「邂逅・・ゴキブリの仲間達」(笠医師の書かれた文章より)
テーマ:ブログ松山の味酒心療内科の笠医師が書かれた文章を、笠さんの了解のもとに転載します。
「邂逅・・ゴキブリの仲間達」
全家連との斗いは、もう30年になっただろうか?
その間、われわれゴキブリ医療従事者は、病者運動の威を借る狐だった。
そのゴキブリが、長年の交流の後、地上板で再会し、ここまで助け合えるとは、誰が予想できただろう。
キーサン運動は、学会や厚生省や全家連など、全ての敵を向こうに回し、よくぞよくぞ闘い抜いてきた。
厚生省手帳ヒアリングをつぶし、学会と全精連の癒着を粉砕し、全家連の欺瞞を粉砕し続けた。
新潟精神神経学会での、キーサン+ゴキブリ広瀬の闘いなど、キーサン史に残る激戦だった。
松山ローカルでも、小さな学習会から講演会、総会まで、必ず殴り込みをかけ、マイクを奪い、壇上占拠し、斎藤茂太をつぶし、「家族の皆さん、医者に騙されるな!精神病院の言いなりにはなるな!厚生省の陰謀に乗せられるな」
と叫び続けて30年。
結果、ごかいは孤立し、味酒(笠)は怖がられ、今でも県外から来る人はあっても、県内からセカンドを求めてくる人は稀である(自慢)。
もちろん、テロリストの魂は、年をとっても死んではいない。
地上板に関わるようになって、僕はごかいで評判が悪かった。敵である家族に、なんで協力するのかと。
しかし、やはり頼りになったのは、前進友の会、藤枝友の会、しんまつの皆んなだったし、そこから広瀬、中江、島田が長年の友情を復活させて、今は大変な戦力になっている。
東大精医連も京大プシ共闘も、スローガンは勇ましかったが、やはり予想通りのニセモノだった。
それは処方の内実が、全てを物語っている。患者側に立った医療なら、こんな処方はしないだろう・・・
という処方が横行し、やつらの教条主義的スローガンが、いかに空虚だったかを、今再認識している。
そもそも手帳制度、救急システム、機能別分化、SST、ACT、病名変更、処遇困難施設、ES・・・
と、なんでもかんでも噛み付き続けたキーサン運動に対し、進歩派と言われる連中は、妙に冷たかった。
森山、藤沢、卜部、大越、星野、中島直、中島豊璽、梶原、岡江・・・そういうことだったのか。
結局は体制内ゴロだったわけだ。
(笠 陽一郎 2007年5月29日)
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/4511/gokiburi.htm







