SANTA FE

(聖なる信仰)

 

街の正式名称は

La Villa Real de la Santa Fé de San Francisco de Asís

(アッシジのフランチェスコの聖なる信仰に忠実な王都)

 

この地域での

インディアンの歴史は古く

紀元前1万年頃からと

言われている

 

農業が始まったのは

5世紀頃からだそうで

11世紀には

プエブロインディアンが

定住していたという

 

 

サンタフェ郊外の景観

 

 

町はアメリカ建国以前の

1607年に創設され

現存するアメリカの町としては

2番目に古いそうだ

 

 

市内の建築外観は

アドべ風に統一され

街全体独特な景観が保たれている

 

その街並みの美しさから

サンタフェは ”アメリカの宝石”と

呼ばれている

 

 

アドベスタイル建築

 

 

1991年

 

サンタフェが

日本で一躍有名になった

 

火付け役は

篠山紀信氏撮影の

 

宮沢りえ

ヌード写真集

 

155万部のベストセラー

 

芸能人写真集として

この記録は未だに塗り替えられていないそう・・・

 

 

現在はアーチストの多く住む

街でもあり

アートギャラリー数は

300軒近い

(人口8万5千人程)

 

美術品取引量は 

パリ、ニューヨークに次いで世界第3位と言う

 

 

ギャラリーが集うキャニオンロード

 

 

 

 

 

 

 

一般家屋のドア

 

 

 

 

奇しくも”アメリカの宝石”と呼ばれるサンタフェの

近郊に”アメリカの至宝”と称される

ロスアラモス研究所がある

(第二次世界大戦中の1943年、原子爆弾の開発を目的とする

マンハッタン計画の遂行のために設立された研究所)

 

 

街の土産店の中にあるドアのそばにこんなサインがあった

 

 

 

当時極秘で進められていた”Yプロジェクト”の研究者たちは

この土産店の中にあるドアを通過し

ロスアラモス研究所に向かっていたと言う

 

広島・長崎に投下された原爆(リトルボーイ・ファットマン)も

ここで製造されていた

 

原爆投下から46年後(1991年)

”アメリカの至宝”の研究所に程近い

”アメリカの宝石”と呼ばれるサンタフェの街で

撮影されたヌード写真集が

日本で社会的現象になろうとは

誰が想像しただろう

 

歴史で国と国を繋げば

世界は一つになる

 

国同士が争う事に

なんの意義も利益もない事を

人間はいつ学ぶのだろう・・・

 

 

 

<追記>

 

今回は ”伝える” と言う報道の原点を

いつも以上に意識しながら記事を書いてみました

 

きっかけは海外広報さんのブログの中で

長年新聞記者としてご活躍されていた荒川さんの

記事が紹介(リブログ)されていた事から

 

彼の記事の中で文章(ブログ記事)を書くコツが

わかりやすく簡潔にまとめられています

 

文字の大小はしない

色を変えない

文章は左揃え

飾り文字・マークをつけない

 

極力忠実に従い書いてみました

 

絵文字などの装飾品で誤魔化せず

活字だけが頼りです

記事内容で勝負です

 

想えば

僕が以前雑誌記者(教育関係)をしていた頃は

絵文字など一切ありませんでした

 

当然の事ですが

採用されるかどうかは記事内容次第です

 

書いてナンボの世界ですから

要らないものは削ぎ落とし

事実を正確に伝え、かつ読者が雑誌を手にとって

読みたくなるようなトピックを

提供しなければ収入に直結しません

 

今回の記事を書くにあたり

感動を文字で表現せず

安易な装飾品に頼っていた自分に

気付かされました

 

 

 

同時にここがブログという性質上、

娯楽性や遊び心も大切な事だと感じています

 

アメブロさんは我々投稿者が楽しく記事をかけるツールを

たくさん提供してくださっています

それを利用しない手はありません

 

うどん作りを出汁と麺の質だけで勝負するか

または

トッピングも含めたうどん作りを楽しむか・・・

 

どこに基準を置くかは書き手・読者の個人の

好みだと思います

 

ただ記事内容で勝負!

その基本は忘れてはならないと

再認識させられました

 

ありがとうございます

 

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