NHK・竹田綜合病院精神科の医療従事者ども・上島雅彦・この社会のマジョリティの大いなる《勘違い》
テーマ:ブログ 昨日(2008年8月18日)、NHK教育の「福祉ネットワーク」『病棟から地域へ -精神科“退院支援”プロジェクト-』を視聴しました。この番組も、抗議文を掲載した先日の「クローズアップ現代」の担当ディレクター・海老沢真氏の構成によるものと想われます。
観る前から予想していましたが、やはり酷い番組でした。あまりに気分が悪いのでビデオに撮って、少しずつ観ることしかできませんでした。NHKのノリも相変わらずです。おそらく本気でNHKも、この番組に登場したVTRの会津若松市の武田綜合病院精神科の医療スタッフも、また“退院支援”の中心人物として登場した精神医の上島雅彦も、自分たちがやっていること・放送していることが何の非難も受けるはずがない「良いこと」「良心的なこと」だと信じ込んでいるのでしょう。全く救いがたいと想います。
今回は彼らの《勘違い》のすべてを書いていくつもりはありません。正直、私も体調が良くなくそんな元気もありませんから。だから、いくつかを指摘しておくことにとどめておきます。
まず、竹田綜合病院精神科の若手の医者の上島雅彦。彼は三年前までは、入院している精神病者の退院には消極的だと言っていました。その論理は、今まで精神医療業界の医者どもの業界関係者が疑うことなく信じていた論理「退院しても服薬管理ができないから治療にならない (←本当に「正しい」「害のない」処方を医者どもはしているのか?:註 皿澤、以下同様)」・「家族が患者を嫌がっているから退院しても帰るところがない」・「退院して一人暮らしをする(いわゆるアパート退院)にしても地域の差別にさらされ、また近所に迷惑をかけるのではないか (←本当の差別者は主治医の精神医をはじめとする精神医療業界関係者どもではないのか? このことについては後で詳しく述べる)」・「患者・精神病者は病院のなかでおとなしく我々医療従事者に管理され、寿命を全うするのが本人にとって最も幸せなのだ」という一連の論理です。このような論理は、医者どもの勝手な論理であり、このような論理が通用するのは、精神医に患者の生殺与奪の権力が法的に与えられ、精神医療のなかでは、医者は何をしても正しく、何を考えても正しく、何を発言しても正しく、何を書いても正しいという医者どもにとって非常に都合の良い状況のなかでないと通用しない論理です。「精神医にとって都合の良い“正義”が、奴らに関わる(当然患者も含む)すべての者にとっての“正義”」なのです。それが、この社会の論理なのです。
そして、当の上島雅彦は三年前に突然「考え」が変わりました。それは、あの「べてるの家」を見学したからだそうです。そして、かれは「退院できる患者」はなんとか退院させて地域で、この「社会」で生活をする方が「患者にとって幸せ」だと考えるようになりました。つまり、「退院できる患者」は「社会復帰」する方が「幸せ」だと考えるようになりました。そして、上島は竹田綜合病院精神科のなかで「社会復帰サポート医療」のリーダーになっていきます。
さて、上に書いたことは本当に「素晴らしい」ことなのでしょうか?
おそらくNHKも竹田綜合病院精神科の医療従事者どもも精神医の上島雅彦も、そしてこの社会のマジョリティに属する人間にとっても、疑うことなく「正義」であり「素晴らしい」ことだと感じるのでしょう。
しかしよく考えてもらいたい。精神医・上島雅彦にとって三年前に突然変わった「正義」はあくまで彼にとっての「正義」なのであり、依然として「専門家」としての精神医にとっての「正義」が“すべて”なのであり、「精神医にとって都合の良い“正義”が、奴らに関わる(当然患者も含む)すべての者にとっての“正義”」であるという論理は貫徹されているのです。ただその「内容」が変わったというだけのことです。
結局われわれ精神病者は、奴ら(精神医療業界関係者だけではなく、この番組の担当ディレクター・海老沢真をはじめとするNHKなどのマスコミ、そしてこの「社会」のマジョリティも含む)から「操作」される《対象物》でしかないということです。
我々はそのことに反対しています。だから我々精神病者は《キーサン》なのであり、「社会復帰」(このような論理の貫徹しているこの「社会」を肯定しこの「社会」に順応しようとすること・また、その最も理想的なあり方は「就労」とされている)に対して命がけで反対し抵抗しようとしているのです。そのことは、この「社会」で生きているほとんどの健常者にとって理解を絶することでしょう。だから、この前の久郷ちゃんの「クローズアップ現代」に対する抗議文に対して釈明の文書を送ってきたNHKの海老沢真がその文章のなかで「社会復帰というのは就労を強要するものではない」というピントのずれたことしか書けなかったわけです。われわれキーサンはこの「社会」そのものを拒否しているのです。
我々の実感から言って、上に書いたような論理こそが《差別》であり、最も《差別》をしているのは精神医療業界の関係者、なかでも「専門家」を自称する精神医です。
われわれ精神病者・キーサンは闘い続けます。






