安心と信頼でキャッチ&ゴー☆ひろみっちのわくわく人生創造論♫

毎瞬わくわくを感じる方へ♫
投影のエネルギーを自分に戻していき自分の輝きを生きる☆

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安心と信頼でキャッチ&ゴー

SALON DE FLORENCE

ひろみっちですキキララキキララ

新しい世界は、内なる世界

内の感覚を大事にしていくことで

外で体験できる。

 

ダーツ外を追いかけるのが、尽くす女

ダーツ内を大事にするのが、尽くされる女

 

 

前回の記事のつづき

目尽くす女から尽くされる女へ①

目尽くす女から尽くされる女へ②

 

自分がその世界観にえいやっと飛び込む

清水の舞台から飛び降りる覚悟で

やっと

自分とわかりあえる

 

飛び降りることができるのは、もう飛び降りるしかないから

っていう時でもある

 

そうでもしなければ

何かのせいにする世界から、自己創造の世界は

体感できない。

 

それを体験するために、清水の舞台に上がらされた

ともいえる。

 

自分によって上がらされている。

 

何かのせいにする世界を体験して、そこがわかって、自己創造の世界を楽しむために。

 

この世界は、両極エネルギーによって認識できる世界だから。

片方を満喫できないと、もう片方満喫できない。

 

それがしくみ。

 

だからわざわざ、なにかのせいにしまくる世界を体験し、

わざわざ、変わるしか道は残されていない自分を創造し、

わざわざ、清水の舞台に上がらされたような体験を創造し、

わざわざ、飛び降りる覚悟をとらされるような体験を創造し、

わざわざ、飛び降りてみた。(世界観の変化を選んだ)

 

自作自演。

 

全部が、自分のストーリーとして、バンっと最初からあるんだよねってことが、わかる。

 

これらがすべて、最初に詰め込まれていて、順番をつけて、引っ張り出して味わっているようなそんな感じなんだけど、渦中はそんなこと思えない。スーパーマリオのマリオマリオとして必死です。

 

そこから、マリオで遊ぶ人の感覚になる。1面から始まってゴールはあるじゃんってわかってるし、ジャンプジャンプマリオスター出すことも、ファイアフラワークリボーゲッソーに当たったらマリオこうなることも知ってるし、泳ぐマリオ泳ぐ面で戸惑ってもなんとかなること知ってるし、っていう遊ぶ人になってる。

ゲームのなかでチビファイアマリオこうなったり、マリオこうなったりするけど、遊ぶ人なんともなってないしっていうところを知ってる。

 

8面までを知らなくても、1面から8面までがもう設定済みっていうことは知ってる。

そして、どうなっても、それは、自分の動かし方、進め方を知るに過ぎないっていうことを知ってる。

 

ピーチ姫助けるっていう設定なら、どこで終わってもピーチ姫を助ける世界の一部でしかない。それがわかっている。

 

 

そんな感覚が自分で体感できるようになってくる。

 

 

 

そして、しくみがあることがわかる。

 

 

 

マリオの話が長くなりましたが、(子どもっちが最近ファミコンマリオやってるので)

全部のなかでの、ひとつのパズルピースってわかっているので、今を大事にできる。

ないから先に進む、頑張るのではなく、すでにゴール設定があるからこそ、今自分の思いに向き合って、そこで大切にしたいことを大切にできる。

それが、ゴールへの大事な要素だってわかっているから。

スタートとゴールは瞬間同時存在だから。陰陽同時に発生する二元地球だから。

 

自分の内が外へ表出しているのなら、キャッチしたことはすべて内にあったものだということがわかる。だからこそ、キャッチしたことを大事にできる。内から出たもの、つまり、自分のエネルギーだから。

その自分のエネルギーを自分でキャッチするからこそ、自分の在りたいエネルギーをそこで再設定できるじゃん。

 

外を批判しても、それ、自分の出したエネルギー読んでるだけだから。

 

じゃあ、どんな自分のエネルギーを響かせたいのかっていう確認でしかないから。

 

だから、再設定して、自分の空間に全責任を持って、響きを自分が変えていく。

 

外側を変えない。

変えようっていうベクトルは変わらないっていう設定しているのと同じだから。

 

外側は自分の持っていたものを見ているにすぎない。(批判対象であってもそれを批判するものさしがあるだけ、過去体験のなかにそれを回避するような信じ込みがある。逆側を良しとして、それで自分を生きる設定がある。)

 

内が発生した時点で、外が同時発生している。

外でキャッチしたことは、いつかの内。

今この瞬間の内も、どっかの外になってる。

瞬間瞬間気づきで変化すれば、外側大きく変わっているようにも思えるけど、かつての内を見ているに過ぎない。

 

鏡の中の自分はいじれないのと一緒で、かつての内を外にみて外いじってもなんともならない。外をいじっているっていう内がその瞬間その瞬間創造のもとになっているだけ。外を変えたいって一生懸命になるほど、そのエネルギーである「変わらない」っていう内が創造されていくにすぎない。

 

それがわかる。

 

 

内にフォーカスが強まるにつれ

自己対話の感覚に変化が訪れる。

 

まとめ

虫めがね陰陽の世界を知るために、何かのせいにしている体験をし、そこから自己創造の切り替えの大きなイベントを創造した(私で言えば、こどもっち壮絶アトピーケア、難産、パートナーシップ)

虫めがねマリオ自身から、マリオをコントロールしているゲーマー的安心感へ

虫めがねぜんぶのなかの、パズルの一つが今この体験、ゴールのための最高な一瞬

虫めがね内と外が陰陽二元、表裏一体ならば、外でキャッチしたことは、内にあったこと

虫めがね自分の内を外で確認するからこそ、内の響きを選びかえられる

虫めがね外は鏡のなかの自分と一緒で、触れない。かつて内に響いていた自分のエネルギーのホログラムでしかない

虫めがね外をいじっているその時の内が、いつかの外への元になっている

虫めがね誰かに何かをという目線で在る限り、内での自分は無視され続け、欠乏が拡大し、「自分が自分にその瞬間を与えている」という位置を思い出す

虫めがね内から出た、自分のなかに在った外の表現をすべて赦していく

 

 

ここから

自己対話に変化がある。

尽くされる女へ。

 

 

つづく

 

目尽くす女から尽くされる女へ①

目尽くす女から尽くされる女へ②

 

 

 

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新しい世界は、内なる世界

内の感覚を大事にしていくことで

外で体験できる。

 

ダーツ外を追いかけるのが、尽くす女

ダーツ内を大事にするのが、尽くされる女

 

 

前回の記事のつづき

目尽くす女から尽くされる女へ①

 

雷過去の大噴火からの気づきはこちら下矢印

 

虫めがね相手コントロールを外す(見返りを求めない)

虫めがね存在したい空間の自分で在ることを選び続ける(どうしたいのか?)

虫めがね「自分がやりたい」の位置でやる

虫めがね自分の現実創造の前提に気付く

虫めがねもっというと、この現実の根っこ体験を解体する

 

これを何年間か、かけてやってきました。

今は、しくみがわかっているので、何年もなんてかからない。

(心身クレンジングプログラムでは、ひとりひとりに密着してこれらを体感していただいております。メールセッションでもここをやっています。)

 

 

 

 

 

 

この第一段階では、まだまだ、夫とわたしという関係性。関係性をなんとかよくしようという外側をいじっている世界にいました。

 

外をなんとかしようという世界。

 

外の現実を動かすために、それらの情報(鏡の法則、投影自己内観など)を使うという感覚。

 

引き寄せの法則とかもそうですし、平和にしたいだとか、人間関係をよくしたいだとか、健康になりたいとか、経済的に豊かにしたいとかも結局は

外側にあるものを充実させるためにやるっていう位置。

 

第二段階では、そことはちょっと違う感覚です。

内が現実、外幻想の世界。てへぺろ

 

2第二段階

相手コントロールに気づいて、自分のそのエネルギーを回収しようって決めました。こんな体験をするのは、自分のエネルギーが元だよねっていうところは、知っていたので、自分がどう在りたいのかをひたすら行動していった。

相手の態度関係なく、(ここ重要)
「自分が体験したい空間にいる相手」に対応する感じでの自分設定です。(ここも重要)

 

現実は、過去の自分波動がもとで映像化している。その世界観をわたしは選択しました。

どんな世界観を選択してもいいんです。わたしの場合は、現実は映写機で映し出された映像そのもの。映写機にいれた自分の波動が映像の元っていう世界観を選択しています。

 

エネルギー回収が終わったら変わるだろうっていう、得体のしれない大きな信じ込みがあった。わたしが、それをしがらみなく、やらされている感なく、ふつうにできるようになったら、変わっているだろうって。わからないところでの確信のような感覚。

 

実際変わることが体感として得られましたので、この信じ込みはわたしにとっては最高のギフトでした。

自分の出すエネルギーに注目した。

これ、コントロール入ってないだろうか。

この行動の前提は、こうしてほしいという期待は入っていないだろうか。

つまり、得られていない自分を自分で設定していないだろうか。

 

 

 

そのような中

 

映像を捉えた瞬間に、自分の感情や思考に寄り添うこと

 

をやっていると、自分のパターンがわかってきます。

いつも似たようなところで、感情が揺れるという大きなパターンに気が付きます。

 

そしてね。そのパターンに気付いていくことで、これって外じゃないなってわかるようになってきます。同じパターンを起こしているのは自分だっていう感覚になってくる。だって、揺れるのいつも同じような部分だから。いいかげん気づきます。いや、気づかせるために起きているのでそれが現実です。

 

 

自分が他者に求めていたように感じていた内容が

実は本気で自分が自分に求めていたということがわかります。

 

自分が自分に求めていたこと。

誰かにそれをしてほしいと思っていたことは、自分の心の叫びだった。

 

ひろみっちこう思ってたんだね。

ひろみっちそうしたかったんだね。

そうわかってほしかった。

そして、それをやりたかったんだね。

じゃあ

それやろうか。

 

それを選ぼうか。選んでいいよ。

 

それは、小さな時に押し込めていた思いでもあり、その時にそのままを出したかったという思いでもあり、その時にそう言って欲しかった思いでもあり、その時にそうわかってほしかった思いでもあり。

それが、ずっと、形を変えて自分の体験となっていることがわかる。 

 

 

 

対話を進めるごとに内側との関係性にフォーカスする時間が多くなっていきます。

 

外を変えるためにやっていたことが、内との対話をする時間が普通になっていて、外どうでもよくなってきた。

 

ある意味、自然と、外側の変化から手を放すことになっていた。

 

内の思いを受け取っていく。

今どうしたい?ってそこに寄り添う。

外側は自分の情報。自分がどんな思いを持っているのか、そこがわかって、どうしたいのかを知ることが出来る情報。

 

すると、なんだか、外が面白くなってきた。

自分の感性に合う人が見つかってきた。

外側の人にがんばって伝えようとしなくても、なんだか伝わってる感じがする。

説明していないのに、相手から、わたしの考えているような言葉をちらほら聞くようになってきて、「え?この人そんな人だっけ?」な体験をする。

 

外を変えようとしなくとも、変わっている世界がちょこちょこ体験できる。

法則的には、変えようとしないから変わってるんだけど。

 

 

そのような体験をするごとに、自分の決めつけに気が付いていく。自分がこう思っていた「その人」は、実は違うかもしれない。そういう役で出てきたその人を、自分のかけている眼鏡を通してみているだけだという眼鏡の種類の方に焦点を合わせるようになってきた。

 

そのような決めつけはいらない。

 

決めつけを知る時間にした。

 

 

そうすると、今度は、決めつけている情報ではない、その人を感じられるようになってくる。

 

この人、こう言ってるけど、実はなんて言っているんだろう。

 

表面の表現ではない、言葉の思いをキャッチしていくようになる。

 

するとね。

 

その思い一緒だねっていうところにも気が付いていく。

 

わたしと同じ思い持っているよねって。

 

相手を知るごとに、自分の思いを強く知る。

 

実はこう思ってる自分がいるわって。

 

 

尽くす(なんとかしたい)とは、違う感覚で相手との関係性が生まれていることに気が付く。

 

相手ではない。

自分の思いを知る時間になる。

 

わたしから出た言葉が、自分に言いたい言葉だということにも気づく。

 

自分に思い、自分に声掛けをする。

 

他者いないじゃん。

 

だんだん優しい体験がはじまっていく。

優しさを受け取っていくっていうのか?

助けられるっていうのかな?

優しいやりとりの空間が体験できているっていうのか。

 

満たされたいからわたしから与えていこうというスタンスはなくなる。

わたしが、自分の心をキャッチする世界にいたら、外も穏やかになっている。

というよりも、そういう体験の仕方が設定されていく。

 

内への寄り添いが、外と体験できる。

 

まとめ

虫めがね相手の態度関係なく、自分の在りたい空間での自分にフォーカスしていく

虫めがね現実は、過去の自分波動がもとで映像化しているという世界観を選択

虫めがねエネルギー回収が終わったら変わるだろうを信じた(コントロールのない世界)

虫めがね映像を捉えた瞬間に、自分の感情や思考に寄り添うことで、自分のパターンがわかる

虫めがね自分が他者に求めていたように感じていた内容が実は本気で自分が自分に求めていたということがわかる

虫めがね小さな頃押し込めていた思いを鋳型としてずっと、形を変えて自分の体験となっていることがわかる

虫めがね自然と外を変えようという思いが消失

虫めがね外の変化を体感

虫めがねわたしから出た言葉が、自分に言いたい言葉だということがわかる

虫めがね表面ではなく、その人の本当の気持ちと自分の一致を感じられる

虫めがね自分への寄り添いがそのまま外との関係で体感できる

 

自分と向き合うからこそわかることがある。

情報ではなく、日常体験。

セミナー会場ではなく、自宅で、地域で、少年団で。

 

「事件は会議室で起きてるんじゃない!!現場で起きてるんだ!!」

まさしく。
でもここでのそれは、会議室でも起きてるし、現場でも起きてるし、家の中でもテレビの中でも雑誌のなかでも起きてるっていう感覚。自分が体験している24時間ずっとそれが起こってる。

 

外を変えようとする位置を忘れると、変わってたよね。
自分に集中。自分の思いを知ること。それに耳を傾けてあげること。傾聴してほしいのは、誰かではなく自分だったし、相手にしてあげているくらい手をかけてほしいのも自分だった。 
誰に思いやりをもっているの?誰かにという時点で外側フォーカス。自分との分離。そこから、自分がその響きを喜びと感じることがしたかったことっていう位置に変わってく。

 

でもこれは、まだ序章。

第三段階があった。

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

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新しい世界は、内なる世界

内の感覚を大事にしていくことで

外で体験できる。

 

ダーツ外を追いかけるのが、尽くす女

ダーツ内を大事にするのが、尽くされる女

 

このカラクリ、わからんでしょ。

感覚でわからんとわからんのですびっくり

 

ラブかつて、尽くすことに全力投球でした。

いや、あの、今思うと、つい先日まで続いていました。

 

この期間のなかで、2段階に気づいていますのでご紹介します。

今後、何段階も増えるかもしれませんが、今のところということで!!

 

1第一段階

鏡の法則や、投影のしくみや、意識の現実創造のことに真剣になるきっかけの一つがこの尽くす女でした。

 

ライト第一段階にいたひろみっちを解剖してみたいと思います。

 

ステッキ好き好き大好き、こっち見て見て

いわゆる母に認められたいお子ちゃまを、夫婦間で再体験しようとしていた。

認められるためにという意識は全くなかったが、

チェック気づかれないとイライラしちゃう

チェックありがとうを強要したくなる

チェックわたしがやるのと同じように、わたしがしてほしいことを先取りしてほしーーい

 

こんな体験あるあるでしょーーー照れ

そして、それが積もりに積もって噴火

 

なぜって?

それは

 

相手コントロールだから。

 

相手の反応をこちらのいいようにコントロールしているから。

 

居心地悪いよね。当たり前。決めつけられるといやなのは、誰でも一緒。欲しいものを押し付けられているような、それを強制的に受け取らせるような、そんなエネルギーだから。

 

この第一段階のひろみっちにあった行動、思考の前提はまるわかり。

 

前提:愛されていない、認められていない

行動:愛されようとする、認められようとする

現実:愛されない、認められない、そんなように感じられる体験をする

 

これね。

 

大噴火のように見えたのは、これこれ。

愛されない、認められない、そんなように感じられる体験

 

そんなように感じられる体験だからね

 

愛されていないわけでも、認められていないわけでもないんだけど、

わたしの気持ち的には、

えーんあいされてなーーーーーーーい

えーんみとめられてなーーーーーーい

えーんわかってもらえなーーーーーい

 

これ体験してた。

 

愛してくれないし、認めてくれないし、最悪ショボーン

 

現実体験的には、こんな感じね。

 

でもまってー。

ひろみっちのエネルギー的にはどうだった?

 

コントロールめちゃしてたじゃーーーん

そして、愛してるって、夫サイドでは発信していたかもしれないのに、それシャットアウトして、わたしの受け取りたいのはこれだよって言葉で伝えるでもなく、なんとなくの雰囲気で表現し、勝手にイライラして、勝手にさみしがって、暴れていただけじゃん。

夫の気持ち、全く受け取ってない。自分の気持ちのみ押し付けていた。愛されていないって決めつけて。そこでの自分で、そこでの信じ込んだ自分で、空間にいたっていうこと。

 

ただし!!

 

渦中にいるときは、そんなことわからんものです。

 

大噴火なる体験をしていたんですね。

愛されない体験、認めてくれていない体験、わかってくれない体験。

 

これ。

 

ああ、ラブラブだったのに。

わたしたち。

あんなに。。

 

過去の思い出を引っ張り出す出す。

 

そして

今を全否定する。

 

どんな現実起こると思います?

 

全否定バリバリの地獄的体験。

 

わたしの存在全否定

されているように思える体験。

 

ここ重要です。

 

されているように思える体験。

 

全てが自己創造なので、夫がやっているわけではなくて、夫という役者によってわたしが体験しているんですね。

存在全否定を体験させてもらっています。

 

 

渦中にいる時は自覚ありません。

地獄って思っていました。

 

 

 

 

 

 

でもそこからです。

 

どうしたいの?

わたし本当はどうしたいの?

 

という質問を投げかけて、在りたい空間での自分を選択していった。

 

 

いやいや、癪に障るのよ。

在りたい空間での自分を演じる時てへぺろ

 

なんでひろみっち様がそんなことしなくちゃいけないんだよ

ばーーーか

 

っていう想いも何度も湧き上がりました。

 

悪いのわたしじゃないし

とかね。

 

でも、わたしの大元は、それでも在りたい空間の自分を選んでいくことをわたしにやらせた。

 

どのくらいかかったかな?

何年もだよ。

(今なら、現実解体をすることで、何年もかかるということはない時代に突入しています。解体できたら終わる。現実創造の根っこをわかったら終わりますよーー。)

 

ひたすら、相手関係なし。

ひたすら、自分の在りたい空間にいる自分でいることを選ぶ意識を持っていた。

 

ま、その甲斐あってだね。

今では、地獄から、地上に上がりました照れ

 

相手に何かしてあげたい

ではなく

自分がそれをしたい

に意識がけを変更したことも大きいと思います。

 

他者コントロールを外していった。

見返りを期待することに気が付いていった。

 

相手になにかをしたい

の主語を確認した。

 

自分が相手に何かをしたい。

 

自分がやりたいことをやった。それでOK。それで完。

 

この位置関係の学びは、すべての現実との関係に連動していく基礎でした。

 

まだまだ

内が外に連動していること

第一段階。

 

まだまだ

他者がいる世界。

 

ここから、また、別世界への気づきに変化して行きます。

 

ポイント

虫めがね相手コントロールを外す(見返りを求めない)

虫めがね存在したい空間の自分で在ることを選び続ける(どうしたいのか?)

虫めがね自分がやりたい」の位置でやる

虫めがね自分の現実創造の前提に気付く

虫めがねもっというと、この現実の根っこ体験を解体する

 

 

つづく

 

目尽くす女から尽くされる女へ②

 

 

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ひろみっちですキキララキキララキラキラ

太陽が天秤座に移動し、秋分となりました。

そして、今日は下弦の月

今日から約一週間はデトックス期間です。

心と身体と空間とデータの断捨離しましょ!!

 

口笛いやいやー、秋分の日に向け、その手前の下弦の月から新月に心身クレンジングしたけれど、やっぱり、そこらあたりから秋分点のエネルギー変動すごかったね。

 

今、まるっきり別世界。

 

なにがって、情報が身体でわかる感覚。内が外と連動している感覚。自分の身体が創造機械な感じが観えてきてる。

 

自分の概念が丸わかりで、外とつながってる。

だからこそ、自分が選びたい世界観がわかる。

 

この世界観はひとりひとり違っていてよくて、だからこそ、他者に振り回されず、自分が選びたい概念を自分が選ぶ信頼感が大事。

 

他者の世界観を知ることで、自分の世界観がわかるので、ひろみっちの世界観をご紹介しますね。違和感、わくわく感、色々な感覚が出てきますので、その感覚をキャッチしてね。それこそが自分の世界観のヒント。どんな世界に在りたいかのヒントだからね。

 

 

わたしは、自分のなかにある色々なルールを見つけて、それを開放するということを毎瞬行っています。テレビを見ていても、本を読んでいても、ネットサーフィンをしていても、子どもや夫との会話をしていても、少年野球での父兄と話をしていても、SNSでの投稿やコメントからも、

常にです。これが瞑想。わたしのなかの瞑想。

 

常に、自分の中の感覚をわかってあげる時間のみをやってる。

感情が沸き上がれば、そこにただただ寄り添い

思考が湧きあがれば、そうだね、それなんでそう思ったの?と寄り添い
そこに必ず自分で決めたルールがあるから、そのルール持ってる?それとも違うルールつくってみる?と寄り添い
あなたの本当の想いってなんだったんだろうね?と寄り添い

 

それはそれは、母のようでもあり、ダーリンのようでもあり、神様のようでもあり・・・ラブ

 

じっと何もしないで寄り添うを選んでいる時間を選ぶときもある。

そんな時は、本当にゴロゴロしてなーーーーんにもしない。

 

動きたくなるまで、なにもしない。

それが自分のやりたいことだから。

 

○○しなくては、では動かない。

 

感覚的に立ち上がるのを待つ。

それでもOKなことを、それでも日常は問題ないということを、その世界を設定して、そこに在る。

 

 

大前提は、全部が完璧という世界

誰もが完璧という世界

 

そこを設定している。

 

何かで動きたくなった時、もしそれが完璧を疑うようなことだったら

自分の中で違和感が生じている。

だから、気づくことができて、自分の本当の想いを選択する機会が与えられる。自分の本当の想いを選択することと同時に、完璧な世界は喜ぶことを知っているから。

 

完璧を疑っても、違和感によって軌道修正されるし、それに自分が気づかない場合は、気づくような事象が必ず起きて、自分の想いを強く刺激され、必ず軌道修正される。

 

だから何を選んでも、どうなっても、修正されて、完璧を体感するという世界に居る。

 

 

現象は、自分を知る情報。これはわたしが、ずっとずっと伝えたいことだし、これからもこれしかないと思っているので、外せないのだけれど、現象自体ではなくて、そこで大事なのは、どう感じてどう思って、そして、どう自分が在りたいのか、そしてどう行動していくか、その部分。事象自体は、その自分の行動のためのアイテムにほかならない。

ただのポインターなのね。ポインターって、あれ、授業で使う、黒板を指し示す、あの棒の先のこと。棒の先に何かがあるわけではなくて、そこに書いてある背景を指しているはず。

 

東京を指し示していたら、その土地ではなく、そこに含まれる様々な概念、そこで伝えたい概念があるでしょ?

 

多くの人は、土地そのもの、もしくは、棒の先自体が大事だと勘違いするけれど、そうではなく、示された背景、そして、そこから自分がどのようにその情報を取り入れてどうして行きたいのかっていうところが大事なところ。

 

東京って暗記してもなんにもならないこと、よく知ってる。全部同じこと。東京は、この授業のなかで、どんな背景を指していて、なんのためにこれを学んでいるのか?それはその情報を知って自分がそれを活かすため。みんな知ってること。それ日常でも同じ。

 

 

その背景をキャッチすることが大事。そこが、自分の大元からの気づき情報だったりする。

 

例えば、芸能人の末期癌闘病記を読んで、どのようにそれを捉えている自分がいるのかっていうところからも、自分の行動情報が与えられている。

 

よくあるのが、「かわいそう」「大変」「なんとか治ってほしい」そんな気持ちだけど、それは自分の中では、どのような概念で構成されているのかがよくわかる。

 

治ってほしいは、治らない状況でしか発生しない思いなので、治らない想定、そして治らない現実を創造し続ける。多くの人がその治らない場を設定すればするほど、治らない場に居るその人を創造し続ける。かわいそうな人を創造し続ける。

この「かわいそうな人」も自分の勝手につくったカテゴライズであって、その条件の場合は、「かわいそう」を発動させ、同時に自分のなかにも、そんな状況の自分、もしくは、それを否定しているがごとく、バネにして自分がそこから逸脱できるような力の入った自分を創造し続ける。でもエネルギーの注入は、「かわいそう」なので、結果逸脱しようとしても、違う場面をつかって「かわいそう」な現実を創造していることになる。

 

わたしが思う一番は、その状況のその人でも、OK、と受容できること。完璧だねとわかること。それしたかったんだよねとわかること。でもその表現でなくとも叶えたかった状況は、自由に手に入れられるよね。

だったら自分なら、

流れ星どんな表現で叶えたいことを受け取ろうか。

流れ星どんな自分ならそれが受け取れるだろう。

流れ星その状況の自分は、どんな自分だろう。

 

自分なら、どんな表現で自分の想いを叶えたいのか??

 

それを知るために、その事象はポインターになっていると思ってる。

 

チェック芸能人の末期癌闘病記をかわいそう、治ればいい

治らない場を創造することにエネルギーを使うこともできれば

 

チェック芸能人の末期癌闘病記を、自分ならどのように叶えたい現実を創造しようかな

ということにエネルギーを使うこともできる

 

 

どちらも自分のエネルギーの使う道

 

どちらでもOK

 

全てが完璧だから

それを自分が体験したくて体験しているから

 

その自分のエネルギーの使い方、そこからの現実創造がわかればわかるほど

 

自分の世界観、前提、それを発動する言葉つかい、文章、日々の行動、感情と思考の使い方、

それらと丁寧に丁寧に向き合う時間となっていく。

 

 

全ては自己創造。

自分の内と向き合う時間にする。

内がクリアになればクリアになるほどに、ざわざわした違和感は明確になり、そこにはいられない。

 

どう在りたいのかに正直に

自動的にそうなっていく。

 

新しい世界は、わたしのなかで、がちっと設定されました。

 

秋分ポイントすごーい。

ここに自動的に連れてきた、自分の大元ナイスチュー

 

全ては、完璧!!

 

 

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安心と信頼でキャッチ&ゴー
SALON DE FLORENCE

ひろみっちですキキララキキララ

 

Libera好きです。
目から上が上に引っ張られる感じがたまらない。

そして細胞が振動する感じがたまらない。
 

うたっているその体感覚を

聞くだけでコピーできる感じ照れ

 

 

最近、

 

今までの体験が凝縮して

外からわかりやすい情報としてわたしに投げ込まれ

というよりも、自分で確認のために創造して

もう次!!

 

という時間を過ごしていたところです。

なにが、もう次かっていうと、

新しい世界へ

っていう感じ。

 

今までのしがみつき

もういいでしょ。

 

次の世界垣間見えてるのに

なぜ行かんの?

 

そのしがみつき

いらんよ。

 

もう次!!

 

 

空間まるごとが自分情報

その体感覚が強まってる。

 

自分の信じ込みに気づき、それを受け容れ、フラットになったところで、在りたい波動を選択する。

 

ま、それだけなんだけど。

それしかないのだけど。

 

決まりをどんどんフラットに。

自分の内を大切に。

外にフォーカスせず、内のみ。

 

内の響きこそ、味わう部分。

 

外側映像でしかなーーーーい。

 

 

必要なことは自分に起こってくる。

そこに身を委ねる。

そして、自分からの湧き起りにも身を委ねる。

 

全部まるごとを

安心と信頼でキャッチ&ゴー

で!!

 

ほんとうにすごいキャッチだな。これ。これがすべてじゃ。

本当に、これがすべてじゃ。

 

まじで

全部が完璧すぎるほど精密機器のごとく完璧です。

自分と自分以外とで構成されているわたし

ほんとにすごーーーーいシステム。

パズル完璧!!

 

 

安心と信頼でキャッチ&ゴー
こころ探究実践家

ひろみっち

 

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

すべてブログ記事をリセットしたいところですが、
多くの方のブログとも連動し
わたし個人のものではなくなってるこれは
このまま残します。

 

あらためて

すべては自己創造!!
の位置で

書きたい想いが湧いたときに綴ってみようと思います。

 

では

ばいなら。

 

 

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