旅立ちの日

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2005年7月1日は金曜日。そして今日も7月1日金曜日。

 

NSPの天野滋さんが天国へ旅立った日から2度目のカレンダーが同じ年。

 

5年前の2011年もカレンダーが同じ年でした。カレンダーが同じだと、その年の記憶をなぞりやすいから蘇るんですよね。

 

7月1日の旅立ちはファンは後から知ったので、この日はごく普通の月初めの金曜日。わたしは当時まだあったフォーラムよこはまで雑談倶楽部開催のため、交流ラウンジにいました。ラウンジの窓からみなとみらいの観覧車を眺めていたのを覚えています。そんなに前の出来事になっちゃうのね。このトシになると10年前どころか20年前、30年前も記憶や思い出があるんだから(^^ゞ

 

ファンがその旅立ちを知ったのは4日の月曜お昼。そしてその週末だったかな、時間割に集まったのは。記憶が次々と蘇ります。

 

あれからもう二けたの歳月がたったなんてねぇ。みんな元気ですよ。

 

 

 

 

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母のマンゴー

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マンゴーを店先でみかけたり、いただいて食したりすることがあったとき、母は「これはマンゴーじゃないのよね~、違うのよね」と常々云っていました。

 

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そう云われましても、わたしがマンゴーと認識しているのはアップルマンゴーだし、他にマンゴーの種類があるのも知らないので母の云う事がぴんと来ませんでした。

 

今回滞在させていただいたMさんのお宅でマンゴーがでてきたとき、一番喜んだのは母でした。

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「これよ、これこれ!」外は緑色でまだ熟れていないように見えますが、中はジューシー。アップルマンゴーよりも少々青臭いというか、ちょっとえぐみを感じますがそれは不快な味ではありません。種をしごいて繊維の部分をいつまでもしゃぶっていた、と子供の頃を懐かしむ母。

 

「やっとわかったでしょ」ものすごいドヤ顔(笑)はい、わかりました。『これはマンゴーじゃない』と云われたときは何を云っているのかわかりませんでしたが、要するに「子供の頃に食べたマンゴーとは違う」という意味だったのですね。おそらくこのマンゴーを食べたときには母の脳裏には子供の頃の景色がぱーっと蘇ったに違いないです。台湾を訪れることがあったらぜひこの青いマンゴー、召し上がってみてください。

 

『百聞は一見にしかず』を実感しまくりの今回の旅です。つくづく妹と行くことができてよかったなぁと思います。

 

 

頼もしい

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母と妹と親子3人で旅をする、というのは、たぶん今回の旅が初めてだと思います。我が家は親戚が遠方なので、『旅=親戚の家に行く』でした。なので今回の親子旅、とても楽しみでした。

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妹と母は妹の家族と海外に行ったりしたこともあったり、母もお友達と旅行したりして旅慣れています。わたしが一番旅慣れていないなぁと実感。勝手がわからずおたおたしていました(^^ゞ

 

LINEも駆使して、「これも〇〇に教わったのよ」と云いつつてきぱきと交換したり、荷物のパッキングもちゃっちゃとやるし。

 

妹とは5歳違い。でも大人になってからはその5歳の差は人生経験で埋まってしまいますね~。娘が4人ということで、子育てピークのときは大変だったでしょうけれど、今はその娘達が助けてくれるし。いいことも4倍だしいいね。台湾で知り合った皆様の第一印象はわたしが妹と思ったかも(^^ゞ自分については我ながら情けないと思うことばかりでした。まだまだだなぁ。

 

頼もしい妹が母のそばに住んでいるということはありがたいことだなぁと思います。

 

今回も写真を撮りながら「大人になってからツーショットの写真撮るなんて初めてかもね~」なんて笑い合っておりました。

 

これをきっかけに家族旅行、増やそうよ(^^)v 国内旅行もしようしよう(^^)v

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富士山

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一昨日旅行先から戻って、そのまま実家に泊まり、昨日の朝一番の新幹線で帰ってきました。

朝一なのでまだすいていて、最初は3人掛けのところに座っていたのですが、駅到着直前に二人掛けの席があいたので移動(^^)v窓際をGETできました。

 

そうするとやはり撮りたくなるのが富士山です。

 

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肉眼だともう少し手前に見えます。やはり雪はもうないですね当たり前だけど(笑)

 

旅先で、妹の知り合いのツアーガイドをしている台湾のかたが逢いにいらしたときに富士山の話になり、イメージは山頂付近が白い富士山のようで、今は雪がないというと「え?」と云ってらしたのが印象的でした。

 

今回の旅で知り合い、LINEで繋がった皆様にも「新幹線からみた今朝の富士山です」と送ると喜んでいただけたようです(^^) 翻訳された英文を見て、なるほどそうなるのか、と勉強になります。

 

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珍道中終了

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なんとか無事に(でもないか(^^ゞ)親子旅終了し、今朝横浜に戻り日常が復活しました。

 

振り返るとあっという間の4日間でした。この4日間の記憶が脳からぱかっとはずれて保存できたらいいのにと思うくらい、濃い4日間となりました。

 

母は日本統治下の台湾で生まれ、13歳まで台湾で暮らしていました。当時祖父と伯父は教師をしておりました。その頃の教え子の皆様が、いまだに伯父に恩義を感じてくださっており、伯父の妹である母にも同じように恩義に感じてくださっていたのです。

何度かご招待いただき、母が訪れていた台湾に、今回妹と一緒に親子3人でうかがうことになったのです。

 実は3年前にもそんな話が持ち上がっていたのですがお互いの都合があわず、立ち消えになっていたのです。そのとき実現していれば、母の膝も今よりはまだましだったのにと思うのですが、今回行くことができて本当によかったと思います。

 

伯父の教え子の(といっても皆様80代)Rさん、Sさん、Yさん、とってもお世話になりました。なかでもRさんは家族ぐるみで歓迎してくださり、Rさんの息子さんの(といっても50代)Mさんのご自宅に泊めていただいたり、その翌日はお仕事のMさん以外の家族7人、わたし達を入れて10人の大所帯で食卓を囲んだり。大変お世話になりました。連日連夜の歓迎の宴で胃は嬉しい悲鳴をあげておりました(^^ゞ

 

お父様のRさんの影響で日本びいきのMさんは日本語ペラペラ、しかも語彙がとても豊富でわたし達のほうがたじたじとなるくらいでした。次々といろいろな日本語がでてきて連想ゲームかというくらい盛り上がり、頭の中フル回転、日本語のニュアンスを説明するのに苦労しましたが、改めて日本語について考えさせられたひとときでもありました。

 

翌日は伯母が勤めていた市役所や伯父が勤務していた小学校、そしてその当時住んでいた職員官舎(70余年を経てもまだ残っていることが奇跡でした)を訪れて、まさに母版『台湾人生』な時間となりました。妹が姪の勧めでデジカメを持ってきていたのでビデオ機能を駆使して動画も撮りました。帰りの飛行機の中で見せたらたいそう喜んで、妹と「親孝行できたかなぁ」なんて話し合っておりました。

 

母とRさん達、そしてわたし達とRさんのお子さん達、さらにお子さんのお子さん達(つまりRさんのお孫さん)の3世代にわたる交流が生まれた今回の旅でした。2世代目のわたし達はLINE世代。妹がてきぱきとLINEのアドレスを3世代目のJ君と交換、Rさんの娘さんふたりともつながって、画面に英語や中国語が飛び交うようになりました。LINEの翻訳機能のおかげで相手の云うこともこちらの云いたいこともおおむね伝わるので助かります。

 

英語、中国語、日本語と3か国語を駆使する皆様に対して日本語以外ほんのちょっぴり理解できる英語しかないというのが情けないな~。あれだけ皆様が日本語で話しかけてくださるのだから、こちらとしても今度台湾を訪れるときは少しは中国語が理解できるようになっていたいものです。でもどうして諸外国の皆様は日本語を理解し駆使することができるのでしょう。

 

今までもさんざん母に台湾の話は聞いていたのですが、やはりどこか話半分に聞いていた部分があったなと反省。『百聞は一見にしかず』とはよくいったものです。母がわたし達を台湾の皆様に逢わせたいと願っていた気持ちがよくわかりました。

 

実はこの台湾訪問がわたしの初めての海外旅行でした。初めての海外が台湾でよかった!と心から思います。(旅を終えてとりあえず荷物の整理にと訪れた実家で今後一生云われるであろう大失敗をしでかさなければカンペキだったのに(^^ゞ)

 

滞在中航空会社のストライキが発生、一日出発が遅かったら飛行機飛ばないところでした。帰りはどうなることかとひやひやしました。