カタブツ / 沢村凛

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katabutsu 真面目な人間を主人公にした、意表を突かれるどんでん返しの結末が待つ切なく深い短編集。


『とっさの場合』の主人公・私は幼稚園に通う息子と夫の3人暮らしだ。
時々息子が死ぬ夢を見ることが悩みである。
友人・留奈は「メディア・コンプレックスだ」と指摘した。
その後も息子が死ぬかもしれない、とっさの時に何も出来ないかもしれないという強迫観念にかられる私。
留奈は「訓練をしてとっさに対応できる人間になればいいのだ」と言い、私に様々なイメージトレーニングを課す。
私は過去に“強迫神経症”だったことがあり、再発かもしれなかった。
しばらくして職場の異動があり、何が理由かわからないままおさまったのだった。
しかし再び私を心配事が襲っていた。
留奈に指示されるままイメージトレーニングを続ける。
留奈の存在を夫に指摘され動揺する私だったが、或る日その「とっさ」の瞬間が訪れたけれど、その時に目にした光景と抱いた想いは私と家族たちの今後を分ける大きな出来事になった。


この作品だけではなく、不思議な心理を突いたストーリーが多い。

誰しもが抱いているかもしれない心の奥底に潜む何かをこっそり扱っているようなイメージを受けた。
真面目過ぎる故に起こる事件や悲しみ、真っ直ぐ過ぎるからこそわかってしまったり見つけてしまう真実。
それを一気に読ませる面白い短編ばかりだった。
あとがきに著者がこの作品に対してどう挑んだかとか、作品に関する思惑などが記されていて全て読む前に読んだので気になってしょうがない部分があった。
ミステリーと言えばミステリーにも該当するし、面白い本だと思う。
後味のいい作品ばかりではないが、嫌な気持ちも広がることなくその顛末を見守れるのもいい。
読み終えた後、「カタブツ」とはうまいネーミングだと思った。


<講談社 2004年>


沢村 凛
カタブツ

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inochi 誰と出会うか、どんな人と関わっていくかは命の器次第----
新聞等で連載してきたエッセイやコラムを集めた自伝的エッセイ集の新装版。


『命の器』は、著者が大人になってやっと気付いた人間界の法則について書かれている。
伸びる人は伸びる人とと付き合い、自分がどんな人と知り合っていくかはその人の器次第であり、類は友を呼ぶという諺以上にリアリティのあるものなのだと記されている。
前に進んでいく人はどんなに仲の良い人間でも落ちていくような人とは自然と疎遠になっていくもの。
企むのでもなく、自然とそうなる不思議について語っている。
繋がり、離れを繰り返し自分の器に合った人と繋がっていくのだ。
そして、逆に自分が相手の器にそぐわない場合は落とされていくものなのだ。
なんて生々しく恐ろしく悲しいことだろう。
けれどそれは事実で、思い当たることは過去を振り返れば沢山あるのだ。
たった3ページのエッセイに私は人生の深さを感じた。
人が人と知り合い、人と繋がり、永遠ではない付き合いもあれば永久に続くこともある。
誰かと距離を置き、置かれ、人は生きていく。
当然のこと、当たり前のこと。
それが、物凄く心に染みるように書かれている。
私の人生のバイブルになった。
このエッセイの最後には「どんな人と出会うかは、その人の命の器次第なのだ」とある。
それで締め括られている。
私の器は、いかほどなんだろうか?

このエッセイ以外にも、人として頭に無ければならないこと。
忘れてはいけないこと。
知っていなければならないことがさり気ないエピソードに紛れて記されている。
これまで、これからの自分の人としての在り方を考えるとき、この文章を読んでいてよかったって思える日が来るような気がする。
『父がくれたもの』、『十冊の文庫本』、『貧しい口元』など短いページの中で得られるものがある素晴らしいエッセイが詰まっているのが本書だと思う。
『潮音風声』、『アラマサヒト氏からの電報』も心に残っている。
ショートショートと言える短さのエッセイなので読みやすい。

通勤や眠る前の数ページで自分と向き合えるのは悪くない。
おすすめの1冊。



<講談社文庫 2005年>


宮本 輝
命の器

宮本輝
命の器


宮本 輝
命の器

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girlmeetsboy 夫が失踪し、女で一つで小学生の息子を育てる主人公を描く。


主人公・美世は映画配給会社で働く。
一人息子・太朗は小学生になったばかり。
二年前に夫・田口が失踪して以来、無我夢中で太朗を育ててきた。
友人たちの支えもあり、なんとか小学生にまでなった太朗。
夏休みに入り、保育園のように年中預かって貰えなくなり戸惑ったり、夏の思い出にと遊園地に行きせつなさを感じたり、突然太朗が帰って子なかったり、波乱万丈である。
そんな或る日、太朗が失踪した田口と会っていたことを知る。
美世の元に田口から連絡が来て、二人は正式に離婚する。
これまでの日々を思い涙を流すが、太朗の顔を見れば未来を想う。
甲府の両親、昔からの友達・牧子、階下の友達・杏奈、太朗が知り合った父子家庭のみちる。
様々な人に支えられ美世と太朗は生きていく。


シングルマザーの苦悩はよく聞くそれだったが、現状に至った経緯は小説だけに劇的な要素があり物語を盛り上げていった。
30代のシングルマザーは仕事もやるし、子育てもやる。
二人だけでは無理で、友達や近所の人に支えられながら一歩ずつ進んでいる。
こんな風に協力してくれる友達や知人が居るのと居ないのでは全く違うだろう。
シングルマザーは悲惨でもなんでもない。
親子で楽しく暮らし、たまには泣いて、たまには怒って。
普通の家族なのだ。
そんな普通の毎日の中で巻き起こる出来事を、著者っぽく描ききっていた。
ラストが物足りないものの、この先の二人をいつか読めるのかなという期待を勝手に抱いてみた。


自分とはまだ縁の無い話だが、今後どうなるかも知れず。
この物語のことを頭の片隅に置いておきたいなと思った。
著者の新しい一面をこの作品でも見れた気がする。
既婚女性・子供の居る女性が読むと、私のように何か思うところがあるかもしれない作品。


<新潮社 2004年>


野中 柊
ガール ミーツ ボーイ

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ginza24 「銀座百点」というタウン誌に掲載された短編集。
銀座を舞台にした悲しい恋、せつない結婚、羨ましくなるような友情、懐かしい思いなど様々な物語が詰まった24人の作家が描くアンソロジー。


『銀座カップル』は森村誠一の作品である。
主人公は山葉一朗と恵の夫婦。
二人は銀座の街角で偶然出会った。
その時、自称・カメラマンという国東にスナップを撮られたことから二人の仲は進展し、やがて結婚に至る。
しかし結婚生活が二年を経過した頃、二人の関係に亀裂が生じはじめる。
小さな事柄であるが、お互いに不満を抱き寝室も別になり、二人は離婚を決意する。
そんな時、国東からカメラと訣別するので最後に写真展をやるから見に来て欲しいとの連絡が入る。
二人は夫婦生活の終止符をこの写真展で、と話し合い出掛けて行くが、ここで国東に会うことは出来なかった。


エッセイのようなタッチの物語も多く、これは著者の経験談なのだろうか?それともフィクションで作りこんだ物語なのだろうか?と読み終えたあと考えてしまう。
しかし、それが楽しくもあり次の物語への誘いでもある。
本書の魅力はなんといっても椎名誠から赤川次郎、群ようこから平岩弓枝まで幅広いメンツを揃えた作家陣。
普段全く手にしない嵐山光三郎や連城三紀彦が意外に肌に合ったりと、アンソロジーならではの楽しみの要素もたっぷりあると思う。
私のように読む作家が偏っている場合は、特に刺激になるだろう。
十数ページの短編が24収録され、通勤にも寝る前のちょっとした読書にも向いてる。
男女問わず楽しめる1冊。


<文藝春秋 2001年>


銀座百点
銀座24の物語 (文庫本)


椎名 誠, 皆川 博子, 久世 光彦, 山田 太一, 赤川 次郎
銀座24の物語 (単行本)

温室栽愛 / 狗飼恭子

テーマ:

onsitsusaiai 狭い世界で生きる女の日常と変化を描く書き下ろし長編作品。


主人公・佐知は26歳。
祖父の代から営まれている寂れた喫茶店・喫茶オオムラの手伝いをしている。
友達も無く、恋人も無い。
乾いた毎日の潤いは、店の客で佐知の密かな恋の相手・鈴木さんだった。
不定期に月に1回程会うだけだが、佐知はその時間をとても楽しみにしていた。
温室のような古い喫茶店の中で育てる愛だけが、佐知の心を潤す。
ただ流されるように生きている佐知のつまらないが穏やかに過ぎる毎日に突然波が立ち始める。
大学の同級生で友人だった小林からの電話、そして小林の元彼女・葛飾桜子の来訪。
大嫌いな桜子との対面に、苛立つ佐知に桜子は妊娠していると告げる。
桜子は佐知の温室である喫茶店に次々と歴代彼氏を呼び出していき、自分がどうしてモテるのか確認したいと言うのだ。
佐知の目の前で繰り広げられる男女劇、桜子の奇妙な行動、元カレとの思い出、最愛の人・鈴木の謎、母の喫茶店を畳む決意・・・
佐知の気持ちも生活も変化し始め、佐知は自分の本当の気持ちと向き合う。

タイトルと著者のイメージから濃厚な恋愛小説だろうと期待してしまったが、拍子抜け。
恋愛小説と言えるけれど、半分は主人公とその女友達のやり取りの描写で、それは物語の軸になるし主人公に変化をもたらすきっかけになるので大切なのだが、やや退屈だった。
主人公の女友達・桜子の変った言動や不思議な雰囲気は魅力的で、なかなかよかった。
また、ところどころ素敵なフレーズが出てくるところは好きだ。
著者の作品はいつもドキッとするフレーズや心に残る一文があるのでつい手にしてしまう。
本作は非現実的なエピソードが多いので共感したり物語にのめりこむ事はできず残念。
恋愛+自分探し+友情の物語で今の私にはあまり楽しめる作品ではなかったようだ。
タイトルは絶妙!で素晴らしいと思う。


<幻冬舎 2004年>


狗飼 恭子
温室栽愛

家族趣味 / 乃南アサ

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kazokusyumi 都会の日常の中で普通に生活する男女。
或る日訪れるわずかな歪みから、真っ当な道から逸脱していく様を描いた短編集。


『忘れ物』の主人公・美希は23歳。
短大卒業後、一般職として就職している。
理解があり尊敬できる上司・本橋課長の下でOLとして働いている。
細かな気配りといい、きちんとした仕事っぷりといい、美希は本橋課長に憧れていた。
来年は総合職の試験を受けて、結婚以外の道を考えてみようかと考える程だった。
或る日、美希の課に阪口が配属される。
阪口はニューヨーク支社に勤務していたエリートで、容姿も物腰もステキな男性だった。
美希はひと目で気に入り、阪口も美希に好意を抱きいつのまにか交際することになる。
しかし阪口は日々忙しく、二人で過ごす時にも本橋課長から電話が入ることも少なくなかった。
そんな中、二人の交際は順調に進み結婚の話も出始めたデートの後、阪口の部屋に寄ろうと思うとマンションの前に本橋課長が立っていた。
誰にも知られぬように努めていた二人だったが、見つかってしまってはしょうがないと翌日本橋課長に結婚を前提に交際していることを告げる。
美希にも本橋課長からその意思を確認する呼び出しがあった。
美希は総合職のことも考えてはいたが、阪口との人生を中心に考えて生きていきたいと本心を話す。
その後の会議で異変が起きた。
本橋課長は会議中に突然包丁を研ぎはじめたのだった。
美希と阪口を襲う恐怖の会議が始まった。
想像もしない結末と、本橋課長の本当の姿がわかるどんでん返しが待っている。


その他、宝飾品だけに興味を持ち、その為に何もかもを投げ捨てて生活する借金まみれの女の病んだ心理を描く『魅惑の輝き』、恋人の一言で奮起し身体を鍛え始めることで目覚めた身体作りが不幸を招く『彫刻する人』、理想の家族像を築き自分らしく毎日を送っていることに自信を持つ女の生活に待っていた恐怖を描く表題作『家族趣味』と、身近にありそうな事柄をテーマにしている短編ばかりで恐ろしかった。
また、中学三年生という難しい年齢の2人の少年の対極っぷりを現代の若者独特な不可解さを含めて描いた『デジ・ボウイ』は読み終える時に悲しくてたまらなかった。
なぜか、涙が出そうになったのだ。
人として真っ当に生きるというのはどういうことか。
どう生きるのが正しいのか、楽しいのか。
十人十色の答えがあるけれど、この物語の中に出てくる人々の生き様は正解だったのか。
ミステリー短編集なのに考えさせられてしまう内容ばかりだった。
1話の長さが微妙に心地よく、起承転結きっちりまとまっていて読み応えのある短編集。
夢中になって読みたい方におすすめの1冊。


<新潮社文庫 1997年>


乃南 アサ
家族趣味

参加型猫 / 野中柊

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sankagataneko 穏やかでハッピーな夫婦と、その飼い猫・チビコとの生活を描く。


主人公・勘吉と沙可奈夫婦はかわいい猫・チビコと暮らしている。
夫婦の出会いは「猫」だった。
とんかつを食べたくて歩いていた勘吉はダンボールを持った謎の女性・沙可奈と出会う。
持っていたダンボールから飛び出したのは5匹の子猫。
その猫が飛び出したことから二人は言葉を交わし、食事をすることに。
交際を経て結婚し、二人は素敵なデザイナーズマンションで暮らし始めた。
そして新しい家族・チビコも加わり楽しい結婚生活がスタートする。
しかし沙可奈がひき逃げにあいリハビリ生活を送るうちに会社を退職。
勘吉一人の収入ではデザイナーズマンションに住むことは難しくなり、階段無しの6階へ引っ越すことになる。
パリのアパルトマンを思い出すその趣を、沙可奈は気に入り上機嫌。
勘吉も徐々にこのマンションに愛着を持ち始める。
日常の細々した風景。
例えば外食、例えば引越し。
そんな猫に縁のある二人の穏やかな夫婦生活、日常、二人の気持ちが詰まった作品。


私は猫が得意ではないし、ペットにもいまいち興味が無い。
しかしこの夫婦の関係を見て憧れた。
二人の絆+猫という存在がさらに二人を強く結び付けているような気がした。
夫婦には+αが必要なのか?
そんなことを考えさせられた作品だった。
その+αは子供だったり、ペットだったり、形を変えて世の中の夫婦の間に存在するのだろう。
大きなテーマが無く、穏やかな夫婦の恋心を描いた作品である。
そのテーマの無い感じがなかなか心地よく読めた。
近頃読む著者の作品は一味違うものが多く、本作もその1つである。
夫婦や恋人との存在の形・絆についての恋愛小説を読みたいと思っている方におすすめの1冊。


<マガジンハウス 2003年>


野中 柊
参加型猫

水晶婚 / 玉岡かおる

テーマ:

suisho 恋、結婚、仕事、親。
30代後半ともなれば様々な事柄が具体的に迫ってくる。
そんな女たちが悩み苦しみながら揺れ動く姿を描く短編集。


『パラダイスを探して』の主人公・万由子は省庁に勤める親自慢の娘である。
出張ついでに神戸の実家に立ち寄り、思う存分眠り目覚めるところから物語がはじまる。
三年前に死んだ父、見栄っ張りな母、都市銀行の行員の義兄と専業主婦で娘を育てる姉。
穏やかそうに暮らす実家の風景の中で、万由子は浮いていた。
30代半ばを過ぎて、やつれた感を拭えない疲れきった顔。
美容院にも行かず、エステにも行かず、ただ老いていくのを感じる毎日。
「忙しくて自分に構えないの」と家族に嘘をつく度に胸が痛む。
万由子の夫・樹彦は5歳年下で司法試験を受け続けている。
今年こそは、今年こそはと思って5年経過した。
有名私大を卒業し、将来有望と思われた樹彦は飛んだお坊ちゃまだったのだ。
普段は勉強もそこそこに競馬やゲームに勤しみ、収入は当然ゼロ。
万由子の稼ぎで養われている。
樹彦の親からはとっくに見離され、今住むマンションを与えられただけだった。
省庁勤めだけでは保てない贅沢な暮らしの為に、夜も働く日々に心底疲れきった万由子。
しかし、実母たちにはそんなことは口が裂けても言えなず、一人苦しんでいた。
嘘で塗り固めた夫婦生活に嫌気がさし、出張ついでに神戸に逃げてきた。
偶然遭う同級生のきらびやかで若々しい姿に落ち込む万由子。

そして豪華な手土産を持って実家に突然やってきた樹彦に、万由子はブチ切れてしまった。
微妙なバランスでなんとか保っていた夫婦関係に大きな亀裂が走り、万由子は新しい人生を歩むことになる。


他にも、ずっと心に残っている同級生と友達以上になれない大人の女が迎える悲しみを描く『ヘップバーンにはもうなれない』、浮気する夫・気の強い義母との生活の中で自分の人生を開拓していく『水晶婚』など、大人の女性が主人公の恋愛・結婚にまつわる物語ばかりだ。
どれもなかなか面白く、大人の女性向けでいい短編集だと思ったが、各物語の題名が古臭い。
垢抜けた印象は皆無。
同世代の女性であれば感じる日常の悩み、小耳に挟む愚痴などをテーマとしているので読みやすく共感しやすい1冊。


<講談社 2001年>


玉岡 かおる
水晶婚

bijiniho 「一日一語口にするだけで綺麗になる言葉」がつまった情緒溢れる日本語を扱う本。


4月から3月まで、一日一語ずつ収録されている。
その名のとおり、「美しい日本語」が集められている。
季節、情緒、奥ゆかしさなど、日本ならではの文化が表現された言葉の数々。
一度は耳にしたことがあるものの、忘れていた言葉たち。
毎日ページを進める毎に美しい言葉が心に刷られていく。


今日の言葉は「天衣無縫」。
その言葉の意味、著者の思い・考えなどが一頁ずつにまとまっていて読んでいると心が鎮まるのが不思議。
帯にある言葉に惹かれて手にし、眠る前に毎日一頁ずつ進めていった。
知人はお手洗いに置き、毎日一頁ずつ確認していると言っていた。
そんな楽しみ方が出来る1冊。


<幻冬舎 2005年>


山下 景子
美人の日本語

pasukaru 第14回朝日新人文学賞受賞作。
10歳年上の恋人、再婚した明るい母、はきはきした親友に囲まれ、穏やかに暮らす女性の優しくてせつなくて人間らしい恋愛を描く。


主人公・皓子は24歳。
大学の研究室で助手をしていたが、担当教授がアメリカに1年赴任してしまいその間は何もせず祖父の残してくれた家でひとり暮らしをしている。
1年後に教授が戻ってきたら、また研究室に戻る。
それだけが決まっている毎日だった。
父は亡くなり、母は再婚しており、皓子はきままな毎日を過ごしていた。
そんな皓子の恋人・藤沢は同じ大学で虫の研究をしている34歳。
優しくて穏やかで真面目な人で、毎日同じ時間に皓子の家を訪れ一緒に食事をしたりおしゃべりを楽しみ、同じ時間に帰っていく。
お互い「好き」だと確認したことはないものの、毎日二人で過ごしていた。
穏やかでこのまま幸せが続けばいいと思っていた或る日、藤沢の知人だと言う河村が尋ねてくる。
河村という女性から聞いた話は、皓子の心に沢山の棘を残した。
皓子は悩みバランスを失いかけるが、親友の香苗に助けられなんとか自分を保っている。
そして香苗も辛い恋を育んでいた。
藤沢との関係は良好だったが、皓子の心には大きな影が残されたままだった。
そして、皓子は身体の変化に気付き藤沢との関係を考えなければならない時期が来ていることを悟る。
皓子の気持ちと藤沢の気持ちは同じ方向を向くのだろうか。


各章にいくつか心に響く文章がある。
152ページの後半の皓子と香苗の会話は特に好きだ。
せつない恋心をうまく言い表していると思う。

やわらかく、優しい雰囲気が最初から最後まで漂っていて心地いい。
せつなさも、寂しさも心地よくて読んでいてストレスは全くない。
フランスの数学者・パスカルの言葉を軸に主人公の恋愛を描く純粋な恋愛小説である。
せつない女心を読みたい方におすすめの1冊。


<朝日新聞社 2003年>


駒井 れん
パスカルの恋