数年ぶりに参加した米子市企画部地域政策課主催「まちなかを巡るモニターツアー」。初めて参加したのは2012年4月。それから早5年。年取ったな、自分。

 

今回は「山陰歴史館&新旧〇〇見学」ということで、〇〇に入る言葉は「市庁」だと予想。

 

旧米子市庁である現山陰歴史館と現米子市庁を巡るという予想は当たった。ただし、それはほんの一部。いつもは長い距離を歩くことが多いのですが、今回は加茂町-中町の狭い範囲を深掘りした予想を二段も三段も上回る内容のモニターツアーでした。

 

1930(昭和五)年完成に完成した古典主義的建築の殿堂、米子市廰としての役割を終えたのちもこの地に佇み、87年の時と共に、米子のまち、そして人を見守ってきました。黙して語ることはありませんが、市民の記憶に刻まれ、まちの歴史の象徴として語り継がれてきました。

 

 

同館の設計は佐藤功一。鉄筋コンクリート造3階建、山陰地区に残る数少ない大規模近代建築です。正面玄関を中心にしたシンメトリックな構成の古典主義的建築スタイルです。当時主流だった大規模な庁舎建築は上から見ると「日」や「ロ」の形状が多い中、旧米子庁舎はL字型の独特な形状のものでした。

 

 

都市のランドマークとなる建築物に採られてきた垂直性の表現・ゴシック様式と都市の街並みを織りなす建築物に用いられてきた水平性の表現・ルネッサンス様式、相反するふたつの様式を破たんなくまとめ上げています。

 

 

1階部分が人造石を張ったルスティカ(荒い石積み)仕上げのボディウム(基壇)風の水平性の表現・ルネッサンス様式の要素。

 

 

上階(2~3階)にはスクラッチタイル(レンガ風の硬質タイル)を張った壁面に配した均整のとれたピラスターで垂直性の表現・ゴシック様式の要素。ルネッサンスにゴシックを融合させる巧みな配慮が成されています。

 

 

通常、ピラスターには柱頭飾りが施されるのが一般的でしたが、旧米子市庁では行われていません。

 

スクラッチタイルを用いた建築で思いつくのが、1933(昭和八)年完成の大丸心斎橋店旧本館の外観はネオゴシックスタイルで、白い花崗岩を用いた基壇部(グランドフロア)、渋いスクラッチタイルを用いた胴部、テラコッタを用いた最上階(アティック)を使い分けた3層構造で重厚なイメージは山陰歴史館にも通じます。

 

 

佐藤功一の代表的な建築物としては、1928(昭和三)年完成の旧群馬県庁(現群馬県庁昭和館)。

 

 

1930(昭和五)年完成の群馬会館。

 

 

1929(昭和四)年完成の日比谷公会堂。

 

 

1929(昭和四)年完成の市政會館などがあります。

 

 

ほぼ同時期に完成した建物に用いられた流行りの形状や素材がよくわかります。

 

山陰歴史館(旧米子市庁舎)概要

所在地:鳥取県米子市中町20

設計:佐藤功一・増戸憲雄

施工:鴻池組

竣工:1930(昭和五)年6月

構造:RC造

階数:地上3階・塔屋付

建築面積:706.678平方メートル

延床面積:2074.438平方メートル

 

※参考文献

「旧米子市庁舎」 米子工業高等専門学校建築学科藤木研究室藤木竜也 作成 米子工業高等専門学校名誉教授和田嘉宥 監修

「とっとり建築探訪 県民の建物百選」 社団法人鳥取県建築士会

「ヴォーリズの建築」 山形政昭 著 創元社 発行

 

 

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