綱渡りみたいなここしばらく。

はい、またも愛犬ちはなのお話です。


今まで、頭では受容していたつもりでも、

やはり愛犬の生死の狭間を突きつけられる

事は、どこか非現実的で、それこそ

「うちの子に限って」という気持ちはあるんですね。


ちはながはじめて痙攣を起こして、だんだんと

体力も落ちてきて、みっともないほど慌てふためく

自分がいました。


悲しみは突然に前ぶれなくやってくる。

前兆に気がつかなかったのかもしれないけれど、

愛するものを喪失するかもしれない、という焦燥や

受け入れたくない気持ち、頻回に痙攣発作を起こした時、

母は「よく頑張ったよ。もう苦しむのはやめな。」と

言いました。

父が癌で苦しんできた姿を見てきた母には、受容の

下地ができていたのかも。

母は私よりやはり人生経験を経ていて強い。

自分もいっぱしに自立したと思っていたけど、

とんでもない思い上がりだと気づきました。


それでも苦しむちはなを交代でマッサージしました。

私は「ち~ちゃん、しっかり!頑張って。帰っておいで」

としか言えないし思えなかった。これはやはりエゴかも。


毎日ドキドキしながら帰宅のドアを開ける日々。

怖くて病状を電話確認できなかった弱さ。

「さっき死んだよ。」という言葉を聞いて、仕事を続けられる

自信がなかったんです・・。

「お願い、まだいてね。」と祈りながら帰宅。

生きていてくれることへの喜びと感謝。


不安と焦燥の中のささやかな喜び。

これがいつしか昇華して、受容できるようになるのだろうか。

父の時は突然すぎて、祖母たちの時は事後報告で、

リアルタイムで受容の過程を実体験した事がなかった。

仕事では数え切れないほど体験してるのに、何故こうも

狼狽してしまうのか。


そして生存を確認できた時の安心感と喜び。

今だけかもしれない、ご飯を食べてくれるちはな。

おしっこをしてくれるちはな。

そしてやっと今日ウンチが出たちはな。

ここ2日は痙攣が起きてないちはな。

鼻水も今日はやや薄かった。

よかった。嬉しい。ありがとうね。


嬉しい。褒めてあげたい。

こんなに小さくて軽いのに、一生懸命頑張ってくれる命。

愛しくてたまりません。

それと共に、生物の自己治癒能力の素晴らしさも

痛感してます。

まだまだ予断は許さないけれど、数日前に比べて

少し元気を取り戻してくれた。

最後の灯火かもしれない。

だったらそれに応えてあげたい。


一緒に頑張ろう?ちはな。

今日はこのささやかな喜びに浸りたいと思います。

私ももっと強くならなくては。


来週小指のワイヤー抜針なんですが、今はもう

それどころじゃない・・ってかどうでもいいから

ちはなの傍にいたい気分。(←全然成長してない

さっさと終わらせて帰宅できるといいなと思います。


他の子達も元気で長生きしてね。


悲しみは突然に訪れる。

でもそれに引きずられない強さが欲しい。

ちはなは今、命を賭けて私に教えてくれています。

強くありたい。

私はまだまだ弱いです。

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