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February 13, 2012

当たり前なことが当たり前じゃない世界で見えること in Pune, India.

テーマ:アジア放浪記



インドから離れてもうすぐ2カ月が経とうとしてます。


日本の生活には慣れたような、慣れないような、まだ夢見心地なところもあります。


帰国してから、改めて感じる日本の便利さ、キレイさ。


家族や友人と会えることのしあわせ。


何年ぶりに再会した友人もいて、でも時間を感じずに話すことができて、嬉しいなってしみじみ。



日本ではお湯はすぐ出るし、ご飯は美味しいし、コンビニがそこらじゅうにあるし…


言葉が通じて、みんな親切だし、なんでもホイホイ物事が進むことに時折


”あっ、そうか、ここは日本なのか”


キョトンってしてしまう。




日本を出てもうすぐ4年。


オーストラリアで過ごした生活は不便なことも多く(特にワーホリ時代)貧乏バックパッカーとして東南アジアとインドを旅したときは、オーストラリア時代より、さらに不便だった。


シャワーからお湯が出ない、停電する、ネットがスーパー遅い、電車がこない、バスは時間通りに出発しない、並んで待ってても次から次へと人が割り込んでくる…


日本では”きょえーーーー!?”なことが海外では普通だったりしてね。


だけど、不思議とね、その不便さが私は心地よくて。


今まで気づかなかったことに気付ける。


当たり前のことが、本当はすごいことなんだって感じられる、そういう生活は勝手気ままに何も知らずに日本で生活していた私には必要だったと改めて感じてる。




インドを旅していたとき、不思議とオーストラリアのワーホリ生活を何度も思い出した。


インドの田舎町はオーストラリアとリンクした。


走行距離31万キロで愛車三菱マグナ・あずき丸を購入し、4万キロの旅をしたあの頃。


あのとき、見ていた景色が本当に美しくて。


毎日、空の写真を夢中になって撮ってた。


自分の小ささを感じて、何クヨクヨしてんだ、こんなことでって何度も元気をもらった。



あんなに美しい空の下で生活できることは私にとって本当にしあわせなことで、空を虹色に染める夕刻のときは、車のボンネットに寝転がり、空を何度も見詰めた。


夜も砂浜に寝転がり、星をよく見た。


恋しいオーストラリア。


私の第二の故郷。


大好きな人たちがいるオーストラリア。


ビザが切れて、オーストラリアから出なくてはいけなくなったとき、途方にくれたけれど、今思い返せば、私に他の世界を見せてくれるチャンスだったんだって受け止められる。


将来のことが見えないまま、とにかく勢いだけで旅を始めたあの日。


真新しいバックパックをドキドキしながら背負ってオーストラリアを出たんだった。



あれから数カ月が経ち、日本に帰ってきて、今、新しい世界への準備をしてます。


また日本を出る予定でいます。


とは言いつつ、ビザの問題は常々あって、それ次第なんだけど(汗)んまっ、いけるって信じてる!


どの選択が正解かなんてことは考えてなくて、とにかく、自分に出来ることを一生懸命やって、生きていこうって決めました。


オーストラリアを出て、東南アジアを旅して、インドで時間を過ごして、短期間だったけれど、たくさんのことを学ばせてもらった。


常に自分の視野を広げ、学び、自分らしく生きていくぞ!


旅して改めて感じたこと。





さて、ブログの続き。


Ahmedabadからバスに乗り、約700kmを走りPuneへ到着。


夕方発車したバスは翌日の朝に到着。


”Puneはインドとは思えない街だよ”


そう聞いていたので、どんな感じだろう?と思っていたけれど、他の場所に比べてキレイなこことに気付く。


大学も多くあり、留学生も多いPuneは近代都市って感じだった。


だけれど、やはり、他のインドの街で見られるスラム街もある。


朝、バスが到着すると、だだっ広い空き地で用を足してる人々。


これは圧巻。


空き地にたくさんの人が一斉にトイレしてるんだもの。


インド滞在中、路上で用を足してる人は何度も見たけれどプネではその人数に驚いた。



グレーの空の下、ホコリが舞う場所にあんなに人がいるだけでも驚きなのに。


これがインドなのである。




例えば、日本。


インドと日本を比べること自体がおかしいのかもしれないけれど、分かりやすくするために。


表参道を歩いているとして、そこにスラム街を見ることはないでしょう?


高級車のお店の前にテントを張って生活している人もいない。


空き地で用を足してる人も、路上で暖をとってる人もいない。


道端の水道で身体を洗う人もいない。


物乞いに話しかけられることもない。


日本では考えられないこと。


だけど、日本で当たり前のことが当たり前じゃない世界がある。




大体のインドの都市は全然、キレイじゃないよ。


観光名所もちょっと路地裏に行けば、ゴミの山。


特にインド初期、コルカタに滞在中はやっぱり色んなことに驚いた。


むしろショック。




だけど、同時にいつも私が”キレイなところ”しか見てこなかったんだって、本当のこと知らなかったんだって感じた。


もちろん、インドは日本とまったく違う。


日本より人口が多いから、溢れる人も多い。


ヒンドゥー教のカースト制度は廃止されたとはいえ、根強くあるだろう、それも影響している。



だけど、これが、人間の本来の姿のような気がしたの。


旅を通じて出逢った人々。


必死に勉強し、自分の世界を変えようとしてる姿。


生きて行くためにがむしゃらになること。


便利な生活の中では気付くことのできない、ハングリーな姿勢。


ガツガツしてるとか、そういう次元ではなく、人間の野生的な部分。


言葉では言い表せないんだけれど、人間力、生命力がインドには存在して、それと同時に穏やかでいさせてくれる場所でもあると思う。


あんなに汚くて、人が多く居て、何が穏やかだ!って思う人もいるだろうし、インド嫌いな人は”!?”だと思いますが、私はあの混沌としているインドが大好きだった。


なんかね、社交辞令なんていらなくて、心から自分でいないといけない場所な気がするんだ。



ずっと忘れてたものを呼び起こしてくれたのはインドでの旅。



大都市プネは滞在したい街ではなかったけれど、インドの混沌さが分かりやすく分かる場所だった。


次の2枚の写真はプネのバス停の近くで撮影。






アジア!  



キレイなビルも多いプネにもやっぱり、スラムは存在する。



歩きながら写真を撮ってると、スラム街から笑顔で手を振る人々がいた。



”お姉ちゃーーーん、どっから来たの~~!?”



いつもと同じ質問。



”日本だよぉおお!!!!”



負けじと叫ぶと



”楽しんでね~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!”



アジア!  


私はインドがとても好き。

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February 12, 2012

インドのマック!

テーマ:アジア放浪記


いつも移動するときは、突然。


何の情報もないまま行くと問題もあるけれど、なぜか自分にはそれが合っている。


オーストラリアを旅したときも、シンガポール、マレーシア、タイ、インドも同じ。


ガイドブックを持たず、自分の行きたい場所に、感じるまま行くスタイル。


今回も同じ。


砂漠で野宿年越しをして、数日滞在したあとは移動することを決め、とりあえず南へ行くことだけを決め、バスで約13時間南下。


久々に大きな都市、アフメダバッドへ到着!


しかし、早朝4時、真っ暗なうちに到着。


宿を見つけるため、バス停から歩き始めるが、なかなか宿が見つからない。


とにかく高い!


予算オーバーの宿ばかりで、泊れない!


バックパックを背負い歩き回る。


それだけなら、問題はないのだけれど、この街、呼び込みが半端じゃなくすごい。


朝4時でもおかまいなし!


歩いてると、リキシャが目の前に停車し


”ホテルあるよ。乗っていきな”


それの連発。


歩けない!

都会であればあるほど、リキシャの数が多くなり、競争率も高くなるんだろう。


集客に必死で、そのしつこさがすさまじい。



砂漠のお城に泊まったけれど、お湯が出ず、シャワーが浴びれなかった私と相棒。


バスの長時間移動で疲れもあったせいか、その呼び込みにだんだん疲れてきた。




”ねぇ、駅に行こう。駅なら泊る場所や早朝の電車を待つ人のためのカフェもあるはず”



ということで、駅に行ってみる。


当日、切符が買えるのは不可能と知りながらも、切符がないか並んで聞いてみることに。


駅のスタッフと話してると、私の頭上にたくさんの手が。



インド人は焦ってれば、列などおかまいなし。


私の後ろから、スタッフにどんどん話しかける。



私も慣れているので、動じない。


自分のチケット獲得のために必死。




何をするにも日本やオーストラリアとは違う。


当たり前のことが、当たり前でないのが当たり前なのである。



駅から乗れる電車がなく、途方に暮れる。


ここまで来たのはいいけれど、部屋は高くて泊れないし、安宿を探すにも、呼び込みがすごすぎて歩けない!


とりあえず、駅の中にあるカフェで味の薄いコーヒーを飲む。



うーむ。



疲れてるせいか、頭がまわらない。


地図を見てても案が浮かばない。





うーむ。


電車もない。


宿も見つけられない。



特にこの街に居たいとも思わない。





ということで、長時間の移動の後だったけれど、また移動することを決意!


インターネットを使い、カフェで検索。


以前にブログでも紹介したネットで予約できるバスチケットを探す。


今居る街の名前を入力し、行き先のリストを見てみることに。



ムンバイは大きすぎるので、近くの都市プネに移動することを決めた。



バスの時間まで8時間くらいあった。


この時間をどうするか…


シャワーや荷物預かり所なんてないしなぁ…


と、ここでひらめく!


都市には必ずバザール(ショッピングセンター)がある。


インドのショッピングセンターはテロ対策のために入り口で荷物を預けないといけないことが多い。


ということは、ショッピングセンターへ行く=バックパックを預かってもらえる!!



よく思いついた!私!


ということで、地元の人に大きなバザールはどこか訪ね、そこまで行くのにかかる料金を教えてもらい、移動することに。


駅からリキシャで20分ほど。


到着したのは映画館も大きなスーパーもあるバザール!!


山やら砂漠やらに居たので、久々のショッピングセンターに心踊る私。


イエーイ!

アジア!  


荷物を預けて、バザールをうろうろ!


久々の都会!わーい!


色んな物が売ってるし、安い!


カフェもあるし、トイレもキレイだし、パラダイスだぁあああああ♪



山からおりてきた私は興奮してバザールを駆け回る。




久々のデパートに興奮してブレてますが(笑)こちらが中の様子。


デパートの中には食料品や日用品、たくさんの物が売ってます。


上流階級の人専用なんだろうなぁ。


お客様も身なりが良い方が多かった印象。


アジア!  


久々の都会で浮かれポンチな私がバザールの中で発見したのは、なんとマクドナルド!


インドのマックを初めて発見し、インドのマックのメニューが気になる私は侵入することに。


すると、扱っているのはベジタリアン用とチキンのみ。


ビーフもポークも一切なし!


さらに、ポテトの植物性油で揚げているとのこと。


普段、ジャンクフードは食べない私ですが、せっかくのインド!


どんなものか食べてみよう!


ということで、オーダーしたのがベジタブルバーガー。


野菜コロッケみたいな感じかな?


さくさくしてて美味しかったよ~~~~~~~!!

アジア!  

インドのマックの店舗内はこんな感じ♪


ビーフとポークが無いので、メニューは少なめ。


女性スタッフもサリーではなく、マックの制服を着てました。

アジア!  

相棒はチキンラップを頼んでました。


ちなみに、緑と白ののマーク(四角のもの)はベジタリアン専用ですよって意味。

ポテトは脂っぽくなく、しょっぱすぎず、私好みでした。

ちなみに、日本に帰国してから、インドについて


”ねぇ、全部、カレーの味なんでしょ?”と聞かれますが、そんなことはなく、マックもカレーの味はしなかったよ。


ちょっとピリ辛だったけど、美味しかった♪


アジア!  


チェーン店のジャンクフードって海外の料理が舌に合わないと助かるんだよね。


今の私は何でも食べれますが(肉以外)15歳のとき、仕事でバリ島に行ったときはマックしか食べられなかったなぁ。


今思い出すと、なんであんなに美味しいものが食べられなかったんだろう?と思うけれど、当時はパクチーは嫌だし、アジア料理を食べるのが嫌でしょうがなかった。


歳を重ねると食趣味が変わるって言うけれど、本当にそうだなぁ。


今は香草もアジア料理も大好き。


と、インドのマックで昔のことを思い出したり。


オーストラリアでレタス工場で働いてから、ジャンクフードは食べなくなったけれど、インドのマックは美味しかったです。


ちょっとレタス入ってて、レタス工場思い出しました in インド(笑)



インドに行ってマックを発見したら、インドならではのメニュー頼んでみてね!





コメントちょい返し



旅の途中で会った人と旅行する?って質問ですが、私はしないです。


勝手気ままに旅してますが、私の中で決まりがあって、知らない人と行動することはありません。


団体行動が苦手っていうことと、1人が好きってのが理由です。


ただ、インドに関しては両親から”1人は絶対にダメ”と反対されていたので、同じく、両親からインド1人旅を反対されていた相棒と一緒に旅することになりました。


今回もインドは行けないかなぁ…と諦めてたときに、相棒もインドに行くってなったので、タイミングが良かったの。


ちなみに、インドを一緒に旅行した相棒は元々オーストラリア時代から仲が良く、ずっと友達だった子だよ。





February 08, 2012

僧侶になるという選択。

テーマ:アジア放浪記


タイのチェンマイに滞在していたとき、お寺に行く機会があった。


そこは瞑想や僧侶と対話ができるお寺で、観光客に人気の場所だった。




当日は瞑想のある日ではなかったので、お寺の中を探索することに。


お寺の敷地内には銀細工の工房があり、そこで職人たちが銀の細工を施していた。


大きなシルバーの板に彫刻されたお釈迦様がキレイで眺めていると、作業中の男の子が話しかけてきた。



”中国人?”と彼が話しかけてきた。


”ううん。日本人だよ”私が答えると


”ええ?日本人に見えないね。日本人はあまりここに来ない。特に女の子1人で”と彼が笑った。


”あなたはタイ人?”逆に質問すると彼は”いいや、僕はラオスから来たんだ”



今回の旅では行けなかったけれど、タイのあと、本当はカンボジアに行く予定だった。


チケットも持っていて、当初はその後にラオスにも行こうと思っていた。



弟がラオスに行ったこともあり、すごくよかったと聞いてきたので、興味があり、ラオスについて聞いてみた。




”私、ずっとラオスに行ってみたかったの!ラオスはどう?”


”僕はラオスの中でも、すごく小さな貧しい村で生まれ育ったから、そこには観光客は1人もいなかったよ。タイにやってくるまで、観光客は一度も見たことなかった”


”じゃあ、はじめてタイで色々な国の人を見たときビックリした!?”


私が好奇心丸出しで質問すると、彼は優しく笑って


”そうだね。ビックリした。特に白人を見たとき、同じ人間と思えなかったよ。だって、目が青いんだもの”


”ラオスにはほとんど帰ってないの?”


”うん。家族に仕送りはしてるけど、家には帰ってないんだ。タイに来たのはそもそも、僧侶になるためで、僕は貧しい家に生まれ育って、食べるものも、教育も受けられなかったから、タイへに来たんだ”



貧しいから僧侶になる。


東南アジアではよく聞く話だったけれど、自分自身がそういう人に出逢ったことはなかった。


日本で僧侶の知り合いがいたけれど、彼等はみな裕福だった。




”じゃあ、昔は僧侶だったの?”


彼は右手で、自分の長い髪を触りながら


“昔は坊主だったんだよ”


と大きな笑顔を見せた。



”ねぇ、とてもプライベートなことだけど、聞いてもいい?もしも答えたくなかったら答えなくていいから…”


私は思い切って質問してみた。



”なぜ、僧侶をやめたの?”


”ああっ、なんだ。そんなことか。いいよ。よく聞かれることだから。僕が僧侶をやめた理由は、この世界、彫刻の世界に魅せられたからなんだ。僧侶と並行してできる仕事じゃないから、この世界に進むには、僧侶をやめるしかなかった”


”でも、僧侶を辞めるリスクはあったでしょう?”


”そうだね。僧侶だったら、食べ物も着るものも、教育も、全てタダだからね”


”貧しいから僧侶になるっていうのは多いことなの?”


”うん。多いよ。貧しい僕らにとって僧侶になることは、生きていくために必要なことなんだ”


”じゃあ、本当は仏教を信じていないけれど、生活のために僧侶になる人もいるの?”


”うん。いるよ。だけど、少数ね。そういう人たちはある程度すると僧侶を辞めちゃうけれどね。君は仏教徒?”




旅している間に何度も自分の宗教について聞かれた。


私はそのたびに


”ううん。神様を信じているけれど、宗教はフォローしてないよ。だけれど、宗教を学ぶのは好き。”


”僕も神様を信じる。今もこうやって銀細工でお釈迦様を彫っていると、とても特別な気持ちになる。僧侶のときに学んだことは多いからね。でも、このシルバー細工に逢ってしまってからは、この世界のことしか考えられなくなった”


”素敵!夢中になれることが見つかって、最高じゃない?”


”うん。そうだね。君は何をしてるの?”


”私は旅人。あなたのように夢中になれるものを探してる”


”ねぇ、少し不思議なんだけれど、なぜ、日本人なのに英語が話せるの?”


”私はオーストラリアで英語を学んだの”


”オーストラリアか。いいな。日本人は教育水準も高いし、お金もちの国だから、どこでも好きな場所へ行けるね”



これは東南アジアに限らず、ヨーロッパの人からも言われること。


特にインドは長く滞在したからかもしれないけれど、日本=教育水準が高い、お金持ちというイメージがある。


確かに、不景気だってニュースではやっているけれど、東南アジアに比べたら、その不景気の状況すら”お金もち”になる。


チェンマイに行く途中、中年の日本人男性と話す機会があったのだけれど、彼は


”定年退職して、タイに移る日本人が多いんだよ。気候もよくて、料理も美味しくて、何より安い。300万くらいで老後を過ごすことが出来る”


確かに300万円で老後をずっと過ごせるのは安いかもしれないけれど、現地の人々からすれば、大金である。


”お金”の違いに驚き、考えさせられる、それは日本では感じることのできなかった、オーストラリアでは見ることこと。




そして、外国の人がよく口にするのは”日本に旅行へ行きたいけれど、高い~~・涙!”とのこと。


“日本はアジアのモナコだよ!高すぎて、旅行へ行けないもの!”


サファリキャンプで一緒だったポーランド人たちが、キャンプファイヤー中に私に嘆いてきた。


私は”私も日本に帰国していないから、分からないけれど…私が高校生の時代は漫画喫茶に泊まってる人いたよ!あ、あとはカラオケの個室!” ←何十年前だっつーの。


”日本で外食することは安いと思うよ。そこら中にコンビニもあるし、ピンキリで、お金がない人も旅行できるよ!”


と、力説してみたものの、外国からやってくる旅行ブックにそんなこと書いてあるわけはなく…


日本を旅行する=高い。


そういうイメージがあるらしい。





ラオス出身の元僧侶さんは、彫刻をする手を止めて話してくれた。


私が彼と話したのは30分くらいだったけれど、その短い時間は私の心に深く残ってる。




印象に残ってることといえば、チベット亡命政府があるインド・ダラムサラで出逢った6歳の女の子。


僧侶見習いの彼女はインド人で、貧しい家庭に育ったため、僧侶になったそう。


日本料理屋さんで隣に座っていた彼女は大きな瞳でじっと私を見つめてた。




”彼女は生まれてから今日まで外の世界を見たことがないの”


彼女を教育している台湾出身の女性僧侶が私に話しかけてくれた。


”6歳までずっと外に出たことがなかったんですか?”私が質問すると


”ええ。彼女はずっと修業をしていて、今日初めて外の世界を見たから、とても緊張してるのよ”




私は貧しくて僧侶になるという、日本に居たころ知ることのなかった選択肢を今回の旅で知った。


30年間、こうやって生活する人がいることを知らずに生きてきた。


このことだけじゃない、東南アジアを旅するにあたって読んだ本、人身売買問題や女性の問題。


自分の小ささに腹がたった。


どれだけ、頭が悪いのだろうって、無知なんだろうって悲しくなった。



”あなたは本当に何も知らないのね。何も1人で出来ないくせに”



オーストラリアに行った当初、英語もできず、シェアハウスすら知らなかった私が言われた言葉が浮かんできた。


当時、悔しくて泣けたけど、その通りなのである。


そして、私はまだまだ、まだまだ何も知らないっていつも感じてる。



だけど、同時にいつも希望や夢も生まれる。


遅いことなんて何もないだ。


知らないことは学べばいい。


失敗したら、そこから吸収すればいい。


私は私のペースで色々なことを学んでいこう。



それに、26歳で英語もできずにオーストラリアに行って、1人で旅して、通常会話の英語も分かるまで2年くらいかかったけれど(←かかりすぎですが・笑)




今の私はあの当時より出来ることも増えた。


だから、これからも自分が自分で一生懸命になれることに出逢い、努力して生きていきたい。


ラオス出身の僧侶の男性と、6歳のインド人僧侶見習いの女の子。


2人との出逢いは私に大きなものを与えてくれた。



出逢えたことに感謝。




私ももっともっと勉強するぞ!





アジア!  


みんなも素敵な一日を☆


今日も読んでくれてありがとう!

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