で、少しずつ音楽のない人生に光を見つけることができました


もう一回自分を信じてその光に向かって行ってみようと決心しました。

僕が療養中に読み続けた「葉隠(はがくれ)」という本の中の1文

「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」


という言葉を今は胸に刻みながら生活しています。

諸説いろいろなこの文に対しての解釈ありますが、

戦乱の世から江戸時代になった時、武士のあり方を見失いかけたお侍さんの

生きる道を見つけたとても前向きな一文だと僕は思っています。

自分のために生きる人生ではなく誰かの為に生きるという生き方を選んだのだと感じました。

もしかしたら選ばざるを得ない状況だったかもしれません。

でも、そんな中でももがきながら光を見つけていく姿勢に心を久しぶりに震わされました。




今年で東日本大震災から5年。5年目の3・11の14時46分は東京で、亡くなった方々への
鎮魂と復興への祈りを手を合わせ願うことしかできませんでした。

2011年以降音楽を 通じて、岩手の主に宮古市田老へ皆様から預かった物資や義援金を届けたり、歌を歌わせていただいたりしましたが、誰かの為に、何かの為に作為もなく偽りもなく動くことで、自分自身救われた事もたくさんあったと思います。

九州での大地震の際、僕の唐突なご協力のお願いにもかかわらず、沢山の皆さんのご協力があり
熊本へ支援物資を届ける事ができました。

その阿蘇温泉病院からお手紙が届きましたのでご報告します。





こうやって、上っ面や詭弁じゃない、深い真実の絆が生まれた事、とてもうれしく思います。
ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。


未来のことを断言できるほど前向きにはまだなれませんが、岩手や熊本への恩返しも含めて、
何か僕にできることを見つけ生きていきたいと今は考えています。

形ができ、胸張ってまたみなさんに報告できる日がきたら、また皆さんに呼びかけするかもしれません。

お願いするかもしれません。その時僕の歌を覚えていてくれる方がいたら是非思い出していただきまたご協力いただけたらと思います。




毎度長くな ってしましまいましたが、最後に僕の音楽人生、はいから、no smokingbluesmore、YS-11、サスライメイカー、そして磯部俊行の音楽を支えてくれた全ての皆さんに心から感謝いたします。




また、どこかでお会いできることを願って




2016年5月31日

磯部俊行
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短編小説「あーすかん」の上手な使い方

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※一応フィクションということで、、、
よろしくお願いします。
あと20日に朗読してやろうかと思ったけど
結構長くなったので、
歌う時間なくなるじゃん!
ということで、やめておきました。。
これまた長いので、ゆっくり暇つぶしにでも
読んでくださいませ。

磯部俊行


「あーすかん」の上手な使い方


冨美恵はよく吠える。

と言っても彼女は犬でもなければ、
ましてや無類のアニマル浜口好きでもない。
人間であり、僕の母親である。

彼女には色々な呼び名が存在する。
ふみちゃん、ふーみん、いぼばばあ。。
ちなみに、いぼばばあだが
姉の子供達がまだ小さいころ、おかんを
「いぼばばあ」と呼ぶと同時に、
眉間の大きなイボを押す。するとおかんが
「いぼいぼー」言いながら
「妖怪いぼばあ」に変身し、
この世の終わりみたいな顔をする。
それを見て、子供達がきゃっきゃきゃっきゃする。
そんな遊びが大流行していた。
冨美恵も孫が喜ぶ姿がなにより
嬉しかったのだろう。


が、


子供という生き物は、1回おもろいとわかると
自分が飽きるまでやり続ける。。

ある日、事件が起きた。

3人の子供たちが入れ替わり立ち代わり、冨美恵のイボを押し続けた。
すると、見る見るうちにイボが腫れ上がり、
「いぼいぼー」と無理に低音で言い続けた為、のどもつぶれたのだ。

本当の「リアル妖怪いぼばばあ」になり、
その姿も見て完全に子供達がドン引いたらしい。。
冨美恵はこの世の終わりのような顔をして、
本当に落ち込んでいたと姉から聞いた。

子供とは時としてとても
残酷な生き物である。。。

話しがそれてしまった。。。


そう、冨美恵はよく吠える。
「あーすかん」「あーすっかーん」
と、一度吠えだすと発情期の猫のようだ。
ちなみに「あーすかん」や
「あーすっかーん」を訳すと
「あー嫌だ」とか「あーダメ、嫌い」
という意味だ。

彼女の「あーすかん」は政治、経済、芸能界と幅広くメスを入れる。
そのネタ元はワイドショーなどではなく、3ヶ月くらいに一回、
パンチパーマのようなパーマをあてに行く
田舎の美容院で読む、「女性セブン」と「女性自身」という雑誌からなのだ。
しかし、そこの美容院に置いてある雑誌は少し古いものが
毎回置いているらしく、


「あーすかん」と言う冨美恵の情報は、、

いつも古い。。。


そして家族の中では、彼女に吠えられる割合が高かったのは、
圧倒的に僕だった。

僕が小学2年生の時、今考えれば、売る方売る方だが、
家族に内緒で、貯めていたお年玉でペットショップへ行き、

子犬(シェットランドシープドック)を購入し自分の部屋で飼っていた。
僕の部屋は犬の匂いが充満するは、鳴き声はするわーで、
仕事から帰ってきたおかんに即バレた。
「あーすかん!」「あーほんまあんたすっかーん」彼女は吠続けた。

中学生1年の時、内緒で西田ひかるのファン倶楽部に入った。
振込用紙がバレて、彼女は吠えた。
「あーーすかん!」「すっかーん!」
同時期、隠してたエロ本がバレた。
「あ、あ、すかーん!」「こんなん、ほんますっかーん」
と冨美恵は何度も見直していた



そんな中でも、同居していた当時もそうだが、
未だに僕に対して吠え続けていることがある。

それは、彼女が「お風呂はいったんかね?」と質問した時に、
僕がまだお風呂に入ってない時だ。

「あーすかん、あーまだ風呂にはいってないんかね!あーすかん!
あかだらけ!あーすかん!すぐ入りんなさい!あーすかん!あかだらけ!
もうあかだわ!としゆきはあかだわ!」

本当にひどい言いようである。。。

当時、仕事柄、お酒を飲んで帰った時なんかは、
大袈裟じゃなく2、3分に一回は
「あーすかん、まだ風呂にはいってない!あーすかん、あかだらけ!
あーすかん!まだ入ってない!あーあかだらけ!」

と、僕がお風呂に入るまで吠え続けていた。



そんな、彼女が6年前、癌になった。
気づいた時には、直腸には、悪性の癌が牛の目玉ほどの大きさになっていた。

すぐに癌切除の手術を行ったが、転移が見つかったのだ。

そこから、抗がん剤の治療が始まった。


兄弟3人の中で一番母の家の近くで暮らす姉が看病していたのだが、、
あの霊長類最強の生き物と思っていた、冷静でいつも気丈な姉が
発熱や頭痛に苦しみ続け、抜けていく髪、やせ細っていくおかんの姿を
目の当たりにして「もう見てられない」と泣きながら電話してきたのだ。

簡単に考えていたわけじゃなかったけど、
どこかで「あの人は大丈夫」って思っていた。
なぜそういう考えになるのか、、、すくに納得した。
僕は、彼女の「弱さ」を見たことがなかったからだ。。。。



急に鳥肌が立った。
行き交う人々の会話、車の音、風邪の音、街に流れる音楽、
いろんな音が怖くなって、全ての音が爆音に聞こえてた。
全身から嫌な汗がでているのを感じた。
あの時の感覚は今でも忘れられない。

僕は耳を塞いで、その場に立ち尽くした。

どれくらいの時間がそうしていたのかは覚えていない
一瞬だった気もするし、すごい長い時間にも感じた。

我に返って、無我夢中で新幹線の切符を買って乗り込んだ。
実家へ向かう5時間半の間、汗と全身の震えが止まらなかった。
歯をがたがたさせながら、席には座らず、通路でずっと丸まっていた。

駅からタクシーで病院に向かっている間、
だんだん自分の心臓が口に近づいているように感じ、
吐きそうになり、1回1回の鼓動が痛かった。

受付で、部屋番号を聞きエレベーターから降り、部屋の前まで来た瞬間、
足が止まった。あれだけ急いで来たのに、さっとドアが開けれなかった。

僕はすごく緊張していたのを覚えてる。
会いたいけど、会いたくない。そんな感情だった。

それでも、ゆっくり深呼吸して、

ゆっくりドアを開けた。。。
一番奥のベッドで横になった彼女をみつけた。

おそるおそる近づいてみた。

点滴なのか、抗がん剤なのか、ふっとい針で、
液体を彼女の腕から全身に送っていた。

おかんは、目を閉じ
胸元まで毛布をかぶり、手は外に出ていた。





別人だった。。。


髪は薄くなり、頬はこけ、腕も、がりがりだった。


「早く来れんで、本当ごめん」

大声で叫びたい想いを、
次から次へと流れてくる涙で必死にこらえた。

その時。

「あんた、何しよんかね・・・」

かすかすの声が聴こえた。

「起こした、ごめん」
「あんた、仕事は?」
「いや、心配やから来たんよ」
「周りの人に迷惑かけるじゃろうがね、、、
大丈夫じゃけえ帰りんさい・・・」
かの鳴くような声だったけど、ハッキリと彼女の意思を感じた。
「何いいよるんよ、ちゃんと連絡するけー大丈夫やから」
「バカいいさんな、あんたがおったら、心配で治るもんも治らんけー」
「そんな言い方せんでもええやろー!」
つい声を荒げてしまった。
こんな風にしたかったんじゃない、こんな風に会いたかったんじゃない。
怒りにも似た感情を飲み込んで、細くなった彼女の腕をつかんだ。

「おかん、、帰れって言われても帰らんけーな、駄目息子でも帰ってきたら
ちょっとでも元気になるんじゃないかって必死で帰ってきたんよ、
そんな風に帰れ帰れ言わんでよ、
あんな、新幹線の中でちゃんと考えたんやけど、俺こっち帰ってくるよ
姉貴だって嫁いでるし、兄貴も大阪で家族もいるし、独り身は俺だけじゃん
実際東京にも疲れたしね、
こっちで仕事探すけん2人で暮らそうや、それやったら俺が看病できるしね
俺がそうしたいんやから、文句言わんでよ、もう決めたから」

彼女は、少し黙って、僕の手を多分、あの時の力いっぱいで掴み返し、
力いっぱい言った。


「あーーーーすかん!」

「あーすっかんよ、としゆき。
お母さんはそんな子にあんたを育てたつもりないよね。
あんた今まで好き放題、自分のやりたいことやってきたんじゃろうがね、
それを応援してくれる人のことも考えた上でいいよるんかね、そんなこと!
お母さんの病気のせいにして途中で投げ出すような、
そんなもんやったんかね。あんたのやりたいことは!
あんたにとって、今まで頑張ってきた音楽ってなんやったんかね。
としゆき、お母さんね、そんなんでこっち帰ってきてくれても、
何もうれしゆーない、としゆき、ほんとよ。
お金もないやろーに、
こうやって帰ってきてくれただけで、お母さんもう十分よ、
絶対癌なんかに負けんけえ、あんたも自分がやりきったって思うまで
あっちで頑張りい、わかったかね馬鹿息子」

おかんは一所懸命、僕の腕をつかんで話した。

僕は何も言えず、ただ泣いてた。

「あんた、ちんぽついちょるんじゃろうがね、しっかりしんさい」

おかんも泣いてた。


同室に入院していた皆さん
メロドラマのような親子のやりとりでうるさくして本当にごめんなさい。

そして冨美恵さん
いい歳して、まだいろいろ教えなきゃ、わからない馬鹿息子を、
どうかゆるしてください。

あなたの言葉でまた、一歩進むことができました。
本当にありがとう。


あれから6年、癌と闘い、いまだ再発することもなく、
今年の10月15日で73歳。冨美恵は癌に勝ち続けています。
それどころか、皆の反対を聞きもせず、
「じっとしてたら、ボケるわ」
と、懐石料理屋でバリバリ働きはじめた。


「ふーみんのまかないちょーうまい!って、
19歳のゆきこがね言うのよ、
じゃけえね、言ってやったんよ、
あたりまえじゃあ!それよりあんた、
ちょーうまいじゃないじゃなくて、
ぶちおいしいですじゃろうがねって怒ったんよ、
そしたら、あーこわっって逃げるんよね、ゆきこがー!あーすかん!」

嬉しそうに電話ごしで話始めるともうとまらない。

「あーすかん!あれは、不倫じゃろうがね、
いくらええ男でもね、不倫はいけんよ!!」

「あーすかん!あの女とあの男はできちょるよ
、絶対!写真撮られちょったからね、」

「音楽のーあれ、さむらなんとかはね、
あれ、本当は耳がきこえちょるらしいんよね、
あーすっかーん」

全て少し古い「女性セブン」と
「女性自身」が情報源であることは
言うまでもない。。。

でも、この話をしだすということは、
「あっ、パンチパーマみたいなパーマかけにいったんやな」
って少し嬉しくなる。


そして僕は、電話を切る前に
必ず最後に言う事がある。

「それじゃあ、またかけるね、
あっ、おかん、俺、まだ今日、風呂入ってないんよ」




すると、、、


「あーーーすかん!くさっ!あーくさ!汚い男やねーーー!
あかだらけよ、あんたはあかだらけよ、あーすっかーん!」

電話で匂いまでかげるらしい。彼女は進化を続けている。


電話を切った後、帽子をかぶり直した。
だいぶ寒くなってきた東京の夜を
少し温かくなった心と一緒に歩きながら、
「明日もがんばりますかー」と家路へ向かった



僕はおもう

きっと、「あーすかん」を言わせたら彼女の右に出る者はいないだろう

僕はおもう

あと何回、冨美恵の「あーすかん」を聞けるのだろう





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世の中、いろんなことが目まぐるしく起こっております。
しかし、時は早くもならず、遅くもならず、正確に確実に進んでおります。
そして、その中で僕は何とか、今、生きています。

自然の移り変わりで四季を味わうことは、東京都心で生活しているとなかなかできないのですが、岩手宮古市田老に行く道中、国道106号を通りながら秋色に染まり始めた山々や、清々しい空気を吸い込むたびに、「あ~」「あ~」と若干気持ち悪いテンションになりながら、贅沢な時間を過ごしました。

東日本大震災から3年7か月もの月日が経ちました。

田老住民や役場や漁協の方々の努力、沢山の支援で漁業の再開や道路の整備、色々な復興が行われ変わっていく様子を3か月に1回程度、全てではないけど、この目で見る機会をいただきました。
震災、津波の被害者の救出や瓦礫撤去、交通整理など昼夜問わず行っていた自衛隊の方々の姿は今でも鮮明に憶えています。

震災当時、日本中いや世界中が「復興」を願い、沢山の行動が、絶望から希望を生み「復興」への架け橋になると感じたのは、僕だけではなかったのではないでしょうか。

自身の体調不良により1年間、田老に訪れることができませんでした。


そして、2014年10月11日の田老は、

2010年夏に初めて田老を訪れ、のどかな風景の中に過去の教訓をもとに防災の町として生きてきた力強いあの町並みには、まだほど遠い状態でした。

未だに、グリーピア三陸みやこに隣接する仮設住宅には、2014年2月の時点で407世帯もの方々が住まわれていることも、復興の遅れから、故郷を離れる方々もいらっしゃると聞きました。

あの2010年の夏に見た田老戻るには、あと何年、いや何十年かかるのか、、
そう感じてしまいました。



それでも、

12日には田老一大イベント大運動会があり、祭りや花火大会、その他たくさんのイベントがあったり、、田老に生きる方々の力強さは本当に頭が下がります。
そして、何より僕は、田老の、岩手の方々の温かさに助けられてきました。

そして、田老には三陸海岸の代表的な奇岩のひとつ「三王(さんのう)岩」を一望できる三王園地も完成して、すばらしい風景を見せてくれるんです。


こんなすばらしい場所に
よしばあちゃん作詞「海嘯鎮魂の詩」の詩碑が、多くの方々のご協力により設立されました。
是非見に来てください!


一日、数分でも、毎日、日本全体が被災地の復興を願い、思考、行動する世の中であれば、再生はより早いものになる。
願うと同時に、僕自身もこれからもできること続けていこうと思います。

10月11日に行われた「海嘯鎮魂の詩」詩碑完成イベントに、大阪からうちの兄貴と山口からうちのおかん(ふーみんふみえ)が来てくれました。






兄貴は「言い訳だけど、何かしたいと思いながら何もできなかった。胸のもやもやが少しとれたよ」と言っていた。震災以降、彼の安月給で(コラコラ、、)こつこつ貯めた義援金を、田老の役場の方に直接預け、それは田老のスポーツ少年団の活動費として使われることになりました。

役場の方のお話しでは、子供達がスポーツができる環境を、田老住民全体で支えていたそうですが、震災以降、田老を離れる人も増え、義援金もだんだん先細りしている為、維持していくのが難しくなってる現状とのことでした。

兄には息子が2人いるのですが(勿論結婚してます)2人とも野球の少年団に入っていて、尚且つ未経験のくせにコーチとかやっってるので(いや、いいんです未経験でも。。。)自分の貯めた義援金がこういう形で使ってもらえることを本当に喜んでいました。
きっと、あの人の事なので、自分の子供達にも田老の話しをして、今自分のやりたいことが普通にできてる事がどれほど幸せなことかを、長々と語ることでしょう。だいぶ長々と。。。。

うちのおかんも、持病もあり、足も悪い中、多分これだけの遠出ができるのも最後だろう。
こういった機会を与えてくれた、実行委員の皆さんには本当に感謝です。


ここまで読んでくれた皆さん、、そろそろ、皆さんの目が充血し、チカチカしてきたころとは思いますが、、、、止めない。。まだ書くのであります。はい。。。最後までおつきあいくださいませ。


そして、10月11日宮古市グリーンピア三陸みやこ体育館にて

「東日本大震災鎮魂詩碑建立と復興支援コンサート」が行われました。
民謡歌手の田中恵さんが、秋田民謡で「海嘯鎮魂の詩」を歌い
若くして津軽三味線のA級男子の日本一になった佐々木忍弥君のすばらしい演奏もあり、
勿論、田畑ヨシさん(よしばあちゃん)の紙芝居もありました。
この紙芝居は、ヨシばあちゃんの新しい作品で、東日本大震災についての紙芝居でした。ばあちゃんの淡々と読む言葉達と絵に、ただただ息をのみました。
そして、色々な輪もこの紙芝居には描かれていました。

本当に何時、何処で起こるかわからない自然災害に対して、どういう気持ちの準備と行動できる準備をしなければいけないのか、改めて考えさせられました。
そして、被災地の復興は願うだけではなく、小さなことでも多くの人が行動することで輪が生まれて、実際の復興に繋がっていくことも再確認できました。

そして久しぶりのLIVEでした。
久しぶりって言うか、、1年9ヶ月ぶりの少し長めの&サポートの皆さんと一緒に演奏し、歌うことができました。

めちゃくちゃ緊張するだろうな、一曲目なんてガチガチになるやろうな。。。40分歌いきれるかな。。。。

と言う僕の不安予想とは真逆で、、なんか、、、、、

高揚、高揚、高揚のフィーバー状態。。
信頼できるサポートの、のりさん、たけさん、みつを、、、みつをはまあおいといて、、(いや、みつをもちゃんと弾くのはかなり久しぶりだったみたいだけど、すげー素敵なギターやった)
みんなのおかげで、音楽の楽しさを、すばらしさを、改めで感じる事ができました。
そしてなにより、聴いてくれた皆さん、遠くから足を運んでくれた皆さん、遠くから応援してくれた皆さんのおかげで、磯部俊行生き返る事ができました。
本当にありがとう。

さようなら。


・・・・いや、まだ終わらないのです。

ここから始まるのです。

2014.11.20(thu)
下北沢440

aobahitori & 磯部俊行 presents
『素敵庵 vol.4 ~お久しぶりね、あなたに会うなんて~』


出演:
aobahitori
磯部俊行
O.A. 泉 沙世子

前売:¥3000/当日:¥3500
(+1drink/¥600)

Open/18:00 Start/18:30

*チケット予約は下記アドレスから
isobetoshiyuki@chapiteau.jp


宣伝でございます。
僕の本当の意味での復活はワンマンLIVEで2時間がっつり歌いきれることです。この日はaobahitoriと2マンですので、岩手より長く歌います。不安はまだありますが、しっかり11・20は歌いきって、来年のワンマンLIVEにつなげていけたらと思ってます。
是非、是非、是非にご来場お待ちしています!

ここまで読んでいただき、ありがとう。多分、HPがかなり消耗したことでしょう。ホイミを使えたらいいのですが、僕はホイミが使えないのでゆるしてください。

いや、できるかもしれないので、やってみます。。

ホイミ!

茶番劇はこれくらいにして、、
最後に岩手で撮った写真と、短いですが映像(中島みゆきさんの「時代」)を、、

でわ

磯部俊行





三陸海岸浄土ヶ浜



みんなで小岩井農場



Gtみつをとの小岩井農場牛乳普通のみ対決




圧巻の岩手山



詩碑前にて



LIVE中



津軽三味線忍弥くん参加の「チギリウタ」


中島みゆきさん「時代」
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磯部俊行復活祭祭

テーマ:
皆様

磯部俊行復活させていただきます!

長い間待っていてくれた皆さん、心からお詫びします、そして感謝します。

歌う事が当たり前だった時、感じれなかった事を沢山感じることができました。
ネガティブもポジティブもです。

そして歌うことがまた、好きになりました。

もし僕が1人だったら、こうはならなかったでしょう。
多くの皆さんの応援と支えが、また僕に歌うチャンスをくれました。
本当にありがとうございます。

喜びを表現する上で写真をと考えたのですが、今、左頬下に大きな吹き出物ができているので、過去の喜びの写真から表現させていただきます。


これ、DrののりさんのバースディーLIVEの時のや。。かなり前。。。

さて、
「磯部俊行復活祭祭」とタイトルをつけたのですが、

そう
「祭祭」なのです。

。。。。。


2つのLIVEが決定しました!!


ます、1つ目

2014年10月11日(土)
岩手県宮古市田老体育館
「海嘯鎮魂の詩詩碑設立記念LIVE」
14:00~(約2時間くらいのイベント)予定
※入場無料のイベントです


詳細が分かり次第お知らせ致します。
僕以外にも海嘯鎮魂の詩に関わるミュージシャン、田畑ヨシさん(よしばあちゃん)も新しい紙芝居をする予定です。是非沢山の皆さんのご来場お待ちしています!


国立公園三王岩園地

本当に沢山の方々の協力により、この詩碑が完成しました。
一人でも多くの皆さんにこの詩碑を見に来ていただき、東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方々の鎮魂と、まだ復興というにはほど遠い現状、今、未来でそれぞれができることを思考していただくキッカケになればと、僭越ながら思っています。



詩碑裏手から眺める三王岩
自然は時に脅威にもなりますが、人工物では表現しきれない美しさやたくましさを感じました。


そして2つ目、、


2014年11月20日(木)
下北沢440にて
aobahitori &磯部俊行
2マンライブ!!決定!!


☆チケット先行発売!
9.21 sun@下北沢440
aobahitoriライブ会場にて

※僕もチケット売りに行けたら行きます笑

★チケット予約は
9.22 manより
isobetoshiyuki@chapiteau.jp
まで!


詳細随時

はい!ツーマンLIVEです!はい!青葉とやります!
療養中、武骨かつ乱暴に僕を勇気づけてくれた青葉とLIVEできること、本当にうれしく思います。
是非、観にきてくださいませ。
このLIVEで僕を支えてくれるTeam Sutekiyanは、パーカッション遠藤のりさん、ヴァイオリンえみゅーちゃん、キーボード堀越くんくん!
絶対素敵庵!
お待ちしております。

とし

「海嘯鎮魂の詩」碑設立募金について

テーマ:
今年は田老に行くことができました。
ヨシばあちゃんにも会うことができました。


(今年89歳のヨシばあちゃんは、今年も津波の語り部として全国で紙芝居をし、伝承活動を行っています。)


とても寒かったけど、すごく穏やかで綺麗な海でした。
皆さんのお力で支援できた「さっぱ船」5隻は田老漁協でバリバリ活躍しているとのことです。

見た限りの風景は、1年前と変わっていませんでした。
元に戻る、もしくはその先にいけるのにあと何十年かかるのか。。
その言葉は、最初ピンとこなかったけど実感せざるをえない。



(田老防波堤上から)

東日本大震災で被災した宮古市田老のたろう観光ホテルは津波の猛威を伝える震災遺構として市が保存することが決まっているそうです。
被災にあった方々の心中、意には反することかもしれない。ですが、また大きな地震が何処で起きるかわからない。地震、津波の猛威を伝えることは、たろう観光ホテルの保存も、ヨシばあちゃんの紙芝居も、その時、1人でも多くの命を救う有効な手段の1つだと思います。

そして今、津波の語り部、田畑ヨシ作詞「海嘯鎮魂の詩」の碑を被災地宮古市田老に建立したいという声が起きたそうです。
既に岩手県滝沢市在住の方から、資金の一部として50万円ものご寄附が届き、そこで「海嘯鎮魂の詩碑建立募金委員会」を立ち上げ、犠牲者の鎮魂を祈るため、後世に伝承して行くため、広く募金を呼びかけることになったようです。

僕もこのヨシばあちゃんの作詞した「海嘯鎮魂の詩」に、サスライメイカーというバンドで活動している時、作曲させていただきました。

この主旨にご賛同いただける皆さんは是非ご協力おねがいします。


「海嘯鎮魂の詩」碑建立募金

募金目標額 200万円(50万円寄附済み)

振込先 ゆうちょ銀行 記号:18320
番号:3866591
名前:タカハシエミコ

連絡先 020-0656
岩手県滝沢市鵜飼上山32-54 高橋方
海嘯鎮魂の詩碑建立募金委員会
TEL/FAX:019-687-3334

※ 建立完成後、お礼としてまだ検討中ですが、ハガキ等なんらかの形で碑建立の報告をさせていただくとのことです。
ご寄附いただいた方で、ご希望の場合は、moriyosi@rose.ocn.ne.jp まで、お名前とご住所をご明記の上、メールにてご連絡ください。


田畑ヨシさんのことや、海嘯鎮魂の詩のこと、今の被災地の現状などが書かれている、みさご丸さんのブログを発見したので、リンク貼らせていただきました。↓

山と土と樹を好きな漁師

是非

ありがとうございます!10/20ウタアソビvol.1

テーマ:


☆10月20日(土)
「ウタアソビvol.1」
~秋のスタジオでウタアソビはじめ~

東京/下北沢STUDIO BAYD
open19:00/start19:30
前売2500円
出演/中原明彦(fromロクセンチ)/磯部俊行(fromサスライメイカー)/北清水雄太

今回のウタアソビは、3アーティストで、素敵庵にお届けいたします。

※ありがとうございました!10/20ウタアソビvol.1はソールドアウトとなりました!
尚、一時パソコンの不具合で、メール受付ができてなかったり、返信メールが送れていない時期がありました。まだ予約した方で、返信メールが来ていないという方がいらっしゃいましたら、

toshiyuki.isobe.ticket.message@gmail.com

までお手数ですが、ご連絡ください。よろしくお願いします。

※また、20日より12/2日に開催の「ウタアソビvol.2」のチケット予約開始となります。定員次第締め切りとなりますので、ご予約はお早めに!是非お待ちしております!

チケット予約
toshiyuki.isobe.ticket.message@gmail.com



問い合わせ
下北沢STUDIO BAYD(チケットの予約や、購入は、ここでは出来ません)
03-5432-0040

マップ
http://www.studio-bayd.com/map/index.html


※utaasobiブログ
http://ameblo.jp/utaasobi/
※ウタアソビツイッター
@wareutafuti5202

東京LOOPS参加決定!

テーマ:
これからおやすみの方もお目覚めの方も、お久のとしにゅーの時間です。

既に明日になりましたが、磯部俊行として、

東京LOOPSイベントに参加決定しました!


野球チームのイベントです。野球はしませんが。歌歌います。
seagulloop青葉キャプテンをはじめ、レギュラーメンバーが多数参加します!

ちなみに僕の背番号は「0」です。

去年も盛り沢山だったイベントなんで、今年もさらに盛り沢山。

平日ですが、仕事帰りに是非ご来場お待ちしてます!

そして、明日の東京LOOPSライブより、10/20の「ウタアソビvol.1」から予約受付開始の12/2の「ウタアソビvol.2」のチケットを先行発売します!
今回のゲストは、千綿偉功さんをむかえて東京下北沢440でスリーマンライブです!定員次第締め切りのイベントなので是非10/10にゲットしてください。

10.10(水)
渋谷O-crest
「 東京LOOPSワンマンライブ 」
open18:00 start18:30
前売: ¥2800 当日: ¥3300 (drink別)

予約はメールにて承ります

toshiyuki.isobe.ticket.message@gmail.com
皆様へ、大切なご報告があります。

我々サスライメイカーは、2012年11月18日のワンマンライブをもって、その活動に終止符を打つ事を決めました


それぞれの人生の中でサスライメイカーとしてではなく、新たな道を歩む事もそれぞれの人生の中で今、必要だと
感じました。
僕らにとって、「サスライメイカー」はとてつもなく大きな存在であり、人生そのものでした。

僕らが今まで信じてきた道がウソではない事、絶対に後悔するものではない事、そしてこれからも未来に真っ直ぐ
生きていくため、無期限の休止という選択をとりました。

今まで長い間支えて下さったファンの皆様、
関係者の皆様、
サスライの音楽を支え続けてくれたサポートメンバーのみんな、

今まで本当にありがとうございました。


残りのライブ、
これまでのサスライメイカー同様、
MAX ハッピーで望みます。

最後までサスライメイカーです。

最後まで見届けて頂けたら幸いです。

そして、それぞれの活動の中でまた皆さんと触れあえる事を心より願っています。


2012年10月5日 サスライメイカー



オフィシャルブログに掲載された文章です。


当たり前ですが、サスライメイカーが全てでした。どんなことがあっても前に進んできました。

サスライメイカーを好きでいてくれた皆さん、大切に想ってくれた皆さんに、このような形で無期限の休止を発表しなければならなかった事は、本当にとても残念です。

でも、サスライメイカーの音楽はいつもでも皆さんの側にあります。これからも、苦しい時嬉しい時、ほんの一時でもサスライメイカーの音楽を好きでいてくれた皆さんとサスライメイカーが歩いて行けることを心から願っています。

そして僕たちが、今後どのような音楽活動をそれぞれしていくのか、120%だせてるか?しっかりチェックしてください!

そして期待してください。僕たちはサスライメイカーとして誇りもって活動してきた時間を肥やしに何百倍にして今後のそれぞれの活動に反映させていきます。

ですので、これからも磯部俊行を、みつをを、是非応援していただけたらと思います。

これからサスライメイカーとしてのライブ、明日の岩手滝沢村、明後日の岩手宮古10/14主催イベント緑音色野祭、そして11/18の東京渋谷O-CRESTでのワンマンライブ、4回です。

4回か。。
120%いや200%でサスライメイカーをお届けします。約束します。

最後まで読んでくれて
ありがとう。


磯部俊行

本日「再生」発売日です

テーマ:
本日9/26磯部俊行ソロデビューシングル「再生」発売日です。今の僕の感情を100%詰め込んだ作品です。是非聴いてみてください。
明日「再生」キャンペーンでFM愛知さんや、東海ラジオさんにお邪魔します。
詳しくはhttp://www.isobetoshiyuki.com/
にて。生放送なんで聴ける方は是非!


カメラマンの馬場さんに、いい男風に、沢山写真撮っていただきました。
そのうちホームページやら、チラシやらに、他の写真も使われるんで、見てやってください。
photo:01




押忍。

次回ライブ

磯部俊行ワンマンライブ
「我唄フ、故ニワレナリvol.1-再生-」
日付 2012年10月5日(金)
場所 代官山Simple voice
所在地 東京都渋谷区代官山町14-10 Luz代官山B1
OPEN 18:30/START19:00
チケット 前売3,000円(1D別)/当日3,500円(1D別)
問い合わせ 03-6416-3107(Simplle voice)

■チケット予約 9/8~
こちらからお申し込み下さい

http://www.isobetoshiyuki.com/