携帯電話やパソコンを使ってのe-mailは世の中に定着した。
友人同士のメールだけでなく、親や初対面の人などメールを送る相手は様々で、その都度相手に合った言葉を選びメールを作る。
特にオフィスでのビジネスメール作成は慎重にならざるを得ない。
メールは顔が見えないので、適当な言葉を選び相手に不快感を与えない文章を作成できなければ大問題になりかねない。
本書はそういった方にビジネスメールをレクチャーしてくれる。

メールでの表現、言い回しというのは意外に難しい。
各シチュエーションによって喜怒哀楽をビジネス向けに変換し敬語や謙譲語などきちんとした日本語を駆使しなければならない。
当然のことだけど、これがなかなか難しい。
本書はさまざまな場面に応じ、どのような文章が適しているのかを教えてくれる。
その時の気持ちや状況にぴったり合った表現が見つかる。
「ありがとうございます」「申し訳ありません」など、日常よく使う直感的な言葉で引ける辞典となっている。

本書はビジネスメールを難しい、苦手だと思っている方、新入社員でビジネスメール1年生という方におすすめの1冊。

あくまで入門書という感じで社会人を数年やっていれば「こんなこと知ってるよ」と言いたくなる言い回しが多数掲載されているのでビジネスメール中級以上の方にはおすすめしない。

<技術評論社 2004年>

著者: シーズ
タイトル: ビジネスメールものの言い方辞典―人を動かす!心が伝わる!
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ほぼ日刊イトイ新聞で連載中のコーナーの書籍化。
いい年なのにカワイイものから離れられない脚本家と、実は存在するカワイイもの好きなおじさん達が自分がこよなく愛するカワイイものを語り合う対談エッセイ。
書店で面白い手書きPOPで紹介されており、興味を持って手にした1冊。

私から見ればなんでもない人形に見えるものも、あるおじさんから見れば「カワイくてたまらない!」アイテムなのだ。
様々なおじさんのカワイイを紹介している。
カワイイは主観である。
女子高生がカワイイと言う小物を、誰しもがカワイイと思う訳ではない。
子供がカワイイと言うものは、大人から見れば奇妙なアニメにしか見えないこともある。
おじさんにとってのカワイイって何だろう?と興味深く読み進めた。

かわいいものが好きなおじさんだけではなく、男の子も増えているそうだ。
確かに、周りの若い男の子たちの手にしているアイテムや部屋にある小物がかわいい。
女の子顔負けのかわいいもの選びセンスである。
かわいいものは決して女だけの専売特許ではないのだから、男性も楽しんでいいのだ。

<アスペクト 2005年>

著者: 山下 哲
タイトル: カワイイもの好きな人々。(ただし、おじさんの部)
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営業職、経営者、フリーランスで仕事をしている人にとって接待は特別な意味を持つ業務の1つだろう。
上手な接待は何倍もの効果を生み関係を深めるが、失敗をすれば一巻の終わりなんてこともある。
非常に責任重大な任務だ。
接待される側ばかりの人は別だが、接待しなければならない人にとっては「100%うまくいくコツがあるなら教えてくれ!」と叫びたくなるだろう。
本書は100%大丈夫という術を教えてくれる訳ではないが、接待初心者の方ならば題名どおり「目からウロコ」だろう。
接待上級者の方にとっては物足りないだろう。

テーブルマナーというか、ビジネスマナーというのか、接待で必要なマナーというのは奥が深いと感じた。
寿司屋での接待の場合のくだりには驚いた。
軍艦巻きに醤油をつける時はガリに醤油をつけ、そのガリを刷毛のようにして軍艦のネタに醤油を塗るのが正解らしい。
そんなことする人いるんだろうか?
そうやって軍艦巻きを食べる人に会った事が無いのだが、これが普通なのか?
だとしたら、海苔の部分にそっと醤油をつけて食べていた私はマナー違反だ。
一般的なマナーなのだろうか?
馴染みの無いそういった動作を目の当たりにすると「この人は何をしているんだ?」と驚きそうだ。
そして、接待された側も驚くのではないだろうか。

これって本当?目からうろこ?なのかわからない細かいアレコレまで網羅されている。
社会人1年生や接待1年生には足しになるであろう1冊。

<技術評論社 2005年>

著者: 楠本 圭子
タイトル: 失敗しない接待術―目からウロコ!接待の教科書
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GO / 金城一紀

テーマ:
この本が発売された当時は、韓流ブームは無く、在日韓国人・朝鮮人と日本人の間には今よりも壁があった。
その時にこの本の存在を偶然知った。
本書を読むことで、新しい視点を持つことが出来た。

「コリアン・ジャパニーズ」である僕~杉原~は在日韓国人三世で日本の普通高校に通う。
元プロボクサーである父親、主人公と同じくアイデンティティーの揺らぎに悩む朝鮮民族学校時代の同級生、ヤクザの息子鼻つまみ者の先輩など個性豊かな人々に囲まれて生きている。
リスペクトするのは民族中学校開校以来の秀才と言われた正一だった。
或る日、友人主催のパーティで桜井という少女と恋に落ちる。
変わり者の桜井。
二人はぎこちないデートを重ね、お互いの気持ちを理解していく。
しかし、自分が在日韓国人であることは告白しかねていた。
そんな時、リスペクトする親友・正一が駅のホームで少年に刺されて死んだ。誤解が原因で起こった悲劇の事故だった。
親友を失ったショックに愕然となった杉原は、その夜、桜井と一夜を共にし、自分が在日であることを彼女に告白する。
想定の範囲とはいえ、桜井の態度が急変したことにショックを受ける。
やり場のない思いを父親にぶつけるが自分の小ささを思い知らされるだけだった。
「国籍や民族にとらわれない世の中を作ってやろう」と心に誓い、受験勉強に集中する日々を送る。
そして桜井ともう一度話し合う。

日本には沢山の外国人が住んでいる。
目の色、肌の色、言葉の全く違う人も同じ国で共存している。
わかっているそうった事が、深い意味では理解されていないのだ。
私もちゃんとは理解していなかった。
差別するつもりが無くても、知らないうちに差別して誰かを傷つけていたかもしれない。
国際化する世の中で、もっとこういった問題をきちんと見据えて学び理解していくべきなのだ。
そんな教材に、この本は一役買うだろう。
在日韓国人と日本人の高校生同士のラブストーリーとして気軽に読めるけれど、その奥深くに大切なものが沢山詰め込まれている。

<講談社 2000年>

著者: 金城 一紀
タイトル: GO
各界で活躍する著名人が語る〝エレガンス〟の定義。
エレガントな女性になる為十か条を掲げ語り、そのノウハウを教えてくれる1冊。

伊藤緋紗子、市川染五郎、両氏が「寛容な態度がエレガンス」と説いている。
異性の二人の共通見解。
これは真実味がある気がした。
女性から見ても男性から見てもエレガンス溢れるというのは魅力的だ。
また、フランソワーズ・モレシャンの章は先日紹介したフランス人の本と繋がるものがあった。
フランス人気質というのは、参考になるなと思った。
しかし、その他心に残った部分は無いに等しい。

〝エレガンス〟とは縁遠い私。
興味本位に手に取って読んでみたが、実用的とは言い難い内容。
得るものがあったとも言い難い。
だが、読んでみなければ意見もできないし、読まなかったら知らなかった事は存在する訳で、読んで無駄ということは無いと言い聞かせて読み続けた。

ステキな女性、エレガンスな女性に憧れる方にはその定義がどんなものかぼんやり見えてくるのでおすすめ。

<ソニーマガジンズ 2004年>

著者: 中村 江里子, フランソワーズ モレシャン, 山咲 千里, 草刈 民代, 市川 染五郎, 朝吹 登水子, 池田 理代子, 伊藤 緋紗子, たかの 友梨
タイトル: エレガンスの条件
今年直木賞を受賞し、注目度がぐっとアップした著者。
その著者のデビュー作がこの「幸福な遊戯」で1990年に第9回海燕新人文学賞を受賞している。
今は文庫本化もされている短編集。

『銭湯』の主人公は高沢八重子、食品会社の会社員。
学生劇団で芝居をし、卒業後も就職はせずにバイトをしながら食い繋ぎ演劇を続けていくんだと親に宣言していた。
しかし、小心者で普通の人間の八重子はクラスメートが次々に内定を手にするのを見て焦り、就職活動をし今の会社に内定を貰う。
するとあんなに夢中だった芝居も劇団も心の中から抜けていってしまった。
卒業し、毎日勤めに出て数字を打ち込み、お局に嫌味を言われ、上司に叱られる普通の会社員としての日々を過ごしている。
時折届く母親からの手紙が重くのしかかる。
今も夢を追い、演劇を続け、私はやりたいことをして生きているんだと言いたい八重子。
でも現実は、同級生と足並みを揃えて歩いている普通の人間である。
それを忘れたい為に、頭の中でヤエコという架空の人物を動かして妄想している。
学生時代から住まうアパートは風呂ナシで、毎日銭湯へ通う。
そこで出会う身体の隅々まで洗う女、相槌を打ったら最後開放されることのない老婆、改装で消えた富士の絵。
銭湯で自分の垢が流れていくのを見ながら、八重子は気持ちを切り替えて日々を過ごす姿を描く。

ハルオ、立人と同居生活をする大学生のサトコの姿を描く表題作『幸福な遊戯』。母親の死後、崩壊していく娘・家庭を描いた『無愁天使』と計3作を楽しめる。
全て主人公は20代前半の女性。
自分の今の生活に不満や不安を抱え、何かから逃れたい思いを抱いている危うい存在だ。
とても弱くい彼女たち。
辛い、寂しい、不安と言っても朝はやってきて、生きていかなければならない。
読み終えた時、なんとなくわかるなぁと思う話ばかりだった。
不安定な主人公たちがどうやって毎日をやり過ごし、どうやってこの不満を押さえ、どうやって前を見て生きていくのかを模索している様子が描かれている1冊。

<福武書店 1991年>

著者: 角田 光代
タイトル: 幸福な遊戯
書店に行くと読んでみたい本が溢れている。
新人賞を受賞した作家の作品は、どんなものかさっぱり想像もつかないからこそ読みたい。でも買って損はしないだろうか?なんてことも考える。
大御所の作家の作品でも帯びを見てみたり新聞・雑誌の紹介文を参考にしてみても、買って損はしないだろうか?と考える。
というのも、私のお小遣いでは毎月何十冊も本を買う余裕がないのだ。
女なので化粧品も欲しければ、好きなアーティストのCDや気になる映画のDVDも欲しい。季節の変わり目には洋服も買いたいし、美味しい物をステキなお店で食べたい。
あらゆる欲を満たす為に、本にだけお金を費やせないのだ。

そんな時は図書館が強い味方である。
読みたい本をメモし、図書館で探す。
時には予約し、手にする。
決められた期間内に返却しなければならないので、毎日コンスタントに読書に講じるようになる。
よってブログの更新頻度もアップする。
私の生活にプラスになる。

新刊も旧作も揃っている図書館という存在はとても大きく、大切だ。
しかし、借りた本がとても汚いと悲しい気持ちになる。
旧い本ではないのに汚れたりページがよれたりしているとせつなくなる。
公共の物をどうしてもっと丁寧に扱えないのか。
みんなで使うものだという自覚を持って借りていれば、あんなぼろぼろになることは無い。
道徳とかモラルとか、そういったものが欠如し始めているというのをニュースで見るが、本当のことなんだと感じた。

さて、今日の写真は図書館の風景だ。
撮影に利用したのは先日も報告したNATURAというコンパクトカメラ。
下手の横好き、写真素人の私でもカッコいいかな?と思える写真を撮影できる優秀なカメラだった。
自分の眼を通して見る風景を、写真に表現できるのは凄いことだ。
デジカメを使ってみても、色や味わいや雰囲気は写真っぽくなっていて、眼で見ているものとは相違がある。
でも、NATURAで撮影した写真は自分の見た景色と近い。
かなり満足いく写真になっていた。
ノーフラッシュなので図書館のようなフラッシュ撮影厳禁と思える場所でもきれいな写真を撮影できる。

他にも東京の風景を撮影してみた。(写真はこちら→

しばらくは、本とカメラを趣味として生活していこうかと思った。
空想なのか?
現実なのか?
著者の実体験なのか?
不思議な感じを味わうことのできる長編である。

主人公は作家M。
中学二年生の娘がいる。
何度も繰り返す結婚と離婚。
まるで真実の出来事のように次々溢れる嘘物語を綴り5冊の本を出版した。
しかし、次が無かった。
次回作の構想を考えあぐねていた。
何年もただの飲み会になりつつある編集者との打ち合わせの席で、軽く口をついて出た案は、デビュー作の登場人物の成長した姿を描く物語だった。
成り行きで決まってしまったけれど、その物語に着手するM。
デビュー作「鞄屋の娘」の帆太郎の大人時代を描く為に帆太郎の今を想像しキャラクター設定をしていく。
Mの頭に浮かんだのは別れたばかりの恋人の姿だった。
恋人の出身校に帆太郎を通学させる設定で取材をスタートさせるM。
別れたばかりの恋人に取材させてくれる学生を捜してもらい、自分より10歳以上年下の青年たちに次々と会う。
虚構と現実がごちゃ交ぜになっていく。

裕福な育ちの青年達を相手に取材をし、聞き出した恋愛感を嘲笑うなど、大人の女が失恋をした後にこんなに醜くなってしまうことがあるのかと恐ろしく感じるシーンも。
作品の進行につれ、想像は壊れ妄想に走っていき、ただ書き続ける作家Mの姿を描く読み応えのある1冊。

<光文社 2004年>

著者: 前川麻子
タイトル: これを読んだら連絡をください
お台場であろう風景の写真が印象的な装丁の本で、開いてみたら都内の見知った景色がモノクロで続き、合間合間に角田光代のさっぱりとしながらも心に残る短編小説が存在する。
東京の風景とそれらの景色の下に存在するような物語集。

『東京』は小さな町の産院で同じ日に生まれた同級生を想う“私”の物語。
その同級生はヒラタカナコとH岡。
親たちはその偶然を喜び3人の子供を親しくさせようとパーティーを開いてみたり夏休みの宿題を一緒にやらせてみたりしていたが、3人は親の意に反して全く違う方向に進んでいく。
それでも3人の親のせいで偶然に3人一緒に行動することが度々あった。
同じ車両で東京へ出ても、一緒に座るんでもなく会話をするんでもない。
3人はそれぞれの理由で、それぞれの想いを抱いて東京へ向かっていた。
東京に着いて気まずい会釈を交わし、もう二度と会うことは無いだろうと思いながら別れる“私”。
東京の暮らしに染まっていく“私”。
或る日、ふとしたきっかけでヒラタカナコやH岡を思い出す“私”。
そして“私”は30歳の誕生日を実家で迎える。
そこで見聞きしたヒラタカナコとH岡の今の姿。
時折思い出す二人の存在と“私”を描く。

東京の街の景色と数ページで終わる短編が醸し出す不思議な雰囲気は、忘れていた何かを思い出させてくれた。
そして、少し心が軋んだり弾んだり緩んだりした。
忙しい毎日を凄し、少し立ち止まってみたいなと思っている人におすすめの1冊。

<実業之日本社 2002年>

著者: 角田 光代, 佐内 正史
タイトル: だれかのことを強く思ってみたかった
不思議な魅力、不思議な存在感の女優・桃井かおりのエッセイ。
週刊新潮に連載されていたコラムをまとめたもの。
語彙や物事に対する視点が面白い。

幼少期の思い出、女優として取り組む仕事に対する想い、友人、パリやベトナムなどの海外旅行エトセトラ。
著者の素直な表現で綴った失敗談や日常、様々な経験が49編収っている。
潔い文章から、著者の性格を感じ取れる。

装丁も自ら手掛けたらしく、個性的な毛筆の表紙はなんとなく心に残る。

ちょっと憧れる大人の女性の著者。
著者の意外な一面や、やっぱりこんなタイプなのねと思える一面を垣間見れる息抜き用にはもってこいの1冊。

<新潮社 2004年>

著者: 桃井かおり
タイトル: 夢チャンネル