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ジオターゲティング
2009年10月30日(金)

数字ベタでもわかる「ドラマ版」会計学入門 [第3回]

テーマ:会計学入門


福岡市中央区の心療内科・精神科  「メンタルクリニック桜坂」       (福岡県内で唯一、 日曜も診療を行っている心療内科です)




■ランチの皮算用

 飯島が、声を震わせながら話すと、男は静かに、そして落ち着いた声で言葉を返してきた。
「それが、さっきおまえが言っていた、『嫁さんに、お店の経営が苦しい話ができない』っていう理由なのか?」
「はい。うちの嫁さん、当時、凄いお金持ちの婚約者と縁談が進んでいたのに、そこに私が強引に入り込んで、駆け落ちして嫁を実家から連れ出したんです。だから、最初に苦労をたくさんかけたときは、胸が締め付けられる思いでした。そういう理由があって、お金では苦労させたくないと誓ったんです。銀座にお店を出してからは、そういう経営の相談は、一切していません」
 男は目を細めながら、話を聞き続けた。そして、飯島の話が終わると、目の前で腰を下ろして「ふーっ」と大きく息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「話はわかった。だがな、あんたの苦労話と売上は、残念ながら関係しないんだよ」
「なんと言われても、私はこの店を続けますよ! 実は、自分なりに対策も考えていたんです」
「対策?」
「はい。今は朝11時から夜8時までしか営業していませんが、これからは、もっとお客さんを取り込むために、営業時間を朝7時から夜11時まで、延長するつもりです」
「そんなことしたら、おまえ、体を壊すぞ」
「壊れたって、構いません! 嫁さんに苦労をかけるよりは、マシです!」
 飯島は、目に涙をためながら男に食ってかかった。しかし、男は眉ひとつ動かさず、無表情な顔で、静かに話し始めた。
「その意気込みだけは、買ってやるよ。だが残念ながら、その営業時間延長の作戦は、高い確率で失敗する」
「でも、営業時間を延ばせば、それだけ売上だって……」

「営業時間を延ばして、その時間帯の貢献利益がプラスになれば、確かにいいよ。でもな、何が変動費なのか、もう一度、よく考えてみろよ。固定費だって思っていたものが、変動費ってこともあるんだ」
「うちのお店で、材料費以外で、変動費なんて、あるんですか?」
「周りの居酒屋って、みんながランチをやっているわけじゃないだろ? 材料費以外が、すべて固定費ならば、それを回収するために、ランチはやるべきだって思わないか?」
「それは、純粋に店長のやる気の問題ですよ。居酒屋ならば、ランチで余った材料を夜に使い回せるから……ランチをやれば、お店の貢献利益を大きくできるはずです」
「もっと、よく考えてみろ。水道光熱費や店長以外のアルバイトの給料は、ランチをやらなければかからないから、変動費になるだろ」
「……言われてみたら、そうですね」
「『ランチの売上-ランチの材料費-水道光熱費-アルバイトの給料=ランチの貢献利益』がマイナスだから、その居酒屋は、ランチをやっていないんだ。そこで、売上を伸ばして、賃料や最初の設備投資のお金を回収したいと焦ってしまう経営者は、貢献利益が赤字であることを無視して、ランチをやり続けてしまうんだ」
「つまり……貢献利益を計算できていない私の場合、営業時間を延ばしても、それで、どれだけ儲かるのか、わからないってことなんですね」
 飯島は、蚊の鳴くような小さな声で言った。
「早朝と深夜の営業の場合、アルバイトの人数が少ないとしても、昼間よりも時給は高くなる。それに、夜はすべての電気をつけておくから、水道光熱費も高くなるだろ。もともと、銀座のサラリーマンが、出勤前に食べるとは思えないし、夜中に年齢層が高い顧客が、胃がもたれるのに、そんなに菓子を買わないだろう。貢献利益がマイナスになる確率は高いと考えるのが、自然だよ」
 男はそう言うと、飯島を縛っていた手と足のロープを、ナイフで切り始めた。


■お店は撤退すべきか

「これで、俺の講義は終わりだ。あとの判断は、経営者であるおまえに任せる」
「……ありがとうございました」
「おいおい、強盗に『ありがとう』はないだろ」
 男は、初めて飯島に優しそうな笑顔を見せた。
「いえ、おかげで会計の重要性がよくわかりました。この銀座のお店は、今月末で撤退して、また地方の小さなお店から出直そうと思います」
「嫁さんには、なんて言うんだ?」
 男が心配そうに話しかけると、飯島は、縛られていた手首と足首を撫でながら、ゆっくりと答えた。
「嫁さんには……今日、家に帰ってから、面と向かってじっくり話してみます。考えてみたら、ここまで苦労はたくさんかけてきたんで、今さら、こんな相談をしても、夫婦の今までの人生の評価が、変わるわけないですよ」
「信頼しているんだな」
「どうのこうの言いながら、連れ添って長いんです。それに、今回、また田舎に逆戻りですけど、今度は会計をしっかり勉強してから、この銀座に戻ってきます。そのくらいの根性でやらないと、男としてカッコ悪いですからね」
「ふん、また見栄っ張りなことを言ってるな」
 男が投げやりな口調でそう言うと、飯島は、少し顔を赤らめながら答えた。
「たぶん、見栄っ張りなところは治らないと思います。嫁さんに……俺と駆け落ちしたことだけは、後悔してほしくないですからね。死ぬ前に『この男と結婚してよかった』って、一度は思ってもらわないと気が済みませんよ」
「まぁ、そういう意気込みがあるんだったら、閉店のあとは、裏口の施錠をちゃんと確認してから作業に入ることだな。お店が儲かる前に、強盗に殺されちまうぞ」
 男はそう言うと、裏口の扉に向かって、ゆっくりと歩き出した。飯島が頭を下げて、もう一度「ありがとうございました」と大きな声で叫ぶと、男は「会計を教えてやったんだから、警察には通報するなよ」と言って、後ろを振り向かず、片手を左右に大きく振って、裏口から出て行った。

 男が店の外に出ると、東の空が、薄ら明るくなっていた。そのとき、ポケットの携帯電話が鳴った。
「ああ、今、終わったよ。旦那には、会計をじっくり教えてやったよ。あんたの依頼どおり、銀座のお店は撤退して、いちから出直すってさ。それにしても、頑固な旦那だったな。説得するのも、ひと苦労だったよ。強盗の格好でもしながら乗り込まなければ、たぶん、話すら聞かなかっただろうな。まぁ、俺があんたの『大金持ちの元婚約者』だって知ったら、なおさら話は聞かないだろうけどね。あっ、お礼はいらないぞ。元婚約者として、どんな奴と駆け落ちしたのか、一度は見てみたかっただけだからさ。悔しいけど、あんた、たぶんあの男と駆け落ちして正解だよ。えっ、なんでだって? そりゃあ、今日、帰ってきた旦那と話をすれば、わかるはずだよ」
 男はそう言うと、携帯電話を片手に、もう一度、タバコの煙を大きく吸い込んで、空に向かって煙を吹き出した。


(完)


○財務会計と管理会計
 財務会計とは、決算書を中心とする会計情報を、会社外部の利害関係者(債権者、株主、税務署など)に提出することを目的とする会計のこと。一方、管理会計とは、会社内部の管理者(取締役、部長、工場長など)に提出することで、経営の意思決定や業績の評価に役立てることを目的とする会計のこと。経費を変動費と固定費に分けて、貢献利益を計算し、それによって経営を分析することは、管理会計でよく行われる手法である。

2009年10月29日(木)

数字ベタでもわかる「ドラマ版」会計学入門 [第2回]

テーマ:会計学入門


福岡市中央区の心療内科・精神科  「メンタルクリニック桜坂」       (福岡県内で唯一、 日曜も診療を行っている心療内科です)




■価格弾力性を生かせ

「とにかく、銀座で高い賃料という固定費がかかっている以上、リターンが大きくなるビジネスモデルにしなきゃいけないんだ。都心に進出するってことは、そういう覚悟が必要なんだ」
「すみません、ひとつ質問していいですか?」
「なんだよ」
「単価が低いクッキーでも、いちおう、うちの看板商品なんです。これを捨てて、高い商品にシフトしたら、今のお客さんに、逃げられちゃう気がするんですが」
「いきなり店のビジネスモデルを変えろなんて、言ってないだろ。まずは、今までどおり、クッキーの単品売りをしながら、詰め合わせのギフト品の取り扱いから始めてみろよ。取引先回りの営業マンが買っていく可能性が、高いだろ」
「それは、いいアイデアですね!」
「さらに、並行してクッキーを利用した単価の高い商品を開発していけばいい。おまえ、お菓子職人なら、なにか、いいアイデアはないのか?」
「あっ、この間、嫁さんの誕生日に、クッキーの間にスポンジとチーズを挟んだバースデイケーキを作ったんです。あれだったら、3000円以上の単価をつけて販売できるような気がしますよ」
「クッキーで作ったケーキか……そういうアイデアは、忘れないうちにメモしたほうがいいぞ」
「メモを取れって……手が縛られているから、書けないですよ」
「なんか言ったか?」
「いえ、なんでもありません!」

 飯島は、余計なことを言ってしまったと思い、すぐに話を変えた。
「もうひとつ、質問してもいいですか? 単価の高い商品に絞るのはわかったんですが、その商品が売れないと、商品点数を絞っている分、リスクが高くなっちゃいますよね」
「そりゃ、そうだ。まぁ、売れそうもなければ、値下げすりゃあいいんだよ」
「えっ、値下げですか! そんなことをしたら、貢献利益は減っちゃうじゃないですか!」
「商品の価格を下げても、それ以上に販売数が増えるならば、結果的に、利益額を増やすことができるだろ? こういう価格の変動に対する販売数の変化率を、『価格弾力性(*4)』って言うんだよ」
「でも、値下げをしたら儲からないって、よく聞きますけど」
「おまえみたいなダメ経営者は、すぐに本に書かれていたことを鵜呑みにするんだな。賃料が高い銀座に店を出して、売れない商品を並べて置くだけのバカがいるか! それに、ただ値下げすればいいってもんじゃない。一番、貢献利益が大きくなるところを探すんだ」
「もう少し、具体的に教えてもらえますか?」
「いいか、今から新しく販売する『クッキーで作ったケーキ』の価格を決めるときに、デパ地下や周辺のお菓子屋で、競合しそうなロールケーキやチーズケーキの価格を調べるんだよ。それより、少し価格を低く設定すれば、たくさん売れるんじゃないのか。それに、価格弾力性は、商品だけで決まるもんじゃない」
「あっ、そうなんですか?」
「おまえ、何もわかっていないんだな! いいか、時間帯でも価格弾力性は大きく変わるんだ。例えば、朝からケーキを値引きしていたら、お客はどう思う?」
「昨日の残りものを売っているのかな、と思うかもしれないですね」
「そしたら、余計に売れないだろ。だから、お菓子なんかは、夕方に値引きするんだ。そうすれば、このお店は新鮮な商品を売っているんだな、というブランド力にもなるだろ」
 男が、ショーケースからクッキーをひとつ取り出して、食べ始めた。
「うん、こりゃウマイな」
「味には自信があるんです。嫁さんと二人で、『これなら、絶対に銀座でも売れる!』と思って、頑張って店を出したんですが……銀座の賃料が高すぎるから、お店にお金がなくなっちゃったんですよ」


■高額な商品を売れ

「その考え方が、そもそも常識ハズレでオカシイんだよ」
「そうですかねぇ……私は強盗をするほうが、非常識でオカシイような気がするんですが」
「確かに強盗のほうが……じゃねぇよ! 今は、そんな話をしているんじゃねぇ! 俺は、おまえの経営者としての感覚がオカシイと言っているんだ! 『銀座の賃料が高すぎて、クラブが1年で撤退』っていう話を、よく耳にするだろ」
「いえ、私はクラブには行かないですから、そんな話は聞きません。どちらかといえば、秋葉原のメイド喫茶のほうが、主戦場といえます」
「おまえの主戦場がどこだろうが、知ったこっちゃねぇよ! 今は賃料の話をしているんだ!」
「す、すみません!」
「銀座から撤退する店は、賃料の高さが本当の理由ではなく、『店のサービスも、女の子の質も一流ではないから、賃料に見合うだけの料金設定にできなくて、貢献利益が稼げなかった』っていうことだよ」
「そうか! 銀座の賃料が高いのは、その地名だけで、高所得者が集客できて、貢献利益が大きな商品でも買っていくってことなんですね。まぁ、田舎だったら、年金暮らしの低所得者ばっかりだから、安いクッキーを売るべきってことになるのかな」
「しかも、問題は賃料だけじゃない。おまえの店、銀座だから人件費も高いだろ?」
「そうなんです!」

 飯島は、当を得たことを強盗に言われたので、叫ぶように話し始めた。
「とにかく、銀座は人件費が高いんですよ。田舎なら、時給700円だったのに、こっちでは、時給1500円もするんですよ。でも、そのわりには接客業がわかっている社員が、ぜんぜん集まらなくて、危機感もまったくないんです! だから、ここは思い切って、アルバイトには全員辞めてもらって、接客のプロを正社員で雇おうかって、考えていたところなんです。給料が高い社員なら、販売力もすごいはずです」
「ホントに、バカだな」
「……なんか、言いました?」
「いや、なんでもない」
 男は目線を落として、一回咳払いをすると、少し声を上ずらせながら話を続けた。
「人件費も賃料と同じなんだ。貢献利益が大きい高額な商品を売ることができるからこそ、給料が高い優秀な社員を雇うことができるんだ。給料が高い優秀な社員を雇えば、接客をうまくやって、売上がばんばん上がると思ったら、大間違いってことだ」
「そういうもんですかね?」
「じゃ、もし給料が高い社員を雇うだけで売上が上がるなら、上場会社は売上や利益が下がっても、社員をリストラしないはずだろ。その優秀な社員がいろいろ考えて、売上を勝手に上げて、危機を救ってくれるんだから。でも、現実は違う。上場会社は、貢献利益が大きな商品を売れるからこそ、優秀な社員を雇い、一等地のビルにオフィスを構えることができる。まぁ、それが、貢献利益を大きくし続けることには、つながるんだけどな」
「じゃあ、私のお菓子屋の場合は、どうなるんですかね?」
「貢献利益が大きな高額な商品を売る力がない、おまえの店には、給料が高い優秀な社員は必要ないってこと」
「でもさっき、ギフト商品の販売と新商品の開発で、貢献利益をたくさん稼げるってことに、なったじゃないですか」
「それは長い目で見た場合の解決策だよ。お客さんに商品が浸透するには、時間がかかる。今、会社に残っているお金を計算しても、あと半年はもたないだろ?」
 男の言う話は、もっともだった。半年どころか、来月の店の運転資金すら、持ちこたえられるかどうかの状況である。
「悪いことは言わない。強盗の俺が言うのもなんだが……この銀座の店は撤退して、もっと賃料の安いところに引っ越せ。そうすれば、このビジネスモデルに見合った賃料と人件費で、再びお店をうまく回すことができるはずだ」

「この店を……撤退ですか?」
「おまえのためを思って、俺は言っているんだ」
 男がそう言うと、飯島は顔を真っ赤にして、大声で叫んだ。
「それだけは、できません! この店は、私が命をかけて運営しているんです!」
「おまえが命をかけているかどうかは、知ったこっちゃない! 儲からないビジネスを続けることのほうが問題だって、言っているんだ」
「私のことを何も知らないから、気軽にそんなことが言えるんです! 私は……私は、今の嫁さんと駆け落ち同然で小さな町を飛び出して、軽自動車一台でクッキーを販売するところから、スタートしたんです。そこで、嫁さんにはたくさんの苦労をかけてきました。そして、小さな店を構えて、そこからすごい努力をして、とうとう銀座にまで来たんです。そんなことも知らずに、店を、たためなんて……」


(第3回に続く)


*4:価格弾力性
 価格を変動させると、どれだけ販売数が変化するのかを示す指標。価格弾力性を見極めた価格設定をすることで、貢献利益を最大にできる。例えば、価格弾力性が小さい生活必需品(砂糖、塩など)は、値上げしても販売数は落ち込みにくい。一方、価格弾力性の大きい贅沢品(自動車など)は、価格を下げることで一気に販売数を拡大できる。例えば、映画館やホテルが、女性限定の割引サービスを提供するのは、同サービスでの女性の価格弾力性が大きいと考えているからだ。価格弾力性が小さく、値引きをしなくても買う男性にまで、サービスする必要はない。

2009年10月28日(水)

数字ベタでもわかる「ドラマ版」会計学入門 [第1回]

テーマ:会計学入門


福岡市中央区の心療内科・精神科  「メンタルクリニック桜坂」       (福岡県内で唯一、 日曜も診療を行っている心療内科です)



必死に頑張っているのに、なぜか儲からない。
そんな飯島が経営する銀座のお菓子屋にある日、強盗が。
そして、その強盗が始めたこととは……。
『会計天国』の著者が書き下ろした「ドラマ版」会計学入門。
3回にわたってお送りする。

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 飯島が目を覚ますと、そこには口髭を蓄えたガタイのよい男が立っていた。
 迷彩色のタンクトップから伸びた手は、丸太のように太く、その先には長さ20センチのバタフライナイフが握られていた。
「お目覚めだな」
 男はつり上がった目で、飯島を見下ろした。ぼんやりした意識が少しずつ回復していき、初めて自分の手と足がロープで縛られていることに気がついた。
「動くな。強盗だ」
「強盗……? あぁ!」
 その言葉を聞いて、瞬時に記憶が蘇った。営業時間終了後、経営するお菓子屋を一人で店じまいしているときに、突然、裏口から人が入ってきて、白い布を口に当てられて、そのまま意識を失い……ようやく飯島は、状況を呑み込むことができた。
「おっ、お願いです! 店にあるお金は全部あげます! だ、だから、命だけは助けてください!」
 飯島は震える声で叫んだ。しかし、男は口元を少し歪めながら、飯島のほっぺたに冷たいナイフを当ててきた。
「それはダメだな」
「お金は全部あげますよ!」
「あんたが寝ている間に調べさせてもらったが、その金が、この店にはないじゃないかぁ!」
「へっ」
 飯島は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 男は「なぜ金がないか、わかっているのか」とたたみかける。
「さぁ……気がつけば、いつもお店には、お金がないんです」
 お店の回転資金が底をつきかけたうえに、強盗にまで同情される自分がなさけない。

「田舎の小さな町でお菓子屋をやってたんです。そのとき、手作りクッキーがマスコミで評判になり、急激に売上が伸びたので、都会でも勝負できるんじゃないかと思って、 1年前に銀座に店を出したんです。お客さんがどんどん来てくれて、大繁盛になったんですが……なぜか、店にはお金が残らない」
 いつのまにか、飯島は強盗に身の上相談をしていた。男は少しバカにしたような笑みを浮かべて、静かに話し始めた。
「儲かっていそうなのに、会社に金が残らないっていう話は、よく聞くな。で、おまえの店の貢献利益(*1)って、どのくらいなんだ?」
「コウケンリエキ?」
「おまえ、貢献利益も知らないで、店なんかやっているのか? 経理担当者を誰か雇っていないのか?」
「私は会社の数字がどうも苦手で……一応、嫁さんが店の経理をやっています」
「じゃあ、嫁さんに聞けばいいじゃないか」
「嫁さんには心配をかけたくないので、経営が苦しい話はしたくはないんです」
「ふん、男としての見栄か。会計をまったく知らずに経営しているから、金がないんだよ。まぁ、取るものもないから帰ってもいいが、これも何かの縁だ。少し会計について俺が教えてやるよ」
「えっ! 強盗さん、会計がわかるんですか?」
「こう見えても、昔は経営者だったんだよ。今は落ちぶれて、強盗なんかやっているけどな」
「……うーん、会社を潰した人から、会計の話を聞いてもなぁ」
「おめぇ、殺されたいのか!」
「冗談です! 冗談! ぜひ、教えてください!」
 飯島は青ざめた顔で、何度も頷いた。


■銀座の会計学

 強盗は低い声で、話し始めた。
「あんた、さっきクッキーが看板商品だって言ってたが、その単価はいくらなんだよ」
「えーっと、1個120円で売っています」
「そんな価格設定じゃあ、儲かるわけないな」
「でも売れ行きはいいので、口コミで広がっていけば、もっとお客も増えると思います」
 飯島がそう答えると、男は頭を抱えこんだ。
「おまえもバカだねぇ。いいかい? こんな銀座の一等地でお菓子屋をやるんだったら、クッキーみたいに単価の低い商品じゃなくて、ロールケーキとかチーズケーキみたいに単価の高い商品に絞らないとダメなんだよ。店の賃料なんかの固定費(*2)が大きいんだから、貢献利益の大きい商品を置かなきゃ、儲かるはずがないだろ」
「あの……だから『貢献利益』って、なんですか?」
「売上から、売上原価やパートの人件費なんかの変動費を引いた利益のことだよ。普通、決算書では、『営業利益=売上-売上原価-販売費および一般管理費』って計算するだろ。これを『売上-変動費=貢献利益』『貢献利益-固定費=営業利益』って、組み直して考えるんだ」
「売上原価は変動費として、販売費および一般管理費を変動費と固定費に分けるんですね。でもなんで、そんな面倒くさいことをするんですか?」
「会計っていうのは、道具なんだ。クッキーを作るときと、ケーキを作るときと、使う道具が違うだろ。同じように、決算書を作るときと、経営を分析するときも、道具を変えるんだよ。それで、一般的に、価格が高い商品ほど、貢献利益が大きくなる傾向にある。これは、変動費の中には、材料の質に関係なくかかる運送料や在庫管理料が入るからな」
「なるほど、高い材料でも、安い材料でも、一回の運送費は同じだし、商品1個を保存する冷蔵庫の電気代も変わらないですからね」
「だから単価の低いクッキーを、銀座の一等地で売っているのは、ダメ経営者ってことなんだよ!」
「ダメ経営者って……強盗よりはマシでしょ」
「バカかおまえ! 10万円を盗んでも、100万円を盗んでも、一回の強盗にかかる経費は同じだし、捕まるリスクもあるだろ。だから、一回で金が多く盗めて、貢献利益が大きくなる銀座の店を、ちゃんと選んでいるだろうが。でも、こんな貧乏くじに当たるとは」
 男は大きなため息をついた。

「さらに、だ。都心でお菓子屋をやるんだったら、販売する商品も絞り込んだほうがいいぞ。あんたのお菓子屋は、看板商品以外に、いろいろな種類のお菓子をたくさん売りすぎている」
 男はそう言うと、店頭にあるショーケースに目をやった。そこには、マドレーヌやシュークリームなどの単価の低い菓子が、ズラリと並んでいた。
 飯島は意外なことを指摘されたので、すぐに反論した。
「でも、種類は多いほうが見栄えもいいと思いますよ。それに、商品をたくさん並べたほうが、お客さんも幅広く選べて、売上が安定するじゃないですか」
「たくさん置けばいいってもんじゃないんだ! 貢献利益が大きい商品でも、『商品の利益額=商品1個の貢献利益×商品の販売数』という数式が成り立つ以上、販売数も多くならなければ意味がない。繁盛店を見てみろ。高くて、売れ行きがよい商品だけを選んでいるだろ。売れない商品は置かないから、空きスペースをとって、ゆったり並べることができる。それが、顧客の買う心理にも、よい影響を与えるんだ。商品点数が少ないからこそ、高い価格でも売れるんだ」
「そっかぁ。あんなに商品点数が少ない専門店が、なぜ都心でやっていけるのかと不思議でしたが、そういう理由があったんですね」
「それに、お菓子なら腐るのも早いから、売れ残ったマドレーヌやシュークリームは、捨てることになるんだろ。それが、結果的には損になって、貢献利益をさらに悪くしているはずだ。いいか、売れる商品だけに絞ればリスクは大きくなるけど、その分、リターン(*3)も大きくなるからこそ、儲けることもできるんだ。でも実際には、リスクをとるのが怖くて商品点数を絞れずに小さなリターンでもいい、という安定志向の経営者も多いんだ」
「堅実経営を目指すことも、経営者としては、間違っていない選択ですよね」
「田舎ならばな。でも賃料の高い都会に出店しているくせに、小さなリターンを目指すバカな経営者もいるんだよな」
「あはははっ、そりゃ、バカですね」
「おまえのことだよ」
「……」


(第2回に続く)


*1:貢献利益(1)
 貢献利益とは、「固定費の回収に貢献する利益」という意味で、売上から変動費(売上に合わせて変化する原材料費や人件費など)を差し引いた利益のこと。この貢献利益で、固定費をちょうど回収できる売上を、損益分岐点と呼ぶ。人件費や賃料は、普通、固定費だが、これを変動費に変えることができれば、売上が下がったとしても、固定費が回収できないリスクは小さくなる。ただし、全社員を成果報酬型の変動給与にしたら、社内の雰囲気が悪くなり、失敗した会社もある。
 経営者は貢献利益が、いつでもプラスになっていると思い込んではいけない。例えば、都心のオフィス街にあるコンビニは、週末になると休んでしまう。これは、売上から商品の売上原価、バイトの人件費、水道光熱費などの変動費を差し引くと、週末の貢献利益がマイナスになるからだ。

*2:固定費
 固定費が大きいビジネスは、安定した貢献利益が確保できていなければ、すぐに破綻してしまう。儲かってくると、すぐに賃料の高いオフィスに移転して、社員もたくさん雇う経営者がいるが、これでは貢献利益が増えていないのに、固定費だけが上がって、大きなリスクを抱えるだけだ。立派なビルに移転して、給料が高い優秀な社員を雇うだけで、自社の商品の価格が自動的に上がって、売上が伸びると考えるのは幻想だろう。

*3:リスクとリターン
 世の中には、ハイリスクな投資をすれば、自動的にハイリターンを期待できると勘違いしている人が多い。現実は、それほど甘くはない。銀座の路面店のように、賃料が異常に高い場所で商売をすれば、リスクは高くなる。そこでは、リターンの大きい、つまり価格が高い商品を売らなければ、莫大な固定費は回収できない。もし銀座の路面店で、価格が安い商品を売るならば、ハイリスクでローリターンなビジネスをやっていることになる。

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