2006年11月06日(月) 00時13分51秒

「斎藤家の核弾頭」 篠田節子 2006-147

テーマ:★読後感想:作家別【さ・た行】
2070年という近未来の小説です。
10年前に刊行されたということを忘れてしまうくらい、今、現在(2006年)においても、残念ながら的を得た近未来小説なのかもしれません。

篠田節子氏「斎藤家の核弾頭」読了しました。

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篠田 節子
斎藤家の核弾頭
出版元
朝日新聞社
初版刊行年月
1997/01
著者/編者
篠田節子
総評
23点/30点満点中
採点の詳細
ストーリ性:4点 
読了感:3点 
ぐいぐい:4点 
キャラ立ち:4点 
意外性:3点 
装丁:5点

あらすじ
「国家主義カースト制」によって超管理社会となった2075年の東京。政府の謀略により長年住み慣れた家からの立ち退きを強制された斎藤家は、理不尽な転居命令に抵抗し、近隣住民とともに手製の核爆弾を武器に日本国に宣戦布告する!明日を予言したスラップスティック小説の傑作。 <<Amazonより抜粋>>



まず、何はともはれタイトルが良いですね。
「斎藤家の核弾頭」って読了すればストーリそのままだと気がつきますが、手に取った時は、このタイトルを見ただけで打ち震えてしまいました。(ちょっと大袈裟)

さて、行き過ぎた民主主義・商業主義の先にある未来の話です。
経済予測モノを除く、たいていのSF近未来小説は、「世界大戦」が起こり、戦後の退廃(もしくは戦中の悲劇)を描くものが多いのですが、本作品は、今そのままの先にある未来を描いているのです。
しかも、この期に及んでは、まったくありえなくもないという事実。
この辺りの着眼(シチュエーション)には意表をつかれました。

この世界では、国民一人一人に、厳密な審査によるランク付けがされていて、この斎藤総一郎は特Aクラスのエリートなわけですが、このエリートという肩書き自体が、非常にやっかいなプライドを植えつけています。

国家から不要とされた総一郎が、この(もはや意味すら持たない)ランクに振り回されていく描写が、読み手にとっては歯がゆく思う場面が多々あります。
例えば、それは「男尊女卑の考え方」であったり、「捻じ曲げられた正義感」であったり。
時に、その価値観は、ユーモアの枠を超え、背筋が寒くなることもありました。
また、この時代に生きる人物、特に総一郎のレプリカとなってしまった長男である敬の”ありがちな倫理観”も、国家がとった政策そのものが、虚構であることを感じてしまいました。
ということで、感受性の強い方には、登場人物の誰に対しても100%の共感が得られないかもしれません。(共感ってわけではないのの、それなりにまともだったのは「小夜子」だったりします)

物語は、加速度的に国家との敵対関係が増幅され、最終的にタイトルの通りの「斎藤家の核弾頭」となるわけですが、ラストの展開そのものは、やや収まりすぎなところもありました。
思い切りのよい核弾頭的結末(なんだそりゃ)を期待していたので、これでは続編があってもおかしくないなと思ったりして。

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コメント

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1 ■こんばんは

なかなか面白い小説でしたね。
痛烈な男社会批判の小説だと思いました。
柳沢大臣に読ませたいです。

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