ブログネタ:花見や花火大会の自粛、どう思う?
参加中今、東京都心では桜が満開の見頃を迎えています。例年ならお花見シーズン真っ只中というところです。
わたしの営業エリアの中央区でも、公園や学校、隅田川沿いなどにある桜が咲き乱れ、小さいですけどちょっとした桜並木なども配達中に目にします。
今年は、自粛ムードがあるためか、昨夜あたりも公園の夜桜の下でサラリーマン、OLさんがひっそり静かにお花見をしていました。
お花見は自粛すべきかどうかの前に、わたし個人の意見を2、3書いてみたいと思います。
まずは、自粛すべきかどうかという議論(?)が出ること自体に、逆に平常を取り戻してきているのかなと率直に感じました。
例年なら、ふだんどおり何の躊躇もなくみなさんお花見を楽しんでいたでしょう。逆に、震災直後でしたら、どうしようかという議論も起こらず迷わず自粛でしょう。仮に「自粛しないでいいよ」と言われても、そんな気分になれなかったとものと思います。
つまり、今はどっちも一理ありということは、例年どおりではないけど、それだけの余裕は出てきたということでしょう。
そして、もうひとつ、「自粛」についてです。
自粛が必要かどうかというより、自粛というのは大前提として、誰かから自粛をしなさいとか、自粛すべきというものでは本来ないはずです。
その時点で「自粛」ではなく、こんな言葉ありませんが「他粛」ですよね。自粛というのは、あくまでも自分の意志で自ら進んで行動を慎むからこそ意味があるわけです。
人から言われたから、世の中が何となくそんな風潮だから、ほんとはやりたいけど仕方なく見送るというのでは、真の意味での自粛とは言えません。
それは単なる世間体や体裁であって、そこに被災地の方々を思いやってという一番大切な部分が抜け落ちているカタチだけの自粛にすぎないと思うのです。
そもそも、東京で花見を控えると被災者のみなさんが喜ぶのだろうか?甚だ疑問に感じます。
節電や買いだめ抑制などならわかります。誰かが我慢すればその分が誰かが助かるわけですから。でも、花見をやめることで誰か助かる人や得する人でもいるのでしょうか。
わたしの意見を言いますと、震災があったなかったに限らず、花見と称するドンチャン騒ぎは控えるべきだと思います。これは被災者の方々がどうのではなく、マナーの問題として個人的にあまり感心しないと思っています。
でも、きれいな桜の下で、おいしいもの食べたり、おいしいお酒をいただいていい気持ちになることに罪悪感などを感じる必要はないと思います。
先に書いたように、逆に「是非やりなさい。やるべきだ」とも言いません。
どちらでもいいのです。肝心なのは自分の意志で決めることです。
周りがどうであれ、自分自身が自粛すべきと思えばそうそればいい。その必要はないと思えば、堂々とやればいいと思います。
だから、わたしは「自粛すべき」とか「自粛など必要ない」とか言うつもりはなく、「わたし自身は」花見を自粛しません。ただし、それ以前に花見などしている時間がないというのが正直なところです。


