緊張とあがらない方法

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手に「人」という文字を書いて飲む真似をする。

相手をじゃがいもと思え。

そんな事は迷信だと思っていた。


緊張するときは、何をやっても緊張する。あがるときは間違いなくあがるものだ。

緊張とあがらない方法などあるはずが無い。そう思っていた。



自分は大勢の人の前で話すのが苦手。小さい頃からそうだった。

答えに自信があるのに、もし指されてしまい黒板の前に出て

発表しなければならなくなったら困る。考えただけでドキドキする。

だから手を上げたいくせに上げられない、そんな引っ込み思案の子供だった。



とにかく緊張してあがってしまう。

練習しても、言葉を一生懸命暗記しても、いざ本番になると考えていた事の

半分も言えずに終わってしまう。

中学、高校へ進んでもその苦手な分野を克服する事は出来なかった。



スポーツの上でも、せっかくの練習の成果が試合で発揮できない。

余計な緊張感が、自分の足元をぐらつかせる。

あとから自分の極端な緊張感をよく恨んだものだ。



大人になっても、あらゆる場面でそういうことに遭遇した。

仕事のミーティング、責任者と言う立場になった時は朝礼をやるのが

とても苦痛だった。話したいことはいくらでもあるのに、上手く話せない。

思いを伝えられない自分に、嫌気がさした事もあった。

しどろもどろになって話す自分の姿を思い出しただけで、頭に何かを

被せたい位の心境に今でもなる。



この年になると、人前で話す機会などほとんど無い。

だからなのか、結構冷静に自分の事を分析できるようになって来た。



結局は人に良く見られたい、失敗を悟られたくない、上手く話そうという気持ちが

大きすぎて、そのことで自分で自分にプレッシャーをかけて追い込んでいた。


楽観的に望めばいい事なのに、人の目を気にしすぎ、意識しすぎて

格好つけすぎていた。



うまくやれ、落ち着け、上手に話せ、リラックスさせようと頭の中で繰り返した事が

実はそれこそ間違っていたんじゃなかろうか。



無理に落ち着かせる事が、逆に緊張感を増やしていたのかもしれない。

もっと気軽な気持ちで挑んでいたらな。

こんなの今思ったって遅すぎだ。

あらゆるチャンスを無駄にし損したなあと、今になって思っても取り戻せないのだ。



ブログはいい。

相手をジャガイモと思わなくてもいいし、下手な文章でも緊張感無く書ける。

でも不思議なもので、こうやって自分の考えや思いを書いていると

今なら大勢の人の前でも話せるんじゃないか、何の事なくこなせるんじゃないか。

緊張やあがりへの恐怖心に楽々対抗出来る、そんな気もしてくる。

ものは考えようだ。



これって図々しくなっただけかもしれないけれどね(^~^)

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