長野、最後の日も無事に済んで今日は埼玉へ戻る日です。

朝、健一から
【これから帰るよ。戻ったらまたメールする】
【うん。お疲れさま、気を付けて帰ってね】
私はいつものように仕事へ行き家事をこなしていました。
これで少しは健一も楽になるだろう。
東京へついた時と埼玉の実家へついた時にメールが入っていました。仕事中のため私は返事が返せませんでしたが…

夜、自分の部屋へ戻って落ち着いてからメールをします。
【おかえりなさい。お疲れさま。今日は疲れてるだろうからゆっくり休んでね】
すぐに返事が来ました。
【これからみんなで夕飯食べに出てくるよ。帰りは遅くなるかもしれないから、今夜は電話出来ないと思う。ごめんね、帰ったらメールはするけど先におやすみだけ言っておくね。じゃあおやすみなさい。また明日ね】
やっぱり出かけるんだ。そうだと思ったんだよね。でも仕方ないかなこうちゃんも久しぶりにパパに甘えたいだろうし、健一の神戸に帰ればまたしばらくたいへんだろうから実家にいるうちくらいは大目に見てあげないとね。
神戸に戻る事が決まっていた為、今度はいつ埼玉へこれるかわからないと埼玉にいる間はずいぶんと友達とも遊んで歩いていた様です。
朝のメールと寝る前のメールは毎日来ていましたし、長電話は出来ませんでしたら間にちょこちょこ電話も来ていました。
話したい事はいろいろとお互いにありましたが、やはり実家ということもあって長電話は出来なくて、話したい事は今度逢いに来た時にということがお互いに暗黙の了解のようになっていました。『明日は大丈夫?』
『うん。俺はね。由実香はこそ大丈夫?』
『私は大丈夫、お弁当はどうしようか?』
『忙しかったら無理しなくていいよ』
『そうだね、いつもみたいに少し遅れるけど大丈夫だから、メニューは任せてね』
『それはいいよ。俺は春巻きが入ってれば』
あははまた春巻きですか?でもそうやって言ってくれると嬉しいしね
『それは大丈夫だよ。この間みたいにおにぎりは無理かもしれなからそれだけは買うようになるけど…』
『ええー俺、由実香のおにぎり好きなんだけどなぁ~』
『じゃあ作って行く?』
『無理しなくいいよ。それよりも少しでも早く逢いたいし、話した事も沢山あるんだだから…』
『うーんじゃあ時間を見てね。明日も早いだろうし、そろそろ休まないと』
電話ができる事はうれしけれど、やっぱり実家ということもあって長電話は気になります。
そしてこの時に私は思っても居ない事を告げられます。

次の日の朝、早めに起きて先に自分の準備をします。
この頃には場ァちゃんはひとりで起きて自分の事は以前と同じようにできるまで回復していました。
慌ただしい朝が、この日はいつもよりも慌ただしく私はお弁当やら朝食やらを支度しながらさくらの準備もして幼稚園へ送りだします。
いつもよりも早く出る為にばぁちゃんに声をかけます。ばぁちゃんは『気を付けていってらっしゃい』と送りだしてくれます。
普段なら当たり前の事ですが、やはり後ろめたい気持ちがあると申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
さくらを幼稚園へ送りその足で健一を迎えに行きます。
【おはよう今、着いたよ~駅にいつものとこで待ってるね】
途中で健一からメールが入ってきました。
【おはよう。ごめんね、もう少しで着くと思うから待ってね】
信号待ちで返信をします。
いつもの事ですが、この迎えに行く車の中で気持ちをかえて行きます。
母でも、妻でも、嫁でもない、私になって行きます。
 健一が長野でのいろいろな事で心身共に疲れ切っていた。
そんな仕事の事なんか大変で当たり前、そう言えればよかった。
でもそう言えない程に健一は疲れていた。
まわりはみんな会社の言うなり、そんなこと当たり前で健一はそんな中で浮き切ている。
ほんの一部の人が声をかけてくれる以外はみんな健一を避けているようだった。それも当たり前だろう。だって健一は入社そうそう会社に意見を言っているのだから…
そんな中で私はとうとう考えていた事を口にした。
その事が今後のふたりにどんな未来をもたらすか…うす雲が脳裏を翳めたけれど、それでも今の健一を救うにはそれが一番いい方法だと信じたから…
『あのね…健ちゃんいまだに向こうの社長から電話来る?』
唐突にこんな事を聞く私に
『うん…たまにね。どうして?』
『うん、どうしてっていうかさ…戻って来いとか言われない?』
話そうと決めたもののなかなか言い出せません。
『言われた事ないな~』
『健ちゃんさ…今の会社辞めて神戸に戻ったら?』
『…戻ったらって』
私の言葉に驚いている様です。
『だからさ…そこは健ちゃんのいる場所じゃないって自分でも思ってリでしょう?辞めるにも次が決まらないといろいろとあるだろうし…それならさ神戸に戻った方がいいよ』
本当は伊豆を辞めると聞いた時に言いたかった言葉です。でもあの時は健一なりに仕事を探していたので私は何も言いませんでした。
しばらく黙ったまま時間が過ぎて行きます。
『実はさ…俺も考えてはいたんだ…その事。でもそれって俺が決まる事じゃないし…』
『ならさ、電話して話してみなよ。きっと社長さんの事だからきちんと考えてくれるよ』
『うーんどうかな?あのおっさんけっこうたぬきだからな…』
『そうじゃないでしょ。だって健一の事心配だからさ、伊豆の時に電話してくれたんだし。今だって確かにそんな話はしなくても心配だから電話くれてるんだよ。健ちゃんだってわかってるでしょう?』
『まぁな…わかった明日にでも電話してみる。でももしもさ…決まったら…ごめんなまた遠くなる』
『なに言ってるの?今だって神戸に居た頃だってあんまり変わってないじゃない?地図的には近くなってもいろいろ考えるとかえって神戸に居た時にほうがよかったんじゃない?』
『確かにそうだけど…そんな風に言わないでよ。俺なりに考えてしたことなんだから』
『ごめん…そんなつもりじゃないんだけど…でもさとにかく今はさ社長さんに相談して決めてから』
健一も健一になりに考えていたようですが…辞めた時に事があるだけに私に神戸に戻りたいとは言えなかった様です。
ほんの少しでもいいから近くに来たい。その気持ちだけで健一は神戸を辞めて関東へ戻って来ました。でも距離は縮んでも逆に交通費や移動時間は掛かってしまうというおかしなことになってしまって返って神戸にいて飛行機を使い、代理店のパックを使った方が安上がりで逢いに来れた。そんな感じ…
次の日の夜メールが来ました。
【電話して話をしたよ…でも考えさせてくれって…俺さ無理を承知でなんでもやるから給料30万欲しいって言ったんだ。向こうは驚いてたけど。俺の事情とかある程度知ってるから、それだったらフロントの夜勤ぐらいだぞ、ってそれでもいいからって言ったらなら考えて返事するって。どうなるかわからないけど…ここな遅くても今月中にはやめるつもりでいる。きっと会社も何も言わないト思うから。決まったらまた連絡するから】
こんな内容でした。またずいぶんと大きな事を言って…もしだめだったらどうするつもりなんだろう?それとも大丈夫ってわかってて言ってるの?健一に真意がつかめませんでした。
2、3日はいつものようにメールが来ていました。
そして
【決まったから…今夜電話で話すね】
そうメールは入ってきました。
決まった…これだけで神戸へ戻る事が決まった事がわかります。

やっぱりそうなんだ…神戸に帰るんだ。
健一が言い出せなかった事を私が先に言ったけれど…
私が健一に神戸に戻った方がいいと勧めたんだけれど…
それでもやっぱり神戸に戻る事が寂しくて仕方がありませんでした。
もしかしたら私が神戸へ帰る事勧めても、健一は関西ではなくまた関東か南東北あたりで仕事を探してくれるかもしれない…もしかしたら宮城で就職を探してくれるかも…そんな淡い期待をしていましたから…
そしてこの時にあった私の頭の中のうす雲はずっと晴れる事なく隅っこの方にいつまでも残っていたんです。
『今日、電話が来たんだ。OKだって仕事』
『いいの?戻れるの?給料も30万くれるの?』
『うん。その代わり、仕事は一番たいへんなフロントの夜勤、9時から次の日の朝7時まで』
『まるっきり深夜だけ?』
『そうみたい。かなり無理して決めてくれたみたいだ。電話で[俺の独断で決めたから戻ったら風当たりが強いぞ。部署はフロントだけど俺の直系の部下ってことになるから]って言ってくれた』
『そうか…やっぱり健ちゃんのこと考えてくれてたんだね。でいつからなの?』
『9月から、今日こっちの会社の人事に辞表を出して来た。いろいろあるから今週いっぱいでってことで会社も了承してくれた。まぁ俺みたいな人間にいつまで居られるよりもとっと辞めてもらった方がいいんんだろ?すぐに決まったしな』
『そうか…まぁ次が決まってれば別に心配ないしね。あと一週間は黙って仕事すればいいもんね』
何事もなく喜んでいるように話をしていましたが
『ごめんな…こんなことになって』
『何を謝ってるの?私ならこの前も話したでしょう?もし嫌なら神戸に戻ればなんて言わないよ。だから気にしないで』
『わかった。じゃあさ、神戸に行く前にもう一度逢いに行くよ』
『え??ほんと?いつ?』
『由実香の休みに合わせるから』
『じゃあね』
健一は私の気持ちを察してくれたのか?神戸にもどる詫びのつもりなのか?日帰りにはなるけれどまた逢いに来てくれる事になりました。
長野を辞めるまでの一週間は健一は健一なりにまじめに仕事をしてその日を迎えました。
 それから数日して健一は長野へ行った。

私も仕事とばぁちゃんの病院へ送り迎えをしながら忙しい毎日だった。
一番上の旦那のお姉さんも来てくれて家での世話はしてくれた。それだけでもすごく助かった。
いろいろあったけれどばぁちゃんの具合は目に見えてよくなっていた。病院で先生が話した事が嘘のように回復した。
このまま寝たきりになるんじゃないかって不安も消えていた。

私がそんな毎日を過ごしている時、健一も新しい土地で奮闘していた。
慣れない仕事、慣れない人間関係にかなり精神的に参っていたようだった。
電話で話していてもいつも疲れているようで、そんな健一の様子に私の中で隠れていた不安が脳裏をよぎる。
『仕事はどうなの?』
思わず聞いてしまいます。
『うーん会社がでかいからさ…大変っていうか…』
健一が口を濁しています。
『何かあるの?』
『何がっていう訳じゃないんだけど…まぁ今だけだろうから大丈夫だよ』
どこか歯切れの悪い返事にそれ以上は聞けませんでした。

そんな中で8月になり健一が急に体調を崩していました。
『大丈夫なの?』
『頭痛が取れないんだ。過呼吸もあるし…今度連休だから埼玉に帰って病院へ行ってみる』
『うん。その方がいいね。あんまり無理しないんだよ』
『わかってるよ。無理しないから、あんまり心配しなくていいよ』

次の休み健一は埼玉へ帰って病院へ行きました。
結果は高原病?健一が勤めていたホテルは長野の標高のかなり高いところにあって、健一はその標高差による酸素濃度の薄さが原因で頭痛や過呼吸になっていると診断されてきました。
現実、埼玉へ帰っていた時は頭痛も過呼吸もなく落ち着いていたそうです。
でもそこのホテルに勤める以上はそんなことは言っていられません。病院で対処法を聞いて来たと話していました。そうやって健一になりになんとか新しい職場へ馴染もうと頑張っていたのに…

それは突然やってきました。
新規事業を起こすにあたって会社で役員会があったそうです。
そこで新規事業に掛かる経費やその他の事を話し合ったところ…
役員会が出した答えは…『凍結』でした。
『凍結』.と言えばいつかは再開されると思うでしょうが、『凍結』とは言葉だけで結局は取り止めになったということでした。
新規事業の為に引き抜かれた(健一に声をかけてくれた上司)は新規事業が取り合やめになって3日後には別の会社へ移ったそうです。
残された健一は…けっきょくそのままバイキングのレストランに残る事になりました。
健一の落胆ぶりは電話越しでもわかります。いくら元気そうにしていても、健一は新しい仕事に夢をもって長野へ行ったのですから…
『俺は大丈夫だよ、レストランで頑張るからさ』
私に心配かけまいと元気そうにしますが…健一の悩みはそれだけではなかったようです。
『俺さ、ここのやり方がいまいち納得出来なくてさ。この前会議で話したんだよ。でも…』
『でもどうしたの?』
『うん…やっぱり俺ってどこへ行っても浮くのかな?』
『どうしたの急に?』
『いや。会議でさ思った話したんだけど…会議が終ってからさ。同僚にさ、橋本さんはこの会社には合わないって言われたんだ。終いには会社の方針についていけないなら辞めた方がいいってまで言われて…俺どしたらいいかわかんくなってさ』
健一はそれ以上は何も言えなくなっていました。
長野の会社は、神戸や伊豆とは比べものにならない程、巨大なリゾート会社です。
あまりに大きすぎる会社で健一は自分の意思を通そうとしますが…それは無理な話です。(会社の人事に対する不満でした)
確かに健一の話だけを聞けばわかるところはあります。でもそれがすべてに通るかと言えばそうではありません。
私にできる事は、話を聞いて少しでも健一の気持ちが落ち着くようにもっていってあげる事ぐらいでした。
でもその話になるだびに健一は疲れていました。
8月もお盆を越そうとしていたある日、私はとうとう思っている事を口にしました。
そしてその事が最終的には私達にいずれ訪れる別れへの一歩だったのかもしれません
 一ヶ月振りの健一のぬくもりだった。
いつもならもっと逢わない期間が長いけれどこの時は三ヶ月続けて逢えた。
心のどこかで長野行きへの不安が私の中にあった。
健一もそれをわかってるからこの日は終止その話だった。
健一は大変だけれどそれでも未知の仕事へも期待が大きように私には思えた。
素直に応援したい私とどこか気になる自分がいる。
健一はかなり難しい人だ。私も付き合ってから感じる事が多い。
人付き合いも上手い方ではない。かなりの人見知りがあるし…気も短い。
健一自身それを直そうと努力はしていてもなかなか人間の本質というのは変わる物じゃない。
『来週には行くんでしょう?』
『うん。寮もわかったから大きい荷物は送った』
『新しい仕事はいつから?』
『うーん行ってみないとわからないけど、これから始まるみたいだから…ただ夏休みは忙しいだろ?だから9月からって事みたい』
9月って今はまだ7月だよ?それまではどうするんだろう?心配になって聞くと
『それまではバイキングのレストランの方を任されるみたいだよ』
『そうなんだ。じゃあしばらくはレストランで新しい仕事が始まったらそっちなんだね』
『うん。でもレストランなら神戸に居た時もやってたから、その辺はもうリサーチ済みらしくてそこなら俺でもやっていけるだろって思ったんだろ』
ベッドに横になってくっついたままそんな話をしていました。
一緒にお風呂に入ってのんびりとした時間が過ぎます。
『なんかこうやってると安心するし、落ち着くな~でも長野へ行って新しい仕事が始まったら忙しくなるからなぁ。年内にもう一回来れたらいいな』
たばこを吸いながら健一はつぶやいていました。
7月は健一の誕生日があってそれは伊豆にいるうちに送っていました。
去年はいろいろあって連絡も取れない時期に誕生日だったので今年は少し気持ち的には楽でした。プレゼントは健一の望み通りにゲームソフトでしたが…
『いつか一緒に誕生日が出来たらいいね』
私の淡い希望です。
『そうだ。由実香の誕生日の頃に逢いに来よう。それで一緒に誕生日しような』
健一が急に言い出します。
『無理しなくていいよ』
『無理なんてしないよ。でもその頃ならさ。由実香も欲しいもの決めてなよ。いつもいらないっていうから…』
そう、私はいつも健一に欲しい物は?って聞かれても
『何もいらない。欲しくない』そう答えていました。欲しい物がない訳じゃないけど…携帯代を健一が出してくれてるし、逢いに来るにもお金がかかるから…必要以上に負担をかけさせたくなくていつもそう言っていました。
健一もそんな私の気持ちを知っていてもやっぱりイベントは別だからと最後には健一がその時私に送りたい物をプレゼントしてくれました。金額も問題じゃなく気持ちの問題だからと…

もっともっといろんな話をした。ほんの些細な事にも笑って、普段一緒にいられない分をお互いに埋めるように愛しあって1日が過ぎて行きました。

時計をみるともうホテルを出る時間が近付いています。
『もう時間だね…』
健一の胸に顔を埋めたままそうつぶやくと
『いつも思うけど、一緒にいるとあっと言う間に時間になるな…』
『…』
『どうした?』
何も言わない私をぎゅっと抱き締めてそのまま愛しあいます。
そんな時間も過ぎて
『もう出ないと…』
『わかってる。わかってるけど…あともう少しだけ、ねっ』
そう言ってなかなか私を離してくれません。
それでも時間は待ってはくれなくて…お互いにどこか心を残したままホテルを後にします。

駅へ向かう途中で健一は急に
『いつかこの町に住めたらいいな…』
思ってもみない健一の言葉に驚きながら…
健一にその言葉のほんとを聞けずに私は聞かなかったふりをしていました。
どうして聞かなかったのか?自分でもわからなかったけど…その気持ちだけでいいときっと思ったからだと思います。
駅について駐車場へ車を止めて降りようとすると
『いいよ。ここで…』
健一が私を制止します。
『でも…ホームまで…』
『うぅん。ここでいいよ』
健一の顔を見るとやっぱりホームまではしんどんだよ。そう言っている様でした。
『じゃあ時間までここで』
車の中で他愛もない話を…
健一が時計をちらっと見てかばんにたばこを揉み消します。
『時間…だね…』
下を向いたまま顔をあげられない私はそうつぶやくように…
私の頭に健一の手の重みを感じて
『今日は来れてよかった。また来るから』
キスのかわりに髪をくしゃっと撫でて健一はドアに手をかけます。
『うん。来てくれてありがとう。着いたらメールして』
『うん。じゃあいって来る』
健一はそう言って車をおりて駅へ歩いていきます。
『いってらっしゃい』
いつものようにそう健一を送りだして私も家路につきました。
 明日は健一が逢いに来る日です。

まだ義理姉は来ていません。明日か明後日、家の方を娘に頼んで来てくれるそうです。

昼間は近所の兄嫁が来てくれる事になっているので何も心配はありません。それでもやはり後ろ髪が引かれる気持ちに変わりはありません。
それでもやっぱり健一に逢えるのは嬉しくて、前日のうちにお弁当の準備をします。でもそれって普段家で作っているお惣菜がほとんどなので旦那も疑いもしません。

当日の朝、旦那が仕事へ行ってから、娘のお弁当と朝御飯、ばぁちゃんの朝御飯を支度しながらお弁当も平行して作ります。
ばぁちゃんに朝御飯を出して話をして娘を送りながら家を出ます。兄嫁は今日は朝の9時には家に来てくれる事になっているのでそれまではばぁちゃんにはひとりで御留守番をしてもらいます。トイレさえ済ませればあとはベッドに横になっているだけなので心配はありません。
『じゃあいって来ます。9時にはお姉さんが来ますからそれまではTVでも観ててね。病院は午後からだから…いって来ます』
そう声をかけて家を出ました。
娘を幼稚園へ送ってその足で駅へ迎えに行きます。

途中で健一からメールが入りました。
【おはよー今、着いたよ。待ってるから気をつけてきてね】
あららやっぱり健一が先だった。いつもの事ながら駅で待っていてもらう事にします。
【おはよう。後、少しで着くからもう少し待っててね】
そう返信をして急いで駅へ向かいます。
伊豆でのことがあるのと、今度行く長野の事があるので少し不安がありました。
今度は上手く行くのように、伊豆のような事になりませんように。
そう願いながら健一を迎えに車を走らせます。

駅に着くと健一が車に気づいて走りよってきます。
『おはよう』
『おはよう』健一が車に乗り込んで来ました。
いつも逢いに来る時とは違って荷物が無い分身軽です。
『ごめんね待たせて』
車を発信させて横を向くと
『いいよ。気にしなくて。由実香の方が朝は大変なんだから、でもけっこう暑いな~』
汗を拭きながらエアコンの調節をしています。
『うん。今年は暑いよ。クーラー全開だもん家でも』
『だろうな。由実香は暑がりの寒がりだから』
そう言いながら笑っています。
今回は初めからホテルでのんびりまったり過ごす事にしていたのでそのままコンビニへ寄ってホテルに向かいます。
健一は何もいいませんがやはりばぁちゃんの事は気になっている様でした。
『うちのほうは大丈夫なの?』
『うん、今日は○○さんの番と言うか…前もって今日は予定があるって頼んでたから大丈夫』
『まるっきり寝たきりなの?』
『うーんまるっきりってことはないよ。手を貸せば歩けるし、まぁトイレはしんどいだろから部屋にポータブル置いてる。介護用の消臭剤混ぜてあるから匂いもしないし、気づいた時にすぐにきれいにするからばぁちゃんも気にならないみたいだよ』
『えっ?部屋にトイレ?そんなにひどいんだ』
『ひどいっていうか…本人の希望もあったからね。ベッドの脇に手すりを付けたから起き上がるのは少しはいいかな、やっぱり腰に爆弾があるか少しでも負担を軽減させてあげたくてさ』
話を聞きながら健一も心配してくれているのがわかります。でもその心配はどちらかと言えば私に負担が掛かって大変だろうっていう心配でした。
旦那は6人兄弟の3男でなので本来なら家を継ぐのは長男なのですが…まぁいろいろとあって…兄弟の確執も根深いものがありその辺の事もあり心配してくれていました。
私自身も初めはかなり気を使いましたが、それでは生活も成り立たないのでお願い出来る事は甘えていう風に考えるようにしていました。
『大丈夫だから、そのうち歩けるようになるから。元に戻るって信じてるから…』
『由実香がそういうならいいけど…あんまり無理するなよ』

そう言って抱き締めてくれました。

そのままベッドまで…
愛しあいました。

でもこの日は私がとういうよりも健一を気持ち良くしてあげたくてずっと私主導でHをしました。
 姑が倒れた。その日は突然に…いつものように母家に行くと起きているはずのばぁちゃんが起きていない。おかしいか?寝坊かな?そう思って部屋へ声をかけに行く
『ばぁちゃんおはよう。ごはんだよ』そう言ってドアをあけると青い顔でベッドに横になっているばぁちゃんがいた…
『どうしたの?具合悪いの』
近寄って話し掛けると返事をするのも辛そうに
『お母さん、悪いけど病院へ連れていってくれない?しんどいんだ』
あまりに辛そうで
『わかった。じゃあさくらを送ってからすぐに病院へ連れて行くから。さくらを送りながら診察券だけ先に出してくるね』
急いでさくらを幼稚園に送っていってその足で病院へ

『すいません、○○ですがばぁちゃんがかなり具合が悪いみたいなんです。診察何時頃になりますか?』
受付で聞いてみると、いつもの看護婦さんがすぐに来てくれてばぁちゃんの様子を話します。
『先生に話してみるからすぐに連れて来れる?』
『はい。じゃあ今戻って連れて来ます』
すぐに家に戻ってばぁちゃんの支度をします。
『すぐに見てくれるっていうから…ゆっくりでいいから起きれる?』
起き上がるのもしんどそうです。手をかしながらゆっくり着替えをさせて車にのってもらいます。
ばぁちゃんの様子がいつもの具合悪さと違うような感じがします。もともと心臓が悪いけど…そうじゃなく腰が痛そうで歩くのがひどそうなんです。いつもはもうちょっと違う。
そんな気持ちで病院へ行くと、案の定いつもの症状ではなく腰に問題があるようです。
『これは違うな、レントゲンで見ると整形の方がいい。うちは整形がないから…佐々木整形は知ってるよね?あそこに紹介状を書くからすぐに行って』先生がそう言います。
やっぱりそっちか…このまま行くとなると仕事には間に合わないな…会社に電話をしてお休みを貰いそのまま整形へ行くことになります。
紹介状をもって整形へ行きます。整形もかなり混みあっています。かなり長い待ち時間で名前を呼ばれて先に軽く診察、その後に検査にまわります。
全部が終ってまたしばらく待つことに…
そうやく検査の結果が出た様です。呼ばれて診察室へ入ると   
『腰にかなり負担がかかってるね。これだと歩くのもしんどかったでしょう。しばらくリハビリに来てもらうようになるからね。じゃあおあばぁちゃんはリハビリへ』
先生が看護婦さんに声をかけてばぁちゃんを案内してもらいます。
診察室には私が残りました。
『実は詳しい検査はまだ出ていません。ちょっと気になる事があるので検査結果が出てから改めてお話しします。今は取りあえず、痛みを和らげる薬と治療をします』
『気になる事って?』心配になって聞くと
『それは検査の結果が出ないと…私の考え過ぎだといいんですが』そう言われました。
家に戻るとそのままばあちゃんは横になります。
しばらくは通院になるでしょう。寝たままになるとしばらくはひとりに出来ない。義理姉にSOSを出します。近くに住んでいるのですぐに飛んで来てくれました。
『わかった。大変だったね。じゃあ予定を合わせておいた方がいいね』
私のシフトと義理姉も専業主婦といっても急の事なので予定があります。そこを調節して出来るだけひとりにしないようにします。病院の送り迎えもあります。
私も来週には健一が合いに来てくれる事になっています…ここで逢わないともしかしたらしばらく逢えないかもと言う事もありその義理姉に嘘をついて頼んでしまいました。
そしてこの日からばぁちゃんはしばらく寝たり起きたりの生活のはじまりでした。
でも、まだこれはほんのはじまりでしかありませんでした。
2日後に病院から呼ばれます。
結果は…腰の骨に異常が見られる事、それがあまりいいものではなくその為に腰に激痛が走ること、でも年齢的なこと、心臓の事などを考えあわせると無理に手術をして取り去る事が得策とは言えない。無理をさせて寿命を縮める危険性がある。それなば今の治療でいく方が負担も少なくていいはずと…思っても見ない結果がまっていました。
どうしていいのか…途方にくれてしまいます。先生は今のままだともっても1年か2年、万が一手術をして取ったとしてもあまり変わらないだろうと…変わらないのなら無理をさせなくてもと返事をしました。
ばぁちゃんのリハビリが終って家に戻ると親戚の人たちがのんびりとお茶を飲んで待っています。
何も知らずにばぁちゃんに『ずいぶんといいみたいで安心した。寝てばっかりだとかえって疲れるから座ってお茶でも飲もう』と声をかけてお茶をしています。
その何も知らない呑気な姿に、さっきの先生の話が頭を駆け巡り腹が立ちます。何もしらないくせに、ばぁちゃんはしんどいんだから寝かせてやって欲しいのに…私は茶の間へ入らずに庭で思わず泣いていました。
親戚の人たちは何も知らないのだから仕方がない、そうは思っても私はこの親戚の叔母さん達が好きになれませんでした。事あるごとに親戚だと言う事だけで他人の家にずかずかと入り込み、いらない事をいっては波風をたてる。そのおかげで何度泣いたことか…
庭にいる私に義理姉が声をかけます。
『どうだったの?』
先生に言われて来た事を話すと義理姉も驚いていました。それでも親戚の手前があるからと中へ入るように言われました。
そして相談をして一番上のお姉さんに家に来てもらう事にしました。
やはり嫁よりは娘の方がいいだろうと…
そんな日々の中で健一が逢いに来る火曜日がもう次の日の迫っていました。
 そして健一は最後の日を迎えていました。
私は夕べの事が気になっていました。でも健一が後で話すと言っていたのでメールでもその事は聞きませんでした。
夕方、健一から
【今夜で最後だからって仲のいい人たちで送別会をしてくれるって言うから行ってくるよ。帰ったらメールしてみるけどきっと朝まで飲んでると思うから、先におやすみ言っておくね。おやすみまた明日ね。】
そんなメールでした。
辞めると決まってからいろいろあった様で心配していましたが、そんな中でも送別会をしてくれる人がいるんならよかった。そう安心して
【わかった。今夜は私も早く寝る。健ちゃんも最後だからってハメを外さない程度に楽しんで来てね。おやすみなさい】
そう返信をしました。
健一は元々、一旦、友達と遊びに出ると世程の用事がない限りメールも電話もありません。まわりに気を使わせたくないし、自分も遊んでいる時に他の友達がメールに夢中になられるとしらけるからと…その点は私もおなじだったのであまり気にする事は有りませんでした。
私もその日の晩はさくらと一緒に早く寝ました。
夜中に『トイレ』ってさくらが起きた時に携帯を確認しましたがやっぱりメールはありません。きっと楽しんでいるんだと私はまた眠りにつきました。
いつものように朝起きて娘を送って帰ってくるとようやく携帯が光っています。
健一からのメールのようです。
【夕べはメール出来なくてごめんね。帰って来たのは明るくなってからだった。これから埼玉に帰るから家に着いたらメールする。またあとで】
あらら、やっぱり朝まで飲んでたんだ。ほとんど寝てないみたいだね。でもこれも最後だしまぁ仕方ないかな?っていうか埼玉に帰ったらきっとまた毎日地元の友達と飲むんだろうな。それも仕方ないかな?そんな落ち着いた気持ちでいました。
このころのさくらは幼稚園では問題児で毎日のように問題?をおこしては先生に怒られていた様です。朝、送って行くと前日の事を報告を受けたり、夕方預かりに迎えに行くとお友達に聞いたりしていました。
担任の先生は『今日もいろいろとあって最後は物置きに入れて反省してもらいました。ですからそのことで家では叱らないで下さい。』そんな風に話してくれましたが…さくらの問題はもうこの時にはすでに始まっていたんです。でも私もまわりもまだ幼稚園の年中ということもあってたいして問題視していませんでした。
家ではひとりっこで我がまま放題、私が叱れば庇ってくれるばあちゃんもいます。それだけにどうしても自分勝手になっていまうようでした。
それでも私の中でどうして?なんで?とういう疑問符は常にあったように思います。お友達との協調性の無さ、集中力の無さ、我慢の無さ、どれも成長と治るものだとばかり思っていた事でした。
それでも挨拶だけはきちんと出来る子にとしつけていました。自分の中の子育て方針として絶対に立ったまま子供を怒らない、上からものを言わないと決めていました。だから何があってもどこにいても怒る時は子供の目線までしゃがんでと決めていました。そんな風にしていても…やはりどうしても上手く行かない時には手が出てしまう事もあって…毎日が反省の日々でした。
健一からは事あるごとに甘いと叱られてばかりでしたが…
私の仕事もそれなりに順調でした。忙しいけれどやりがいが有る仕事で…頑張った分だけ数字が上がるので努力がはっきりと見えました。
ただばぁちゃんの身体の事で気がかりな事が…毎月、病院へ行くのに私がついて行っていました。高血圧と心臓病、80歳を過ぎていますからそれくらいは当然なのかもしれませんが…普段パワフルな人だけにいったん寝込むと心配だし、本人も急に弱気になるのには困ってしまいました。
その心配が…現実になってしまう日が来てしまったのです。
 そして最後、電話をしていた。
長野のホテルに行くまで一週間は埼玉にいる事、もしも私の都合にあえば逢いに来たいと言われた。
断わる理由もないから休みを確認してOKした。
『じゃあ火曜日に行くね』
『何時頃に着く新幹線で来るの?』
『そうだな、9時前には着くかな?でも由実香は無理しなくていいからな。朝は忙しいだろうから』
そう言ってくれました。
『うん。お弁当も作りたいし、きっと9時過ぎるかな?さくらも普通に送って行きたいし』
『さくらの迎えは何時だっけ?』
『6時までだから…』
『じゃあ5時過ぎには戻らないとな』
『そうかな?夕方は市内は込むからね…せっかく来てくれるのにごめんね』
『なに謝ってんだ。そんなの初めからわかってて逢いにいくんだろ?泊まりはもうしないってふたりで決めたんだ。気にするな』
そうもう一緒には泊れない…さくらには会わせない。そう話し合って決めた。これからの多感な時期を何事もなく過ごすにはそれが一番いい。
健一はさくらを本当に大切に思ってくれていた。
その気持ちがわかるから…いつまでもこの状況がよくないって知っていからもう会わせないと決めたんだ。
『お弁当のリクエストは?』
『うーんいつものかな?あとはおにぎり!』
『あはは、本当にあの春まきが好きだね。他にはないの?』
『あとは任せるよ。由実香は料理もうまいからなんでも美味しいし』
『あららそこまで誉められたら頑張らないとね』
そんな会話のなか電話越しに大声が聞こえます。
『どうしたの?』
びっくりします。だって電話越しに聞こえるなんてかなりの大声のはずです。
でも健一はおどろいた様子もなく
『ちょっと待ってて』
そう言って電話口を離れます。
話声が聞こえて来ます。それも怒っているような声が…『ごめんね』
『ううんいいけど…どうしたの?』
気になって聞きますが…健一は
『うん…ちょっとね。今度行ったら話すから』
そうはぐらかされてしまいました。
そう言われるとそれ以上は聞く事が出来なくて…

『そう言えば…今日、社長に言われたんだけど…おっさんが俺がこっちに来る時にわざわざ[よろしく頼みます]って電話してたらしい。本当にお節介なんだ』
半分うれしそうに半分照れくさそうに話しています。
そうか…やっぱり向こうの社長さんは健一を心配なんだね。なんだか微笑ましく、強がって
『まったく…いい迷惑だっつーの』
そんな風に話す健一が可愛く思えました。
『健ちゃんのこと心配なんだよきっと。で電話とか来るの?』
『うん…忘れた頃にね。でも元気か?とか話してそんな事、一言も言わなかったんだよ』
『戻って来て欲しいんじゃないの?何も言われない?』
『そんな事はないだろ?そんな話はしないから』

そしてまた話をはぐらかされて…いつもの健一のペースになって行きます。
1時間が過ぎた頃、健一は最後のしごとの為にすこし仮眠をとることに…電話を切りました。
 その日から健一の仕事のことが気になって仕方がなかった。
私が心配してもどうにもならないことだとはわかっていても、やはり気になった。
健一もそれを知っているからメールで逐一、報告をしてくれていた。

そんな日が一週間が過ぎた頃
【仕事先決めたよ】とメールが入って来た。
仕事中でなければすぐにでも電話をして明細を聞きたかった。でもさすがに仕事中は電話はおろかメールを返す事も出来ない。受信を見るのが精一杯…
決めたんだ…どこにしたんだろう?今度が上手く行けばいいけど…そんな気持ちでした。今夜は電話する日じゃないけど…
夜、思い切ってメールをします。
【電話してもいい?】
すぐに電話がなります。少し眠そうな声で…
『ごめん、電話こっちからしようと思ってて…寝ちゃってた』
『ううん。寝てるところ起こしてごめん』
『仕事決めた。』
どきっとします。そこが知りたかったのに…なぜか
『昼間メールに書いてあったね。どこにしたの?』
『今日、長野のホテルで会いに来たんだ。それで話をして…俺にぜひ来て欲しいって言われて。話をしてみて俺も自分を試すのにやってみたいと思ったんだ。』
しばらく健一が話し続けます。
今日、長野のホテルの関係者が来て新規事業を起こす為にそのスタッフを探してる時に健一が職探しをしてるのを聞いた。それで健一にぜひ来て欲しいということだった。
でもその仕事は健一にとっては、はじめての仕事で未知の世界だった。それでも相手方の熱意にその仕事に挑戦してみようという気持ちになったと…
健一を選んだのはその事業の為に他から引き抜かれたはえぬきのベテランだった。どうしても健一を自分の部下に欲しいと…そこまで見込まれて健一自身も悪い気はしなかったのでろう。そこには7月の末、夏休み前には行くと話していた。

『そうか…長野か…でもきっとやりがいがあるよ。新しい仕事で大変かもしれないけど。』
『うん。不安がない訳じゃないけど…俺をここまで見込んでくれたんだから期待を裏切らないように頑張るよ』
『伊豆はいつ辞めるの?引っ越しは?』
『社長には話をした。今週末で辞める。その時に遅れてる分とそれまでの分の給料をもらう。一週間は埼玉ですごしてその後、長野に行くよ』
もうすっかり決めた様です。漠然と地図が頭に浮かびます。ちょうど日本の真ん中あたりになるのかな?でも行く場所は確か高原のリゾートホテルのはずだから今よりも地理的には不便になるのかな?そんな事を考えながら話をします。
健一自身も不安と期待が入り交じっているような感じをうけました。
『じゃあ引っ越しの準備で忙しいね。直接長野に送るの?』
『そうするつもりだよ。その方が経費掛からないし、向こうから明日か明後日には寮の連絡が来るからそれで送るよ』
『そこまで話が進んでるの?』
『そこまでっていうか、返事したからね。新規事業自体は9月から始まるけどそれまでは他の部署で働く事になってる。』

またしばらく健一は忙しい日々が続いた
が…夏休みシーズンに入るいう時に会社を辞めるとい事で快く思わない人たちも多く、この一週間は健一にとっては居心地のいいものではなかった。
寝ている真夜中に酔っ払って大声で部屋の前でどなりちらしたり、面と向かって嫌みをいう人間もいたらしい。人というのは難しいものだ。辞める事もそうだがそれよりも待遇が良く有名なホテルに引き抜かれる事への嫉妬もあったようだ。

そして最後の日を迎えた。
 またいつもの日々に戻って行った。
お互いに忙しく暑い日々を過ごして…
私も仕事と家事と育児とと自分なりに頑張っていた。
健一も頑張ってる私もやる事だけはきちんとやらないと…そんな気持ちだった。
さくらもようやく幼稚園に慣れて、私も仕事が楽しくなって来ていた。持ち場をかわり、今までとは違う担当を持った。それまでの仕事よりも責任が重く、それでもやりがいがあると感じていた。
休みは時間が空けば気晴らしにパチンコへも行っていた。

そんな中でやっぱり予想をしていた事は起きた…
それは健一の電話での一言…
『出なかった…』
それを聞いた瞬間にやはりそうなってしまったか…そんな思い
『どうするの?』
『明日、社長に直接話して来る』
『直接って…なんて言うの?』
『いや。遅れたら辞めるって言うのは入った時から言ってあるんだし…そのこと話して辞めるよ』
ちょっと待って…いくら何でも早急すぎる。思わず
『いくらなんでも早いよ辞めるのは…明日には出るかもしれないし…』
『いや明日でも出ないよきっと。今日、他の連中に聞いたら何ヶ月も遅れてる人もいるらしい…それも一括にもらえなくて月2回に分けてとか…そんなところにいられるか!』
他の人たちの話を聞いてかなり怒っている?いや焦っているように感じました。
『落ち着いて…』
『落ち着いてるよ。でも由実香もわかってるだろ?遅れられないんだよ。借金は何があってもさ』
『それはわかってるよ…ばぁちゃんには?連絡した?』
『うん。さっき気にするなって言ってくれたけど…気にするよ』健一の声のトーンが上がったり下がったりしています。予期していた事とはいえかなり焦っているのでしょう。
『車を売った分は?どうしたの?』
『引っ越しやなんかで使って、残りは元金少しでも減らしたくて一括で払ったから…こんな事なら少しは手元に残すんだった。』
そうか…でもお金のことは私にもどうする事も出来ない…
『じゃあ仕事も早く決めないとまずいよね?』
『うん。昨日ちょっと行って来たところがあるんだ…かなり好感触だった。あともう一件実は話があってもしかしたら話次第ではこっちにするかもしれない…ただ…』
そういうと少し黙って
『今よりも遠くなるんだ…でも昨日、いったところはここのすぐ近くなんだよ』
健一は遠くなってしまうそこが気になっていたようです。
でもそこは私にはあまり関係がありませんでした。
『遠くなっても気にしないよ。だから健ちゃんがいいと思うところにして欲しい。あとで後悔をしないように…』
『わかってるよ。』

そして次の日、メールが来ました。
【やっぱりだめだ…今月の半ばで辞める。そう話して来た。社長も困っていたけど始めからの約束だからって言って】
仕事の最中にメールが来たので返事がかけません。
夜メールを返信するまでずっと考えていました。けれどこの間逢った時に健一の思う通りにさせてあげようと決めていたので自分で思うよりも冷静でいられました。
【話をきちんと決めたんだね。じゃあ早く仕事決めないとね。今度こそいいところに決まって長くいい仕事はできればいいね】そう返事を返しました。