百頭天使見聞記

本、音楽、映画の感想


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詩人の平出隆氏の著書。自分は小田原に棲みついていた作家、川崎長太郎を最近気に入っており、関連書籍を探していたところ、この本を見つけた。

氏は編集者として晩年の川崎の担当をしていたらしい。脳梗塞をしてから右手で書かずに左手で書くようになったという川崎の、左で書く様子について描写してあったり、また川崎は校正刷りを見ないらしく、原稿用紙にたくさん迷路の様に推敲の形跡があるということで、実際の原稿の写真なども載っている。川崎は散歩が好きで、散歩というよりは、遊歩、もっと出鱈目に多く歩く、というものだったらしい。その行為には、大きな運命に翻弄されるため、身を預けるために激しく地図上を動くような、ある種の無謀さが内蔵されている印象を受けた。



本自体は、正岡子規、川崎長太郎、ワルター・ベンヤミンについて書かれている。


子規は、長く床に臥して35歳にして結核と脊椎カリエスで亡くなった。最晩年に、弟子がこんな様子を書いているのがあり、印象に残ったので引用する。死に瀕すると、明晰になり、visionaryというか、「見える」という状態になるのだろうか。



(碧梧桐の文章)
子規が死に面した晩年、或る日枕頭に侍していた私を顧みて

 病気の重ってくるほど、頭はいよいよ明敏になる、さういふと大言するやうであるが、哲学でも文学でも今までわからなかつた問題が驚くほどはつきりして来た、自分でも恐ろしい程だ、議論でも創作でも、思ふやうに出来る気がする、もうお前らにも負けてはをらんよ―破顔微笑が、かなしいことには、もうそれを組み立てる元気がない、考へを形に表すことが出来ない、強ひて形に表はさうとすると、矢張惰性に引きずられたものになつてしまふ、これ程明らかにわかつているものが・・・・・・それでもう死んで往かねばならない、宝の持ち腐れといふのは本統にことことだ。

と言って、私には見えないやうに涙を拭いたことがあつた。私は電気に打たれたやうに、身体の居すくんでしまふのをどうすることも出来なかつた。

(P72)



少し冗談めかしているようにも見えるが、真に迫った告白である。


(岩波書店 2007年 著者:平出 隆)















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