2007年03月17日(土) 08時13分07秒

「プラスティック・ソウル」 阿部和重 2007-035

テーマ:★読後感想:作家別【あ・か行】

どうやら阿部氏の「転換点」であり、20世紀最後に書かれた幻の小説らしい「プラスティック・ソウル」読了しました。

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阿部 和重
プラスティック・ソウル
出版元
講談社
初版刊行年月
2006/03
著者/編者
阿部和重
総評
19点/30点満点中
採点の詳細
ストーリ性:3点 
読了感:3点 
ぐいぐい:3点 
キャラ立ち:4点 
意外性:3点 
装丁:3点

あらすじ
アシダイチロウ、イダフミコ、ウエダミツオ、エツダシン。彼らが出版社から受けた依頼は、共同創作によりひとつの作品を生み出してほしいというものだった。眩いばかりに鏤められたさまざまな記号、めまぐるしく転換する話者、妄想はやがて狂気へとむかう―。世紀末東京を舞台に描かれた阿部文学の真髄に迫る、幻の小説。 <<Amazonより抜粋>>



本帯にあるのは「出世作『インディヴィジュアル・プロジェクション』から名作『シンセミア』、『グランド・フィナーレ』へ至る阿部和重創作の変遷、その転換点上の傑作、20世紀最後に書かれ封印されていた幻の小説、遂に刊行!」ってことなのですけど、ここで紹介されている小説を一切読んでいないので、転換点といわれてもまったくピンときませんでした。(事実)
ですので、その辺りの知らない阿部氏素人読者が、感想をしてしまったと思っていただきたいということです。(お願い)

・・・漠然としたした感想をいきなり述べてしまいますが、
ま、
『「芸術性」ってのはどこかにあるんだろうな~』と、
『それをちゃんと理解できないのは読み手の問題なのだろうな~』と、
そして、
『そこまで読み手に強要する作品なのだとしてら、個人的には楽しめないな~』と
思いました。

極めて個人的にイメージすると、胡散臭い芸術評論家が、胡散臭い芸術を、胡散臭く論じるようなそんな感じなのですね。

例えば、それは、「アシダ(物語の主人公)」(アシダ目線)の三人称、「私」(アシダ目線)、「わたし」(アシダの恋人であるフジコ目線)という目線切り替えが、あたかも一つの目線で語られるような雰囲気だったり(実際には文節ごとに区切られる)、ストーリは常に薬物でキメチャッテイル目線だったりするので、倒錯と支離滅裂の際にあったりするところで表されていると思われます。

この辺りの「芸術性」をちゃんと理解しないと、正直「駄作」と思ってしまい、読書経験豊富で百戦錬磨な読み手(≒評論家)は意地になって、そこに「芸術性」を見つけようとするのかな~と思っちゃいました。

で、私個人としては、この作品にいたってはそこまで、意地になれなかったということです。

加えて、この主人公自体が、人間として矮小な人物設定だったりするものですから、(なんだかもう、どうしろって言うのよ?)と、半分くらい憤りもありつつ、読んでいました。

ま、本書が「氏の作品の転換点」とあるので、氏の前後の作品のどちらが「こっち」で、どちらが「あっち」なのかを読んでみるという興味は沸いてきました。

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