そもそも構成要件って何ですか。

  

 構成要件とは何かについて、すくなくともわたしが勉強していたころには

大別して次の学説の対立がありました。

 違法な行為を示したものだ

 違法で有責な行為を示したものだ

 

 定義は多分いまだにこれといったものは決まっていないとおもいます。

 一応決まらないなりに説明すると、

 日本の刑法で(多分ほとんどの国で)

おなじことをしても故意があったか過失しかなかったか、過失さえなかったかで、

全然刑罰が違います。

 それで、行為時に構成要件にあたる事実を認識しているかどうかは

非常に重要です。認識していれば故意犯に、していなければ過失犯。

 両者で刑が全然違います。

 殺人は 「第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役

に処する。 」これは故意の場合です。

 過失致死は「 第二百十条  過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金

に処する。

 刑があまりにも違いますよね。

 ちなみに似た犯罪に業務上過失致死があり、過失致死の判例はほとんど

ないと、昔の教科書には書いてありました。授乳中に赤ちゃんを窒息死させて

しまった例が書いてありました。

 

 共謀罪について、

実行準備行為を少なくとも共謀者の一人がしたこと、というのは、

共謀者がAとBだったとして、

AとBの間で、Bが例えば前の記事の写真加工をすることになったとして、

共謀時点では、Bがほんとうに加工するかどうか、Aにはわからないわけです。

 構成要件というのは、行為時にそれを認識していることが必要です。 

 そうだとすると、少なくとも一人が実行準備行為をしたというのは、

むしろ「処罰条件」と言われるものであると考えられます。

 その処罰条件とは親告罪の場合の告訴です。

 

 以上から、政府の言っていることはでたらめです。

 それを垂れ流しするNHKは右翼風の語を使うなら万死に値する。

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 では「実行準備行為」が加えられたので「構成要件が厳格化された」

 と言えるのでしょうか?

   でも共謀罪の対象犯罪は約300もあるのですよ。

   例えば著作権法違反についても、例えばよくネット上で見かける、

安倍首相がキムさんに、また一発頼むよ、と電話をかけている

コラージュというのでしょうか、これ、安倍首相やキムさんに一般市民が

近づいて写真を撮ることは難しいので、だれか新聞記者が撮った

写真をネットから借りてきてそれを加工するわけですよね。

  準備行為って、写真のコピーですか、加工ですか、

加工したものをアメブロに載せて、「下書」をクリックしたときですか、いつですか、

準備行為って。それにそもそも「記事を公開」したとして、

その程度のことはいままでずっと“お目こぼし”[先日の枝野議員の

国会での質問で使われた語]されてきたことなんですが。

 著作権違反の共謀罪だけでもこれだけ問題がある。

  つまり準備行為という要件を加えたからといって、構成要件を

厳格化させたということにはならないのです。

 

 

 

  

 

   

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 ※ この記事は「罪刑法定主義」の説明です

 

 もう一度31条の条文を載せます。

 

 第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。   

 

 憲法31条は罪刑法定主義と呼ばれます。

 次の32条以下に、刑事手続(捜査~拘束~起訴~判決~刑罰)での

人権侵害を予防するための条文が並んでいます。

 31条は、こうした刑事手続きの総論のような位置にある規定です。

 ここで31条の「法律」とは何でしょうか。

 法律には実体法と手続法があります。

 実体法は、こういう場合にはこういう権利または義務が発生するよ、

と書いてある法律です。

 手続法は、実体法が絵に描いた餅にならないように実現するための、

その実現の仕方を書いた法律です。

 でも、手続きだけ人権を守っているようでも、手続き以前の”実体法”が

いい加減では、人権は警察・検察・裁判所によって侵害されることになるので、

実体法もちゃんとしろよ、という意味を含んでいないわけがない。

というわけで31条は、実体法についても決めている、と解されています。

これをちょっと難しい言い方では、憲法31条は、「実体デュー・プロセス」を定めて

いると言われます。

  どういうことかというと、例えばYが隣に住んでいるAが飼っている犬を殺したとします。

Aは家族同様にかわいがっていて、しかもこの事件を裁くことになった裁判官が

Aの親友で、AがYを殺してやりたいと言っているのを知っているので、Yに対して

死刑判決を下す・・・ということがあっていいのでしょうか?またZが隣に住んでいる

Pの犬を殺したとする。裁判官はZが、Pの犬がほえる声がうるさいといって

自殺したいくらいだと言っているのを知っていたので、今度はZに、罰金1円の

刑を課す・・・ということがあっていいのでしょうか?

 今刑に関して書きました。

 次に罪についてですが、仮に刑はきちんと書いてあったとしても、

ただ一言「他人が嫌がることをした者は懲役1年」とだけ書いてあったら?

何をすれば他人が嫌がることになるのか、全く判断できませんよね。人によって

嫌なことは千差万別なのですから。

 原発を造ることは、推進派にとってはいいこと、反対派にとっては嫌なこと、

こうした例は枚挙にいとまがない。

 それでどういうことをすれば犯罪になり、その犯罪を犯したら

どのくらいの刑が科されるのかということが、

①予め、そして

②その刑がひょっとしたら科されることになるかもしれない一人一人の人から成る国民が

選出した議員で構成する国会で定めた法律によって

定められていなければならない、

これが法定主義です。

 何がであり、それにどううが科されるかがきちんと示されていなければならず、

それを決めるのは専制君主ではなく、国民でなければならないということです。

 

 

 

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