コミック喫茶のアルバイトでジェネレーションギャップを

感じた事は、以前ここに書いたと思う。

ほんの数年しか違わないのに、価値観や、

自分が一般常識と思っていた事が通じないのだ。

ああ、私もオバサ・・(いやぁぁぁ)なんだなと、

軽く落ち込んだものである。


それでも話してみると異星人と話しているわけでは

ないと気づく。

彼らは彼らなりに悩み、傷つく、やはり気のいい若者

なのだ。


先日、ニュースで保育ママという民間サービスで、

委託された子供を虐待して逮捕された保育ママの

報道を見た。

「泣きやまないのでいらついて、子供を揺さぶった」

という事らしい。

生後数ヶ月でまだ首も座ったばかりの子供を、

そんな風に扱えばどうなるか、頚椎でもいためたら

重篤な後遺症でその子の人生は変ってしまう。

報道では、加害者は正式な保育師の資格は持って

いないという事だったが、それもまた恐ろしい話しだと

思う。

委託した親は「プロ」だと思って安心し、保育料を払って

子供を預けるのに、基本的な育児理念を知らないで、

ただの作業として子供を委託育児することの危険性を

この事件では示唆していると思う。

子供が好きだから、ベビーシッターをする人ばかりでは

ないのだ。

いや、本来子供は好きだったのかもしれない。

しかし思い通りに仕事が進まない・自分の努力が通じない

という苛立ちから、密室で子供を虐待する。

このくらいなら大丈夫だろう、と勝手に判断して

子供と大人の体の構造を知らず、重篤な傷を負わせて

しまったという、プロとして失格な行為だ。

この人の心理はどんなものだったのだろうと考える。


どちらにしても、信頼して預けた子供をそんな目に

あわされたのではたまったものではない。


しかし、実子に虐待を行う親も年々増えてきている。

親の理解が得られず、傷つく人も多い。


様々な虐待の書物には「虐待は連鎖する」と書かれている。

親の愛情を受けれなかった、愛されたいのに愛されなかった。


だから自分も愛し方がわからない、と悩む親は相談施設に

訪れる人の統計だけでも年々増えている現状だ。


ここ数年だけでも数値は跳ね上がっている事実を知っている

人も多いだろう。

このデータはあくまで相談してくる人の統計から出した数値で、

実際は相談する事もできない人もいるであろうから、本来の

データはもっと多いと予測される。


親に理解してもらえない、という事は本人にはとてもつらい

事だと思う。

そして、その本人も自分が母親になった時、子供をどう扱って

いいのかわからず、悩み虐待してしまう連鎖に陥る。


自分は将来、自分の親のようにはなりたくない、子供を

愛して、大事に育てないと願いながらも、つい負の感情に

流されたり、子供の生理学を知らずに加減ができない躾や

過度に子供を叱れない親もいる。


虐待は法的にも倫理的にも許されることではない。

しかし、過去を引きずり 無意識に連鎖を起こしている事に

気づいている人はどのくらいいるのだろう?と考える。


虐待を認めるわけでも推奨するわけでもない。

傷ついている人に、もっと強くなれとただいう事は簡単だが、

疲れ切って、心の迷路にはまっている人に他人が説教して

どれほどの効果が望めるだろうか。

虐待してしまう親は、本当に全く子供を愛せないでいたの

だろうか。


自分の子供の頃の記憶や現在でも、親の理解を得られない

と悩む人は多い。

人がなんと言っても、本人が傷ついているのは事実だ。

それは癒されるべきであり、できれば相互理解をしたいと

切望する人も多いだろう。


その為にはどうしたらいいのか?

理解しようとしないで、ただ意見を押し付けるだけとしか思えない

親と、その親の子供の頃の記憶を話し合った事はあるだろうか。

その親の親の子供の頃の歴史を聞いた事はあるだろうか。


人は自分の経験や学習した価値観で行動する。

経済が発展し、曲がりなりにも私たちは飽和ともいうべき

経済社会に生まれ育った。


ではその親は?親の親の時代はどうだっただろう?

そこから話を聞いていく事で、やはりジェネレーション・ギャップを

感じる事はないだろうか。

親の子供時代や、祖父・祖母の子供時代を話し合った事はある

だろうか。

そしてその話を聞いて、自分の気持ちを伝える事で相互理解を

求める事は不可能なのだろうか。


たとえ肉親といえども、育ってきた環境や教育は今と同じで

あったのか、親が感じてきた事を知り、そこから価値観の違いを

理解しようと考える必要は全くないのだろうか。


私は自分が虐待を受けて育ったとは思わないので、私に何が

わかるんだ!と思われるかもしれない。

ただ、私は自分の親や祖父母達の子供時代を聞く機会が

あったので、そこから色々考える事もあった。


親と私は全く違う環境で育っていた。

未だに親とはたまに衝突する事はあるが、親には親の刷り込まれた

教育の歴史がある事を聞いている。

親に染み付いた、私と違う考え方を急に変えたり、今の自分を

無条件で理解してもらう事は難しいと思える。


親たちが成長過程で感じたことや、考え方をじっくり話し合って

見てはどうだろうかと考える。

相手を理解せず、ただ自分を理解してくれないと

心を閉ざすのは、それからでも遅くないのではないだろうか。


奇麗事を述べるようだが、できれば考えて見てほしいと思う。

そこから何かがつかめれば、変るものはないだろうか。



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父母と私の子供時代

テーマ:

我が家は父が亡くなった当初、ビンボどん底だった。

と、私は感じたものだ。

ビンボとはいえ、TVや学習机はあったので、母に言わせれば

まだ昔よりはましな環境だという事だが・・。


丁度、高校受験の時期だが、とても私立に通えるだけの

財政ではなく、公立でもかなり厳しかった。

父は頑固な江戸っ子だったので、「縁起でもない」と、

生命保険にも入っていなかったし、発病から他界までの

数ヶ月は、痛みとの戦いで夜も昼もくれず、母は休職して

父に付き添っていたから、収入残高もぎりぎりだったのだ。


父は次男で長男が本家に住んでいたが、田舎者の母は

祖母と折り合いが悪く、財政的援助はなかったらしい。


父は町工場に勤めるサラリーマンだったが、発病の

数ヶ月前から体の不調でやはり休職しており、これまた

収入がなかった。


葬式が済んだ時、母はこれから私と妹を抱えて、どう生活

していこうか途方にくれたと後に語っていた。

都営団地に入れなかったら、路頭に迷っていたかもしれない、

と今でもたまに笑って話している。

母のバイタリティは、私でも脱帽ものだった。


母の実家は群馬の渋川にあった、小さな八百屋で夏休みは

そこに遊びに行くのが楽しみだった。

入り口には野菜が並び、そこを抜けると障子もない、いきなり

生活の場。

既に使われる事はないが、井戸から水をくみ出すポンプがあり、

珍しくてよく遊んだものだ。


母の時代は子沢山で、母は12人兄弟の3女だった。

祖父と祖母は朝早くから市場に野菜の仕入れがあったので、

炊事洗濯は長女~3女までの交代制。

お弁当は白米にキャベツの千切りのおかずのみで、たまに

ゆで卵をもらえるとご馳走だったという。

いつも背中には弟妹をおぶった状態で、自由に遊ぶ事も

ままならなかったらしい。

思春期前に肋膜炎になり、祖父は滋養をつけろと蒲焼を

よく買ってきてくれていたが、その頃の実家にそのような

贅沢をできる余裕はなかった。

後で聞くと、うなぎと信じて食べていたのは、実は蛇だった、

と聞いて、母は今でもうなぎと蛇は苦手である。


食事は14人分の用意とおさんどん。

気を抜けば、自分が食べるときにはお櫃は空、という事も

多かった、と笑う。

朝は兄弟の分まで大量のキャベツを刻み弁当箱に詰め込む。

時にまだ赤ん坊だった弟妹をおぶって登校したそうだ。

学校が終われば、また子守とおさんどんの支度で、友人と

遊んだ記憶も少なかったという。

家事の手伝いの手際が悪いと食事抜きだったり、ビンタが

飛んできたんだよ、と話す。

たまに親族がそろうと、その頃の話しで盛り上がるが、

不思議と悲壮感は感じられなかった。

その頃はそんな生活が当たり前だったのだ。


そんな話を聞いていて、図書委員だった頃読んだ

山本 茂実
あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史

を思い出した。生きること、食べることに精一杯で、

おしゃれや遊びは自立するまで全くなかったという。

「でもね、うちのじいちゃんはちゃっかりしてたから、

戦後の闇米でいくらか蓄えがあって、おかずこそ

毎日キャベツだったけど、白米だけは食べれたんだよ。」

・・・と、いうことは白米を食べれない家庭もあったわけか。


田舎に行くと、圧倒的な親族の数とそのパワーに圧倒される。

制約も多かった代わりに家族の団結力は今も続いているのだ。


人間の生のパワーってすごいと思った・・。


年頃になって、すぐ母は、看護師になると決めて、単身

上京した。

荷物は布団一色とかご1個に入るだけの衣類だったという。

そこで、病院の院長の家で住み込みの女中をしながら進学し

看護師の資格を取ったという。


マイペースで家ではグータラするのが好きな私は、母には

もどかしく見えたことだろう。


一方父は東京下町の次男として育ち、昔は「赤線」という

色町で育った。吉原より格下の遊郭の事だ。

祖母は髪結い、祖父は髪結いの亭主をしながら、芸者さんに

楽器を教えていたらしい。

比較的体が弱かった長男の叔父に比べ、腕白だった父は

テッキーのおじさんややっちゃんにかわいがられ、喧嘩の

仕方やら教わったという。(教わるなよ・・・。

娘の私がいうのもなんだが、父は男前でいなせだった。

母は・・・・どう見てもおやじっぽかった・・。(ドキドキ・・


父と母との出会いは、父が結核にかかって入院し、なーすな

母とそこで知り合い付き合い始めたという。

(タデ食う虫も好き好きって奴なんだろうか・・。モノクロの

写真を見ても、どう見てももてそうな父と母のツーショットは

娘の私でさえ違和感が・・・・バキッ!!( -_-)=○()゚O゚)アウッ!)


娘の私でさえそうだったのだから、祖母も、父のファン?

だった芸者さんたちも、母との結婚は面白くなかったらしい。

かなり反対されたそうだ。

実家には当時まだ珍しいTVがあったが、母は見せてもらえず、

よく父と2人で街灯テレビ(ってのがあったらしい!)を見て、

帰りに屋台のラーメンを食べるのが、ささやかなデートだった

という。(うわ~神田川の歌みたいな話しだ><)


そんな二人の生活はやはり苦しく、父は町工場、母は看護師を

続けて、2人流産した後 私が生まれた。

子供の頃は、すぐ扁桃腺を腫らして熱をだす、

体の弱い少女(そこ、笑わないように!!)

だったので、その頃から本を読んだり絵を書く事が好きだった。

(赤ん坊の頃は夜泣きしたという弱みはいまだ伝説だ;;)

近所は男の子ばかりなので、遊びはもっぱら男の子向け。


悪さをすれば、家から文字通りほおり出された。

その頃から霊感がなかったせいか、暗闇には恐怖もなく、

ほおり出されれば外を気ままにうろついて、戻ると私がいないと

大騒ぎになっており、鉄拳を食らった記憶は未だにある。(汗)


田舎に遊びに行った時も、いきなり酔っ払ったじいちゃんに

理由は忘れたがはたかれて、「東京に帰る!」と飛び出した。

勿論子供がひとりで電車に乗れるはずはない。

線路を歩いていれば家に着くだろうと考えてたお馬鹿な子だった。

結局ほとんど進まないうちに発見されてまた怒られた。


ば~ちゃんは、「この子位強情で鉄砲玉な子は珍しい」と、

母に言いつけたそうだ。

見知らぬ土地を勝手に家出する小学生の女の子は、

田舎では珍しかったのだろう。

その後は田舎では体罰は与えられなかった。(苦笑)


親の苦労子知らず。どこまでもマイペースな奴だったらしい。

この年になってもその家出事件はまだ語り草にされている。。

(そろそろ時効にしてよ><)


父はそこそこ苦労知らずで育ったので、あまり生活費は

考えず、下戸なのによく自宅に友人を連れてきては

気前よく振舞っていたし、毎週釣りに出かけていた。

実はその影で、母は自分の食事や服を切り詰めて、

父の交友に協力していたらしい。

さすがに父も浮気はしなかったが、我侭な男性だったのは

確かなようだ。(と、今では思う。)


本家では父の後長男が見合い結婚をしお嫁さんが来たが、

気の強い人だったらしく、母には居毛高なば~ちゃんが、

気を使う人だった。

3男のお嫁さんは奔放な人で、男の子二人を産むと、

長男はば~ちゃんに預けて次男を連れてさっさと別居した。

(これは当時では珍しい大胆な女性だったらしい)


この従兄弟のに~ちゃんと私は兄弟のように育てられた。

(と、自分では思っていたが、ば~ちゃんには男孫のほうが

可愛かったらしい。>後日母の話し)


まだまだ、ば~ちゃん世代では、女性蔑視がまだ当然

だったのだろう。


その後、7つ離れた妹が生まれ我が家は数年間4人家族を

満喫した後、3人家族に減った。


働き出してから、こういう会話を聞くようになったが、

両親も祖父母も、それぞれ異なった環境や価値観があって、

なかなか相容れない事もあったと知った。


ほとんど気がつかないで育ったのは、両親が気遣って

くれたのか、よほど鈍い子供だったのだろう。


人それぞれに歴史あり、である。

みんな苦労してたんだね・・・。


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帰還しました。桜桃です。

昨日はだ~っと書いてしまったので、びっくりした方も

多かったと思います。

脅かしてしまった方々、すみませんでした。


本当は自分のBlogで、友人だった方をバッシング

する事は心苦しい事です。

書き方も、かなりきつめだな、と自分でも思いました。


かの件を知らない方々にはかなり衝撃だったと思います。

あれでも事の詳細はもう去った人に追い討ちをかけるべきか

迷い、かなりの部分を省略しました。


知って欲しいのは、たとえネットといえど友情は成り立つし、

文字だけの表現なので誤解も起こります。

だから感情を表すために顔文字や絵文字が生まれたのでしょう。

それでも、文字だけでは言い表せない・伝えにくい事も多く

あります。

私は片方の言い分のみを鵜呑みにする事はしたくありません。

互いの言い分を聞き、本来ならば時間をかければ和解できた

ものが、片方の方の暴走で互いに埋まらない溝ができ、閉鎖という

形で終焉を迎えるはずでした。


私にとっては友人と認識していた方でしたが、知らない場所で

虚偽の情報を流した時点で、同じく友人と認識していた方々を

苦しめ、悩ませた事を知り、仲裁はできませんでしたが、

これ以上他の方がたを傷つけることだけは避けたいと奔走しました。


自分のした事が正しかったのかどうかは分かりません。

もっと他にやり方もあったかもしれません。


できればこのBlogでは公にしたくないと考えていましたが、

今なおこの件から立ち直れず絶望の淵を漂っている友人に

私なりのメッセージを送りたいと考え、あえて書かせていただきました。


私は若葉チャットがネットデビューで、ネットのノウハウもそこで

教えてもらいました。

オフ会に参加しまくった時期もありました^^;

皆さん気のいい方々ばかりでしたね。


だからこそ、訪問してくださる方は大事にしたいし、大切な

友人だと思っています。

変な時間に起きてしまうと、リアル友人は寝てたり仕事だったりで

BlogやHPで癒される事も学べる事も多いです。


現在訪れてコメントをくださる方々も、私にとって既に大事な方々と

思っています。

もっとみんなで楽しく、面白く交流できたら、という考えは変りません。


ただ、私も万能ではありませんので怒りを感じる事もありますし、

先日のように、あまりにひどいと感じた時は行動に移す事もあります。


人はできればいい面だけを見てもらいたいと思うものです。

それは孤独が怖いからでもあるでしょうし、反論を受けたくない

気持ちもあるでしょう。


でも、私はできれば反論もお聞きしたいと考えます。

自分が正義で全て正しいとは思いませんし、指摘されて治すべき

所もまだまだあるともいます。

褒められたくて始めたBlogではありません。

思った事を素直に書き、色々なご意見を伺えれば、と思います。


そして、心配してくれる方々や話しかけてくれる方々には感謝し、

Blogを続ける限り、言葉をまじわす事で交流をしていきたいと

考えます。


昨日の記事は、きつかったかなと反省する部分も既にありますが、

これもまた今の私の自戒として残していきます。


驚かしてしまった方々、申し訳ありませんでした。

でも多分、友人が傷つけられたら、また怒ってしまうだろうな・・。

こんなやつですが、悪い所は治すよう努力しますので、

今後とも末永くお付き合いくださると嬉しいです。


これは言いすぎじゃない?という意見も歓迎です。

よろしくお願いします。




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って歌知ってますか?(汗)宴会芸で覚えたんですが

演歌と思ったらジャンルは一応ポップスらしい・・・。

「愛の水中花」って歌です。


JACCSが飛んでくるかな・・・ドキドキ


これも愛。

あれも愛。

多分愛~。

きっと愛。  


というで出しで始まる歌です。 raku01

何故いきなり??と思うでしょうが、AYAさんの記事

連想して思い出しました(汗)


肛門科の記事の時にやや中年の薔薇族カップルについて

書きましたが、幼少時はご近所に、

ユリの夫婦が住んでいたんですね。


夫婦と言っても勿論籍は入れてないでしょうし、奥さん役には

男の子と女の子、2人子供がいましたから、元からの夫婦では

なかったようです。

離婚か別居して新生活を始めたのかな・・?


お父さん役はやや小柄でしたがパンチパーマで、アロハっぽい

シャツにパンツか、やっこさんみたいな着流しスタイルでした。

子供たちは、この人を「パパ」って呼んでたんですよね。


この家庭になるまでは、奥さんもお子さんの実の父親(夫)と

様々な葛藤があったのかもしれません。

でもこの家庭は至って平和そうでした。

「パパ」役の人も、ややソプラノな声でしたが女性だとは

聞くまで知らなかったし、子供もなついてたし。


ユリ夫婦と判明したのは、ある年のお祭りの時に遊びに来た

これまた遊び人の(桜吹雪のタトゥーはありません^^;)

接骨医の先生が、浅草の遊び場で顔見知りだったからでした。


お祭りで人の集まってるときに酔っ払って暴露してしまい、

結局その家庭はその後すぐ引越したんですが・・。

「パパ役」もちゃんと働いてたし、子供も笑っていたし、

世間一般では「異質」と見られるかもしれませんが、

これもまたひとつの愛の形だったのだろうな、と思います。


もっと身近にそういう友人がいまして、それで考える事が

ありました。


小学校の頃からの同級生で名前は女の子女の子だったの

ですが、やはりご家庭が離婚してご主人がお子さんを

引き取っている環境で育った友人です。


父親は昔かたぎのたたみ職人さん。

兄弟はお兄さんが2人と彼女。彼女は便宜上Rと呼びます。

子供の頃からショートカットの似合う、ボーイッシュな子でした。

ご近所の遊び相手が男の子ばかりだった私とは気が合い、

割と仲はいいほうでした。


中学の頃からちょっとグレはじめ?ましたが暴力やイジメは

しない人でからっとした性格だったので友人関係は続き、

高校は別になりましたが、通学バスでは一緒で、彼女の

制服は勿論当時は女性用でした。


高校卒業後、私は働きながら看護学校に進学し、彼女は

プールのインストラクターになった頃から疎遠気味に

なりました。

中学卒業後、同窓会で再会した彼女は、すっかり外見は

男性になっており、可愛い彼女とスクーターに2人乗りを

していました。

「俺の事はケンジって呼んでくれ。」

彼女はそういいました。


思えば、彼女は体は女性でありながら、心も環境も男性

だったのでしょう。


今もたまにバイクにまたがった彼女に会いますが、

相変わらず男装(いや、これが彼女のスタイルか。)

で、小粋に挨拶しています。

きっと本物の男性でももてただろうなぁ・・。


愛の形は人様々です。

法的には日本では認められないかもしれません。

生産性のない愛の形なので、子供も持てません。

けれど、自分に正直に生きている彼女を私は友人として

好きです。


カミングアウトした時は、きっと苦労もしたでしょう。

隠しているカップルも多い中、そんな彼女を潔いと思います。


今頃どうしているのかな・・・。

ここ数年は連絡普通になってしまいましたが、どこかで

以前のように伸び伸びと明るい彼女でいて欲しいと思います。


自分に正直に生きるって、簡単そうでも難しい。

他人と愛を育みたいなら、それはもっと難しいでしょう。

でも、それを乗り越えて、自由に奔放に生きていける事を

知っている彼女を、たまに懐かしく、そしてうらやましく

思い出します。



私は男性のほうが好きですけどね(汗)

ここ数日、今日のちはなちゃんについて書いてます。


ペットロス症候群のサイトを見つけて心の準備を

しようとしたり、できるだけワンコたちのそばに

いるようになりました。


ペットロスについて検索すると、驚くほど出てくるのが

ペット霊園の広告。

まだ死んでないよ!!!人の悲しみを商売にしないで!

と勝手にに怒ってるやつです。


でもよく考えてみたら、ワンコたちはご飯からトイレの始末まで

見てあげる事は当たり前だし、苦にはならないけど、

ワンコが私に甘えてくれるのは一緒に暮らしているから。


では私自身は?

色々な書籍(心理学とか虐待とか)を読んでいて、なぜか

目に付くキーワード、「共依存」

私はペットに対してこれをもっているんじゃないかな?


ちょっと調べてみました。


共依存について調べていると「嗜癖」という単語と

切り離せないんです。


共依存と嗜癖とは?    2   


共依存か簡単な診断サイト があるのでここもどうぞ。


なんだかこれらのサイトはアルコール依存について

多く語られているんですが、私は下戸(お酒飲めない人)

です。ちょっと検索の仕方が悪かったかも><


適当なものは当てはまらないのですが、勝手に「ペット嗜癖」

「ペット共依存」なのかなーと、なんとなく思いました。

確定診断は受けてないし、まだみんな元気なので病的か

どうかはわからないんですけどね。


ワンコたちにもしもの事があったら、自分はどうするんだろう?

うまくいつもどおりに振舞えるだろうか?

そんな不安がよぎるので、このキーワードに反応しちゃうのかも

しれません。


悲しみは悲しみとして、心にいつまでも残りますが、

生活を乱すのは予防しなくては。

ペット依存?上等じゃない!ペットを愛して何が悪いの?

と居直る自分もいます。


ひとつだけ、安心できるサイトに出会えました。

チワワのフォーサイト


チワワフォーラム は前に参加してたんですが、

だんだん営業職が濃くなってきたように思えて、離れて

しまいました。

でも可愛い画像を見ると心が和みます。


だけどやっぱりうちの子達が一番可愛い!(親馬鹿

ちょっとおばかさんなところも、甘ったれなところも

皆ひっくるめて、美人じゃなくても可愛い!!


飼い主さんはみんなそう思ってるんじゃないかな?^^;

ペット共依存かもしれないけれど、治らなくてもいいや。


\(∂。\)ソノハナシハ (/。∂)/オイトイテ


これまたコミックですが、虐待や親子の共依存について

鋭い視点で書かれたものがありますので紹介します。


山岸 凉子
黒鳥―ブラック・スワン

短編が4つ詰まったコミックですが、女の情念、

性的虐待・母子の共依存など、心の奥底に

潜む闇を描いています。


この作者の作品は実はお気に入りなんですよね(;´Д`)


特に「鬼子母神」という作品は、ご近所の奥さんにも

お勧めしてみました。

あまり漫画は読まない方なので、反応はいまいちでしたが;;


考えてみれば、私たちは常に何かに依存しているのかもしれません。

それは全てが悪い事ではないと思います。(自己弁護?ヽ(;´Д`)ノ


だって、人は一人では生きていけませんもの。


つまらない内容ですが、もしよかったら ぽちぽちっとお願いします。


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ちはなちゃん闘病記?

テーマ:

間が悪く今夜も夜勤です(;つД`)


夜勤先から電話をしたら、昨夜は痙攣はないようで

安心しました。>ちはな


エアコンは入れているものの、暑いのと水分を取らない

らしいので、子犬用粉ミルクと予備アイスノンを買って帰宅。

(普通の人間用牛乳だと下痢するので)


いつもならお迎えに来てくれるのに、やはりだるいらしく

ペット用ベッドから出てきません。

ベットカバーとタオルの下にアイスノンをいれ、粉ミルクを

アイスミルクにすると飲んでくれました。

ベジタリアンなのに、便秘がちなんです。

お散歩に行くと出るんですけど、今は無理なので、

サラダオイルで肛門マッサージしたら少し固めの

大が出ました。でも少し痛いみたい。

とりあえず、ほっ。

固めって事はもう少し水分促した方がいいな・・。

食事にも湯上げした野菜を多めにしよう・・。


アイスミルクを多めに作りこまめにあげることにしよう。

って、他のワンコたちも欲しがるしヽ(´o`;lll オイオイ

小皿に5匹分のミルクを入れ午前中のティータイム。


アイスノンベッドはお気に召したよう。

他の子達はリビングのカーペットのない場所で

涼めばいいのに群がります。

あんたたち、暑くないのかい・・?

暑くてもスキンシップを求めるワンコたちは

やはり愛しいです。


痛い・つらいって言えないのがつらいね・・。

その分じっと見つめられるのがなんだか悲しい気がします。


結局昨日はちはなちゃんがそういう状態なので、

奥さんとお話はあまりできませんでした。

母がその分、夏休みだから田舎に預けてみたら?とか

話してくれましたが、それはもう夏休み初期に提案して、

「うぜ。」と一言で却下されたそうです。


短気な母、「私がいっちょ張り倒してやろうか?」

おぃおぃ・・・母よ。もう定年過ぎてるし、よその子殴れば

捕まるって・・。

代わりに奥さんがパートタイムとかに出てみたら?と

ふすま越しに声をかけてみました。

少しは気分転換になるかもしれないし。

旦那さんと相談してみると言っていました。


丁度帰宅路の大手スーパーがパートを募集していました。

早速母に報告。


さて、うまくいけばいいのですが・・。


ちはなちゃん、早く元気になってね。

リビングに居れる様に図書館からいくつか本を借りてきました。

でも、今はもう眠いので 夜勤明けまですいません;;

コメントありがとうございます。

返事は書くと遅くなるので明日帰宅したら書きます><


今日のちはなちゃんと BlogPetのさくらちゃんです。

chihan02


skaura02 涼しそうやね;;




内容はないようですが、ぽちぽちっとお願いします><


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突然話題を変えますが、今夜は夜勤だ~と夜更かしして

寝ようとしたら、チワワンの1人が寝ていて急に痙攣を

起こしました。


伸びをしてるのかな?と思ったら様子がおかしい。

硬直痙攣のような形でした。急いで体をさすったら、

十数秒くらいで治まりましたが、人間年齢で言えば

もう80近くです。


アイスノンを入れたかごに入れて獣医さんに駆け込み

ましたよ・・。

やはり加齢に伴って心臓機能も弱っているので

(エコーの結果)再発の可能性はあるが、確定診断は

できないと言われました。

超小型犬だから検査も難しいとは思うけど、もっと

しっかり診てよ!!と、内心八つ当たりして帰宅しました。

小児科のドクター、診てくれないかなぁ・・。


大好きだったお散歩も控えるように言われました。

ここ2-3年はみんな散歩してもすぐ疲れるので、

散歩=私の筋トレ?ではあったのですが。。

(15kg+αを背負って歩く方が多かった)


もし死んだらどうしよう・・・。

いや、もうそんなに遠い将来ではなく、この子たちの

寿命は尽きるんですよね。


ナースは死の瞬間を多く見てきます。

悲しいけれど、それでいちいち泣いていたら仕事が

滞ります。悲しくないわけじゃない。でも、まだ

待っている患者さんがいるんだと思うと、だんだん

気持ちのコントロールを覚えます。


でも、身内やペットはやはり別なんです。


5匹もいるんだから、とは言われますが、5匹とも

同じ子ではありません。

1匹ずつに個性があり、愛しいのです。

どの子もその子の替りにはなりません。


考えたくないけど、ペット・ロス症候群への覚悟も持たねば。

こんなに可愛いのに、愛しいのに、私達より短い寿命。

飼う前から覚悟はしなくてはなりません。


私たちより先に死んでしまうとわかっていて何で飼うの?

最初から見取る覚悟はないの?無責任じゃないの?

そうかもしれません。


ペットを飼うのは飼い主が自分を満足させたいエゴなの

かもしれません。死は避けられないもの、受け入れるべき

ものとは頭では理解できます。

でも気持ちはどうしようもありません。

この子たちの前に飼っていた犬が2匹いました。

どちらも10年くらいで亡くなりましたが・・。


数年間は、もうペットは飼いたくないと思ったし、

親には馬鹿呼ばわりされますが、その子達に使った

くしや髪留め(マルチーズだったので)は今でも

捨てられず、宝石箱に入れてます。

少女趣味だと笑われますが、やはり捨てる事はできません。


そしてしばらくして、この子たちに出会いました。

ブリーダーさんから譲ってもらった子ですが、キャンセル

されて、残ったと言われる子もいます。

この子は予約が入っているからと最初断られ、違う子を

招き入れた後、キャンセルだけどどうする?と言われ、

運命みたいなものを感じて引き取りました。


そして出産などもあり、今の5匹になったんですが、

やはり一緒に暮らして後悔はありませんでした。

ただ、私達より早く年を取ってしまうんだなという事は

考えたくなくて逃げていました。


もう覚悟はしておかなくてはいけないでしょう。

今できる事はできるだけ一緒にいてあげたい。

仕事行きたくないよーといったら袋叩きでしょうが

正直そんな気持ちです。


頭でわかっても、近い未来の喪失への不安は

やはりなくならないでしょう。

痙攣を起こした本人?も、帰宅してからずっと私の

膝にいます。

いつもは暑いからすぐリビングに避難するのに・・。


この子は、なぜか子供の頃からベジタリアンで、

きゅうりやトマトやフルーツが好きな子です。

パスタもゆでただけで味なしのものを喜びます。

麦茶も好きな、ちょっと変った子です。

性格は一番おっとりしてますが、撫でさせる事はしても、

他人に抱っこされるのは嫌う子です。

家族の中でも私の膝にしか乗ってきません。


名前を呼ぶと照れるのか、ウナギ犬のように

くねくねします。

好物をお皿に置いてあげると喜びの踊りをします。


暑いからそろそろリビングに行こうね。

どうか少しでもこの子を長生きさせてあげてください。

この時ばかりは神様にお願いしたくなります。


この子の名前は千華(ちはな)ちゃんです。

3ヶ月の頃は鼻の周りは三日月模様で、耳も

気を抜くと垂れる子でした。

白い靴下を履いたような子です。


苦しまないでね。長生きしてね。

馬鹿飼い主のひとりごとでした。


ちはなちゃん↓

tihana




気分じゃないけど、ペットを飼う人に見てほしいです。

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前にも書いたが、自傷行為を繰り返す方が

夜間外来にはよく来る。


確かに医療スタッフの中にはこれらの人が

来院すると、「また来たよ。」

「本当に死ぬ気もないくせに迷惑」

「死にたいなら治療に来なければいいのに」と

否定的な言葉を言う人もいる。

医療法改正で人件費も削減されてる今、

処置自体時間がかかるから、忙しい中で

対応したくないと思ってしまうのかもしれない。


でも、それはたとえ心で思っても口にすべきことでは

ないし、医療従事者としての考え方とはちょっと

違うように思える。


 自傷行為を推奨するわけではないが、する人には

する人なりの悩みや考え方が根本にあるのと思うし、

自傷行為は誰に発信してよいかわからない、

行き場のない助けを求める無言の行為なんじゃ

ないかと私は思う。

だから一概に周りが心配するからやめろとか、

気持ちが理解できない、と言い切る事は

したくない。


誰にも相談できない、うまく言葉にできない

もどかしさから自傷に至ってしまうこともあると思うのだ。


医療スタッフにしろ、周囲にしろ、奇異の目で見るのでは

なく、うまく気持ちを吐き出せて楽になれる環境が

もっと身近にあれば、少しは変ってくるのではないだろうか。


(思う、というばかりの表現で断言できないのが

 もどかしいところなのだが・・。)


自分もまだ理解はできないかもしれないけど、

理解できるようにはなりたいと思っている。


先ほどアンケート調査の為に検索をしてみて

自傷行為を心無い言葉で否定している人たちの

Blogも読んできた。

ああ、やっぱり否定的な人はそうなのかな、と

思った。

それはその人なりの過ごした環境からでた考えなので

これまた押し付ける事はできないが・・。


うちに来る自傷行為の患者さんは

「また来ちゃってごめんね。」とよく言う。

よその病院に行ったことも運ばれたこともあるのだろう。

そして、そこで心無い仕打ちを受けた経験も

もちろんあったんだろうな、と思う。


自分がご立派な看護や対応ができているとは思わない。

理解したいと思っても、なかなかうまくわからない事も

多いし、前回コメントしてくれた方からも

私の考え方では自分たちの事は理解できないだろうと

言われている。


だからって、どうせ私には理解できないのよ。と

投げ出す事はしたくない。


もしも自傷行為をしてかかった病院のスタッフが

皆そういった気持ちで対応していたらどうだろう?

「こんな病院、かかるんじゃなかった。

もっと嫌な気持ちになった。」とは感じないだろうか?


確かに未熟な私たちには自傷をする人たちの気持ちは

複雑すぎて理解しにくい。

だけど、それで医療者たちを諦めて見限らないで欲しい。

私たちは命に関わる事だけを見ているのではなく、

あくまで人間を「ひと」として関わりたいと思っているのだ。


冷たい対応をするスタッフだって、人間が嫌いなのではない。

人と関わることが嫌いな人は医療スタッフなどを

目指したりしないのだ。

まだまだ心のケアについては未発達な分野なので、

申し訳ないことだと思う。


自分のことで精一杯なのに、医療者の都合まで

考えるのは難しいだろうが、できれば話を聞かせてもらって、

自分なりにその人を理解したいという気持ちは、

どの医療スタッフも持っていると思う。


病院や医療スタッフすべてに嫌悪感をもたず、

勉強させてやる、という気持ちも 余裕のあるとき

だけでもいいから考えて欲しい。

否定でも罵倒でも、気持ちを吐き出してくれて、

初めて理解できることもあるのだ。

否定や罵倒でも、未熟な私には勉強になるし

当院に来られる患者さんにもっといいケアが

できるよう考えを改めることができるかもしれない。


お恥ずかしい話ですが、自傷をなさる皆さんに

教えを請いたいのです。
ご気分の向いたときで結構ですので、

ご検討くださいますようお願いいたします。


「また来ちゃってごめんね。」

この言葉にはすごく悲しいものが感じられる。


治療が必要で、病院は治療する場所なのだ。


そんな風に気を使わないで。

心を閉ざさないで。

できれば気持ちを教えて欲しい。。


患者さんが話してくれることを、私たちは待っている。

役に立たないかもしれないけど、私たちはあなた方を

病院で待っているのです。




メルマガとリンクを張っていますが、臨床心理士の

が、6月15日まで、アンケートの募集をしています。


リストカットや自傷経験のある方々を対象に

行うもので、リンクと共に引用させていただきます。

皆様のご協力をお願いします。

(★これは あくまで協力ですので、メールを

 していただける方のプライバシーについては

 私は一切関わりません。あくまで作者さん

 個人とのやり取りですのでご安心ください★)


アンケートご協力のお願い (クリックで元サイトに飛びます)



(以下 そのまま原文引用です)

日頃から、「リストカットを止めたい人へ」に訪れて

くださりありがとうございます。
最近、更新が滞っていて申し訳ありません。

私は、プロフィールのところにも書いてありますが、

自傷行為・リストカットに関する援助・研究に携わっている

臨床心理士です。

ある程度最近、我々は統計的な自傷研究を行い、

論文化してきました。

最近思うのは、そういう統計的なものや、

我々援助者からみた自傷者の
心理的な傾向などについてだけでなく、

自傷を行なっている当事者の生の声を聞きたい

それを援助にどう役立てることができのるかを検討したいと

考えています。

ブログに訪れてくださる方のなかで、

自傷経験者の方にお願いがあります。


今現在、自傷している方、あるいは、

以前に自傷をしたことがあるけれど
今は自傷していない方で、アンケートにご協力いただける方、

メールでやりとりしても良いと思われる方は、 

stopwristcut@aol.com までメールをください。

メールを下さった方には、私の本名等をお知らせいたし

ますし、どのような質問をするのかなどを

詳しくお知らせしたいと思います。

なのでご協力いただける方は、

6月15日位までにメールをいただけますか。
メールのタイトルは、「調査について」としてください。
ハンドルネーム、性別、年齢、

もし持っていたらHPアドレスを教えてください。
おりかえし、質問したい項目をお知らせいたします。

どうかご協力くださいますようよろしくお願い申し上げます。
プライバシーへの配慮等詳しいことは

メールにてお知らせ申し上げます。

この調査に協力することで不利益をこうむることは

ございませんし、途中で調査協力をおりることも

全くかまいません。
よろしくお願い致します。
メールをお待ちしております。


TBだけど、最近遭遇するできことにタイムリーかも。


人間は考える葦である。我思うゆえに我あり。


考えることをやめちゃったら、ただぼ~っと生きてるだけ。

ぼ~っとしてるようでも、いつも何かしら考えてるんじゃないかなぁ。


普通にお気楽に生きてるようでも迷いや悩み・ストレスには

晒されてると思う。

それに気がつくか気がつかないかによっても違うと思うし

もし気がついて気になってしまったら・・?


とりあえず本やサイトで同じようなつまづきはないか調べる。

見つからなかったら、とりあえずその問題は

\(^_\)(/_^)/コッチニオイトイテ

違うできること・楽しいことに目を向ける。


逃避するのと置いておくのはちょっと違うと思う。

気分転換ができたら、ふと思い出す。


そういえば、これどうしよう?って考える。


不思議と出口が見つからなかったのに、ひょんなところに

出口のドアが見つかったりする。


数学みたいに決まった答えはないけれど、こうしてみたら

どうだろう?って浮かんでくることは結構ある。

要はひとつのことに囚われ過ぎないことが大事なんじゃないかな

と私は思う。


全然関係ないと思われるところに解決の糸口があったりするし。

知人に話してみるのも参考になる。

ただしあくまで参考で、知人と私は違うから言われるままに

する必要もないし、いい結果になるとは限らない。

聞いてもらうことが大事なんだと思う。


結論を出して解決するのはあくまで自分なんだから。

レポートみたいに焦って結論を出さないでもいい。


ゆっくりと色々な視点からちょっと手を出して、

何かつかめればそれでラッキー\(^^\)(/^^)/チャチャチャ

つかめなかったら、また少し間を置けば新たな方法が見えるかも。


今までの人生(そんなに長い年月じゃないけど^^;)で

未だに引きずってることが残ってる人っているのかな?


あの頃はつらかった・迷った・悩んだという思い出に

なってることのほうが多いと思う。

結構楽しかった思い出しか浮かんでこないんじゃないかな?


だけど、じっと家の中で一人で過ごしていたら

やっぱり解決の糸口は少なくなると思う。

やっぱり何かで発散させなきゃね★


人と交わっていろいろな話を聞いて、自分と照らし合わせて

考える。それには外の空気を吸うことが大事かなと。

多分、今までの私はそうしてきたんだと思う。


根っからお気楽なのかもしれない・・・。