片岡リサ(かたおか・りさ) 【平成23年度 音楽部門[箏]】

 

 

先頃行われた平成28年度「咲くやこの花賞」贈呈式にゲスト出演した箏奏者の片岡リサさん。自己紹介では「大衆芸能部門での受賞じゃないですよ~」と軽妙な語り口で会場を沸かせ、演奏では一転、オペラ歌手と見まがうほどの美声と卓越した技巧による弾き歌いで聴衆を圧倒。良い意味で、伝統音楽のイメージを軽やかに覆す関西を代表する箏奏者の一人です。「春の海」で知られる宮城道雄の孫弟子として幼少より頭角を表し、11歳で日箏連全国箏曲コンクール<児童の部>第1位、15歳で同コンクール<一般の部>第1位、大阪府知事賞受賞。その後、大阪音楽大学へ進学、同大学専攻科修了。同年、平成13年度文化庁芸術祭<音楽部門>新人賞を史上最年少で受賞しました。2015年大阪大学大学院文学研究科(音楽学)修了。現在、日韓伝統音楽比較の研究で博士後期課程在学中。同時に、大阪音楽大学、同志社女子大学、兵庫教育大学の講師として、また宮城社師範の演奏家として多方面で活躍中です。桜の蕾が色づき始めた3月某日、ひらひらと蝶が舞う春らしい出で立ちで登場した片岡リサさんに、箏との出合いやこれからについて伺いました。

 

 

「”技術以上に人柄を磨くこと”を師匠から教わりました。」

 

今日のお召し物も蝶の帯留めやスワロフスキーの半襟が目を惹いて素敵です。片岡リサさんの演奏会では、毎回の衣装を楽しみにされている方も多いとか。

 

衣装に関しては、忘れたころに(以前着たものを)出してくる感じで、上手に着回しています。そもそもお箏は一曲に対して一面(注1)使うのが基本なので、私も舞台用や練習用として10面以上揃えてますが、楽器貧乏なんですよ。楽器も着物もこだわりたいけど、無い袖は振られへんし。でも、「着物を見るのが楽しみ」と言われると、がんばらなアカンなと(笑)。

 

※(注1)箏の数え方は1面、2面と数える。

 

 

 

(笑)。では改めまして、5年経ちましたが「咲くやこの花賞」を受賞されたときのお気持ちからお聞かせください。当時は、2010年の東京オペラシティ若手シリーズ「B→C」に箏奏者として初めて出演したり、翌年には第21回 出光音楽賞を若手箏奏者として初めて受賞するなど各方面から注目を集めていました。

 

「咲くやこの花賞」の受賞に前後して幾つかの賞の受賞が重なった時期でもあり、正直に言うと「やっと来たか」という感じでした(笑)。毎年、新聞などで受賞者の方々の名前を拝見するたびに、私はいつなのかなと思っていたので。「咲くや~」は生まれ育った大阪のまちから表彰される賞なので、これでやっと私も一人前の大阪市民になれたのかなと、感慨深かったですね。

 

 

音楽との出合いは3歳で触れたピアノから。お箏は、お父様の勧めもあり9歳から習い始めたそうですね。

 

 

 

 

私が小学3年生のときに、和楽器に興味を抱いた父から「お箏習いにいくか?」と突然言われました。父は、自分が練習するよりも娘に習わせて弾いてもらおうと思っていたみたいです。当時の私は、ピアノの先生から「あなたはピアノより、歌の方が向いているんじゃない?」と言われるほど、音楽は好きでしたが、ピアノの稽古では怒られてばかり。まあ、練習していかなかったからなんですけど(笑)。最初はお箏という楽器の存在も知りませんでしが、音楽だったらやってみたいと思ったのが始まりです。

 

 

今のご活躍を考えると、きっかけとは思わぬところにあるものなのですね。当時はどんな環境で学ばれていたのですか?

 

最初は住宅街にある近所のお箏教室で、基本的には大人の生徒さんが多かったですね。週1回、学校から帰ると家で30分練習してからお稽古に行ってました。ある時期からコンクールに出始めると、練習した分だけ弾けるという実感もあり、何より誉め上手な先生だったので、「ピアノみたいに怒られない!」と喜びを感じられるようになりました。そうして通い初めて2年ほど経ったある日、先生の師匠の元に連れて行かれたんです。

 

 

その師匠が、大正から昭和にかけて活躍した作曲家・箏曲家・宮城道雄の元で修業し、愛弟子であった先生ですね。

 

愛すべき”おじいちゃま先生”でした。当時、お師匠の生徒たちが開いた教室に通っていた子供たちを集めて、年1回の演奏会があったんですが、そこで私の演奏を聴いたおじいちゃま先生が、「あの子は見込みがあるので、私の教室に連れてきなさい」と地元の先生に仰ったそうです。自分では、その時どんな演奏をしたのかも覚えていませんが、これもご縁なのかなと。教室ではお稽古に来ていた女子大生のお姉さんたちも泣かされるほど、厳しい指導でしたが、芸が素晴らしいのはもちろん、特におじいちゃま先生は、普段は寡黙でおっとりされているのに、たまに「胡弓を弾いて、呼吸困難だね」とかユーモアのある発言をされるので、みんなからすごく慕われていました。

 

 

 

 

幼少期から、才能を見込まれてのスカウトだったのですね。現在、片岡さんご自身も教鞭を執る立場にあり、今だから思い起こされる師匠からの教えもあるのでは?

 

いくつかありますね。ひとつはある日「お箏が上手く鳴らない」と言って、楽器を教室に持って来られた生徒さんがいたんですね。早速「貸してみなさい」と、おじいちゃま先生が弾くと、めっちゃええ音が鳴ったんですよ! みんな目が点になってましたね。そこで先生が一言、「楽器のせいにしちゃダメだよ」と仰って。そういう漫画みたいなエピソードがたくさんありました(笑)。中でも先生のお言葉で心に残っているのが、「人から愛される演奏家になりなさい」というもの。演奏には人柄が出るものだから、技術と同じくらい人柄を磨きなさいという教えは、今の私にとっては演奏家としての指針になっています。

 

 

講師という立場は、演奏家とはまた違った発見や楽しさがありそうですね。

 

 

そうですね。自分では難なく弾けた箇所でつまずく人がいれば、もちろんその逆もありますし。なぜ弾けないのかを注意深く見ていくと、爪の当て方が違ったり、他の指が当たっていたりと、普段私自身も意識していなかったようなところまで見えてくる。そこで、「こうした方がいいのでは?」と指導すると、実際に弾けるようになるので嬉しいですね。教えることによって、自分自身のフォームの改善にもつながったり、弾き方に対して一層理解を深めることができました。今になってお師匠さんからの言葉に気づくこともありますし。そういった教えを次の世代に受け継ぐという伝統の部分を、私も少しは担わせて貰えているのかなと思います。

 

 

「お箏って、じつは色んな奏法を駆使して弾く楽器なんです!」

 

片岡さんが考える、箏の魅力とは?

 

音色だと思っています。それも、おじいちゃま先生のお箏の音色が素敵すぎて、「あの音を出したい!」と幼少期に思ったことが、これまでお箏を続けて来られた最大の理由です。青く澄んだ湖を連想させる、とても美しく清らかな音色でした。

 

 

楽器のなかでも特にお箏は、奏者によって音色に違いが出やすいそうですね。

 

奏者が変わると、音色も全然違いますね。お琴は182センチの桐の木を切って作られた楽器です。伝統的な13絃から現代曲向きに改良された20絃、25絃と様々な種類がありますが、13絃の中にも「楽器」によって低音域がよく鳴るもの、高音域がよく鳴るものと個性があります。音の高さも、一番右端から箏柱(ことじ)と いう駒までの間隔で決まるので、箏柱をどこに配置するかでも音が変わってきます。また、お箏は左手で絃を押さえながら右手で弾くので、ジャーンと弾くだけでは終わらずに、左手の押さえ方によって余韻を上げたり下げたりできる。ビブラートのかけ方も人によって違います。弾き方によっては、柔らかい音、硬い音、わざと濁った音まで出せるので。じつはお箏って、色々な奏法を駆使して演奏する楽器なんです。そういう部分にも注目して聴いて頂けると、面白いかもしれません。

 

 

 

 

また、奏法と一緒に歌を学ぶのもお箏の基本とか。

 

「え、お箏なのに歌うんですか?」とよく驚かれるのですが、もともとお箏は歌伴奏の楽器として発展してきたので、稽古でも弾き歌いから始めるのが大前提です。歌は独特な節回しの地唄と呼ばれるもので、歌詞は「~なりけり」といった古典や和歌に詠まれた男女間の物語など。「涙で枕を濡らした」とか、小学生の頃は意味も分からずに歌っていました(笑)。

 

 

今年の「咲くやこの花賞」贈呈式では、片岡リサ作曲 「Canton Road」 、宮城道雄作曲 「三つの遊び」から「汽車ごっこ」 、越谷達之介作曲・石川啄木作詞 「初恋」の3曲を演奏されました。とりわけ弾き歌いの「初恋」では、西洋の声楽を本格的に学ばれた片岡さんならではの、ソプラノ音域を活かした歌声に魅了されました。

 

 

 

声楽は、もともと宮城先生がソプラノ音域での弾き歌いの楽曲を作られていたので、その曲をちゃんと歌えるようになりたいという思いで練習を始めました。文化庁の国内研修で1年間学んだ後も4年ほど継続して勉強し、現在も定期的にレッスンに通っています。弾き歌いの曲があることで、演奏会ではメリハリが出せますし、お客様にも飽きずに聴いて頂ける。歌詞の説明もできるので、いろんな角度からお箏の世界に理解を深めて頂けると思います。

 

 

西洋音楽や歌を学んだ経験が、お箏の演奏に活かされていると感じる部分はありますか?

 

西洋音楽には、アンダンテ、モデラート、フォルテ、クレシェンドなど音の強弱や速度を示す音楽用語がありますが、邦楽は口伝が基本なので、お箏の楽譜にも明確な指示はありません。例えば「だんだんゆっくり」という部分には「徐」とだけ書かれています。そこからすぐに速度を落とすのか、たんだんと落としていくのかは、解釈が自由なので。その点も、奏者によって音色に個性や味わいが出てくる所以です。また、オペラや歌曲では先生から、「ここでは、13歳の無垢な少女のように愛らしく歌って」と指導を受けることもありますが、内心「そんなん無理やん~」と思っていても、必死に表現しないといけない。発声では、口の開け方次第で悲しい「あ」にも、明るい「あ」にも聴こえるとか、いろんな表現方法を学びました。歌の発声にならって、お箏の演奏でも、少し弦を弾く位置を変えたり、横にずらして弾いてみたり、いつもと音色を変えてみたくなるような、良い刺激を貰いました。色々と勉強したことが、最終的にはお箏に上手く反映できれば良いかなと思います。

 

 

 

「大阪にも”こんなオモロイお箏弾きがおるで!”と発信していきたい(笑)」

 

「春の海」などで知られる宮城道雄さんは、古典として語られがちですが、現役当時は洋楽と邦楽の融合を試みるなど、業界に新風を吹き込む存在だったそうですね。

 

新しい風すぎて、当時の邦楽界では「何あれ?」と思われるような異色の存在でした。新しい試みには賛否両論が起こるものですが、宮城先生のすごさは、例えばお箏をバンバンと叩くような前衛的なスタイルで驚かせるということではなく、江戸時代から使われてきたスタンダードな奏法を効果的に使いながら、例えば、汽車、風の音、水の音、川の流れといった、身の回りにある題材を音楽として表現したことにありました。守るべきものを大事にしながら、新しいことにも取り組む。それが宮城道雄の作品が100年近く経った今でも親しまれる理由だと思います。

 

 

ご自身の活動にも、影響を与えましたか。

 

 

お箏は流派によって、古典を守り抜くところ、新曲を専門にやるところなど雰囲気も様々。その中で、私は宮城先生の流れを頂いているので、宮城道雄作品をライフワークにしつつ、一方で洋楽器とのコラボレーションが楽しくて今は積極的に取り組んでいます。音楽大学に進学していたこともあり、洋楽器の友達がたくさんいて、これまで演奏の機会にも恵まれて来たので。一緒に演奏することでクラシックファンにも、「琴もええやん!」と思って貰えるきっかけになれば良いなと。

 

 

現代曲に向いた25絃より、伝統的な13絃のお箏にこだわるのも宮城先生譲りかも?

 

やはり音色を大事にしている私としては、伝統の奏法にこだわりたい。25絃とか単純に13絃の倍もあるので、ピアノの楽譜が弾けるぐらい出せる音域は広いのですが、どうしても柔らかい音色で、本来の雰囲気と変わってしまう。13絃はピーンと張ったような音なので。中には25絃専門の奏者の方もいらっしゃるので、そこは専門の方にお任せして、私は13絃という制約の中でどこまで表現できるのかに挑戦したい。「お箏ってこんなこともできたんや!」と、まだまだ発見が多いですし、新たな試みを達成することに喜びを感じます。

 

 

大阪音楽大学在学中には上海・蘇州で開かれた日中友好25周年記念演奏会に出席され、現在は大阪大学で日韓伝統音楽を研究されています。音楽を通した国際交流も今後力を入れていきたい分野の一つですか。

 

意識的にというよりも、今は機会があれば行かせて頂いているという感じですね。今年の「咲くや~」贈呈式で演奏した自作の 「Canton Road」は、中国を旅したときの様子を曲にしたものです。韓国と中国にはお箏と同じ形状の楽器があるので、交流しやすいですね。ちなみに三味線型の楽器は、中国にはありますが、韓国にはありません。近隣の東アジアでも似ているところと、違っている部分があって面白い。言葉が通じなくても、一緒に演奏することができるのも楽しいですね。良い音楽は国境を越えるものだなと実感します。

 

 

国内外に活動の場を広げても、軸足は変わらず大阪に置かれていますね。

 

 

結局何でも東京一極集中で、みんな上京しちゃうけど、今や東京は日帰りできる場所ですし、世界に目を向けると東京と大阪なんて同じようなもの。だったら、自分が一番芸を精進していきやすい環境に身を置く方が良いんじゃないかなと。確かに東京は奏者の数も多くてレベルも高い。大阪にいては巡ってこないような仕事もあって「もー!」ってなりますけど(笑)。それでも、生まれ育った場所で地に足をつけて、日本全国はもちろん世界にも羽ばたける奏者になりたいなと。生粋というか、コテコテの大阪人なので、大阪にもこんなオモロイお琴弾きがおるで!と発信できたら良いかなと思います。

 

 

最後に改めて、今後の展望をお聞かせください。

 

10年ほど前から、機会がある度に私が編曲した「Amazing Grace」を弾き歌いのスタイルで演奏してきました。まだまだ聴いたことがない人の方が多いので、『片岡さんの「Amazing Grace」は100回ぐらい聴いたから、もうええわ!』と言われるぐらいまで、今後も全国津々浦々の人々に届けたい。それにはソロもありますが色んな楽器とコラボレーションしたり、自分が「面白そうやな!」と思った企画には前向きに参加していきたいですね。お箏を聴いて頂けるきっかけになるようなことであれば、何でもやっていきたい。その先に、幼い頃の私が、おじいちゃま先生の音色に感動したように、いつか「片岡さんの音色を聴きたい」と言って貰えるような演奏家になるのが、私の本筋ですね。

 

 

 

 

 

◎取材・撮影=石橋法子(ライター)

 

 

 

★大阪名物を訊く!【私の、咲くやこの花賞】……

大阪といえば吉本新喜劇。私たちの時代は土曜日が半ドンで、テレビで吉本新喜劇を見ながらお昼ご飯を食べて、見終わってから遊びにいくという、清く正しい大阪の小学生ライフを送っていたので(笑)。大阪ってリズムがあって楽しいですよね。ボケと突っ込みだったり、しゃべくりの展開の速さだったり。それら、お笑いに通じる「元気の良さ」が大阪らしさやと思うんですね。演奏家は体力勝負ですし、元気で明るい部分は自分にも通じる。持ち味を活かしながら、まさに大阪代表として今後も頑張って行きたいですね!

 

 

 

 

★演奏会情報……

《レゾナンス鎌倉の響き》 レゾナンス、谷戸の谺(こだま)Ⅲ

オーボエ、ヴィオラ、箏の響き

●日時:2017年4月16日(日)15:00開演 (14:30 開場)

●場所:覚園寺 (神奈川県鎌倉市二階堂421)

●料金:6000円

●出演:片岡リサ(箏)、吉井瑞穂(オーボエ)、赤坂智子(ヴィオラ)

【問合せ】http://resonance-kamakura.com/contact/