2010-07-07 00:48:01

キーサンなかまKさんの『主治医への伝言』

テーマ:文章

 私の大切なキーサンなかまのKさんが、自分の想いや状態を主治医の医師に伝えるために、箇条書きに整理して文章を書きました。Kさんの、シンドイ本当の想いや状態です。

 

 それが、私の所へFAXで送られてきました。Kさんにはブログへの掲載の了承をいただきました。以下にその文章を全文掲載します。


 固有名詞などは特定されないように、イニシャルなどで置き換えました。


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① 夜中コンビニで、「おかしくねえ!どこもおかしくねえ!!」等言われ、健常者扱いされた。数人のおっさん連中に。


② H井でも街行く人に「ずるい。」等言われた。


③ 実母から、「いくらえらそうな事を言っても、おまえらというものは、あばれるもんや。そして、事件を起こすもんや。」「おまえは、何か活動がしたいんやろ。」とか、「おまえは、お金が欲しいんやろう。」「お前は病気が軽いのに病気が重いって言って欲しいんやろう!!」。とか言われた。
・不断、不審者に思われている。
 
④ 7月5日の診察の帰りにコンビニの外で食べ物食べていると、街行く人から、はきすて口で「お前に生きる資格はない。」等言われ、別の人にもあざ笑われた。よけいイライラした。
・風呂に入るとねてしまう。シャワーも気持ち良くない。
 
⑤ 私が自殺するか、違法行為をさせ合法的に殺したいと考えられている。
・着替えについては、つい、うとうと寝てしまい気がついたら、ジーパンのまんま朝を迎えた。
 
⑥ 具体的に生活をさせないよう考えられている。その大元は名古屋の演出家K.S.氏である。略称イニシャルでK.S.である。K.S.は、色々友人を1987年事件をきっかけに私の都合の悪いときだけ、プロや仲間に個人情報をひそかに提供し、自分の手はよごさないで他人や家族まで組まして、人の生活、進路、仕事、特技までうばわれ、又は、うばおうとしている。
・一般人は、私が目立つ存在なので殺す事ばっかり考えている。
 
⑦ 実母は、故Y.Dr.(元京都 N病院副院長)が言ってた事を絶対的に正しいと思っており、U.Dr.や、年金を書くDr.は、けむたい存在である。


⑧ 私の親兄弟は、U.Dr.と、年金だけで1日3時間もけんかした。
・私の出来ることは出来る範囲で最大限やっている。
 
⑨組んでいるのは、K.S.を中心に、T事務所、親、W大院職員(別の研究科)、錦○町Kクリニックの、I.Dr.、理事長、Tカウンセラー(○○協の事務局長)をまき込み、自分たちは手をよごしたりしない。
・コミュニケーションは、近所から、「友達もいなくてつらいだろう。」集団で影口で圧力をかけられていた。
 
⑩ K.S.は、今まで人の進路を影ではばみ、出来ない仕事をさせようと影で演出をしていた。


⑪ ちなみにK.S.は、私が社会保障を受けることをうらんでいる。彼は、有期認定を利用して再審査の時は、「軽そうに見える、重くない」と、街行く人達をけいたいで監視させ、軽い認定を受けると、地ごくに突き落とすという手である。偵察で私の先輩から、非通知でTELが狙い通りにかかってくる。
・車にひかれそうになったのは、交差点で、車の速度が速かったからである。


2006-03-26 02:26:53

今は無き「前進友の会」のHPの掲示板より

テーマ:文章

 大阪池田小事件が起きた直後、僕たちの患者会である前進友の会のHPの掲示板がすごく荒らされました。


 そのときに僕が掲示板に書き込んだ文章をここに再掲しておきます。日付は2001年6月12日です。

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生き抜いていきましょう 投稿者:さらさわつよし  投稿日: 6月12日(火)21時22分34秒


 被害に遭われた大阪の小学生の方々は本当に可哀想です。亡くなられた方、怪我をした方、本当に酷いです。本当にそう思います。
 しかし、この連日の報道やその内容には悲しくなります。本当に泣きたくなるぐらい悲しいです。皆さんは本当に「精神病者」は危険な人間だと思いますか。そう思う人は「精神病者」の何を知っているのですか。
 この日本では「精神病者」は本当にひどい状況におかれています。本当に差別されています。本当に殺されています。本当に孤立しています。「精神病院」に何人の人達が収容されているのか知っていますか。そこでどのような「処遇」をされているのか知っていますか。皆さんは簡単に「処遇」という言葉を使いますが、いったい「処遇」とは何ですか。どんな気持ちでその言葉を使いますか。「精神病者」にとって「処遇」とはまさに<生死>にかかわる言葉です。「精神病院」の中では<絶対服従>を強いられます。そして、ほとんどの「精神病院」が、閉鎖されたなかでの<人間の捨て場所>となっています。また、「地域」の隣人から、「家族」から、「親族」から、そして「社会」から、どのように差別され、排除され、孤立し、<生きる場>を奪われていくか知っていますか。そのような状況のなかで<生きる>ことが、まさに、ただそのことがいかに大変なことか判りますか。
 私達「精神病者」は<生きて>いるのです。「病気」をかかえて必死に生き抜いているのです。地を這いながら、「血を吐き」ながら、生きているのです。日本中のどこでも、「地域」のなかでも、「病院」のなかでも、たった一人でも、多くのなかまとともにでも、必死に生きています。私は、その≪なかま≫を信じています。
 「精神医療」はそのような私達を一貫して、ひとりの<生きて>いる人間としてではなく、ひとつの「もの」として扱ってきました。私達「精神病者」が「病気」という「苦」をかかえて必死に生きようとしているとき、救いを求め、一緒に生きていくことにとことんまで付き合ってくれることを「医療」に求めているときに、「精神病者」を信用せず、「社会」の安全と「市民」の健康な生活を脅かす「もの」として「精神病者」を取り扱い、「治療」と称して隔離し、拘禁し、投薬し、そして管理し、「精神病者」を出来る限り「社会」にとって無害化することに専念してきました。「精神医療」と呼ばれるものは今まで一貫して私達の側を向いた事は無く、常に「社会」の側を向いてきました。それでも飽き足らず、法務省と厚労省は「合同検討会」をつくって「精神病者」をより強く社会的に管理する仕組みを探ろうとしていたのです。今、この酷い事件によって、それを後押しする大きな世論がつくられようとしています。それは、私達「精神病者」にとって酷いことです。私達が求めていることは、いつか Yさん が書かれていたように『たった一人の声を、たった一人の存在を認め合う』ことです。それが『本当の強さ』だと私も思います。私は「司法精神医学」の存在を認めることはできません。それは、上に書いてきたような論理の延長上の産物であり、「医療」などであるはずもなく、私達「精神病者」の存在を押しつぶすもの、社会的な文脈の中で「異常者」をつくりだす事にしか奉仕しないものだからです。人間の「危険性」を予測することなど絶対にできません。「司法精神医学」によってもたらされる「社会の安全」と、それによって犠牲になる(不必要な適用をされる)多くの人々の<人生>が釣り合わないばかりでなく、つまり「司法精神医学」があってもこのような事件は必ず起こるというだけではなく、私達「精神病者」すべてを社会的な文脈の中で潜在的な「異常者」としておとしめるものです。
 それでも保安処分は完成するでしょう。このような矛盾は放置されたまま、「社会」の悪意に曝され私達は生きていかなければならないのです。でも絶望はしたくないです。とにかく<生きて>いくことです。それが私達の仕事です。私は≪なかま≫を信じています。<ここにわたしがいる>と日本全国で叫んでいる声が私には聞こえるようです。≪なかま≫の皆さん、どうか、生き抜いていきましょう。

2006-01-23 22:55:10

NPO法人、働かない権利、反社会復帰

テーマ:文章

 患者会としての「前進友の会」は今年で30年になる。30年前から今の場所の日ノ岡荘で患者会をやってきた。僕がまだ4歳のときからだ。
 

 僕が患者会に入ってから痛感しているのは、やはり、物理的な「場所」が必要だということだ。「場」がなければ、患者会は成り立たない。これは、どこの患者会でも同じようで、皆苦労している。前進友の会も「場」の維持に苦労している。前進友の会が作業所を運営していることも「場所」の維持という意味合いが大きい。《なかま》が集える「場」というものがいかに大切かということを日々実感している。
 そういう現実の中で、「自立支援法」が施行されることになり、行政当局も助成金の抑制に乗り出してきた。具体的には、「作業所」も「法人格」を取らないと助成金を出さないということを突然、昨年になって通告してきた。もう、純粋な「小規模作業所」だけでは助成金を受け取れないということだ。僕たちの作業所は1984年から作業所になっていて、市内では精神の作業所としては4番目に古い作業所として運営してきた。助成金が下りなければ、「場」の維持は非常に困難になる。はっきり言って、「自立支援法」が成立しても、その内容とは直接関係のないことだが、行政は「法人格」が無いともう助成金は出さないと言ってきた。正直、非常にしんどい事態になったのだ。
 それで、なんとか昨年から、「NPO法人」を取ろうと努力してきた。しろうとである病者が「NPO法人」を取るのは並大抵のことではない。書類を自分たちだけでつくり、非常に煩雑な事務仕事を《なかま》の特定の人がやってきた。その方達にとっては、非常に負担になることだった。「病気」を押してやってきた。
 そして、府庁に行くこと5回目でなんとか今月に入って書類を受理してもらえた。なんとか一安心ではあるが、決してこれは良いことではない。「NPO法人」を取ってもなにも良いことはないばかりか、煩雑な事務仕事や形式的なことが増えるだけで、病者にとっては負担は増える一方だ。また、「結社の自由」という意味でもNPO法というのは恐ろしい法律であり、患者会としての前進友の会は反対している。それでも今回「NPO法人」を取るのは「場」をなんとか維持したいためだ。いろんな犠牲を払って、今回の「NPO法人」を取ることになる。

 

 しかし、我々患者会はこの30年間一貫して「働かない権利」「反社会復帰」を言ってきた。僕たち精神病者はまず働けない。働きたいという気持ちを持っている病者もいるが、働けば病状が悪くなり、「再発」「再入院」「自殺」ということになる。実際そういう《なかま》を僕たちはたくさん見てきた。そういう意味ではこれは理屈ではない。「働かない権利」というのは、もう現実の生活から僕たち病者には必要とされているものだ。また、「勤労する」ということが無条件に「良いこと」だということも言えない。「健常者」はえてして病者も「働きたいはずだ」と思いこんでいるようだが、決してそうではない。僕たち病者に必要なのは、まず「病識」であり、自分が病者だという自覚だ。そして、自らの「病気」を受け入れることで、《誇り》が生まれる。そして《なかま》とともに支え合いながら生きてゆくことでその《誇り》は強められる。そして、初めて僕ら病者は自己を解放することができるのだ。それは本当は理屈ではない。僕たち病者の《生き方》だ。そしてそれは、自然に「働かない権利」「反社会復帰」につながっていく。働かなくても、僕らは、しんどいけれども《誇り》を持って病者としての自覚を持って生きてゆけるし、それが僕ら病者の《生きる》原動力になる。そして、「働くことは良いことだ」という「健常」者の欺瞞にあふれた「社会復帰」に反対していくことになる。
 だいたい、僕らは大切な《なかま》を持っているし、お互いの「病気」を認め合って支え合って生活しているのだから、それは立派な《社会》だと言える。もうその《社会》で十分なのだ。「健常」者に理解されなくても、認められなくても、僕ら病者は《誇り》を持って生きていければそれで良いのだ。そして、少しでも長く「長生き」して生き延びていくことが大切なのだ。
 そして、「社会復帰」の欺瞞性は「心神喪失者等医療観察法」によって、より明らかになった。この法律は保安処分そのものだが、その「目的」が「社会復帰」だというのだ。この法律のとんでもなさはたくさんあるが、その全てが「社会復帰」によって正当化されるというのだ。実際には、この法律によって、病者などの対象者は、「社会復帰」を強制され「人格」を矯正されて「社会復帰する」か、その強制「治療」を何年も受けることによって「廃人化」されるか、一生閉じこめられ「殺される」かのどちらかしかないのだ。この法律によって、また新たにこの国に《地獄》が生まれようとしている。

 

 とにかく我々は「医療観察法」にも反対してきたし「社会復帰」にも反対してきた。そして生存の問題として「働かない権利」を叫んできた。それはこれからも少しも変わらない。この悲惨な状況のなかで、僕たちは少しでも長く生き延びなければならないのだ。


 (2006年1月23日)

2005-12-06 20:23:49

「精神病」者としてAさんのお話を聴いて考えたこと

テーマ:文章

 私は、7月5日の夜、Aさんのお話を聴かせていただいた。そのお話は、とても大変な内容で多岐にわたり、すごく重いものだった。
 私は今ここで、そのお話の全体に対する感想を述べることはできない。Aさんのお話のいろいろな内容や、Aさんから見た起こった出来事の事実は、これから長い時間(おそらく一生をかけて)自分のなかで消化し考えていかなければならないことだと想う。だから、いま私が書けることを書いてゆきたいと想う。ただ、ひとつ言えることは、Aさんがお話しした内容のなかには人間と人間が出会い、そこで生じる暴力をいかに乗り越え関係性を人間として取り結んでいくことができるかという普遍的な問いかけがあったということだ。そのことは、これから私が書いてゆくことにも関係することでもある。
 私は難治性のうつ病をかかえて生きている「精神病」者(以下「病」者と書く)である。私は16歳のとき発病した。今年32歳になるが、今に至るまでうつ病をかかえて生活している。発病した当初は自分に何が起こっているのか解らなかった。そして、「病識」など持てず長い間混乱した時期を過ごしてきた。「精神病院」にも入院した。これまで私の身にはいろいろなことが起きた。精神科医の誤診とひどい扱いも体験した。しかし幸運にも、ようやく最近になって「病識」が持てるようになり、自分の「病気」に対する自覚と自分自身の現実に対する「折り合い」がなんとかつけられるようになった。そして、自分が「病」者であるという自覚をもって日々の生活ができるようになった。ここに至るまでには10年以上の長い年月と医者の正しい診断が必要だった。自分でも、よくここまで生き延びてこれたと想う。
 いま私は京都の「病」者の患者会で生活している。その患者会は最近ちまたでよく言われるような「同じ病気を持った者」どうしが悩みを分かち合う「セルフヘルプグループ」などではない。もちろん「ピアカウンセリング」などというものは存在しない。そのような、上から名付けられた概念や行為は私たちの患者会は拒否している。また、「健常」者が主導権を握り運営している患者会でももちろんない。あくまで「病」者自身が自分たちのために場を作り運営している患者会である。そこにあるのは、まず「病」者ひとりひとりの自分自身の誇りである。そして生活である。それを大切にしようとなんとか今まで踏ん張ってきた患者会である。そうやって長い歴史を積み重ねてきた。そして、また私たちの患者会は闘う患者会でもある。
 おそらく、この文章を読んでいる人の大部分は、私たち「病」者が置かれている現実の状況を知らないだろうと思う。私たち「病」者はいつの時代も迫害を受けてきたが、1960年代70年代には大々的に隔離収容政策が行われ「精神病院」が乱立した。そして、その「精神病院」は例外なくどれも「悪徳精神病院」だった。インシュリン・ショック療法や電気ショック療法は日常的にしかも懲罰的に行われたくさんの「病」者が殺されていった。また、ロボトミーなどの「精神外科」も盛んに行われた。その「精神病院」のなかでは暴力が蔓延し、看護士が患者を殴り、たくさんの薬を投与され、「病」者は無気力にさせられていった。そこは、まわりの人間のやっかい者になった「病」者が捨てられる《人間の捨て場所》である。一生閉じこめられ《殺されて》ゆくのだ。まさしくそこはこの日本の地獄である。そして、今現在もその状況は変わっていない。ロボトミーやインシュリン・ショック療法が無くなっただけである。電気ショックは今も盛んに行われている。そして、「精神病院」に入院している患者数は一貫して今に至るまで増え続け33万人もの「病」者が閉じこめられている。それは他科も含めた全入院患者の実に4分の1である。そしてその多くの人が何十年も閉じこめられているのである。
 そのうえ、この7月10日には国会で「医療観察法」が成立した。この法律は傷害以上の罪を犯した「病」者を全国の地裁に付属させる裁判官と精神科医の合議体の特別な「審判所」で手続きをして特別な「施設」に無期限に収容させる法律である。このように今現在も国家ぐるみで私たち「病」者を迫害し続けているのである。
 私たち「病」者は「病気」をかかえて生きている。それだけでも大変なことなのに、私たち「病」者はやっかい者にされ迫害され続けているのだ。「精神病院」に捨てられ殺されていった仲間達、自殺に追い込まれ殺されていった仲間達のことを想うとき、せめて私たち患者会に集う仲間達はこの状況のなかで自分たちが恵まれていることを自覚し、自分たちの生活を大切に守りながらも、この状況に対して抵抗し闘わざるをえないのだ。それで、私たちはせめてもの想いで闘っている。
 そうは言っても、私たちの日々の生活はとても大変だ。一人一人がかかえている「病気」は皆違うし、それぞれの想いも皆違う。そして、この地域で生活していかなければならない。そのなかで一緒に生活してゆくのは本当に大変だ。
 例えば、ある人の言動がある人にとっては容易に暴力になってしまう。それで、私たちが言う「ニクマン」が起こってしまう。そして、まわりの仲間達はそれが本当の「暴力」にならないように気を遣わなければならない。また、そのような状況そのものがある人にとっては暴力になってしまうこともある。そして、患者会で生活できなくなることもある。あくまで「病」者自身が自分たちのために場を作り運営している患者会だとは言っても、きれい事ではすまないことがたくさんある。もちろん、原則は私たち「病」者がひとりひとり自分の誇りを守り自分の生活をこの場でしていくことである。そして《支え合って生きる》ことをめざしている。その実践は確かにある。しかし、長い歴史のなかでは、残念ながら死者もでている。そして、そのことは容易には「総括」できないことだ。私たちはその仲間の分まで長生きすることをめざして生きている。そして、この場を維持するために、またこれ以上の死者を出さないために、ある仲間を排除することさえある。
 このように私たち患者会の実践は、ひとりひとりが常に暴力と隣合わせで生活している。しかし、ここにこそ、人間としての関係性をお互いが認め合うことが成立していると私には想える。いま、ちまたでは「ノーマライゼーション」とか「共に生きる」とか盛んに言われているが、それは、もともとやっかい者である私たち「病」者を見かけ上「やっかい者」ではないように思いこませ、上から作られた「現実」を私たちに押しつけ、本当の意味で生きること、すなわち自分の誇りを守りひとりひとりが常に暴力と隣合わせで生活するというあたりまえのことを許さない/させない仕組みを作ろうとしていることに他ならない。それは、人間としての関係性をお互いが認め合うことを奪うことである。それをいまの医療従事者は「良心的」におこなっているのである。私たちはこのようなことを、「見えにくい悪事」と呼んで糾弾している。私たちはこのような「見えにくい悪事」に乗せられて、本当の患者会の実践、つまりひとりひとりが常に暴力と隣合わせで生活するという実践を失ってはならないと考えている。それが、本当の意味で人間としての関係性をお互いが認め合うことに他ならないからである。そして、本当の意味で生きることであるからである。
 私はここに、Aさんが問いかけたことに対する一つの答えがあると信じている。



     (2003年 9月 記す)


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