2006-12-25 18:51:10

月刊『むすぶ』(No.431・2006年12月号)特集・電気ショックは嫌だ!が刊行されました

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 以前このブログでもお知らせした、10月28日大阪・人権センターで開催された「全障連30周年大会プレ企画・電気ショック療法を切り口に精神医療の〈今〉を語ろう」の集会の模様を収録した月刊『むすぶ』No.431・2006年12月号(ロシナンテ社)がとうとう刊行されました。

 当日のパネリストの発言やフロアーからの発言・貴重な資料を詳細に掲載しています。特にいろいろな方の発言については、詳細に文字おこしをして、もれなく収録しました。非常に内容の濃い、貴重な『むすぶ』になったと想います。

 これを読まれることで、電気ショック(ES・ECT・mECT)の本当の実態、精神障害者の本当の《想い》、そして、その電気ショックに象徴的に表れている「精神医学」「精神医療」の本当のひどさ・むごさが良く解っていただけると想います。また、この『むすぶ』と一緒に『懲りない精神医療・電パチはあかん!!』も読んでいただけたら、と想います。マスコミやライターには書けない・理解できない真実が解ると想います。

 ロシナンテ社でも、前進友の会でも販売しています。


 10月28日のこの集会は企画段階から私たちの患者会・前進友の会が協力してきました。また、集会が終わった後も、原稿のチェックや校正など全面的にバックアップしてきました。それで、今回の『むすぶ』の特集号が無事に刊行されて、正直私も嬉しいです。是非多くの方に読んでいただきたいと想います。


 以下に『むすぶ』に掲載されている、フロアーからの私の発言の一部を書いておきます。

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(前略)

 2003年12月6日に、洛南病院の岡江院長が主催して「急性期医療研究会」というのが京都で電気ショックの効用を発表する集まりがあって、それを、けっきょくぼくら前進友の会が抗議して、中止させてしまうということがありました。

 ぼくらはずっと病院調査を京都でやってきて、聞いた事実で見ると京都で電気ショックをやっているのがはっきりしている病院は、洛南病院と三聖病院と京大病院の3つ。この3つは確実にやっています。

 大阪のこともちょっと言いますけど、大阪では、さわ病院です。ここは電気ショックをバンバンやっています。

 院長の沢、彼はECTマニュアルも書いています。そしてテレビの報道特集で精神科救急医療で、さわ病院が特集されていました。

 驚いたのは、大量投薬とか四肢拘束とかあるんですけど、パルス波の機器を使って施術しているところがしっかり映されていて。

「そういうのが平気で映される時代になったのやな」と驚いたのですが。

(中略)

 人格障害を救急精神医療で持っていこうとしているらしいんですけど、ただ、実はそこには凄い地獄があるんだと想います。

 「大阪精神医療人権センター」事務局長の山本深雪という人は、沢さんとすごく仲がいいということも知っておいて欲しいです。

(後略)

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 どうか、たくさんの方に読んでいただきたく想います。


 また、『懲りない精神医療・電パチはあかん!!』もあわせて読まれると良く解ってくださると想います。


 どうか、よろしくお願いします。


(それから、この号には私の10月のある一週間の家計簿も載っています。(p.31~)もし、よろしかったらどうぞ読んでみてください。)


 《注文先》

ロシナンテ社

京都市中京区岩上町753-2 堀川マンション101

℡075-803-3274(Fax兼用)

http://www9.big.or.jp/~musub/  



前進友の会

京都市山科区日ノ岡坂脇町7-5 日ノ岡荘2階

℡075-591-7926 Fax075-591-7925

http://zenshi-tomonokai.hp.infoseek.co.jp/




電気ショック療法を切り口に

2006-12-19 15:56:02

団地の中で・まさこさんの書かれた文章より

テーマ:ブログ

 まさこさん


 患者の権利


 うちの団地は、4万円以内と安く、昭和30年代の老朽で、雨漏りなどもします。

あの「うつ」の方は、からだは、悪くないのです。「うつ」のために、食べられず、歩けなくなっているのです。病院に入れて、主治医も無理という中を、親戚が来て、病院からひっぱり出し、ここの団地の4階に戻しました。
 コンクリートの階段を、ひとつ、ひとつ、はって上って帰りました。そのときのからだの、しんどさよりも、親族に裏切られた、彼女のこころの傷を思うのです。
 
 土地もおうちもあるので、つまり、書類上、不動産があるために、生活保護が受けられません。

 あのひとには、要介護の認定がいります。そうすると、民間のきちんとした業者のサービスが、有料で受けられます。貯蓄もあるのです。
 けれども、親戚は、本人のお金なのに、その認定をわざと受けさせない。見にこようともしない。
 民生委員に電話だけ、かけてきて、
「食べ物代は払うから、なにか買ってわたしといて」

 サラちゃが書いてくれましたが、サラちゃんも、フラッシュバックする中で、あの一文を書いてくれたはずです。ありがとう。
 

 それから、メーテルさん、サラちゃんもわたしも、冬季はだるいので休みがちですけどよろしくです。
 
http://ameblo.jp/ecranapoji707/entry-10021781098.html

2006-12-17 00:58:24

朝日裁判の意味・まさこさんの書かれた文章から

テーマ:ブログ

まさこ さん

  
  朝日裁判の意味

 
 岡山県の結核患者、朝日茂さんが、1957年、生活保護の改善を求めて、訴訟をおこしました。朝日さんは、一年にパンツ一枚の支給で、お金も半分しか貰えなかったのです。
この「人権裁判」として有名な裁判が勝ったとき、すでに朝日さんは亡くなっていました。でも、その精神は、受け継がれ、現在の生活保護のかたちがあります。

いま、生活保護が、その受け取りのきびしさだけでなく、形が、「支援」という名のもとに、変わっていこうとしています。
朝日さんがその残りのいのちをかけた、あの人権裁判の意味は、どこへいこうとしているのでしょう。結核で療養所に住み、だるい身体で、いやがらせや圧力にも耐え、かれが裁判でがんばったのは、ほかに続く仲間がいたからでしょう。


精神の患者にとって、生活保護の方針転換は、他人ごとではありません。財産のある方でも、親がなくなれば、ハゲタカのように親戚がやってきて、患者さん本人が、同地区の団地に投げ込まれ、本人は薬を飲む認識すらなく、亡くなってしまったこともありました。
また、現在、歩けないほどの「うつ」の方が、親が亡くなり、親戚に財産を押さえられ、団地の中で、食べる物にも困っています。
いま、うちに財産があるから、この子は、将来、だいじょうぶと思っていたら、お子さんが困ります。財産の管理は、法的にきちんとやっておいてください。


いろんな患者さんを支える、大切な生活保護です。


http://ameblo.jp/ecranapoji707/entry-10021701464.html

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まさこさん、貴重な投稿ありがとうございます。僕も全く同感です。

 

 僕自身、生活保護で生きていますが、みんながみんな生活保護を現実には受給することはできません。その生活保護制度自身も底が抜けようとしています。本来なら受けられないといけない人が受けられなくなっています。本当に厳しい状況になってきています。
 

 また、親が子供を守っていても、親がいなくなればどうなるかは全く分かりません。実際、僕自身もそうでしたが、悪魔のような親戚というものはいるものです。僕は「お前を殺してやる」と言われました。おそらく、いま、僕が生活保護を受けて世帯分離していない状態で、親が死ぬようなことがあれば、僕はその親戚(因みにそいつは開業医です)に医療保護入院などで酷い病院に一生閉じこめられるでしょう。これは、決して僕の妄想ではありません。実際そのように親戚などによって、閉じこめられている患者がいますし、僕も入院した酷い病院の閉鎖病棟で何人も実際に見ました。
 この恐怖は家族の方にはなかなか分からないでしょう。

 

 どうか、家族の皆さんも、自分の子供のことを本当に考えているのなら、あまり甘くは考えないで、そのようなことも想定して、将来のことを考えてください。

 

  皿澤 剛


2006-12-08 03:59:51

哲学崩れさんの現在の問題意識

テーマ:メッセージ

 哲学崩れさん(大学院生)が笠さん(精神科医)のウェブサイト「毒舌セカンドオピニオン」の「白い掲示板」に書きつづった独白から

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誤診例の紹介(再掲)と回顧

「(3)症例C――当院受診時十八歳・男性
 生活史 大都市近郊にて会社員の次男として誕生した。
生来内気でおとなしく几帳面でもあった。
小学校時代に、靴の方向を何度も揃えるなど強迫症状がみられたことがある。
中学時代には、殺人事件のニュースを聞いて「自分が殺したのではないか」と悩み「殺したのではないかという考えがどんどん浮かんできてしまい、馬鹿馬鹿しいとは思いながらもそれを否定する自信もなく、勉強に打ち込むことで対処していた」という。
なお中学時代には運動部に所属し「友人とは楽しくやっていた」という。
 現病歴 高校時代は運動や勉強に打ち込むことで上述の苦悩に対応しつづけた。
友人も数人でき、意気投合することで苦痛は軽減したが「このような苦しみは恥ずかしくて友人には語れず、このような苦しみが友人に見透かされてしまうような気がして行き詰まることもあった」という。
また「とても苦しみを分かち合えるような真の友だちはなく、友人ともどこか違っていると感じ、恥ずかしくもあった」と言う。
高校三年時にニュースで自宅近くで起きた殺人事件を知り『自分が犯人ではないか』という考えが浮かび、眼前の友人と「意気投合もできなくなり」以降三日間不眠が続いた。
そのため当院を受診し外来治療が開始され、辛うじて大学受験には合格した。
しかしその後も「ノストラダムスの予言が浮かんでくる」「自分が誰かを殺したという考えが浮かぶ」という自生思考、更に「いろいろな考えが浮かんでしまう基を見透かされてしまう」という不安が時期と場所を問わず増大し、入学を前に当院へ入院となった。
 治療歴 

入院語も同様の症状は続き、一過的に「このような自分の考えが、周りの人やたまたま出会った人にも漏れて害を及ぼす」という自我漏洩症状もみられ、きわめて緊迫した状態が続いた。
クロールプロマジンを主剤とした薬物療法が行われ、自生思考は消失しないまでも「他人に見透かされる」という訴えや自我漏洩症状は軽減し、四ヵ月後に退院となった。
その後は自宅で過ごし、呆乎とした表情が見られたが、退院半年後より水泳教室に通いはじめ、
上述の青年期分裂病外来患者グループにも加わるようになった。
この頃より自生思考も減少し『自分が犯人ではないと思える自信』もつき、またこのグループの中にいるかぎり「見透かされている感じ」も完全に消失した。このときCは「家や道や電車で普通の人を前にしているときとは違って、同じ病気の人といると、不思議に見透かされているという感じもしないし『自分が犯人であっても、どうでもいいや』という感じになれる。
やっと青春の自由というものが僕にもやってきました」と語っていた。
 翌年Cは一年遅れで大学に進学し、二十一歳となった現在、学生生活を謳歌している。」

(広沢正孝「現代の分裂病患者における自我漏洩症状の特徴」、
松本雅彦編『精神分裂病 臨床と病理1』、所収、196頁及び次頁。)

  
 今、改めて見ても強迫神経症ですね。
(自生思考=ノストラダムスの預言が浮かぶ、が随伴するタイプ)。
自我漏洩症状に基づく加害恐怖(村上靖彦いうところの思春期妄想症)もあり。
他方、「いろいろ考えが浮かぶ基が知られてしまう」は思考伝播や自我漏洩症状というよりも、羞恥心、ないしコンプレックスのことではないか?
 その他はどこから見ても典型的な強迫症状(強迫観念)。
「同じ苦しみを持つ友」を求め、謂わば同胞を生み出していこうとする――共感を求めている?――心象にも、強迫者特有のものを感じます。
これでクロルプロマジンとは・・・。

 不思議なのは、これだけしっかりした本に、何故こんな素人でもわかりそうな誤診例を載せているのか、ということ。
これが誤診であるという確信が深まった時、それまで精神病理学者・精神病理学書に抱いていた信頼を、一気に喪失したのでした。
それまでは、ただ単に精神病理現象を、既存の理論・既存の書物に依拠しつつ哲学的に説明し理論化するという稚拙な研究態度でやっていたのですが、これ以降、この柔弱な発想を自分なりに鋳直さなければなりませんでした。

 初期分裂病批判の論文も、実はこうした背景から生まれてきたのです。

 そういうわけで、私の現在の(大きな)研究テーマは、「精神科領域における診断とは何か。その哲学的考察」です。
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> 不思議なのは、これだけしっかりした本に、

>何故こんな素人でもわかりそうな誤診例を載せているのか、ということ。
>これが誤診であるという確信が深まった時、
>それまで精神病理学者・精神病理学書に抱いていた信頼を、
>一気に喪失したのでした。
>それまでは、ただ単に精神病理現象を、
>既存の理論・既存の書物に依拠しつつ哲学的に説明し理論化するという
>稚拙な研究態度でやっていたのですが、これ以降、
>この柔弱な発想を自分なりに鋳直さなければなりませんでした。

 このことに気づいてくれたことは、とても嬉しく想います。
 一番大切なことに気づいてくれました。


> そういうわけで、私の現在の(大きな)研究テーマは、
>「精神科領域における診断とは何か。その哲学的考察」です。

 とても大切なテーマです。困難かもしれませんが本物の研究テーマだと想います。
 

 僕も応援したいと想います。

  

    皿澤 剛

2006-12-01 19:47:36

生活保護の論点と問題(ワーキングプア・最低賃金・年金との関係において)

テーマ:コメント

 これは、「S氏の時事問題 」の「生活保護費の「母子加算」廃止と「リバースモーゲージ」 」 というエントリーからトラックバックを頂いて書いたコメントです。

 

 ここに、再掲します。

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 TB・コメントありがとうございました。現在生活保護はどんどん切り下げられようとしていますが、主な論点としては次のようなものがあると想います。
 

 それは、例えば「ワーキングプア」と呼ばれている状態にある人たちとのあいだにある問題です。「ワーキングプア」の方たちは一生懸命働いても生活保護水準以下の生活しかできません。その場合、その構造的な労働条件の問題や賃金の低さの問題に意識がいくよりも、「生活保護受給者は働いていなくても我々よりたくさんの生活費をもらっている」という意識が大きくなるということです。そして、それが生活保護水準の切り下げ圧力になっていきます。同じことが、「最低賃金」や「年金」との比較によって行われます。母子加算が無くなるのも同じ論理です。
 これはもちろん問題の立て方が間違っているのであり、働いている方の労働条件を改善したり、最低賃金の方を大幅に引き上げたり、年金の額を引き上げるべきであり、そのようにして貧困を無くしていくべきです。ただ残念ながら、働いている方の本音は上に書いたとおりになってしまう現実があると想います。

 しかし、このような意識は自分で自分の首を絞めているようなもので、自分が病気や障害・高齢者になることで働けない場合、また、働く意志があっても失業している場合にはこの生活保護の問題はすぐに自分の問題になります。そのときに最後のセーフティネットの底が抜けてしまっている場合、生きてゆくことが大変困難になります。私自身は「格差」の問題よりも「貧困」の問題を重視するべきだと考えます。やはりすべての人間が最低限度の生活をする権利を持っていると想うからです。

 また、いま、生活保護の中で医療費の1割自己負担を求める動きがあります。例えば私は難治性のうつ病なので定期的に医者にかからなくてはなりません。これだけでも大変な出費になります。また、今現在歯医者にもかかっていますがこれも大変な出費になります。このように、もし医療費が1割負担になると、生活保護受給者は大きな病気や歯が痛くなっても、医者には行けなくなるでしょう。
 このようなことを平気で考えている「学者」や官僚や政治家は同じ人間なのだろうかと想います。

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 shigeto2004 さん、的確なお返事ありがとうございました。



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