保守とは何か。それは、國體を守ることです。保守思想に基づく憲法学の勉強会の講師をしています。

東京都でのジャパンライジング(メタル兄弟)さん主催の大日本帝國憲法勉強会の講師や、大阪市でも憲法や保守思想についての勉強会を開催しています。

『憲法学概説』はこちらのサイトにまとめてあります。


おかげさまで、「人気ブログランキング」法律・法学ジャンルで2位となりました(2013年4月3日6時30分現在)。皆様のご支援の賜物と深く感謝しております。更に一層分かりやすくレベルの高いものを目指していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

ランキングに参加しています。何卒クリックをよろしくお願い致します。

政治 ブログランキングへ

sangreal333をフォローしましょう
ツイッターもやっていますので、よろしければフォローお願いいたします。

勉強会の講師のお申込、お問い合わせ、ご質問などは、

chachamaru333@gmail.com

からどうぞ。
  • 29 Mar
    • 勉強会「昭和天皇と日本国憲法」のお知らせ 〜 黒田裕樹先生をお迎え致します 〜

      この度、「黒田裕樹の歴史講座」で大変な人気を博しておられます黒田裕樹先生をお迎え致しまして、勉強会「昭和天皇と日本国憲法」を開催します。皆様のご参加をお待ちしております。勉強会「昭和天皇と日本国憲法」日時:平成28年5月1日(日) 11:30 ~ 16:30(開場11:00)【前半】『昭和天皇』 講師:黒田裕樹先生  【後半】『日本国憲法』 講師:山岸 崇《後半の予定》1、我が國と世界の未来 ~ 正しい外交戦略を歴史から学ぶ ~ (1)ロシア民族とは何者なのか (2)アメリカ合衆國の建國 (3)大陸国家と海洋國家2、憲法とは何か ~ 憲法とは國家の「経験」のことである ~会場:大阪市立北区民センター・第一会議室(JR天満駅・堺筋線扇町駅すぐ)大阪市北区扇町2-1-27対象:一般(10歳以上)参加費:¥1,500円(資料代含む)受付:090-1079-8552 (正伝協/よしかわ)現在申込受付中です。当日も会場にて申込受付しますが、定員は先着50名様ですので、お早めにお申し込み下さい。5時間に及ぶ大勉強会です。途中の休憩時間はございますが、予めお食事をお摂りになってからのご参加をお勧め致します。当日は黒田先生の素晴らしいお話が拝聴できることと思いますので、何卒大いにご期待下さい。また、山岸からは、日本国憲法をテーマに憲法のみならず、現在の激動する国際社会をも射程に入れたお話を致します。5時間という長時間に見合った、非常に中身の濃い、大変有意義な勉強会になろうと思いますので、皆様、是非とも万象お繰り合わせの上ご参加下さい。

      16
      テーマ:
  • 23 Feb
    • 勉強会のテキストを公開します

      勉強会『人権 ~ 自由とは何か ~』のテキストを公開します。ぜひご一読下さい。クリックしてダウンロードし、ご覧下さい。テキスト『人権 ~ 自由とは何か ~』

      6
      テーマ:
  • 22 Feb
    • 勉強会の動画が完成しました

      先日の憲法勉強会にご参加くださいました皆様、有難うございました。また、会場運営や動画撮影に携わって下さった皆様、有難うございました。今後とも宜しくお願い致します。早速、勉強会の動画が完成しましたので、ぜひご覧下さい。今回の勉強会では、あえて「保守」「革新」「國體」などの言葉を一切用いませんでした。これらの言葉によって表現される二項対立が、意味がない、というわけではありません。これらの枠組みはもちろん、画然としています。しかし、私が留意したいのは、これらの言葉に引きずられることによって、肝心なその意味そのものを考えなくなってしまう、ということを防ぎたい、ということでした。我々にとって、自由とは守るべき最高の価値であります。そのことを、明確に理解して頂くため、今回は新しい試みに取り組んでみました。多くの皆様にご視聴頂けましたら幸いです。宜しくお願い申し上げます。

      1
      テーマ:
  • 13 Jan
    • 第2章 偏見(経験)(12) 〜 「自由(権)」総論 〜 (1)

      (1)自由(権)の概念 自由(権)とは多義的な概念である。憲法学に於いては、一般的には自由権とは、「政府からその対象とされた事柄について、干渉や妨害などをされないこと」と定義される。(*なお、以下に於いては「自由」と「自由権」について特に区別することはしない。両者を区別する必要が生じた場合は、改めて書き分ける。) 人はそれぞれ、異なる能力や性格、気質などを有している。生まれ、育まれて一人前となっていくのが、初めは家族、やがては学校や地域などの「社会」であっても、人は決して、それぞれの「社会」に於いて同質の人に育つわけではない。 確かに、特に家族などの「社会」に於いては、それが血統上に於いて同質の集団であることから、その同質性は他の「社会」よりも高いといえるが、それでも、家族もそれぞれ、その性格や気質などは若干の異なりを見せるのであって、全く同じというわけではない。(*ここで、このシリーズに於いて用いる「社会」の概念について解説しておく。ここでいう「社会」とは、「中間社会」を意味する。すなわち、國家の中にあって、個人を取り巻く諸々の集団の全てをいう。具体的には、家族、学校、地域社会、会社、所属する団体、身分などのことである。つまり、國家が個人の集合体であるとして、國家と個人の中間に存在するあらゆる集合体のことを「社会」という。)                      <國家>                         政府(中央・地方)                             ↓ ↑                                社会(*家族、地域、学校、会社、所属団体など)                            ↓ ↑                            個人  このようにして人はそれぞれ、有している能力や性格、気質などは異なるのである。そして、その異なる能力や気質などに応じて様々な活動に励み、ひいてはそれは國家の為になっていく。自由な競争は國民の間に勤勉と節制の精神を育んでいく。勤勉と節制をその生命とする國家ほど、強大な國家はない。 國民のそれぞれが有する多様な能力や気質は、すなわち國家の底力、國力である。國力とは、國民のそれぞれが己の能力を存分に発揮し、自由な競争を行うことによって増大する。自由な競争の行われないところには、怠惰と無気力が蔓延し、國力は低下し、ともすれば國家は滅亡の危機に至る。 自由とは、何かの為の手段ではない。自由とはそれ自体が最大にして最高の目的である。実に、自由な競争こそは國家の生命であり、自由こそは國民にとって、國家にとって至上の最高価値である。 勤勉と節制などの美徳は自由な競争によって育まれる。自由のないところに勤勉や節制はなく、自由のないところには怠惰と無気力、怯懦と頽廃が蔓延する。自由こそは、あらゆる美徳の母である。 このように、國民がそれぞれの能力を存分に発揮する為には、政府は國民の思想や振る舞いなど、その内心や行為のいずれにも、極力介入してはならない。このような介入は、政府が國家の力を毀損するのに等しいのだから。 従って、政府の役割(政治)とは、國民にその自由を最大限に享受させることである、といえる。つまり、政府の役割(政治)とは、國防と治安維持を任務とし、他は付随的で例外的なものとして、極度に限定されるべきなのである。 かようにして、「自由(権)」は、凡ゆる価値の中でも至上のものとして、その保障が徹底されねばならないこととなる。自由とは、物心両面で個人の生活を豊かにするのみならず、社会をも豊かにし、美徳の源泉ともなり、國家の生命そのものである。 (2)自由(権)の限界 かかる枢要な価値を有する自由権ではあるが、しかしながら、その保障に何らの限界もない、というわけではもちろんない。(1)に述べた「自由(権)」の趣旨に鑑みれば、自由とは放埓や恣意とは異なる、どころか、全く相反するものである。 自由とは、その起点に於いては社会でもなく、國家でもなく、個人に発するものであるが、個人が己の能力を存分に発揮し、その結果として己一人の為のみならず、ひいては社会や國家の為にもなっていくことを保障するものである。従って、己の為にも、社会や國家の為にもならないような振る舞いは、「自由」として保障されるものの範疇の外にあるのである。 すなわち、「自由(権)」の限界とは、個人、社会、國家、の何れかに対して害悪となる場合のことである。それは具体的にどのような場合のことなのだろうか。 まず、ここで想起せねばならないことがある。それは、「個人の人格」もまた、國家や社会に育まれた結果の産物である、ということであり、このようなものと無関係に人格を形成した者などいない、ということである。 いかなる天才といえども、その初期の教育は家族という「社会」に於いて行われる。やがてその場は地域や学校などへと移行する。 國家とは、単なる個人の集合体ではない。個人を育む家族などの無数の「社会」の集合体であり、なおかつ、現在に生きている人々のみならず、過去に生きていた人々(父祖)からの相続である。そしてまた、未だこの世にいない、これから生を受ける者ら(子孫)の継承すべきものでもある。 すなわち、自由とはその性質上、起点を個人に発するものではあるが、その個人を育むのは社会であり、ひいては社会の集合体たる國家である。従って、自由を抽象的に個人のみに属するものと把握することはできず、個人を生み出す母体たる社会や國家を前提に考えねばならないのである。 つまり、自由とはその存在を、社会や國家を前提に認められるものである。社会や國家を離れては凡そ、自由というものは成り立たない。社会や國家を無視した「自由」とは、それ自体が背理である。では、社会や國家を前提とした「自由」とは、いかなるものなのだろうか。 ここで再度、社会(家族、地域、学校、会社、所属する団体など)とその集合体たる國家とは、現時に於いて生存している人々のみで構成されているわけではないことを想起せねばならない。國家とは(そしてそれを構成している社会もまた)、父祖から現在生きている我々へと相続されたものであって、現在生きている我々は、これを子孫へと継承する義務を負っているのである。 従って、「國民」という概念もまた、単に現在生きている我々のみならず、父祖(過去の國民)と子孫(未来の國民)をも合わせたものなのである。従って、自由の限界もまた、この点を考慮したものでなければならない。この点は、後ほどまた解説する。

      4
      テーマ:
  • 05 Jan
    • 新年を迎えて

      明けましておめでとうございます。本年も何卒宜しくお願い申し上げます。天照(あまてらす)聖(ひじり)の御代の神宮(かむみや)の言祝ぎつぎゆくみたま畏(かしこ)し旧年中は大変お世話になりました。心静けく清らかに新年を迎えることができましたこと、深く感謝申し上げます。日本國の秩序と繁栄の永続を守りつつ、そして国際社会に於いて意義ある働きのできる國であり続けることを目指して、微力を尽くして参りたいと思います。彌榮

      2
      テーマ:
  • 29 Dec
    • 大東亜戦争と日米同盟、そして占領憲法無効論(7) 占領憲法無効論について

      定めたる國のおきては古への聖の君の御声なりけり (明治天皇御製)3、占領憲法無効論(皇室典範奉還・大日本帝國憲法復元改正論)について(1)占領憲法無効論とは  占領憲法無効論とは、明治皇室典範と大日本帝國憲法が大東亜戦争の停戦中(*)のGHQによる占領行政期間に於いて改正手続が取られ、日本国憲法と法律たる皇室典範が成立したのは、帝國憲法第75条に違反するものであって無効である、というものである。(*法的にはサンフランシスコ講和条約の締結を以て大東亜戦争は正式に終結したため、GHQによる占領行政中は停戦期間と解釈するのが正しい) 従って、その帰結として明治皇室典範と大日本帝國憲法は、いずれも廃止ないし改正の手続が取られないまま現在もなお有効である、というものである。 皇室典範と憲法典は、いずれも我が國の最高規範であるから、その起草並びに成立は、我が國の國家主権の発動によるものである。しかるに、我が國の國家主権が制限されていたGHQによる占領行政期間に於いて皇室典範の廃止と憲法典の改正の手続が取られたことは、我が國の國家主権の発動によるものではないのだから、日本国憲法と法律たる皇室典範は、いずれも法的には無効であると言わざるをえないのである。従って、これらはそれぞれ、占領憲法と占領典範と呼ぶのが相応しい。 占領憲法が無効であるということは、法的には大日本帝國憲法が現在も有効のまま存続している、ということになる。従って、現行の法律や命令、判例、条例などの憲法典の下位規範は原則として全て、大日本帝國憲法に根拠を有して存続している、ということになる。 但し、ごく例外的に、大日本帝國憲法に違反する法令等は違憲無効ということになり、これに対しては将来に向かっての違憲状態是正措置が取られる。 このように、占領憲法無効論すなわち大日本帝國憲法復元改正論は、現状の我が國の社会秩序をそのまま存続させ、併せて國民の生活を守り、ひいては日本國の繁栄を将来にわたって保障するものである。(2)占領憲法無効論の根拠 ~ 法的正当性 ~ 占領憲法無効論を採るべき根拠は幾つかある。今回は、従来から述べてきた法的正当性以外に、対外的妥当性について述べる。 まず、法的正当性とは、上述の如く、皇室典範と憲法典の起草成立とは我が國の國家主権の発動にかかるものであるところ、國家主権の制限されている状態での占領憲法と占領典範の成立は無効である、というものである。憲法学は法律学の一部を構成するものであることは言うまでもないが、ゆえに占領憲法無効論にも法的な正当性が求められるのである。 また、大東亜戦争とそれに基づく戦後体制の終局的解決を図るには、占領憲法たる日本国憲法の改正ではなく、占領憲法無効論による大日本帝國憲法復元改正が最も効果的である、ということである。 そもそも、大東亜戦争とは、日米両國の國益を共に毀損する結果となった極めて不幸な戦争であった。日本國にとってはもちろんのことながら、アメリカ合衆國もまた、大東亜戦争の勝者であり、かつこれによって國益を増大させたものとは全くいえないものであって、大東亜戦争の果実は米英以外の全く別の国々が取得したのである。 ともあれ、ポツダム宣言が受諾され、我が國はあくまでもそこに記された条件付で、GHQによる占領行政を受け入れることとなった。占領憲法と占領典範は共に、この占領行政のごく初期に於いて制定されたことを忘れてはならない。従って、両者はあくまでも、その法的性質としては、その形式にかかわらず、占領行政を実施する上での最高法規たる占領基本法であったと解釈することができるのである。 そうであっても、両者はいわゆるハーグ陸戦条約に違反しない限度で制定された占領基本法としては有効であったといえるとしても(この点については未だ判断を保留したい)、少なくとも、皇室典範並びに憲法典としては、最初から無効であるといわざるを得ないのである。 そして、占領基本法たる占領憲法は、それが有効であったとしても占領行政の終結を以て完全に失効している。具体的には、大東亜戦争の完全な終結であるサンフランシスコ講和条約の発効によって、占領基本法は失効したのである。 然るに、サンフランシスコ講和条約が発効し、我が國が主権國家として完全な独立を回復したのにもかかわらず、現在もなお、占領行政の為に制定された占領憲法と占領典範を、その形式のゆえにそれぞれ憲法典であり、皇室典範であると誤認したまま用い続けているがゆえに、そこには様々な問題点が生じてくる。これこそが、戦後体制といわれるもの、そのものに他ならない。 従って、サンフランシスコ講和条約によって完全に國家主権を回復した我が國は、それに合わせて國家主権に基づく法典、すなわち明治皇室典範と大日本帝國憲法の有効を確認せねばならないのである。これは、我が國の完全な主権回復を認めたサンフランシスコ講和条約の趣旨に叶うものなのである。(3)占領憲法無効論の根拠 ~ 対外的妥当性 ~更に、対外的妥当性とは我が國がこれから日米両國の友好関係と同盟を維持していく上で、占領憲法無効論こそが最もそれに適切なものである、ということである。端的にいえば、占領憲法無効論とは最も親米的な憲法論である、ということだ。 大東亜戦争とは、日米両國の國益を深く毀損した戦争であった。その淵源については今回は深くは述べることはしないが、大東亜戦争とそれに伴う諸々の事実が今後、将来においてもなお日米両國の友好と同盟関係に支障をもたらすようなことは、あってはならないのである。そのようなものの一つこそは、占領憲法と占領典範である。 ここに登場するのが、いわゆる「押しつけ憲法論」である。「押しつけ憲法論」とは、占領憲法はGHQによって強制的に押し付けられたものである、という非難のことである。 この「押しつけ憲法論」とは、GHQないしはそれが代表していた当時のアメリカ政府によって、占領憲法と占領典範は強要されたものであり、この点においてアメリカは非難されるべきである、と主張されるのである。 ところで、この「押しつけ憲法論」とは、占領憲法が憲法典として有効である、という視点に立った場合に成り立つ議論である。というのは、占領憲法が有効であるからこそ、それを「押しつけた」ことについて一定の力が生じ、従ってそれに対する非難が成り立つのである。有効であるとするならばこそ、占領憲法には一定の効力が生じ、そのような効力のあるものを押しつけたことについての非難が成り立つ。 しかし、そもそも最初から憲法典として完全に無効のものに対してはこのような非難は成り立たない。無効であれば何らの効果は生じないのだから、それを押しつけたとしてもそこには何らの効果は生じないのである。よって、ここには「GHQないしアメリカは占領憲法を押しつけた」という非難は成り立たないのである。 すなわち、「押しつけ憲法論」とは、占領憲法有効論に立脚した場合に成り立つものである。占領憲法無効論は、「押しつけ憲法論」を否定する。 占領憲法無効論に立脚すれば、占領憲法と占領典範は無効であるから、GHQないし当時のアメリカ政府は完全に免責される。無効のものには何らの効果は生じないからである。 そして、占領憲法と占領典範の法的性質を占領基本法であると解釈し、たとえそれが有効であったとしてもサンフランシスコ講和条約の発効を以て自動的に失効していることとなるから、GHQないし当時のアメリカ政府はこの「押しつけ」について、完全に免責される。  占領憲法無効論の訴えるところとは、我が國がサンフランシスコ講和条約の発効によって完全に國家主権を回復して独立國家となったにもかかわらず、占領行政期間に於いて用いられていた占領基本法を未だに、憲法典や皇室典範であると誤認して用い続けていることの不法性と不当性、そしてその問題点である。これは、偏に我が國の問題、我々自身の問題に他ならない。 皇室典範奉還と大日本帝國憲法復元改正は、現行の法令等は原則として全て、大日本帝國憲法に基づいて有効であるとし、現状の我が國の社会秩序をそのまま維持存続させるものである。

      4
      1
      テーマ:
  • 16 Dec
    • 大東亜戦争と日米同盟、そして占領憲法無効論(2)

      ふりつもる み雪にたえて 色かえぬ 松ぞ雄々しき 人もかくあれ(昭和天皇御製)2、大東亜戦争への道程(1)「オレンジ計画」1904年(明治37年)から1905年(明治38年)にかけて戦われた日露戦争の勝利は、まさに日英同盟、実質的には日英米同盟の賜物でした。この少し前の1898年、アメリカはスペインとの戦争に勝利し、フィリピンを獲得、キューバを独立させるなどの戦果を得ました。しかし、この時代に於いて、その圧倒的な海軍力によって太平洋の覇者であったのは日本でした。強大なバルティック艦隊を海の藻屑と葬り去った我が國海軍に対して、アメリカ海軍はスペインとの戦争には勝利したとはいえ、帝國海軍に比較すれば弱小そのものでした。20世紀初頭から1940年ごろにかけての実に40年以上の間、太平洋は「日本の海」だったのです。1908年(明治41年)、アメリカ海軍の「ホワイト・フリート(白船)」艦隊が日本を訪問しました。この「白船」は、半世紀以上前のペリー提督の「黒船」もまたそうであったように、実際の戦闘に耐えられるようなものでは到底ない、虚仮威しの艦隊でした。当時はパナマ運河も開通しておらず、「ホワイト・フリート」はマゼラン海峡を遥々越えて太平洋にやってこなければなりませんでした。そのための補給に必要な石炭船もアメリカ海軍は充分には保有しておらず、有事に太平洋に展開できる戦艦の数など限られていました。当時のアメリカ海軍は非常に弱小であり、防衛一辺倒の海軍でしかなかったのです。パール・ハーバー海軍基地がハワイにできたのが1919年でしたが、それまでのアメリカ海軍は、ハワイやフィリピンの防衛すら、満足にできませんでした。第一次世界大戦に於いては、我が國は日米海軍協定に従って、1917年に巡洋艦をハワイに派遣し、ハワイ防衛を行ったのです。このように、アメリカ海軍は自力でハワイやフィリピンを防衛する力がなく、日米同盟によって日本がハワイを防衛していたのです。そこで、アメリカは列強との戦争が勃発した場合、如何にしてアメリカを防衛するかの戦略を立て、それに従って軍の訓練を行いました。これが、いわゆる「カラーコード戦争計画」です。「カラーコード戦争計画」とは、各国をそれぞれ色の名称で呼び、それに対応した戦略や作戦を立案していったものです。例えば、対英國戦争がレッド計画、対カナダ戦争がクリムゾン計画、対ドイツ戦争がブラック計画、など、全部でおよそ二十ほどのカラーコード戦争計画が策定されていたのです。対日本の戦争計画も策定されており、これは「オレンジ計画」と呼ばれていました。このように、「カラーコード戦争計画」はアメリカが自國防衛のため、あらゆる可能性を几帳面に想定しつつ、戦争に備えるといった趣旨のものでした。つまり、決してこれは、日本を特別に敵視し戦争を企てる、などというものではなかったのです。戦争計画は、英國などアメリカにとって戦争の可能性など少ない國に対しても立てられていたものであって、これを日本を特別に敵視したなどということは、全くの事実誤認であり、誤った解釈と言わざるをえません。従って、「オレンジ計画」の存在を以て我が國が対米戦争を決意したことを正当化するのは、「オレンジ計画」を誤解したものであって、誤りです。

      1
      テーマ:
  • 14 Dec
    • 大東亜戦争と日米同盟、そして占領憲法無効論(1)

      四方(よも)の海 みな同胞(はらから)と思ふ世に など波風の立ち騒ぐらむ (明治天皇御製) 1、國家間の同盟の意義と大東亜戦争12月8日は我が國が昭和16年(1941年)、対米英蘭戦争へと突入した日でありました。大東亜戦争には、この対米英蘭戦争が含まれているわけですが、実にこの戦争こそは、我が國がアメリカ、英國、オランダという、江戸時代以来の友邦たる諸國を相手に戦争を開始したものでした。いわゆる「鎖國」(この言葉はあまり適切なものではないことも主張されてはいますが、とりあえずは用います)の時代を通じて我が國の友邦であったオランダについては言わずもがなですが、たとえば英國は、幕末期の、未だ日英同盟など存在しない頃からポサドニック号事件に見られるように対馬に於いてロシアの南下を阻止しました。英國の存在はアメリカ東インド艦隊提督マシュー・ペリーの来航と相俟って、すでに18世紀末から始まっていた我が國領土へのロシアの南下を完全に封じ込めることとなりました。もちろんのことながら、ここには江戸幕府以来の我が國政府による國防への強い努力があり、これら三者がうまく噛み合って、我が國の防衛が成功したことを忘れてはなりません。これらの歴史的事実には、重大な知恵が内包されています。それは、國家間の同盟とは、このように、各々の國家がそれぞれ自己の國益を純粋に追求する結果に於いて、自然に発生するものである、ということです。つまり、日英同盟ないし日米同盟は、江戸時代末期に於いて、既に事実上成立し、機能していた、ということになるのです。我が國は、大陸の側面に位置する海洋國家として、大陸に興亡する諸国からの侵略を常に防がねばならない宿命にあります。白村江の戦いや元寇などを想起すれば理解できるでしょう。これは、我が國が上記のような地理的条件に於いて存在している國家たることから生じる宿命であって、従って、時代の変化や時の流れ、ましてや民意のポピュリズム的熱狂などといった浮薄で不安定な要素によって左右されるものではありません。これについては、同じく海洋國家として世界の各地に権益を有してきたかつての英國や、現在のアメリカもまた同じです。大陸国家が海洋に進出することは、海洋交易と海洋権益に依存する英國やアメリカの國益が直接侵害されるわけですから、これらの諸國は断固としてこれを封じ込めようとします。つまり、「大陸国家が海洋に進出することを絶対に阻止せねばならない」とは、日米英にとって、國の存立に関わる極めて重大かつ基本的な政策として維持されねばならない、というわけです。同盟とは、予めこのように、國の存立に関わる極めて重大かつ基本的な政策が共通であるところに於いてのみ成立します。というよりもむしろ、國の存立に関わる極めて重大かつ基本的な政策が共通であれば、同盟は既に事実上成立し、機能しているのです。 このことは、ポサドニック号事件の存在が立証しています。逆にいえば、このような、國の存立に関わる極めて重大かつ基本的な政策が相反する国家同士が、いくら紙切れの上で同盟を結んだところで、そのようなものは紙切れでしかありません。これは、たとえば大東亜戦争に於ける日独伊三国同盟や、日ソ不可侵条約を想起すれば理解できるでしょう。これらの条約は全く役に立たない紙切れであり、機能しなかったばかりか、後者に至ってはむしろ我が國を欺くための策略として締結されました。國家とは、まずは自國の利益を最優先するものですし、またそうであらねばなりません。自國の國益よりも他国の利益を優先するような國があったとしたら、その國は滅ぶでしょう。このことは後でも述べますが、非常に重大なことですからよくよく銘記しておいて頂きたいのです。この点、よく勘違いされているのですが、同盟関係というものは「同盟を結んだ相手国が約束を守ってくれるから」成立するのではありません。同盟関係というものは、「同盟を結んだ相手國が自国の利益を追求するから」こそ成立するし、しているのです。何故なら、国際関係においては、「約束など守られることはなく、どこの国も自国の国益のみを追求するから」なのです。同盟関係とは、「相手國が自國の國益を追求しても、その結果自然に我が國の國益にも叶う結果になるから」成立する関係なのです。相手国が約束を守ってくれるから成立している関係ではありません。「国際社会に於いては、約束など守られない」からです。約束など守られることのない国際社会においては、上記のような関係のない国を相手に、我が國が同盟関係を結んでも(これは軍事的な同盟に限らず、経済的な内容の条約であっても同じことですが)、必ず我が國は裏切られます。これは、断言できます。たとえば、我が國がロシアと何らかの条約を結んでも、必ず我が國は裏切られます。「国際社会においては、約束など守られない」からです。同盟関係とは、「相手國が自國の國益を追求しても、結果として我が國の國益にも叶うから」成立するのです。これは、自然的で地理的な要因に基づく関係であって、双方の國の首脳同士の人間関係や好き嫌いなどで生じるものではありません。同盟関係とは、そのような一時的な、一過性の事柄で左右されないのです。何故なら、表面的にはどれほど親日であるかのように、相手国の首脳が装ったとしても、そんなことは信用するに値しないからです。「どこの国も、自国の国益のみを追求する」からです。さて、大東亜戦争に話を戻します。大東亜戦争は、①支那事変 ②対米英蘭戦争 ③対ソ連ロシア戦争(占守島の戦いなど)に分類される、とされていますが、今回の記事に於いては、大東亜戦争とは、②の対米英蘭戦争に限定してお話しします。以上に於ける、同盟関係の意義に関して大東亜戦争を検討するならば、端的に申し上げれば、大東亜戦争とは、まさに我が國の同盟國を相手とした戦争となってしまったのであり、あたかも我が國が自らを傷つけるが如き戦争となってしまった、といわざるをえないのです。12月8日は、我が國の歴史の中で最も悲劇的で悔恨に満ちた日として、子々孫々にわたって伝えられねばなりません。以下、大東亜戦争の要因とそれへの評価について述べていきたいと思います。

      3
      テーマ:
  • 20 Nov
    • 愛國・保守の皆様に問う、『三つの論点』

      【論点その1】いわゆる「国際金融資本」と呼称される企業体は、具体的にどのような害悪を世界に対してもたらしているというのか。その客観的で明白、かつ具体的で信憑性の充分な根拠、証拠は何か?【論点その2】海洋國家たる米國は、大陸国家たるロシアや支那の海洋進出を断固として封じねばならない地政学的運命にあり、従って我が國は米國と軍事的同盟を結ぶのが最も自然かつ國益に適う。にもかかわらず、あえて日米同盟に強固に反対せねばならない理由は何か。その客観的かつ具体的、明白な根拠は何か?【論点その3】いわゆる「国際金融資本」なるもの、並びに米英への反感への扇動とは、米英や国際金融資本をブルジョアジーに、植民地地域をプロレタリアートへとこじつけたものであって、大東亜戦争戦前戦中に跋扈したコミンテルンのプロパガンダそのままであるが、このことについて、客観的かつ具体的、説得力を充分有する反論はあるのか?

      8
      テーマ:
  • 12 Nov
    • 第2章 偏見(経験)(11)日本人とは何か 〜 「血統の相続(世襲)」の法理 〜

      憲法学概説 第2章 偏見(経験)(11)日本人とは何かさて、これまで述べてきたことを敷衍し、まとめる意味も兼ねて、「そもそも日本人とは何か」についてごく簡単ではあるが、述べてみたい。すなわち、「日本人とはどのような人々のことなのか」「日本人の定義」について述べるのである。我が國は世界に於いて独自の國體を有するものではあるが、そうであっても、他国との何らかの関わりは、我が國もまた国際社会の一員たる以上は避けられないことである。諸国の間に伍し、この独立を保持していくには、「日本人とは何か」についての憲法学からの考究が不可欠である。以下、日本人とは何か、について簡略かつ明快に論じていきたい。ご一読をお願い申し上げます。(1)國家の三要素我が國は、数千年の歴史を有する世界最古の國家である。万世一系の皇室を戴く天壌無窮の國體については、これまで何度も随所で触れてきたので、ここで詳述することは控えたい。そして、國民という概念もまた、我が國のそのような性質に鑑みれば、現在生存している國民のみならず、過去の國民(父祖)、そしてこれから生まれ出ずる将来の國民(子孫)をも含むのである。すなわち、國民とは、父祖から現在、そして子孫に至る、過去、現在、未来の國民である。かつて我々の父祖はこの日本という國に於いて、各々その働きをなし、日本國を形成し発展させる一翼を担ってきた。我々の父祖は、天皇を中心として皇族、公家、武士、平民らが各々その分を守りつつ、有名無名に一切関わりなく、意図するや否やに関わりなく、我が國の形成を担い、道徳や慣習、伝統などの生成に寄与してきたのである。かくして、國民とは現在の國民のみならず、父祖と子孫を含むものであり、國家とは①國土、②過去、現在、未来の國民、③父祖から相続してきた道徳や慣習、伝統などの三要素の総体を表すものと定義できるのである。(2)血統の相続(世襲)の法理さて、現在に生きる我々もまた、日本人の一員として、その役割の大小はあれ、この悠遠なる営みに参加している。我々は父祖よりこの日本國を相続し、この悠遠なる営みに参加し、これを子孫へと継承する。父祖から相続した道徳や慣習、伝統などは、我々が日本人たる所以である。我々はこれを相続し、子孫へと継承するのである。父祖から相続したものは、これにとどまらず、國土も含まれる。このように考えてくると、國家とは父祖から相続したものであって、現在の我々はこれを子孫へと継承する責務を負うものである、ということが理解できよう。従って、日本国を相続し得る者(日本人)とは、父祖が日本人たる者に限定される、といえる。何故ならば、日本國がかかる歴史的な連続性を有する國家である以上、それを相続し得る資格を有するのは、必然的にその子孫に限定されるからである。全くの別の民族が、いきなり日本人たる資格を相続することはできない。これを、血統の相続(世襲)の法理と呼ぼう。すなわち、日本人とは、父祖が日本人たる者のことであり、つまり、父祖より日本人たる血統を相続した者のことである、と定義できるのである。(3)結語今回は非常に簡略に過ぎるとのご意見もあろうと思いつつも、「日本人とは何か」を端的かつ直截に述べてみたが、これは保守思想憲法学の観点から必然的に導き出される結論である。日本人とは、父祖より日本人たる血統を相続(世襲)した者のことであり、それ以上でもそれ以下でもない。相続(世襲)こそは、保守思想の最重要の要素であり、我々の脆弱な理性の及ばないものである。1、國民とは、現在の我々のみならず、過去(父祖)と将来(子孫)の國民をも含むものである。2、國家とは、①1、の國民、②父祖より相続(世襲)した國土、③父祖より相続(世襲)した道徳や慣習、伝統など、の三要素から成る。3、日本人とは、日本人たる血統を父祖より相続(世襲)した者のことである。このテーマについては、今後も引き続き採り上げていく。

      9
      テーマ:
  • 19 Oct
    • 大阪市での勉強会の動画が完成しました / 次回の大阪市での勉強会のお知らせです

      諸事多忙につき、ブログの更新が滞っておりますことをお詫び申し上げます。シリーズ『憲法学概説』『皇室典範講義』『ルソー社会契約論を読む』は必ず連載を続けて参りますので、何卒寛恕のお心でお待ち下さいましたら幸いです。宜しくお願い申し上げます。さて、12日(月・祝)の皇室典範の勉強会は無事終了致しました。ご来場下さいました方には厚く御礼申し上げます。また、会場運営に携わって下さいました方々、動画の編集をして下さった方にも深く御礼申し上げます。早速、動画をアップロードして下さっていますので、ぜひご覧下さい。なお、テキストは東京都での勉強会と同じものを用いました。動画の下のリンク先からダウンロードしてご覧下さい。皇室典範講義テキストーーーーーーーさて、次回の大阪市での勉強会のお知らせです。(当初より日程を延期、変更しましたのでご注意ください)山岸崇の近現代史講座 正統歴史セミナー〔正伝協〕紀元節を迎えての勉強会! テーマ:『人権』日時:2月14日(日)14:00 ~ 16:00(開場13:40)会場:大阪市立総合生涯学習センター 第6研修室(大阪市北区梅田1-2-2-500)対象:一般(10歳以上)参加費:¥1,000(資料代含む)受付:090-1079-8552(正伝協/よしかわ)次回は「人権」をテーマに、民主主義や平等主義など、いわゆる理性万能思想に対して、その問題点や矛盾をより深く掘り下げ、我々が守るべき真正の自由とは如何なるものなのか、を考えます。「自由」こそは我々にとって、護持保守すべき至上にして最高の価値です。皆様のおいでを心よりお待ちしております。

      9
      テーマ:
  • 05 Oct
    • 『大日本帝國憲法勉強会スペシャル』のテキスト(pdf版)を公開します

      9月27日(日)に東京都文京区で実施されましたジャパンライジング・日本の心を学ぶ会共催『大日本帝國憲法勉強会』第一部のテキストを先日公開しましたが、本日は、そのpdf版を公開致します。テキストのみ読んで頂いても充分価値があるものと思いますので、ぜひダウンロードしてご覧になって下さい。ただ、やはり動画と併せてご覧になった方がより理解は深まると思います。また、第一部はテキストを見ながら進めていますので、動画のみですとなかなか理解し難いところもあろうと思います。動画をご覧になる際はぜひテキストを同時にご覧になって下さい。『大日本帝國憲法勉強会スペシャル』第一部 皇室典範と保守思想 テキスト

      8
      テーマ:
  • 01 Oct
    • 10/12(月・祝)大阪市にて大日本帝國憲法勉強会を開催します!

      すっかり秋になりましたね。さて、東京都での大日本帝國憲法勉強会スペシャルが終わったばかりですが、来たる今月12日(月・祝)、大阪市でも大日本帝國憲法勉強会を開催します。関西の皆様、何卒奮ってご参加下さい。こちらの勉強会は、講師は私のみです。正伝協・正統歴史セミナー 山岸崇の近現代史講座 〔近現代史〕~國體とは何か~ 『憲法と皇室典範②』日時:10月12日(月・祝)14:00 ~16:00(開場13:40)会場:大阪市立北区民センター・第6会議室(大阪市北区扇町2-1-27)※JR(環状線)天満駅・地下鉄(谷町筋線)扇町駅すぐ対象:一般(10歳以上)参加費:1000円(資料代含む)受付:090-1079-8552(正伝協/よしかわ)*お申込受付はお電話にて。当日申込も会場にて受け付けております。今回は、明治皇室典範の内容そのものを学びます。皇室典範とはそもそも何か。我が國が再生を遂げる上で、皇室典範について正しい認識を持つことは不可欠です。皆様のおいでを心よりお待ちしております。

      3
      テーマ:
  • 30 Sep
    • ジャパンライジング・日本の心を学ぶ会共催「大日本帝國憲法勉強会スペシャル」のご報告

      9月27日(日)、東京都文京区にて、ジャパンライジング・日本の心を学ぶ会共催「大日本帝國憲法勉強会スペシャル」が開催されました。多くの方々にご参集頂き、勉強会は盛会となりました。ご来場下さいました皆様、大変有難うございました。また、主催者のジャパンライジングさんと日本の心を学ぶ会代表の渡邊昇先生には、このような非常に有意義な勉強会を開催して下さったことに大変感謝申し上げます。また、動画の撮影や会場設営、受付その他、勉強会の運営に参加された全ての皆様に、深甚の感謝を申し上げます。皆様お一人お一人のお働きが、この有意義な勉強会を成功へと導かれたのです。有難うございました。早速、動画をアップして下さっていますので、ぜひご覧下さい。なお、動画はテキストをご覧になりながらご覧下さい。テキストは、このブログ記事の一つ前の記事に全文を掲載しています。第二部は村田春樹先生のお話でした。テーマは国是についてでした。また、エドマンド・バークについてのお話は非常に興味深く、勉強になりました。第三部は渡邊昇先生のお話でしたが、私は帰りの交通機関の都合上、非常に心残りではございましたが、退出せざるを得なくなってしまいました。拝聴できなかったのが非常に残念ですが、動画にて拝聴したいと存じます。

      4
      テーマ:
  • 28 Sep
    • ジャパンライジング・日本の心を学ぶ会「大日本帝國憲法勉強会」のテキストを公開します

      皇室典範と保守思想                       平成27年9月27日(日)                          山岸 崇1、勉強会の趣旨 我が國は現在、「戦後体制」といわれる桎梏にある。戦後体制とは、占領憲法(日本国憲法)と占領典範(皇室典範と称する法律)をそれぞれ、憲法典であり、皇室典範であると誤認して運用している体制のことである。GHQによる占領下という我が國の國家主権が制限されていた下に於いては、憲法改正や皇室典範の廃止は無効であって、従って、法律上は現在もなお、明治皇室典範(以下、単に皇室典範という)と大日本帝國憲法は有効のまま存続している。 皇室典範と大日本帝國憲法はともに、我々の父祖より相続してきた、天皇を中心とする道徳や慣習、伝統などの不文の法を成文化したものであり、特にその内、皇位継承に関するものなどの皇室の家法というべきものが、皇室典範である。 安倍政権による安保法制が国会に於いて可決成立したが、憲法問題の最終的な解決は、我が國が戦後体制から脱却する上で不可欠である。占領憲法は、GHQの意図としては占領基本法として作成されたものと推定されるものであり、講和条約発効後、我が國が國家主権を回復したにも関わらず、今なお占領基本法を憲法典であると誤認して運用していることが、様々な問題を生んでいる。 占領憲法を改正して少しでもまともな姿に正そうとするのか、新たな自主憲法を制定し直すのか、或いは大日本帝國憲法を復元しその上で不備があるのであれば改正するのか、途は分かれるところではあるが、いずれにせよ、占領憲法とそれに基づくとされている占領典範は、我が國の本来の憲法典ないしは皇室典範とはいえない。 今回の勉強会では、皇室典範の精神と内容をごく大まかに確認し、皇室の家法たる皇室典範とはいかなる性格を有するものであるのかの基本的な事柄を確認するとともに、皇室典範の起草者である井上毅が立脚した保守思想について、その考え方の概略を学ぶ。 すなわち、今回の勉強会に於いて皆様に是非とも理解して頂きたいのは、以下の三点である。・皇室典範とは皇室の家法であり、臣民が改正に容喙してはならないのは勿論のことであるが、畏れ多くも天皇もまた、これを「祖宗の遺意」に反するものへと改変することは叶わないこと。・皇室典範の内容の概略(今回は第1条、第10条、第42条、第44条、第55条、第62条について解説する)。・皇室典範を起草した井上毅の立脚した保守思想とはどのようなものか。2、皇室典範の概要 皇室典範は明治19年(1886年)から明治22年(1889年)にかけて、大日本帝國憲法の起草者でもあった井上毅により主に起草された。他に起草に加わったのは伊藤博文、そして柳原前光である。この草案は翌年明治23年にかけて枢密院で審議され、可決成立したのである。このように、皇室典範は帝國議会での審議を経ることなく、成立したものであることに注目されたい。 後述するが、そもそも憲法とは、我が國に於いては天皇を中心とする、我々の父祖から相続した道徳や慣習、伝統などの総体である。我々日本人の憲法とは、本来の形式は不文なのである。 そして、この不文の憲法はその一部が、明治時代に於いて大日本帝國憲法として成文化されたのであるが、更に皇室に直接関わる事柄については特別に、皇室典範として成文化されたのである。 従って、皇室典範とは憲法典(成文化された憲法)の一つであって、すなわち大日本帝國憲法と同格、否、それが皇室に直接関わる事柄であるからには寧ろ大日本帝國憲法よりも上位の憲法典であると捉えねばならない。 皇室典範の立脚する精神を理解する上で、必読の書がある。伊藤博文の著として出版された『皇室典範義解』である。 一般には、『皇室典範義解』は『大日本帝國憲法義解』と併せて『憲法義解』とされている。これらは、皇室典範と大日本帝國憲法の草案が枢密院にて諮詢された際、各顧問官らに配布された逐条解説書が元になっている。従って、実質的にはその多くを井上毅が執筆したものであって、形式上は伊藤博文の著書として出版されたものである。すなわち、皇室典範と大日本帝國憲法の趣旨を理解し、条文を解釈するには不可欠の書であるといえる。 さて、『皇室典範義解』の冒頭より、皇室典範の立脚する精神が解説されている箇所を抜粋してみよう。《祖宗國を肇め、一系相承け、天壌と與に無窮に垂る。此れ蓋し言説を假らずして既に一定の模範あり。以て不易の基準たるに因るに非ざるはなし。今人文漸く進み、遵由の路必ず憲章に依る。而して皇室典範の成るは実に祖宗の遺意を明徴にして子孫の為に永遠の銘典を貽す所以なり。》(《》内は伊藤博文『憲法義解』岩波文庫p.127)「皇祖皇宗が國を開かれ、今に至るまで國が続いてきたが、ここには皇位継承についての成文化されない規範が存在した。この絶対に改変してはならない規範に背くことがあってはならない。今、明治維新を迎えて西欧の法制度を取り入れようとしているが、それには皇位継承についての不文の規範も成文化した上で、これを遵守せねばならない。このようにして、皇室典範が成立したのは、祖宗の遺意(皇位継承についての不文の規範)を明らかにして、子孫の為に永遠の法典を残すためである。」 畏れ多くも皇位継承についての不文の規範とは、男系男子による皇位継承ということである。そして、これを含め、皇室の家法といえるものを成文化したものが皇室典範である、ということなのだ。 義解は更に、以下のように続く。《皇室典範は皇室自ら其の家法を條定する者なり。故に公式に依り之れを臣民に公布する者に非ず。而して将来已むを得ざるの必要に由り其の條章を更定することあるも、亦帝國議会の協賛を経るを要せざるなり。蓋し皇室の家法は祖宗に承け、子孫に傳ふ。既に君主の任意に制作する所に非ず。又臣民の敢て干渉する所に非ざるなり。》(《》内は伊藤博文『憲法義解』 岩波文庫 p.127)「皇室典範とは皇室がご自身でその家法を定められたものである。よってこれを臣民に対して公布する必要はない。そして、将来やむをえず改正する必要がある場合には、帝國議会の協賛を経る必要はない。皇室の家法とは祖宗より継承し、子孫に伝えるものである。各々の天皇がご自身でお決めになったものではない。また、臣民がその改正に干渉するのは以ての外である。」 皇室の家法は祖宗より受け継がれたものであり、畏れ多いことながらその時代その時代の天皇がご自身のお考えのみを以って制定されたものではないのである。この点は非常に重要である。 普通に考えるならば、皇室の家法たる皇室典範は、畏れ多くも皇室の家長のお立場にまします天皇が各々、任意にお定めになることを予定するものと言い得るかもしれない。しかし、『皇室典範義解』ははっきりとそれを否定しているのである。これが何故であるかは、後述する。 また、皇室典範が皇室の家法である以上、その改正には臣民が容喙すべきではない。従って、改正手続に於いては帝國議会の協賛を経てはならず、また臣民に対してこれを公布する必要もないのである。 かくして、皇室典範とは大日本帝國憲法と同格またはその上位にある憲法典の一種である。しかしながら、占領典範は占領憲法と同格どころか、その下位にある法律の形式で定められ、あろうことか国会の議決によって改正されるものとされている(占領憲法第2条)。これが如何に不敬極まる異常なことであるか、上記の事柄に鑑みればよくお分かりになると思う。《皇室典範の概要》御告文と皇室典範上諭 ・・・ 皇室典範の基本的な精神、理念が書かれている。第1条 ・・・ 皇位の男系男子継承第2条 ~ 第9条 ・・・ 皇位継承の順番とその変更の場合の規定第10条 ~ 第12条 ・・・ 践祚即位についての規定。天皇が崩御された場合、皇室典範の第2条から第9条の規定により、直ちに儲君が践祚される。第13条 ~ 第18条 ・・・ 皇族が成年となる年齢についての規定や、敬称についての規定第19条 ~ 第29条 ・・・ 摂政を置く場合についての規定や、その順番などについての規定第30条 ~ 第44条 ・・・ 皇族についての一般的な規定。敬称についてや、婚姻について、養子の禁止についてなど。第45条 ~ 第48条 ・・・ 世傳御料や皇室経費についての規定第49条 ~ 第54条 ・・・ 皇族が訴訟に関わられる場合についての規定など第55条 ~ 第61条 ・・・ 皇族会議についての規定など皇族会議とは、皇嗣の変更、摂政の選任、皇室典範の改正などについて決定する機関である。皇族会議は、成年男子の皇族全員と、それに加えて枢密院議長など五名の大臣によって構成される。第62条 ・・・ 皇室典範を改正する手続の規定。皇室典範の改正手続は、皇族会議と枢密顧問の議によって進められ、改正が成立する。帝國議会での 審議と議決は排除されている。(1)皇位の男系男子継承第1条 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ継承ス  第1条のこの条文こそは、皇室典範の柱であり、根幹であるといっても過言ではない。皇位の男系男子継承の法は我が國最高の不文の法の一つである。この条文の意味するところを『皇室典範義解』より引用してみよう。《皇統は男系に限り女系の所出に及ばざるは皇家の定法なり。上代独り女系を取らざるのみならず、神武天皇より崇峻天皇に至るまで三十二世、曾て女帝を立つるの例あらず。是れ以て上代既に不文の常典ありて易ふべからざるの家法を成したることを見るべし。其の後、推古天皇以来皇后皇女即位の例なきに非ざるも、当時の事情を推原するに、一時國に当り幼帝の歳長ずるを待ちて位を伝へたまはむとするの権宜に外ならず。之を要するに、祖宗の常憲に非ず。而して終に後世の模範となすべからざるなり。本條皇位の継承を以て男系の男子に限り、而して又第二十一條に於いて皇后皇女の摂政を掲ぐる者は、蓋し皆先王の遺意を紹述する者にして、苟も新例を創むるに非ざるなり。》(《》内は伊藤博文『憲法義解』(岩波文庫)p.128~129)「皇統は男系に限り、女系を排除するのは「皇家の定法(皇室の不文の法)」である。そして、神武天皇より崇峻天皇に至るまで三十二世にわたり、女性天皇も即位された例はなかった。これは、古代に於いて既に、女系天皇のみならず、女性天皇をも禁じるという不文の法が成立していたとみることができる。 推古天皇以来、女性天皇の即位の例はあるが、これは当時の事情を考えると、幼い儲君の成長するのを待ってこれに皇位を継承させようとする為の便宜的なものに過ぎず、女性天皇の即位を皇位継承についての不文の法とみなすことはできないのである。 従って、この第1条が皇位継承について男系男子の継承を定めるのは、皇祖皇宗より継承した不文の法を明文化したものに過ぎず、新たな制度を創設した(新たに女性天皇を禁じた)のではない。」 畏れ多くも皇統の男系とは、父方の先祖を遡っていくと神武天皇に辿り着くこと、を申し上げる。 畏れ多くも皇位の正統性とは、男系であることを以って正統とするものであり、これ以外にはない。男系男子の皇族方は、皆等しく皇位を相続(継承)される正統性を有しておられる。但し、その即位の順序については第2条以下で定められているので、それに従わねばならない。 つまり、女性天皇は中天皇(なかつすめらみこと)であって、男系男子の儲君が直ちに践祚できない場合に於いて、中継ぎとして仮に即位されたものに過ぎない、というわけである。 女性天皇は、八名十代の方々がいらっしゃった。推古天皇、持統天皇、皇極天皇(重祚して斉明天皇)、元明天皇、元正天皇、孝謙天皇(重祚して称徳天皇)、明正天皇、後桜町天皇、の方々であらせられる。 ここで、井上毅が非常に興味深い事実を指摘していることにお気づきになったであろう。第1条は、これまでの不文の法を成文化したものに過ぎず、つまり、肇國以来、「皇位の継承は男系男子のみで行われてきた」、と、井上毅は指摘しているのである。つまり、井上毅は「継承」と「即位」を完全に区別し、「女性天皇は即位はされてきたが、皇位を継承されることはなかった」と解説しているのである。 これを詳しく理解する為に畏れ多くも取り上げさせて頂くのが、第四十代天武天皇から第四十五代聖武天皇に至るまでの皇位継承の例である。この間、天武天皇、持統天皇(女性)、文武天皇、元明天皇(女性)、元正天皇(女性)、聖武天皇が即位されている。 持統天皇は天武天皇の皇后でいらっしゃった。お二方の間には儲君として皇太子の草壁皇子がいらっしゃったが、早く薨去されてしまう。そこで、皇位を継承されるのは、その皇子でいらっしゃった軽皇子となられたのである。 しかし、軽皇子は未だ幼少であらせられた為、そのご成長を待つ為に祖母に当たられる持統天皇が即位されたのである。そして軽皇子はご成長された後、文武天皇として皇位を継承されたのである。つまり、持統天皇の即位は、文武天皇に皇位を継承して頂く為の中継ぎであられた、ということになる。 端的に申し上げれば、即位は天武天皇 → 持統天皇(女性) → 文武天皇の順になされたのであるが、皇位継承については、天武天皇 → 草壁皇子 → 文武天皇と継承された、といえるのである。草壁皇子は、即位はされなかったものの、皇位を継承された、と申し上げることができる。 さて、文武天皇もまた、お父上同様早く崩御され給うたのであるが、儲君として首(おびと)皇子がいらっしゃった。首皇子もまた幼少であらせられた為、直ちに即位されることはなく、祖母が元明天皇として即位され、更に伯母が元正天皇として即位され、首皇子がご成長された後に聖武天皇として即位されたのである。 かくして、元明天皇と元正天皇は、文武天皇(父)から聖武天皇(子)へと皇位を継承して頂く為、中継ぎとして即位されたのである。 このように見てくると、【即位】 天武天皇 → 持統天皇(女性) → 文武天皇 → 元明天皇(女性) → 元正天皇(女性) → 聖武天皇 【皇位の継承】天武天皇 → 草壁皇子(即位せず) → 文武天皇 → 聖武天皇であると理解できるのである。これこそ、第1条の定める皇位の男系男子継承の意義である。(2)践祚即位について、養子の禁止について、婚姻された皇族女子の臣籍降下について第10条 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ受ク《上古は践祚即ち即位にして両事に非ず。・・・然るに、天智天皇重きを承けて仍皇太子と称え、七年の後に即位の禮を行ひたまへり。是れ践祚と即位の両様の区別を為したるの初なり。本条は皇位の一日も嚝闕すべからざるを示し、・・・・・・神武天皇より舒明天皇に至る迄三十四世、嘗て譲位の事あらず。譲位の例の皇極天皇に始まりしは、蓋し女帝假摂より来る者なり。・・・本条に践祚を以て先帝崩御の後に即ち行はるる者と定めたるは、上代の常典に因り中古以来譲位の慣例を改むる者なり。》(伊藤博文『憲法義解』p.136~137)「元来、践祚とは即ち、即位のことであって、両者は同義であった。しかし、畏れ多くも天智天皇に於かせられては皇位を継承されてなお、皇太子を称されたのであって、七年の後に即位の礼を執り行われた。これこそ、践祚と即位の区別をしたものの始めである。本条は皇位の一日も空からざるを定めたものである。 神武天皇より舒明天皇に至るまで三十四世、譲位の例はなかった。譲位が皇極天皇より始まったのは、思うに女性天皇による中継ぎから来るものである。本条で践祚を以って先帝が崩御された後即時に行われると定めたのは、上代よりの不文の法を再確認し、中代以来の慣例を改めたものである。」 本条は、このように践祚即位を定めたものであるが、儲君が践祚即位されるのは先帝が崩御された場合である、と定めている。即ち、この条文は、いわゆる生前譲位を禁じたものである、と解されるのである。 また、先帝が崩御された時には即時に儲君が践祚される旨を定めており、皇位に空位が起こることを絶対に防止するものである。 第42条 皇族ハ養子ヲ為スコトヲ得ス 皇族は養子を迎えることはできない。 この規定については、歴史上の事実として、天皇が皇族を猶子(養子)とした例があるにもかかわらず、それを無視するものとして奇異に感じられるかもしれない。しかし、それは誤解に基づくものである。 皇室に於いて行われてきた猶子(養子)とは、いわば「親子に準ずるもの」とするのみであって、猶子を以って皇位継承の根拠とした、という事実はないのである。 たとえば、九十一代後宇陀天皇(大覚寺統)は、九十二代伏見天皇(持明院統)を猶子とされている。しかし、伏見天皇はあくまでも持明院統であって、大覚寺統を継いだわけではない。つまり、猶子は皇位を継承する根拠とされなかったのである。 また、後小松上皇は、百一代称光天皇の崩御の後、伏見宮彦仁王を猶子とされ、彦仁王は百二代後花園天皇として践祚即位された。これも、後花園天皇は伏見宮家から入って大統を継がれたものであって、後小松天皇の皇子として皇位を継承されたものではない。 このように、皇位継承は男系男子の皇統たることを以って正統とされたものであって、猶子となったことはいわばそれを補完するが如き機能を有していたに過ぎないものと解釈するのが妥当である。 従って、かかる機能を有する猶子(養子)を以って、皇位継承の根拠とすることは不適切といえるのであって、むしろこれを禁じることこそが皇位継承の法を明徴たらしめることに資するものである。第44条 皇族女子ノ臣籍二嫁シタル者ハ皇族ノ列二在ラス但シ特旨二依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ 皇族の女性が皇族でない方とご結婚された場合は、自動的に臣籍に降下される。これは、いわゆる女性宮家などというものを一切認めない趣旨である。(3)皇族会議について、皇室典範の改正手続について第55条 皇族会議ハ成年以上ノ皇族男子ヲ以テ組織シ内大臣枢密院議長宮内大臣司法大臣大審院長ヲ以テ参列セシム  皇族会議は成年以上の男性皇族で組織され、内大臣、枢密院議長、宮内大臣、司法大臣、大審院長が参列する。 皇族会議には天皇も親臨され、議長をお勤めになる。議長については他の皇族が代行申し上げることができる(第56条)。 皇族会議は、①儲君を変更申し上げる場合の審議(第9条)  ②摂政を置く場合の審議(第19条) ③皇室典範を改正する場合の審議(第62条)、その他皇室に関わる重要な案件などを取り扱う。①~③については、枢密院もまたこれらを審議する。第62条 将来此ノ典範ノ条項ヲ改正シ又ハ増補スヘキノ必要アルニ当テハ皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シテ之ヲ勅定スヘシ 将来この皇室典範を改正しまたは増補すべき必要がある場合は、皇族会議と枢密院の諮詢を経て勅定する。 皇室典範は皇室の家法であるから、臣民がその改正に容喙することがあってはならない。従って、帝國議会の審議はあえて排除されている。これが帝國憲法の改正手続とは異なる点である。 『皇室典範義解』でも、《蓋し皇室の事は皇室自ら之を決定すべくして之を臣民の公議に付すべきに非ざればなり。》(伊藤博文『憲法義解』p.177)としている。なお、ここで、占領典範(皇室典範と称している法律)について、その問題点を掲げておく。《占領典範の問題点》①占領典範はGHQによる占領下に於いて成立したものであり、國家主権を制限されていた時期における皇室典範の廃止並びに占領典範の成立は無効であること。②占領憲法(日本国憲法)第2条に於いて、占領典範は国会の議決したもの(つまり法律に過ぎない)であって、従って国会の多数決のみによって占領典範の規定を如何ようにも変更できてしまうこと。③定められている「皇室会議」は、議員10名で構成され、皇族の議員の定数は2名に過ぎず、議長は内閣総理大臣が務めるなど、凡そ皇室内部の議事を取り扱うに全く相応しからぬ構成となっていること。3、皇室典範の立脚する「保守思想」 皇室典範は皇室の家法であり、臣民による容喙を許さないのは勿論である。 更に、皇室典範は「皇祖皇宗の遺訓」(皇室典範および帝國憲法制定に関する御告文)、「祖宗の遺意」(皇室典範義解)を成文化したものとされている。従って、畏れ多くも皇室の家長であらせられる天皇といえども「皇祖皇宗の遺訓」「祖宗の遺意」に反するものへと改変することは許されない。皇族会議及び枢密院の議決を経ても勿論、許されない。 ではそもそも、ここにいわれる「皇祖皇宗の遺訓」「祖宗の遺意」とは一体、何を意味するのであろうか。 一見するところ、皇祖皇宗とは畏れ多くも神々や歴代天皇など皇室のご先祖の謂であるから、「皇祖皇宗の遺訓」「祖宗の遺意」とは、皇室のご先祖たる神々や歴代天皇の勅の集積であると解釈され得る。 確かに、その通りであるのだが、「皇祖皇宗の遺訓」「祖宗の遺意」とはそれらを含めて、更にもっと範囲が広いのである。 たとえば、皇位の男系男子継承の法は、如何なる勅に於いても明言されたわけではなかったが、歴史的事実に明らかな通り、全て皇位は男系男子を以って継承されてきた。「皇祖皇宗の遺訓」「祖宗の遺意」が勅のみに限定されるのであれば、皇位の男系男子継承が不文の法として遵守されてきたことの説明がつかないこととなる。 皇位の男系男子継承の法は、如何なる勅に於いても言及されていない。誰が決めたわけでもない。しかし、厳然として一度も破られることなく、今に至っている。これは一見、不思議なことである。 ところで、人は必ず過ちを犯すものである。これはどのような英才英雄であろうと程度の差であり、凡人と同じく過ちを犯すことがあるのである。この世に過たぬ者などいない。すなわち、「人の理性には限界がある」のである。 また、我々は、「何が正しいのか」「正しいこととは何なのか」を知ることはできない。たとえば、「なぜ人を殺してはならないのか」について、我々は合理的な回答を出すことはできない。我々の理性というものは、これ程に限界があり、不十分なものである。 そして、これは個々人の理性についてのみ当てはまる話ではない。理性そのものにこのような欠陥があるのなら、それは集団の理性(合議による決定)についても全く同じことが当てはまる。 従って、いわゆる民主主義というものも、それが集団の理性を根拠とするものであることから、信頼するに値しないものということになる。 では、我々は個々人のもの、集団のもの問わず、凡そ理性が十全に信頼できないとすれば、何に従うべきなのだろうか。 我が國は天皇を中心に、数千年の一貫した歴史と伝統を有する世界最古の國家である。  畏れ多くも天皇は皇祖天照大御神の皇子孫として、天壌無窮の神勅・神鏡奉斎の神勅・斎庭の稲穂の神勅等に基づき、我が國を統治されてきた。実に、我が國の神國たる所以であり、かくして、万世一系の天皇が我が國を統治されるという、我が國の國體は今尚不変である。 天皇が我が國を統治されつつ、しかし、その下にあって実際に政務を採る機関は様々に変遷を遂げた。大臣大連の制・摂関制・幕府制・近代議院内閣制へと変遷を遂げてきてはいるが、これらは全て、天皇による統治を前提としてのことである。これらの正当性は、天皇による統治により保障されているに過ぎないのである。 我が國の形成は、更に積み重ねられる歴史と伝統により為されていく。そこには、有名無名の無数の人々の、気の遠くなるような悠遠の営みがある。そして、この今に続く有名無名の無数の人々の悠遠の営みこそが、我が國の秩序を形成し、國家を支え保たせている。 そうであれば、我々は、政治に於いて、國のあり方や行方を決定するような重大事に於いては、これまでに形成されてきた、有名無名の無数の人々の悠遠の営みを無視してはならず、これに従わねばならないといえる。これに従わねば、我が國は最悪な場合は崩壊し滅亡するのである。  我が國の秩序を形成している、有名無名の無数の人々の悠遠の営みは、すなわち、我々がその父祖から相続してきた、道徳や慣習、伝統などの総体であるといえる。これこそが、我々が日本人であること、を形作っているのであり、これこそが我が國の独自性、すなわち國體である。 すなわち、我が國の國體とは、天皇を中心とする、我々の父祖から相続した道徳や慣習、伝統などの総体である、と定義できるのである。 ここに、凡そ政治とは、天皇を中心とする、我々の父祖から相続した道徳や慣習、伝統などの総体、すなわち國體に反しては行い得ない、といえる。 國體に関することについては、我々の脆弱な理性は及ばず、これを尊重して決して変更(破壊)してはならない、ということなのだ。幾世代にもわたり、数百年、数千年の年月を経てきた道徳や慣習、伝統などは、それだけ多くの年月を経て試されてきた故に正しい、ということでもある。  我々は、「何が正しいのか」を絶対的に把握することはできない。我々の理性は脆弱だからである。しかし、数百年、数千年と続いてきた道徳や慣習、伝統などは、それ故にその正しさが証明されているといえる。我々は経験上、己が万能の存在ではない、正しいこともすれば過ちも犯す存在だと知り抜いているのだ。故に我々は、父祖から相続した経験である、道徳や慣習、伝統などを尊重するのである。 従って、皇室に関わる事柄、就中皇位の継承に関わる事柄という國體の根幹についての事柄については、我々が父祖より相続した道徳や慣習、伝統などの不文の法に依らねばならない。すなわち、父祖より蓄積されてきた無数の経験の集積に依らねばならないのである。これらについては、臣民が容喙して改変することが許されないのは勿論、畏れ多くも申し上げるならば、天皇や皇族方といえどもこれを改変することは許されない、ということになるのである。 そして、天皇を中心とする、我々の父祖から相続した道徳や慣習、伝統などの総体こそが、我々日本人の本来の憲法である。我々日本人の憲法とは、本来の形式は不文なのである。この不文の憲法はその一部が、明治時代に於いて大日本帝國憲法として成文化されたのであるが、更に皇室に関わる事柄については特別に、皇室典範として成文化されたのである。 よって、皇室典範は皇室の家法であり、畏れ多くも申し上げるならば天皇や皇族方といえども、「皇祖皇宗の遺訓」「祖宗の遺意」(皇位の男系男子継承などの、父祖より相続した不文の法)に反する改正を為すことはできない、ということになるのである。 これは江戸時代迄の我々日本人が無意識の内に共有していた法観念であるが、井上毅はこれを、皇室典範と大日本帝國憲法という近代的法典に於いて再確認し、我々に対して、子々孫々、これを守り抜けと諭しているのである。 現代の混迷する我が國に於いて、我々の父祖が知っていた「理性の脆弱さ」「父祖より受け継いだ経験(不文の法)を遵守すること」に回帰することこそ、我が國が真の意味で再生する為に不可欠なものである。                                      (了)*第42条の養子の禁止の規定の解説については、筑波大学名誉教授・中川八洋先生の著書を参考にさせて頂きました。

      5
      テーマ:
  • 14 Sep
    • 動画『偏向を正す これが正しい公民授業だ!』の目次を作りました

      ランキングに参加しています。何卒クリックをよろしくお願い致します。政治 ブログランキングへ先日公開された動画『偏向を正す これが正しい公民授業だ!』の目次を作りました。YouTubeサイトのコメント欄に投稿しています。YouTubeサイトから動画をご覧になり、コメント欄の目次の各項目の冒頭にあるタイムをクリックして下さい。そうすると、各項目の解説箇所に飛びます。お忙しくて動画の全てをご覧になれない方、ご興味のある箇所だけを探してご覧になりたい方はご利用ください。なお、スマホ版のYouTubeサイトでは恐らくうまく機能していないようです。パソコン版のYouTubeサイトでご利用ください。ご参考までに、以下に目次を掲げておきます。但し、こちらのタイムをクリックしてもリンク先には飛びません。パソコン版のYouTubeサイトでご利用ください。ーーーーーーー【前半】0:02:26 講師自己紹介0:06:24 本日の勉強会の趣旨0:17:12 第一部導入 ルソー思想について0:21:29 ルソー思想は左翼思想0:22:19 左翼思想とは理性万能思想のことである0:24:31 多数決を絶対視することの危険性0:27:48 フランス革命は左翼革命だった0:34:52 理性万能思想の系譜0:36:27 西欧ルネサンスのユートピア小説に描かれた全体主義0:40:00 理性万能思想の元祖デカルト0:41:22 ジャン・ボダンの「主権論」0:48:10 占領憲法(日本国憲法)は国民主権に立脚する0:49:11 トマス・ホッブズの「君主主権」0:53:00 ホッブズの思想への批判0:54:29 ジョン・ロックの「国民主権」とそれへの批判【後半】0:59:06 ジャン・ジャック・ルソーの思想 総論1:03:55 「支配者」が「搾取」するというルソーの世界観1:06:35 「富者=搾取する者(悪)」「貧者=搾取される者(善)」論の元祖であるルソー1:11:30 自由とは「不平等」のことである1:12:42 社会契約とは何か1:14:43 一般意志とは何か1:16:23 一般意志を決定するのは誰か1:18:00 ルソーの「人民主権」とは、「一般意志を理解できる者(たち)」が主権を有する全体主義に他ならない1:21:04 ルソーの駆使した洗脳技法 「隷属こそが自由である」のカラクリとは1:24:56 英米保守思想 導入1:29:39 英米保守思想の土台となる考え方 「理性には限界がある」1:32:52 「人を殺すのはなぜ悪いことなのか?」という命題への正しい答え1:37:43 「基本的人権」は「自由」を奪う1:44:50 「臣民の自由」こそが正しい自由1:45:18 憲法とは何か1:47:56 「法(Law)」と「法律(Legislation)」の違い 「法」は「法律」の上位にある1:51:06 自由とは不平等のことである1:52:21 「平等」は人の嫉妬心を煽る1:54:28 「金持ちが貧しい人々を搾取している」という捉え方は嘘であり、妄想に過ぎない【質疑応答コーナー】2:00:37 「自由」はいかにして保障されるのか2:05:21 自由と人間の尊厳2:08:32 性善説と性悪説2:12:58 占領憲法について2:17:00 占領憲法は無効である

      13
      テーマ:
  • 09 Sep
    • テキストの作成に追われています(笑)

      ランキングに参加しています。何卒クリックをよろしくお願い致します。政治 ブログランキングへ皆様にお詫び申し上げねばならないのですが、『憲法学概説』『皇室典範講義』『ルソー社会契約論を読む』のシリーズの連載が中断しております。私自身の多忙に加え、大阪市での勉強会(8月30日)、そして来たる東京都での勉強会(9月27日)があり、これら勉強会のテキスト作成にかかっております為です。ブログのシリーズの更新を楽しみにして下さっている皆様には大変恐れ入りますが、シリーズ再開まで暫くお待ち下さいますよう、お願い申し上げますとともに、今後とも拙ブログを何卒宜しくお願い申し上げます。

      3
      テーマ:
  • 08 Sep
    • 9/27(日)ジャパンライジング・日本の心を学ぶ会共催「大日本帝國憲法勉強会スペシャル」を開催!

      ランキングに参加しています。何卒クリックをよろしくお願い致します。政治 ブログランキングへもはや恒例となりましたジャパンライジング・大日本帝國憲法勉強会。今回は、「日本の心を学ぶ会」様との共催となります。私からは、「皇室典範と保守思想」をテーマにお話をさせて頂きます。必ず、皆様にとって得るものの多い、有意義なものとすべく熱く語らせて頂きますので、何卒ご期待下さい!皆様、奮ってご参加下さい。以下、ジャパンライジングさんのウェブサイトから。ーーーーーーージャパンライジング、日本の心を学ぶ会 コラボ企画大日本帝国憲法勉強会スペシャル9月27日(日)17時30分~文京区男女平等センター(会場の名称はアレですが勘弁してください!)資料代 1,000円申し込みはメールにて。mail@japanrising.com講師村田春樹(日本乗っ取りはまず地方から!恐るべき自治基本条例!著者)山岸崇(保守思想研究家)渡邊昇(日本の心を学ぶ会)皆さんこんにちは。あっという間に八月も終わり九月です。秋と言えば勉強の秋!食欲の秋なんて言ってるのは誰だ?今回はジャパンライジングの勉強会初となるコラボ企画。日本の心を学ぶ会との共同開催となります。我々の勉強会では必ずキーワードとなる「國體」という言葉。これは国のあり方、伝統、道徳、慣習などのご先祖様から受け継いだものの総称ですが、我々の生き方や考え方を現すものです。言い換えれば、「日本の心」とも言えます。ですから日本の心を学ぶ会の趣旨と違うところは何もない。これは必然的な企画となりました。ジャパンライジングと日本の心を学ぶ会がどの様な化学反応を見せるのか?「國體」や「日本の心」を学ぶことは愛国・保守活動をされている皆さんには即効性のあるものではないかもしれません。しかし、我々がこれらを強固に持たなければこの国から日本らしさが消えていくのです。国防を固めようが、不逞外人を日本から追い出そうが日本らしさは消えていきます。皇室を中心とした國體と日本の心を守ることは外敵を駆逐した後にこそ真価が問われるものだと確信しています。現在の日本が静かな戦争の真っ只中であるとすれば、我々の勉強会は戦後の未来に関することだとも言えるでしょう。ここまで読んでピンときた人も、ピンとこない人も難しいことなど考えないで勉強会にいらっしゃい。楽しい勉強会になることを約束しましょう。待ってるぜ。メタル兄弟

      5
      テーマ:
  • 07 Sep
    • 8月30日(日)大阪市での勉強会『これが正しい公民授業だ』の動画が完成しました

      ランキングに参加しています。何卒クリックをよろしくお願い致します。政治 ブログランキングへ8月30日(日)大阪市での勉強会『これが正しい公民授業だ』の動画が完成しました。動画を編集し、アップして下さった方には、大変感謝申し上げます。いつも有難うございます。内容は、第一部:左翼思想(理性万能思想)を解体する    第二部:英米保守思想を学ぶ   です。前半の第一部は、プラトンに始まる全体主義の系譜、西欧ルネサンス時代のユートピア思想、ジャン・ボダンによる「主権」概念の始まり、そしてルネ・デカルトからトマス・ホッブズ、ジョン・ロック、ジャン・ジャック・ルソーに至る左翼思想(理性万能思想)についてお話しました。特に、ルソー思想こそはマルクス・レーニン主義(社会主義・共産主義)の淵源であるとし、一般意志・人民主権・平等主義などのルソー思想の意義を明確にした上でこれを批判しました。後半の第二部は、英米に於ける本流の政治・憲法思想であるエドワード・コークやマシュー・ヘイル、アレクサンダー・ハミルトンらの英米保守思想の系譜を学び、フランス革命を批判した英米保守思想の父、エドマンド・バークの思想を理解して頂くことを主眼に解説をしました。長い動画ですが、非常に為になるものとなったのではないかと自負する次第であります。ぜひ、ご覧になって下さい。

      4
      テーマ:
  • 01 Sep
    • 憲法・保守思想勉強会(平成27年8月30日)テキストを公開します(後半)

      ランキングに参加しています。何卒クリックをよろしくお願い致します。政治 ブログランキングへ昨日に引き続き、8月30日に実施しました勉強会のテキストを公開致します。なお、末尾に全体の注を掲げています。また、テキストの全部をpdfにしていますので、ダウンロードしてご覧になることもできます。→ 8月30日勉強会テキストpdfーーーーーーー【第二部 英米保守思想を知る】 1、日本人から隠されてきた英米保守思想 英米保守思想は、文字通り、英米に於ける保守政治思想であり、憲法思想である。そして、非常に奇妙なことに、多くの日本人が全く知ることのなかった思想である。一体なぜだろうか。 その理由を語るにはまた多くの時間が必要であるから、別の機会にしたいが、英米保守思想が知られなかった、ということは厳然たる事実である。英米保守思想の父といわれ、そのバイブルといわれる『フランス革命の省察』を著した英国の下院議員であり思想家、エドマンド・バークの名は学校で教えられることはまずない。 また、「主権論」の対極の思想である「法の支配(Rule of Law)」を確立し、「国王といえども法の下にある」とフランス流主権論を排撃して英国臣民の自由を守った17世紀の法曹にして下院議員であるエドワード・コークの名はほとんど教えられていない。 我々が憲法典その他に於いて西欧近代の法体系を採用するにあたって、倣わねばならないのはルソーの人民主権ではなく、英米保守思想である。2、理性の限界 さて、そもそも、我々の理性は脆弱であって、その力には限界がある。これは、我々が日々過ちを犯す存在であることから容易に理解できるだろう。どんな英雄や英才でも、必ず誤ることはあるのであって、程度の問題こそあれ、理性は完全なものではない。 従って、我々の些細な日常生活に於ける事柄や、政治に関するものであっても國のあり方を左右し変更するような重大な事柄でない限りは、理性のみに従った判断も問題はないだろう。しかし、國のあり方を左右し変更するような重大な事柄については、我々は、理性のみに従った判断をしては、大変な過ちを犯すのである。 では、このような場合は我々は何に従うべきなのか。 数百年、数千年という長い年月にわたって経験され、積み重ねられてきた事柄は、そのような長い年月を経て試され、それによって秩序が保たれてきたということ自体で、人の理性による判断よりは信頼性があり、従って正統性を有する。 これは、道徳や慣習などがなぜ正しいものとされているのか、という命題にも当てはまることである。「人を殺すのはなぜ悪なのか?」という問いかけに対して、合理的な(理性に合致する)答えを出すことはできない、といえよう。しかし、これについては、「人を殺すのが悪いのは、それが数千年にわたって守られてきた法だから」と答えればいいのである。理性に合致した答えなど無意味である。数百年、数千年にわたって守られてきた道徳や慣習は、それが長く続いてきたということ自体がその正しさを証明している。 英米保守思想は、このような「理性に対する警戒」「理性の脆弱さ」を前提とした経験論を元に成り立っている。そしてこの発想は、我々日本人もまた古来から有していた発想であり、現代もなお無意識のうちに行うことがあるのである。 我々が法体系に於いて近代西欧法体系を導入せざるを得ない限りに於いて、基底とすべきはルソーらの思想ではなく、英米保守思想であることが理解できよう。 さて、今回は憲法学に於いて最も保障されるべきものとしてその基調をなす、「自由」の概念に絞って英米保守思想について解説する。3、「自由」の敵、それは「平等」である(1)基本的人権は自由を奪う 現代の我が國に於ける一般的な憲法学に於いては、「自由」は「基本的人権」によって保障されるものとして理解されている。そして、「平等」もまたこのような「基本的人権」の一つとされている。 基本的人権とは何か。それは、「人間」が生れながらにして有し、または有することを国家に対して要求できる諸々の権利のことである。占領憲法(日本国憲法)に列挙されている諸々の諸規定を想起すれば、それは頷くことができよう。 しかし、ここで批判を提起したい。果たして、「基本的人権」で「自由」を守ることはできるのか、と。現代の我が國における一般的な憲法学に於いては、基本的人権と自由は完全に混同されているので、出てくることのない批判である。 「自由」とは、一般的には、政府から干渉されることなく、各自が思考し行動することができること、を意味する。では、このような自由が保障されるには、どのような前提条件が必要なのだろう。 凡そ、人はただ「人間」としてのみこの世に生れてくるのではない。どこかの国の国民として生を受ける。その国には歴史があり、伝統があり、道徳や慣習がある。我が國に至っては、皇室を戴き、数千年の長きにわたる歴史と父祖より相続してきた道徳や慣習を有する世界最古の由緒正しい伝統國家である。  我々日本人であれば、日本人たる血統を親から相続した上で、それに加えて父祖より相続してきた道徳や慣習などの下に人となるのである。つまり、日本人となるのである。「基本的人権」が予定しているような、何人でもない、ただ人間として生まれただけで有するような「権利」など、実は架空の妄想的な産物なのだ。 現実的に考えてもそうであろう。我々が現在、享有している自由というものは、様々なしがらみや父祖よりの道徳や慣習などが存在する中で発生している。しがらみや道徳や慣習などは義務を発生させるが、それは転じて相互に自由を保障させる機能を有してもいる。 ここで、「基本的人権」に於いて一般に理解されているように、自由の保障を政府に要求して保障させるようになったら、どのような問題が生じるだろうか。たとえば、政府が国民の表現の自由を保障する為に常に介入を行うようになったらどうであろうか。これは政府の力の強大化を意味する。強大な力を持つようになった政府は、自由を保障すると称して国民に更に介入を深めるだろう。 かくして、政府に対して「自由を保障せよ」と求めることは、逆に自由が奪われる結果を招くのだ。 (2)基本的人権ではなく、「臣民の自由」を 臣民とは、君主国の民である。我々日本人もまた、世界最古の立憲君主國の民として臣民と称されるべきである。 臣民の自由とは、従って、我々が日本人として生まれたことによる、父祖より相続してきた、天皇を中心とする道徳や慣習、伝統などの下に保障される自由のことである。これこそが正しい自由であり、我々自身を守り、ひいては國をも守ってくれる真の「自由」である。 エドマンド・バークは『フランス革命の省察』で、自由について以下のように述べている。「我々の自由を主張し要求するに当って、それを、祖先から発して我々に至り、更には子孫にまで伝えられるべき限嗣相続財産とすること、また、この王国の民衆にだけ特別に帰属する財産として、何にせよそれ以外のより一般的権利や先行の権利などとは決して結びつけないこと、これこそ、マグナ・カルタに始まって権利宣言に及ぶ我が憲法の不易の方針であった」(注13)「権利請願と呼ばれる・・・法律の中で、議会は、王に対して、「陛下の臣民はこの自由を相続してきた」旨奏上しています。彼らは自らの諸特権を、抽象的原理に立った「人間の権利として」ではなくイギリス人の権利として、また彼らの祖先より発する家産として要求したのです。」(注14) かくして、バークはホッブズらに始まる自然権思想に基づく基本的人権ではなく、長年にわたって相続され、または経験されてきたことそれ自体に「自由」の保障を求め、それを臣民の自由として憲法理論とすることに成功したのである。 そして、バークのいう、祖先から相続した道徳や慣習の下の自由、の「祖先から相続した道徳や慣習」のことを「法(Law)」と呼び、これは議会が制定する「法律(Legislation)」とは峻別される。法律は法に違反してはならず、法に反する法律は無効である。また、法に反する国王の命令も無効である。 これこそは、バークより以前にエドワード・コークが「法の支配(アメリカ合衆国に於いては『立憲主義』」として確立した憲法理論である。しかし、現在の我が國の憲法学に於いては、「法の支配」「立憲主義」は全く違った意味にすり替えられている。(3)「法の下の自由」 さて、このような正しい意味の自由を、「法の下の自由」と呼ぶことにしよう。つまり、父祖より相続した道徳や慣習、伝統などに於いて保障される自由のことである。 自由とは己の才能や能力をフルに発揮して競争することでもある。人にはそれぞれの特性や才能があるから、自由に競争すれば、必然的に格差が生じる。貧富の差が当然生じる。貧富の差は搾取の結果だというのはルソーによるデマであって、それどころか自由な社会であることの証拠である。 かくして、人はその才能や相続した財産などのゆえに、生まれながらに不平等である。「人間は生まれながらに平等である」というのもまた、ルソーの妄想であることはこのように、実際の社会を見れば明らかなことである。「平等」というのは、架空の産物でしかない。 平等とは、「人間は自然状態に於いては平等だった、しかし、支配者たちが我々から富を収奪し、不平等が生まれた」というルソーの革命のプロパガンダの為にでっち上げられた危険な思想でしかない。「平等」という考え方は、人の嫉妬心を煽る機能を有している。人間は平等のはずなのに、あいつは金持ちだ、幸せそうだ、許せない、などと思っているところに、ルソーは「それはあいつらが君から奪ったからだ。彼を滅ぼすのは正しいことだ」と囁くのである。 平等とは、憲法理論などではない。それは学校で教えてはならない思想でさえあるのだ。人は生まれながらに不平等だ、が事実であるのに、平等という毒は、それを転倒させ、人を嫉妬心で狂わせ、ひいては國を破壊する。(4)「法の支配」は「主権論」を全否定し排撃する かくして、法の支配(立憲主義)とは、国王の命令や議会の制定する法律などの全てが「法」すなわち父祖より相続した道徳や慣習、伝統などの下にあり、これに反するものは無効である、とする憲法理論である。 従って、「主権論」の如き、最高にして絶対かつ無制限の政治的権力というものを認めることは、「法の支配」とは全く相いれないし、完全に矛盾する。ホッブズの君主主権、ロックの国民主権、ルソーの人民主権の全ては、「法の支配」とは矛盾するのである。「主権」とは有害な概念であり、憲法理論とはいえない。「平等」と同じく、憲法学から追放すべき概念である。 付言すると、主権とは、①「日本國の主権は北方領土から沖縄に及ぶ」という例で用いられる場合がある。この①の意味の「主権」は統治権のことである。統治権とは、行政権・立法権・司法権の総称である。 統治権は法の支配に服するものであり、法の支配とは全く矛盾せず両立するから、この①の意味の主権は正しい。しかし、紛らわしいので主権とは呼ばず、「統治権」と呼ぶべきだろう。 また、②「我が國はサンフランシスコ講和条約により主権を回復した」という言い方の例がある。これは、「独立を回復した」という意味である。これは「独立性」という意味なのだから、②も正しい。しかし、これも紛らわしいので「独立性」といえば良いだろう。 かくして、「主権」という言葉はもはや、憲法学に於いては用いるべきではないといえる。 【注】(1)中川八洋『正統の哲学 異端の思想』(徳間書店)p.31(2)中川八洋『正統の哲学 異端の思想』(徳間書店)p.228(3)トマス・ホッブズ『リヴァイアサン」第1巻(岩波文庫)p.37(4)トマス・ホッブズ『哲学者と法学徒との対話』(岩波文庫)p.45(5)ジョン・ロック『市民政府論』(岩波文庫)p.101(6)中川八洋『正統の哲学 異端の思想』(徳間書店)p.90(7)ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』(岩波文庫)p.30(8)ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』(岩波文庫)p.31(9)ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』(岩波文庫)p.46(10)ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』(岩波文庫)p.47(11)ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』(岩波文庫)p.48(12)ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』(岩波文庫)p.46(13)エドマンド・バーク『フランス革命の省察』(みすず書房)p.43(14)エドマンド・バーク『フランス革命の省察』(みすず書房)p.42

      6
      テーマ:

プロフィール

山岸 崇

性別:
男性
自己紹介:
保守とは國體を守ることです。保守思想に基づく憲法学の勉強会の講師をしています。 東京都でのジャ...

続きを見る >

読者になる

AD

カレンダー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。