怒りへの対処

テーマ:

毎日を幸せな気分でいる

 

気がついたら

いつも幸せ気分♡

 

不平不満を始終口にしていた時とは

違ってきました。

 

最初は無理やりやっていたことが

今では自然とできるようになった。

 

これが「習慣」というものでしょうか

 

元々そんなに腹が立つほうではないのです

でも

隠していただけ・・。

怒りは奥底に眠っていたらしい~(笑)

 

「手放しなさい」と各書に載っていましたが

いまいち「手放す」ってことがうまくできない。

意味が解らない・・ショボーン

 

若かりし頃

夫を変えようといろいろやってみた。

期待するのをやめた。

 

結婚生活は「我慢と忍耐」とインプットした。

17年後、

チャンスがあったのでそんな生活にピリオドを打った。

 

リハビリのような離婚後の生活も

もうすぐ結婚生活と同じ17年。

 

いま、私は幸せだ。

子供たちとの関係も

元夫との関係も

「いい塩梅」

 

幸せだと実感できるようになったのは

私が変わったから。

 

怒りという感情の方向性を変えたのだ。

この怒りの感情は何者でしょうか??

ってね。

 

そうしたら

私の言動が変わる

そうしたら

周囲の反応も変わる

 

そうしたら

いつも幸せ♡

 

では怒りの方向性とはなんでしょうか。

大抵は誰かの言動に怒りを感じる。

 

その言動の何に自分は怒っているのか

思い通りにならないから?

思い通り=エゴ

ずぼしだったから?

自分のテリトリーを侵されるから?

自分の考えと違うから?

 

何が不安で何が怖いのか。

そこを考えると

怒りじゃなくて「なるほど」となる

私ったら・・お茶目♡

と思えたらHAPPYになれるのですニコ

 

そんな簡単じゃないけれど

怒りからは何も生まれない

感情を揺り動かしてくれた誰かさんに感謝♡

と思えるように

 

 

余談のおまけ

 

離婚して10年かけて怒りを中和したつもりだった。

忘れっぽいので

嫌なことはすぐ忘れてしまう。

 

忘れっぽいから時間が経って、会わずにいると

「どうして離婚したかったんだっけ」と忘れてしまう。

でもね、会うと思いだす・・・ということを繰り返していた。

怒りの処理ができていなかった。

 

私は自己犠牲だけで人生の半分を生きていた。

「自分が我慢してうまくいくなら・・」と

常に思っていた。

 

オーラリーディングで

怒りが溜まっていることと

自己犠牲をせずに自分の為に生きることが

今生の学び、目的

ジャッジをしない

と言われ

その後じっくりと自分を見つめた。

 

私と夫は家族の定義がそもそも違っていたのだ。

私には家族はこうあるべき・・みたいなものがあった

彼にしてみれば、押し付けでしかなかったのかもしれない。

 

私の正義は常識ではない

人それぞれの正義(価値観)があるのだ

○×ではないのだ

ということが理解できたから楽になった。

 

めぐり合わせで今

元夫と仕事を一緒にしている。

毎日顔を合わす、会話する。

目が点になる時もあるけれど(笑)

お互いのプライベートに踏み込まない穏やかな関係だ。

(言いたいことを言い、やりたいことをやって

やりたくないことはやらないので楽ちん)

 

感謝の日々を送っている。

 

彼がいたから 気づけたこと

彼がいたから できること、できたことに。

 

ある日の会話・・

「お前、そんな奴だった?」

「はーい、私は昔からこんな奴です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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親子の会話~幸せな時間

テーマ:

次男君と私のコズミックナンバーは全く同じ。

 

情報を集めて、まき散らす → いつのまにか人が集まる

という 5 5 1 の人。

 

好奇心旺盛

笑っちゃうほどちょっと似ている。

 

外でテンションが高い。

帰宅後は話す元気が残ってないので

怒っているのか、不機嫌に見える。

こんなところも同じ。

 

LINEなど既読になっても返事がない。

なぜなら「うん」とうなずいて、実際には送らない。

お互いがそうだから、気にもならない(笑)

 

23才で結婚して家を出た。

そんな彼が久しぶりに一人でフラッと現れ、

lovetalkドキドキ(私の心情)音譜彼にとってはただの親孝行?

 

承認欲求についてとか、

人との別れ方とか、

営業のこと、転職のこと。

 

あまり母子の会話らしくないけれど、

いつもこんな感じ。

 

承認欲求は

褒められたい、認められたいということ。

○○さんは承認欲求が強いからあの発言なんだねーーとか。

お兄ちゃんは? 俺は?・・・・

 

人との別れ方は

人生の中で同じ空間にいる時と離れていく時、

しばらく離れてもまた同じ空間になったり。

道は各々歩き方が違うから、シンクロしたり離れたりする。

だからこそ、離れる時の別れ方が大事だね~ なんて話。

ザックリと二度と会わない! と切り捨てる人がいるよねーーー

そう? とか

そんな話。

 

転職は?するの~?

いまこんな感じに考えてる。

大変な思いをしても「楽しい」と思える仕事してねん、

あ、今は向き合い方を変えたから楽しいよ~

なんて話。

 

大人だなー、私が27才の時は

子育て真っ最中で、日々をこなすことしか考えてなかった。

 

大人になったわが子には

「聞く」「見守る」「応援」しか親にできることはない。

 

ともかく、彼らと話すのは

とても楽しい、幸せな時間なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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若かりし頃から

「変ってる」

と言われてきた。

 

自分では「普通」と思ってきたことが

人から見ると「変ってる」らしい。

 

それこそが「価値観」というものなのだろう。

 

「価値観」とは

産まれたときからの

親、家族、環境、先生、友人の影響であるという。

 

幼少の頃

よく転んで泣く私に母が言った

「転ぶと大きくなる」

私は本当に「転ぶと背が大きくなる」と信じた。

事あるごとに「ね、大きくなった?」と聞き

母は「大きくなったよ」と言ってくれた。

なんと、

素直な私は、これを小学6年くらいになるまで信じていたのだ。

 

でもある日気づいた。

泣く子を黙らせるおまじないの言葉だった(笑)

そして大人になって

「人生のつまづきは成長と学びである」

ことに気づく。

 

父と小学5年くらいまでお風呂に入っていた。

友達に「変だ」と言われるまで何も考えていなかった。

その後、

嫁に行くまで私の入浴中に父が足を洗いに来たり

下着姿で歩き回ることにも抵抗はなかった。

 

それは二人姉妹の私たちの為、

母が父に頼んだらしい。

男と女の体のつくりの違いを

自然にわからせるために

裸を目にする機会を作ること・・・。

初めは父は抵抗していたと(笑)

 

これこそ価値観の植え付けだと思う。

正しいとか間違っているというものではない。

ただ私はこうして自分の価値観を身につけていったのだ。

○と×

これは生きてきた人生が違うのだから

千差万別あるものなのだ。

 

・・・・・と気づくまで50年かかりましたとさ(笑)

 

そして今

そのためにできてしまった「制限」や「恐怖」を

取り除くことに励むのであった。

 

 

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