NPO法人、働かない権利、反社会復帰
テーマ:文章 患者会としての「前進友の会」は今年で30年になる。30年前から今の場所の日ノ岡荘で患者会をやってきた。僕がまだ4歳のときからだ。
僕が患者会に入ってから痛感しているのは、やはり、物理的な「場所」が必要だということだ。「場」がなければ、患者会は成り立たない。これは、どこの患者会でも同じようで、皆苦労している。前進友の会も「場」の維持に苦労している。前進友の会が作業所を運営していることも「場所」の維持という意味合いが大きい。《なかま》が集える「場」というものがいかに大切かということを日々実感している。
そういう現実の中で、「自立支援法」が施行されることになり、行政当局も助成金の抑制に乗り出してきた。具体的には、「作業所」も「法人格」を取らないと助成金を出さないということを突然、昨年になって通告してきた。もう、純粋な「小規模作業所」だけでは助成金を受け取れないということだ。僕たちの作業所は1984年から作業所になっていて、市内では精神の作業所としては4番目に古い作業所として運営してきた。助成金が下りなければ、「場」の維持は非常に困難になる。はっきり言って、「自立支援法」が成立しても、その内容とは直接関係のないことだが、行政は「法人格」が無いともう助成金は出さないと言ってきた。正直、非常にしんどい事態になったのだ。
それで、なんとか昨年から、「NPO法人」を取ろうと努力してきた。しろうとである病者が「NPO法人」を取るのは並大抵のことではない。書類を自分たちだけでつくり、非常に煩雑な事務仕事を《なかま》の特定の人がやってきた。その方達にとっては、非常に負担になることだった。「病気」を押してやってきた。
そして、府庁に行くこと5回目でなんとか今月に入って書類を受理してもらえた。なんとか一安心ではあるが、決してこれは良いことではない。「NPO法人」を取ってもなにも良いことはないばかりか、煩雑な事務仕事や形式的なことが増えるだけで、病者にとっては負担は増える一方だ。また、「結社の自由」という意味でもNPO法というのは恐ろしい法律であり、患者会としての前進友の会は反対している。それでも今回「NPO法人」を取るのは「場」をなんとか維持したいためだ。いろんな犠牲を払って、今回の「NPO法人」を取ることになる。
しかし、我々患者会はこの30年間一貫して「働かない権利」「反社会復帰」を言ってきた。僕たち精神病者はまず働けない。働きたいという気持ちを持っている病者もいるが、働けば病状が悪くなり、「再発」「再入院」「自殺」ということになる。実際そういう《なかま》を僕たちはたくさん見てきた。そういう意味ではこれは理屈ではない。「働かない権利」というのは、もう現実の生活から僕たち病者には必要とされているものだ。また、「勤労する」ということが無条件に「良いこと」だということも言えない。「健常者」はえてして病者も「働きたいはずだ」と思いこんでいるようだが、決してそうではない。僕たち病者に必要なのは、まず「病識」であり、自分が病者だという自覚だ。そして、自らの「病気」を受け入れることで、《誇り》が生まれる。そして《なかま》とともに支え合いながら生きてゆくことでその《誇り》は強められる。そして、初めて僕ら病者は自己を解放することができるのだ。それは本当は理屈ではない。僕たち病者の《生き方》だ。そしてそれは、自然に「働かない権利」「反社会復帰」につながっていく。働かなくても、僕らは、しんどいけれども《誇り》を持って病者としての自覚を持って生きてゆけるし、それが僕ら病者の《生きる》原動力になる。そして、「働くことは良いことだ」という「健常」者の欺瞞にあふれた「社会復帰」に反対していくことになる。
だいたい、僕らは大切な《なかま》を持っているし、お互いの「病気」を認め合って支え合って生活しているのだから、それは立派な《社会》だと言える。もうその《社会》で十分なのだ。「健常」者に理解されなくても、認められなくても、僕ら病者は《誇り》を持って生きていければそれで良いのだ。そして、少しでも長く「長生き」して生き延びていくことが大切なのだ。
そして、「社会復帰」の欺瞞性は「心神喪失者等医療観察法」によって、より明らかになった。この法律は保安処分そのものだが、その「目的」が「社会復帰」だというのだ。この法律のとんでもなさはたくさんあるが、その全てが「社会復帰」によって正当化されるというのだ。実際には、この法律によって、病者などの対象者は、「社会復帰」を強制され「人格」を矯正されて「社会復帰する」か、その強制「治療」を何年も受けることによって「廃人化」されるか、一生閉じこめられ「殺される」かのどちらかしかないのだ。この法律によって、また新たにこの国に《地獄》が生まれようとしている。
とにかく我々は「医療観察法」にも反対してきたし「社会復帰」にも反対してきた。そして生存の問題として「働かない権利」を叫んできた。それはこれからも少しも変わらない。この悲惨な状況のなかで、僕たちは少しでも長く生き延びなければならないのだ。
(2006年1月23日)







