相続分がないことの証明書とは | 川崎市宮前区の相続・遺言・家族信託・終活の相談室 雪渕行政書士事務所

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介護離職を経験して復活した終活サポーター・行政書士の雪渕です

 

Q
 父の死後、兄より、母や私や妹に対し、次の書類に判を押して送り返して欲しいといってきました。書類には「生前贈与を受けたので相続分はありません」と記載がありましたが、この書類にはどのような効力があるのでしょうか。

 

A 


 一般に相続が開始されると、相続人全員で遺産分割の協議を行い、遺産分割協議書を作成したのち、各相続人はこの協議書の内容にしたがって、遺産を各自、相続により取得することになります。もし、分割について相続人間に協議が整わないとき、または協議することができないときは、家庭裁判所へ申立てをして遺産分割について調停を行うかあるいは審判を受けたのち、遺産を分割することになります。

 また、遺産の取得を希望しない相続人は、自己のために相続が開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所へ相続放棄の申立てを行うことにより、相続放棄を行うこともできます。このようにして、どの遺産をどの相続人が取得するかが確定後、例えば不動産については、その取得者の所有名義に相続登記がなされることになります。ところが、前述の分割協議・調停・審判あるいは相続放棄の手続きをしないで直ちに相続人のうち1人または数人の所有名義に登記するための便法として、ご質問のような書類(これを以下「相続分のないことの証明書」といいます)に各相続人の署名捺印を求め、この証明書を登記原因を称する書面として相続登記を行うやり方があります。例えば、ご質問の場合、あなたやお母さん、妹さんがこの証明書に判を押してお兄さんに渡せば、お兄さんは直ちに遺産の中の不動産についてお兄さんの所有名義に登記することができます。この結果、お兄さんは遺産分割手続きが行われていなくても、不動産を相続により取得したとして登記することができることになります。

 もっとも、お兄さんが登記した後でも、あなたやお母さん、妹さんのうち、不動産を相続により取得することを希望する者がいる場合は、証明書記載のように生前贈与を受けたことはなく、証明書は虚偽のものであることを証明して、改めて遺産分割の請求を行うことも可能です。しかし、それには、手間隙がかかりますし、事情いかんによっては、上記証明書が有効とされる場合もあります。したがって、相続による取得を全く希望しないような場合を除いては、軽々しく上記証明書をお兄さんに渡すことは避けたほうがよいでしょう。

 

 

「相続分がないことの証明書」とは


 民法903条は、共同相続人中に、被相続人から遺贈または生前贈与を受けた特別受益者は、その受けた価額が相続分の価額に等しいかまたはこれを超える時は、その相続分を受けることができないと規定しています。

 その趣旨は、被相続人からすでに戦前贈与を受け、または遺贈を受けた相続人に対しさらに遺産の分割につき他の共同相続人と同等の法定相続分を与えることは分割の公平を失し、かつ、被相続人の意思にも合わないと考えられているためでもあります。

 また、もともと生前贈与もしくは遺贈により特別受益を得ているため、民法903条2項により相続分を受けることができない相続人が共同相続人中にいる場合、このような相続人は、相続人であっても相続分を持たないから、相続放棄をすることは、理論的におかしいという理由もあります。

 そこで、実務上、「相続分のないことの証明書」により、特定の相続人に相続登記する方法が認められています。

 これは旧民法時代に容認されて以来、現行民法下でも、相続分のないことの証明書が相続登記の一方法として活用され、今日に至っています。

 その書式は通常、次のような形式の証明文書となっています。

 

         相続分のないことの証明書

 私は、被相続人◯◯◯◯からすでに相続分に等しい贈与を受けているので、被相続人の死亡による相続については、その受けるべき相続分のないことを証明します。

 平成◯◯年◯◯月◯◯日
              本籍
              最後の住所
               被相続人  ◯◯◯◯
              住所
               上記相続人 ◯◯◯◯ ㊞

 

 またこの証明書には、生前の贈与証明を疎明としてつける必要もないし、生前贈与を受けた財産の種類や価額等の記入はもとより相続分の計算の記入も要しません。しかも、かつては証明書作成者の実印も印鑑証明も要らないという取り扱いでしたが、現在では証明者の印鑑証明の提出を求めることになりました。なお、印鑑証明の有効期限には制限がありません。

 またさらに、証明書の作成行為は事実関係の証明にすぎないという前提のもとに、未成年者の代わりにその共同相続人に一人である親権者が証明書作成を代行しても利益相反の問題はおこらないし、17歳の子が自ら作成した証明書でも差支えがないとされています。

 加えて、法務局の登記官吏には証明書の内容について実質的審査件がなく、形式的に書類が整っていれば受理するほかはないので、単独相続登記ををするための便法として広く活用するようになりました。しかし、多面、次のような濫用の危険性と問題点が指摘されています。

 

 

「相続分がないこの証明書」の弊害

 奈良家庭裁判所の最高裁家庭局長宛「『相続分なきことの証明書』による相続登記の取扱いについて」の上申ならびに昭40・12・6同家庭局長回答によれば、

 

①右の方式による単独相続登記は、相続放棄ではないので、遺産はとらないが負債は承継するという事態となり、後日債務の追求を受けるおそれがある

 

②生前贈与がないのに贈与を受けた旨を証明するのだから相続税(贈与税)の追求を受けて紛議を起こしかねない

 

③一片の証明書で、しかも自己証明であるから本人の知らぬ間に作られるおそれが多分にある

 

④この方法ですると交換条件の履行を確保し難い

 

⑤親から何ももらわぬのにもらったことにするのだから、その時はそのつもりでも、後日不和となったとき争いの種になる

 

⑥未成年の子供でも親権者によって簡単に作成されてしまうから、未成年者の利益を害するおそれがある

 

⑦虚偽の証明書による相続登記は、相続放棄の脱法行為であり、強行規定である相続法の規定に反して無効となる懸念があり、また、登記原因が無効とすれば、その不動産につき所有権または抵当権を取得した第三者との権利関係が複雑になるおそれがある

 

⑧登記官吏に対し不実の申告をして公正証書たる登記簿に不実の記載をなさしめたということで刑法上の問題を生ずるおそれがある

 

など濫用に対する法律問題が指摘されていました。

実際、判例でも、この証明書を無効としたケース、一方、有効とした解したケースもありますが、上記のような問題が内在しているため、注意が必要で、正規に遺産分割協議書を作るかまたは相続放棄手続きを踏み、後日の争いをさけるようにすべきと思われます。

 

 

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 「相続人の1人が行方不明のときはどうするか」です。