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2008年6月20日up

日本がすき。-1

日本がすき。-2

渡部
「こんにちは」

稲田
「こんにちは」

渡部
「ええと稲田先生とこの番組でお会いするのは、ほぼ一年ぶりぐらいですかね」

稲田
「そうですね。今年のお正月に対談して以来かと思います。あ、去年、去年ですね」

渡部
「それで、その後ですね、先生は百人切りの裁判に関係してらしたけどもね」

稲田
「はい」

渡部
「あれ、僕は非常に色んな意味で重要だと思うんですけどもね。その後どうなっていますかね?」

稲田
「ええと昨年に、まず高裁で棄却されたんですね」

渡部
「棄却?」

稲田
「棄却されて、昨年末の12月22日に、上告も棄却されて、遺族の請求は認められないという事で確定したんです」

渡部
「それでそれは結局、第一審が悪かったって事ですかね?」

稲田
「私も色々と、どうしてこういう事になってしまったのかと、ずっと考える日々なんですけども、一つには裁判っていう司法の限界っていうのがあるかなと思いました。
というのは、地裁ではですね、百人切りの、昭和12年の11月末から12月10日まで報道された4回の百人切りの記事自体は、にわかには信じられないという話だったんですね。
で高裁では、百人切りの報道は、えー甚だ疑わしくて、信ずる事は出来ないと。いう事ですから、ま信じられないと、虚偽だと、あの報道自体は虚偽だと認めながら、請求は棄却されたと、ねじれみたいな現象があったんですけども。
ようするに名誉毀損は、亡くなった人の名誉を守るって事は出来ないんです」

渡部
「なるほど」

稲田
「亡くなった人は、今の裁判所は生きてる人の人権を守る、亡くなった人の人権は守らないし、ましてや日本の国の国益を守るのは、裁判所の仕事では無いと」

渡部
「はぁ」

稲田
「生きてる人の人権を守ると」

渡部
「遺族はね、インチキ報道の為に被った被害についても無関心?」

稲田
「そう、ほんとに遺族達は、あの報道が、『中国の旅』という朝日新聞が大々的にこんなに悪い事したんだって言った、あの新聞記事以来、ずっと辛い目にあって、人権は侵害されっぱなしなんですけど、その人権を守るって事については無関心」

渡部
「はぁ。妙な所で人権に無関心ですな(笑)」

稲田
「そう、遺族の人権を守るよりも、今から70年前の新聞報道ですね、あの報道を、甚だ信じられないと言いながらも、今の遺族の人権を守る為には、あの報道の重要な部分が、全くの虚偽である事を立証しようと、まったくの虚偽であるとは言えないので、えーあの遺族達の人権は無視するというのが判決なんです」

渡部
「僕はね、本田勝一さんがあれ書いた時に山本しんいちさんと論争となって、諸君でやりあいましたね。色んなやり方あったと思いますけども、山本さんはやっぱり軍人だったものですから、ありえないという立場で面白かったんですよね。というのは歩兵将校と、部隊長付きの副官がね、一斉にに持ち場を離れて切りあっているというのは」

稲田
「ありえない」

渡部
「ありえない」

稲田
「だから歩兵補の小隊長と、大隊副官が、いきなり日本刀を抜いて、持ち場を離れて、それぞれ百人以上切ったっていう話なんですけど、あれ全くの虚偽と言ってもおかしくないと思うんですが、ま、それだけ聞くと全くの虚偽なんですが、裁判所は”重要な部分で全くの虚偽”と言わないで”重要な部分というのは、二人の少尉が、百人切りと言われるような競争をして、多くの中国人を殺害したと。だからそこには百人以上とか、日本刀とか、全部捨て去って、多くの中国人を殺害した事が、全くの、100%全くの虚偽という事までは出来ないという・・それはもう立証するの不可能なんですけど」

渡部
「そんな事言ったら、出征した軍人はみんな」

稲田
「そうなんですよ。別にバレーボールしたりバスケットボールしてるんじゃなくて、戦争してる二人の軍人が、中国人を殺害した事が全くの虚偽であると立証しなければ、遺族の人権は守らないと」

渡部
「厳しいですね」

稲田
「屁理屈っていうか、結論が先に決まってね、それで請求棄却すると決めて、あの被告にとって有利な証拠を集めていたとしか思えないのが判決なんです」

渡部
「僕はね、当時、浅見という毎日新聞、当時、日々新聞と言ったかな、あの新聞社の社員がね、あれは私が作ったインチキ記事ですと、一言言えば、お二人とも助かったんですよね」

稲田
「そうです」

渡部
「実に卑怯にも」

稲田
「見たものではありませんとは言ったけど、自分が作ったまでは言わなかったんです」

渡部
「一言言えばね、言ったって彼は罰せられる事は無かったんですよ」

稲田
「ええ」

渡部
「そして彼は、敗戦後は左翼運動やっているんですよね」

稲田
「ええ(笑)日中友好かなんかに尽力をして」

渡部
「あの人の、あのインチキ性ね、子孫代々まで恥として残すぐらいの復讐をしなくてはいけませんね」

稲田
「そうですね。法廷にね、写真をとったカメラマンが出てきたんですよ。
当時91歳で、車椅子に乗って、看護婦さんを連れて、息子さんも連れて車椅子で来て、でなんとおっしゃったかと言うと、あの話は自分は写真は撮ったけれども、記念で、こっから百人切りをするんだと浅見は言ったんだけども、自分は百パーセント信じていないと。
あの日中戦争は、シナ事変は300メートル先の敵を鉄砲で打つ近代戦なのに、歩兵補の小隊長と大隊副官が日本刀を抜いて、切り殺しの競争をするなんて自分は全く信じてないと。
ただ自分が撮った写真が、中国の大屠殺記念館や抗日記念館に飾られてますよね。
南京大虐殺の下手人だと飾られている事で自分は大変心外でね、中共政府とケンカしたいんだと、あれを勝手に載せるなと、撤去したいと、ケンカしたいという事を法廷で証言されたんですよ」

渡部
「はあ」

稲田
「だから私はそれ聞いてね、90歳以下の、車椅子に乗ってない、日本男児は何をしてるんかと。中共政府とケンカするぐらいのね、気概を持って欲しいなと思うぐらい、きっぱりとそこは証言されたんですよ」

渡部
「松村先生とも対談した時、どうもね、日本男児でね、中国に対してなんか下手に弱い人がいるっていうんですよ。中国に対していつも言っている事が違ってきてたりね、どう考えてもあれは論理的じゃないのでね、まー想像を逞しくすれば、ハニートラップ」

稲田
「ハニートラップ?」

渡部
「マネートラップだろうと、いう事なんですけどもね。日本の男性の方が駄目なんですね。女性の方はどうなんですかね?」

稲田
「いやー女性はハニートラップは無いと思うんですが、でも、女性の方が今は元気ですね。
私も、地元に帰りますと、女性の後援会はまず出来ているんですけど、女性人がすごく応援してくれて、しかも話せば分かるっていうのがね、男性人の方が話しても分からないっていうのを感じたりとか。
あと行動力が全然女性の方があるので。損即感情抜きで応援してくれる人が女性の方が多いんですね」

渡部
「私は45年間、大学の教壇にいたんですけどね、ある時からなんか集まりをやろうとしても、女子学生の方が音頭とるようになったんですね」

稲田
「あー今はそうですね」

渡部
「それでね、何時頃かなぁと大雑把に言ってね、あの教科書問題以来だと印象を受けますね」

稲田
「そうですか。昭和57年あたり」

渡部
「今から20年前ぐらい。あの辺りから急にね、日本は申し訳ない事をしたと教科書にダダダーと入ってきたと」

稲田
「ええ、急に。近隣諸国条項

渡部
「しかも教えるのは、日教組のね、あの何ていうか、敵国の手先みたいな人が多いわけでね。それでね、ああいうような打撃は男の方が受けやすいのかなぁと思って」

稲田
「ああ」

渡部
「というような、これはまぁ推測ですけどね」

稲田
「でも面白い指摘ですよね。先生が教科書問題の虚偽報道について、本にまとめてられましたよね?あの○○(聞き取り不可)、あれを読んで私も目から鱗っていうか、あーそうなんやって」

渡部
「うん、しかしあれは普通ではね、ごく、志ある人、特別関心がある人しか浸透しませんと思いますね。あれだけやられたって、毎日新聞だって朝日新聞だってNHKだって、一切訂正しなかったですからね」

稲田
「訂正しなかったですよね。なんか申し訳程度に、訂正したようなしてないような」

渡部
「ちょっと出ましたけど、まぁこれぐらい(小さい)の記事でしたからね。何もないでしょうね」

稲田
「うーん侵略を進出に書き換えたという事は無かったんですね」


日本がすき。-3渡部
「無かったんです。あの頃、正論・・あー諸君を呼んで読んでくれた人は、よく分かったと思うんです。しかし、それは限られた人ですからね」

稲田
「えぇ」

渡部
「なにしろ、NHK、朝日新聞、毎日新聞、日報、日経、一つも訂正しないんですから」

稲田
「えぇ。それで近隣諸国に配慮するって条項を入れてしまったのが、宮沢」

渡部
うなづく

稲田
「宮沢さんですね」

渡部
「あれは日本国の教科書の、最終審査権を、ソウルと北京に与えた事なんです」

稲田
「うーん」

渡部
「だから、本当は国賊第一級でね、普通の国なら死刑にしたいとこですよ」

稲田
「えぇ。あはははは」

渡部
「はははは」

稲田
「そうですね」

渡部
「シナ語で言えば、宦官っていうやつがいる」

稲田
「あぁ宦官」

渡部
「根っからなんです、あれ」

稲田
「そうなんですよねぇ」

渡部
「そういうのがね、全然マイナスにならないで、大体、日本に害を成した人は出世するんです。今までは」

稲田
「なるほど。どうしてなんでしょう?それは近隣諸国に配慮できる人だからでしょうか?」

渡部
「マスコミとかなんかはね、どういうわけか応援する力があるんですね。だから、宮沢さんも首相になりました。河野さんも、従軍慰安婦だってインチキ言ったのに、今、議長じゃないですか」

稲田
「そうですよねー」

渡部
「全然失脚してないんです」

稲田
「でも今、自民党でもね、昨年12月ぐらいから、あの文部大臣だった中山先生だとか、若手の中山先生とかがね、あの河野談話をやっぱり見直そうと。従軍慰安婦はインチキですし、それを証言した何某、なんとかって人が、嘘だって事も分かっているのに、あれを未だに談話をね、変えないのはおかしいって事で、研究しようと」

渡部
「ようやく若い方がね、稲田先生みたいな方がね、議員に入ってきてからなんでしょうね。なんか上の人たちはね、なんか日本に関しては躊躇させる力があったんですな」

稲田
「はぁー」

渡部
「おかしな、非常に不思議です」

稲田
「だからちゃんと自民党のそういう、自民党の中の機関で、河野談話を見直そうという動きが出てきたのは、嬉しいですね」

渡部
「えぇ嬉しいですね。それで失脚するのはどういう人かというと、つまんない女性問題だとか、つまんない献金もらった人だとかそういう人なんですね。僕、国内の献金であれば、違法ではあるけども、ようするに日本の中でお金が回っているわけだから、ま、大した害は無いと思うんだけど。それが明らかに外国から影響を受けている人、ハニーか知りません、マネーか知りません、その人たちの売国的な行動」

稲田
「不問に伏されるのはおかしいですよね」

渡部
「必ず不問なんです」

稲田
「それで出世するとしたら余計に変ですよね」

渡部
「おかしいです。だから将来、稲田さんなんかがですね、サッチャーさんのような立場になられましたらですね、名誉褫奪法(めいよちだつほう)でも作ってもらってね、戦後の流れをこうずーっと見てもらってね、明らかにこう」

稲田
「国益に反する事をした政治家はきちんとね、正してあげて」

渡部
「別に罰金取らなくていいし、ぶち込まなくてもいいけどもね、褫奪ね、名誉だけは褫奪してもらいたい」

稲田
「そうですね。それ重要な事かも分かりませんね」

渡部
「そうして脅しておかないとね(笑)」

稲田
「っていうか、日本の国って、国の名誉を守るって事にかけては、全く無関心な国ですよね」

渡部
「そうなんです」

稲田
「不思議な国ですよね」

渡部
「そうなんです。それがスパイ防止法もね、国家機密法も何も出来ない国なんですよね」

稲田
「ええ」

渡部
「僕は昔、案が出来てね、草案に加わった学者を知ってるんだけども駄目でしたと。それを通そうとしたら、当時の有力な政治家がみんな引っかかっちゃって」

稲田
「ああーあははははは」

渡部
「はははは」

稲田
「なるほど~」

渡部
「今だってそう。今だって出来ない、と思います」

稲田
「うーん」

渡部
「例えば、稲田さんのグループが国家機密法、スパイ防止法」

稲田
「議員立法しようとしたら」

渡部
「おそらく反対は偉い人たちから来ると思いますね」

稲田
「自分たちが引っかかる可能性があると。引っかかるというか、引っかかってしまうと」

渡部
「確実にね。というような人が、少なくないんでしょうね」

稲田
「うーん、どういう事ですかね?これは」

渡部
「やはりこれはね、敗戦国の悲しさ、だと思います。最近もね、横田喜三郎という方について、諸君かなんかに座談会に出てました。横田さんに対する批判は、谷沢 永一さんが詳しく述べたことがありました」

稲田
「はい」

渡部
「あの人は、東京裁判の時はね、裁判が検事側かなんかの翻訳かなんか担当なさって、えーそして東大の国際法の教授で、えー東京裁判が国際法的に有効であるというインチキを述べですね、天皇制は民主主義と反しないという事を言っておったんだけども」

稲田
「ええ」

渡部
「そのうち段々風向きが変わってくるとですね、吉田さんが講和条約する頃になると、講和賛成法に動く、そしてその次、岸さんが安保改正に動くと安保改正に動く。どんどん動いちゃってるんですよ。そうすると若い頃、終戦直後に書いた天皇は民主主義とは相容れないという本は、古本屋から買い占めて、という噂がありました」

稲田
「ええ」

渡部
「そして最終的には、全部政府の言った通りの事を言うもんですから、最高裁の長官になって、文化勲章までもらいました」


(2)につづく
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