髪は女の命

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じ~んと来ちゃったニュース記事


     →13歳で初めて髪を切った少女 その理由とは?




長い髪を切っただけで涙なんて出るものなの?

きっと理解出来ない人もいるだろうけど、これって本当に涙が出るものなんですよ!



このニュースを読んで、子供の頃お下げにしていた髪をショートカットにされて

大泣きした自分の事を思い出しました。


それは、忘れもしない七五三の翌日の出来事です。


「七五三が終わったら、髪の毛を短く切ろうね。」


何故だか分からないけど、知らぬ間に出来あがっていた母との約束。

小学校1年生の自分には、きっとその意味はちゃんと把握出来ていなかったのかもしれません。




七五三に晴れ着を着せてもらい、自分の髪で日本髪を結ってもらい、キラキラと光る

綺麗なカンザシや鹿の子を髪に挿してもらう。

そして写真屋さんで写真を撮ってもらったら、この長い髪の毛とさようならする。

毎朝三面鏡の前に急かされながら無理やり座らせられ、眠気眼で母に三つ編みを

編んでもらう必要もなくなる。


母もそうした方が楽だし、自分が面倒に思っていた洗髪も、すごく簡単になっていいだろうな。

ただただそういう納得をして、七五三の翌日に髪を短くする事を、子供心と軽い気持ちで

了承していたのだと思います。



美容院から家に帰り、三面鏡を覗きこんで自分の頭を見た瞬間に、美容院の鏡の前では

全く湧き上がって来なかった感情が、一気に噴出しました。


何故だか分からないけど、涙がぼろぼろ出てきました。


少年の様に短くされた自分の頭を、何度も何度も撫でながら泣きました。

母に慰められても、どう宥められても、無くなってしまった自分のお下げ髪への

未練が断ち切れず、こぼれ落ちる涙は何度ぬぐってもぬぐい切れませんでした。



その事が潜在意識として残っているのでしょうか。

あれからずっと、自分の髪を切る事には、かなり慎重な自分です。

人様の髪の毛なら、どんなに長くてもばっさり切ってしまえるのに(笑

自分の髪となると、切ろうか切るまいか中々決心が付きません。

5cm切るのも、30センチ切るのも同じ。

かなりの心構えと勇気が今でも必要なのです。


やはりこの自分の髪の毛への執着は、たぶんあの七五三の時に味わった

大きなショックが原因でしょうか。



自分の髪への思いと重なったせいか、この少女の行動と決心には大いに感動!




反面・・・・・


このニュースの少女の写真を見て、その髪を切る理由は素晴らしいとは思えても



うわあ~~

そのハサミ~~

本当にバチンとやってもいいのお~?!  


思わず止めに入りたくなっちゃう自分もいたりして(^o^;)







久々の更新でした。(^_^)v

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ALWAYS 三丁目の夕日

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先週フィギュアのNHK杯を見て、チャンネルを変えて何気なく見始めた

金曜ロードショーの面白さに身動き取れなくなり、珍しく連続4時間もテレビに

噛り付いてしまいました。



always
「ALWAYS 三丁目の夕日」




たぶん私ぐらいの年代の人は、映画が自分の幼少時代の生活と重なり

あふれ出る懐かしさで、胸がいっぱいになれる映画だと思いました。



時代は自分が生まれる少し前の設定だったけれど、町並みも人々の様子も

確かにそんな感じだったなあと思え、驚くほどそれが再現されていた映画でした。


古い家屋や店先。

人が歩くと土ぼこりの舞うセピア色の道と空気。

荷台のごつい鉄製の重たい自転車に、レトロな三輪自動車や都電。

とても衛生的とは言えない、古びた商店の木製の陳列棚一つにしても

どれも実際にあった、見覚えのある懐かしい町の風景です。




建設中の電波塔、東京タワーの下で暮らす下町の人々が

笑いと人情に満ち溢れ、懸命に一途に生きる様。



実際にはその東京タワーも、数年後にはその役目を終わるんですね。

東京では世界一高さの高い新しいタワーが、アナログから地デジへと

変更される時までに、完成する予定になっています。




初めてテレビが家に来たときに、近所の人が大勢集まってきて

スイッチを点ける瞬間を、みんなで固唾を呑んで見守るシーンでは

我が家に初めてカラーテレビが来た時と、全く同じだった事を思い出し

本当は笑える場面なのに、何故だか涙が出てきて笑い泣き。

懐かしさでも、人って涙が出るもんなんだ。

とても不思議な心境でした。




物語の中に、自分が生まれた高円寺の町が登場した時には

心の中で歓声まで上げてしまった私です。



親子の関係や、隣近所の付き合い方、食卓を囲む家族の暮らしの中に

言葉では表現できない何かが、そこにはありました。

何が人間の暮らしにとって1番大切なのか。

近代化されればそれが満たされるのかと言ったら、そうでも無さそうです。


その時代を知らない若い人たちにも是非見てもらいたい、そんな映画でした(^-^)/

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手芸キット

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小学生の頃から、私は手芸が大好きでした。

外で遊ぶのも好きでしたが、家の中で何時間も何かの手芸に

没頭する事も大好きで幸せな時間でした。



編み物から始まって、リリアン、クロスステッチの刺繍、籠や帽子をナイロンテープで

編んだり、レースや文化刺繍にも手を出したし、針金と液体で作るアートフラワーや

今大流行のビーズを使ったアクセサリーなんかもよく作ったんですよ。

書ききれないけれど、他にも色々作りました。下手なんですけどね。


最近はそういう事をじっくり出来る時間が無くて、手芸品からはかなり遠のいて

しまいました。

本当は針仕事もしたいし、編み物もしたいし、何かを作りたいって気持ちは

常に持っています。


小学生の頃、よく親にねだって手芸屋さんで「手芸キット」なるものを

買ってもらった覚えがあります。

これは誰でも簡単に手芸が楽しめるし、夏休みの自由研究にも使いました。





先日次男の文化祭に行った時に、バザーでその懐かしい手芸キットを

見つけたんですよ!



pafy1

たったの20円(*_*) これは買うっきゃないです!




パフィーアートとか言う物で、台紙に布を押し込んでいって作ります。

これは始めての挑戦です。



うひょ~面白そう~~(*^▽^*)




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図柄も出来上がっているので、これなら簡単に出来そうです。


昔を思い出し、年甲斐も無く何だかわくわくしてきました。





pafy3



とは言っても、説明書を見ても意味の分からない部分があって

思ったより手こずりました。

昔からそうでしたが、分からないところがあっても、親に聞くのはこれまた嫌なんですね。


どうしても自分でやり抜きたいという、そういう頑固な子供。

でもそれがまた完成したときに、より大きな達成感が得られるのです。




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ふっくらさせるのがこの手芸の特徴なので、台紙と生地の間に

こうやってスポンジを挟んでいくんですよ。

布を台紙の切れ込みに上手に押し込んでいきます。







完成品がこちら。

ちゃんと額縁がセットされていて、壁に掛ける事が出来ます。

細かいところがいまいち綺麗に出来なかったけれど、久々の

手芸キットに今日は没頭する事が出来ました!



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たまにはパソコンばかりではなく、こういう時間も大切なのかもね(^O^)/


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脱脂粉乳

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sukim


プレーンヨーグルトにこれを混ぜて、数時間おいて置くと乳酸菌が増える?!

スキムミルク入りヨーグルトが、何と体脂肪を減らす効果があるという話題を知りました。

「あるある大辞典」か何かで紹介され、ずいぶん前に流行ったみたいです。



本当かどうかは分かりませんが、カルシウム強化には期待が持てそうなんで

買ってきてここ数日食べ始めています。

ヨーグルトがクリームチーズのようにまったりと変化して、口当たりも

なかなかいい感じになります。



そんな事よりも、このスキムミルクをお湯で溶いて飲んでみたんですよ。

その味に何だか懐かしい思い出が湧き上がってきて、感激してしまいました。



これはまさしく小学校の2年生位まで学校給食で飲んでいた

あの脱脂粉乳ではありませんか!


確か嫌いな子が多かったと思う粉ミルク。

でも私は大好きだったんです。


大きなアルミ製のピッチャーに入っている暖かいミルクを

こぼさないように一人一人のアルミ製のボール型の器に分け

味噌汁をすする様に両手でこれを飲むのです。


偏食が酷くて給食がすごく憂うつだった私にとって、すんなんり食べられるのは

コッペパンとこのミルクぐらいなものでした。

肉も魚も野菜も嫌い。今では考えられないですね(^o^;)


おかずが全部食べられないと、先生が鬼の様な顔をして、ここまで食べないと

駄目だと言いながら、お皿にスプーンで線を書きました。

野菜煮の汁で描かれた、無情な境界線。

そしてその決められた分が食べられなくて、目の前のお皿をじっと見続ける自分。

涙で抵抗しようが、食べないと給食を終わらせてはくれませんでした。


他にも数人いつも残される子がいました。それぞれお皿の上にはその子が嫌いな物が

残っています。

そして食べることが出来た子だけが、先生にお皿を見せに行き、片付けることが許されるのです。


私はほとんど毎日最後まで残る常連さんでした(〃∇〃)

昼休みは当然無くなります。


そして最後の最後にノルマの人参やほうれん草を、おえっとなりながらも

飲み込んでいた覚えがあります。

その時助けてくれたのが、この唯一好きだった脱脂粉乳。

嫌いなおかずを、味も食感も打ち消しながら、喉を通してくれたのがこれなのです。


給食残され組の子供たちに、食の大切さや、栄養や身体の事を懇々と説明し

食育を真剣に考えてくれた先生。

その頃はいじめられているか、拷問を受けているような気がしていたけれど

あの先生の厳しさの中には、ちゃんと愛があったのよね。

今ではあの辛い時間も、自分の為だったんだなあとつくづく感じます(^O^)


飴細工の思い出

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小学校の低学年の頃だったと思う。

住んでいた近くの公園に、飴を売るおばあちゃんが毎週来ていた。


小さな押し車に、古びた木の箱を積んで、そのおばあちゃんはやってくる。

親から貰った10円玉を握り締め、飴細工の小さなお店の開店をじっと待つ。


今思えば、そのおばあちゃんはかなりの偏屈婆様だった。


まず笑わない。そして愛想も無い。かなり威張っている。

とても子供相手の商売をやっているような気さくな婆様では無かった。


だから平気で待たせるし、並んで待つ子供が何人溜ろうと急がない。


一言で言えば、職人気質って感じだった。


感じはかなり悪いが、このおばあちゃんの作る飴細工は、それはそれは

芸術品だった。


木の箱の中には、形が変形しているようなぼろいアルミのボールが入っている。

その中には真っ白でどろどろにとけた飴。

でも艶があってとても綺麗な飴だった。

たぶんあの箱の下には、飴を柔らかくする為の燃料があったんだろうな。


店が開店する。


「何がいい?」

つっけんどうに先頭の子供におばあちゃんは尋ねる。


動物、鳥、自分の好きなものを注文すると、おばあちゃんの芸術作品が

瞬く間に仕上がっていく。



熱々の飴を、ビローンと伸ばしながら適量を取り、割り箸の先にそれを

丸めてくっつける。

ウサギがいいと言えば、丸い塊だった飴を器用な手つきで形付け

握りバサミで、ウサギの耳になる部分を伸ばしながら作るのだ。

その握りバサミの使い方が、とにかく上手くて見ごたえがあった。

最後に箱の前に並べられた食紅を筆につけ、目や口をつけて

飴細工の完成だ。


自分が作ってもらえる順番を、首を長くして待っていたっけ。

そのおばあちゃんの飴細工は、本当に芸術品だった。


その後おばあちゃんは、公園に何故かぷっつりと来なくなってしまった。

子供心に、おばあちゃんはどうしたのかかなり気がかりだったっけ。


何故かふと思い出した飴細工。

探してみたら、まだ残っていた。

ちょっと嬉しくなっちゃった(*^o^*)



飴細工ってこれ

  ↓

飴細工


地味な花火の思い出

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各地で花火の祭典が始まりましたね!

隅田川の花火の様子をテレビで見ましたが、さすがに綺麗でした。



最近そういえば、子供が少ない為か花火をやる場所が無いのか分かりませんが

家の前で子供達が集まって花火をやっている姿を、トンと見なくなりましたね。



自分達が子供の頃は、誰が誘い合うわけでも無く、夕飯が終わった頃の

時間になると、ぞろぞろ外に子供達が出て来て、持ち寄った花火で

楽しんだもんです。


手にはアイスを持っていたり、近所のおばさんがスイカを切ってきてくれたりと

それはそれは楽しい時間でした。



今は花火をやれば、「うるさい」とか「火薬臭い」と苦情を言ったりする大人も

いますから。

花火も楽しむ雰囲気じゃありません。

何だか寂しいし、今時の子供達はそういう風情も楽しめないんですね。

可哀想な気もします。





unko1   この形、覚えてますか?






そうです!うんこ花火です~~!




何だか地味なんですけど、線香花火に並ぶくらいの

人気者でした。





unko2


こんな感じで、得体の知れない黒いけむりとその灰が形になって

残るんですよね。






unko3


物足りなくなると、こんな風に積み上げたりして(笑





今思うと、綺麗な火花が咲くでもなく、パチパチと音が出るわけでもない

こんな地味な花火になぜ人気があったのか・・・・・




にょろにょろ~~


へびだ~へびだ~って喜んだ。

unko4


うんこ座りで、じい~~っとこの煙の残留物を見つめていた子供達って

いったい何だったんでしょ?(笑



へたくそな絵ですいません(^▽^;)

18歳ころだったかな、このゲームがブームになったのは。


game


街の喫茶店には、必ずこんな感じでゲーム機が2,3台置いてあった。

先客がいて台を占領されていると、すご~くがっかり。

ゲーム機確保の為に、あちこちのサテンを巡るなんて事は

ざらだった気がする。



洒落た喫茶店よりも、昼は喫茶、夜はスナックに変身なんていう

ちょっとくたびれた古臭~いソファーなんぞが置いてある茶店が

穴場だった。


今思えば、うら若き乙女が、よくもそんな薄暗い喫茶店で

何時間もインベーダー攻略の為に時間を潰していたものだ。

ネオンぎらぎらの明るい繁華街で遊んでいる今の子たちから

比べると、かなり暗いイメージの社会現象だったかも。



でも、久々にやってみたら、かなり楽しい!

1面クリア出来ただけで、ニタニタしてしまった。

昔100円玉を積み上げて、このゲームに没頭していた時代が

蘇り、心から懐かしがっていた自分がそこにいた。

ちょっと音が違うのが残念だけどo(^-^)o


ネットでスペースインベーダー

目からうろこを剥がされた~!

な~んちゃっておじさんの続きに書いた、風吹けばおじさんの秘密

こんな形で明らかになるとは、思っても見なかった。




namelessさん は、本当に物知りのお方だ。本を沢山読んでいる。

活字中毒者でうんこの話もよく書くけど、実はそれは頭の良さと

知識の豊富さを隠すためのカモフラージュだと私は睨んでいる。

namelessさんは、グーグルの検索機能より上を行っている。

私がちょっと書いた記事の中の疑問に対して、驚くほどの

速さでピタリと当てはまる答えを出してくれた。



で、風吹けばのおじさんの話に戻ると、このおじさんは自分が

幼少時代に出遭った、露出狂のおじさんなのだ。

詳しくはこちらの記事の後半に書いてます。



「風吹~けば!」

これはおじさんが下半身を見せつける時に発した言葉。

ただの棒読みではなく、「♪ドレミ~レミ!」と歌ってみてもらえると

その状況を想像してもらえると思う。 

♪ドレミ~レミ、最後のミは半音でぴたっと止めてみて。




何十年もの間、風吹けばの意味など考えても見なかった。



「風が吹いたらぶ~らぶら。ホレ見てみろ、ぶーらぶら」



これを言いたいだけの、低俗な変態おやじが純真無垢な少女の心をいたぶって

快楽に浸っていただけだと思い、憎悪の気持ちしか残っていなかった。




 かぜふけば おほそうなる いぬざくら 




「風吹けば尾細うなる犬桜」

松尾芭蕉の俳句である。

namelessさんが、この歌の存在を教えてくれた。



犬桜は、桜の一種でありながら貧相な花をつけるのでこの名があるそうだ。

そして、その枝が風に吹かれる様は、まるで尻尾をまたに挟んで逃げる犬のようだと

揶揄した歌なんだそうだ。




そうか!そうだったんだ!

あのおじさんは自分のブツを見せつける露出狂の変態おじさんには

違いないけど、俳句をこよなく愛する文化人だったのだ。



自分のソレが、貧相である事は承知していた。

そして喜び勇んで逃げる自分の姿と、尾っぽをまたに挟んで逃げる犬を

重ねて、芭蕉の歌を心の中で詠んでいたのだ。



たぶん家に着いてから、自分が犬桜のようなちっぽけな存在である事を

思い知らされ、布団に包まって泣いていたに違いない。

そう思うと、何だか哀れで可哀相に思えてきて、長年憎んできた

そのおじさんを許してもいい気になって来た。




風吹けばどうなるのか。

やっと分かった気がして、何だかすっきりしたなあ。



ついでにご紹介しておくと、namelessさんのソコは、風が吹くと

ス~ス~するそうです。 ご参考まで(^O^)

第2回 ブロガー認知度調査(?)


口裂け女の噂 が下火になって数年後、こんなおじさんも出没しました。



このおじさんは、何故か出没する現場が電車の中に限られていました。

そして口裂け女とは違い、人々を恐怖に陥れるという訳では無く

ひたすら電車通勤や通学する人達に、いらぬ迷惑や余計なおせっかいを

焼く妙ちくりんなおじさんでした。



座席に座っている人の前に立ちはだかり、意味不明なギャグを飛ばし

ポカンと口を開けて見ている乗客達の前で、最後には自分の両腕を頭の上に

丸を描くようにチョコンと乗せ「なーんちゃって」とオドケテ見せるのです。



そのおじさんは、誰もが会ってみたい時の人となりました。

会った人は「いいなーいいなー」と皆に羨ましがられ、一躍ヒーローとなれました。

でも、本当に会っていたかは証明するものは何も無く、定かではありません。

なんちゃっておじさんの写真が、1枚も残されていない事は歴史に残る

世界七不思議の一つとされています(*゚ー゚*)

余談ですが、くしゃおじさんの写真は残されているようです。






そういえば自分が小1の頃、「風吹けばおじさん」

出没するという噂が広がった事があります。



下校時間を狙って、そのおじさんは校門の近くに潜んでいるのです。



そして校門を出てきた子供の前に突然立ちはだかり

「風吹~~けばっ!」と言いながら、ズボンを半分下げて

例のブツを前に突き出すように見せびらかすのです。


キャーという悲鳴を聞くと、目的達成とばかりに「やったどーやったどー」と

ズボンを上に戻しながら、喜び勇んで逃げていきます。



なんちゃっておじさんは、幻のおじさんでしたが




風吹けばのおじさんは、確かに実在しておりました。




なぜかと言えば、目撃者は紛れも無くこのだったからです( ̄_ ̄ i)



露出狂にひと一倍憎悪感があるのは、この風吹けばおじさんに

出遭ったせいだと確信しています。


憎いあんちくしょーは、たぶん今はこの世には存在していないと思いますが

永久的に、地獄で閻魔大王の拷問にあっている事でしょうメラメラ




さて風吹けば、アレはどうにかなるものなのでしょうか??




今はちょっとだけ気がかりです(^▽^;)


口裂け女

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数十年も前の事になりますか、こんな女が世間を脅かしていました。


自分の前を、長い髪をなびかせながら音も無く歩く女。

振り向いたその顔は、口が耳まで裂けているのです。



「見たなあ!」と、ドスの効いた声で人々を恐怖のどん底に

突き落とします。



口裂け女は、どんな場所にも出現します。

道端で、路地で、時には公園の公衆トイレにも出没するので

どこで出会ってしまうか予測がつかず、暗い夜道の一人歩きなんぞ

恐ろしくて出来るもんじゃありません。

家や学校以外のトイレに寄るなら、漏らした方がましでした。


そんな怖い女がうろうろしているのですから、登下校は

それはそれは緊張感と警戒心で一杯でした。


寄り道や遠回りなんて絶対せずに、一目散に家に急ぎます。

前横後ろ、自分の背後をチラチラ見ながら、口裂け女が自分の前に

出てこないことを祈り、ひたすら小走りするのです。



学校では、口裂け女の話題でもちきりでした。

「隣の市で、団地の階段に出没した」

「公園の土管の中で、ねずみを食っていた」

「部屋の窓に、口裂け女が顔をへばり付けて中を窺っていた」

噂話はエスカレートするばかりです。

「昨日会った」なんていう子まで出てくる始末です。


何処からとも無く沸いて出る、根も葉もない噂話。


今思えば、あれは妖怪を考え出した伝説話のように

大人が子供に警戒心を抱かせる為の知恵だったのか?


それとも本当に「口裂け女」は存在したのか?


今でも謎が残っています(^O^)