からたきの峰(3)

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からたきの峰(3)


背を向けてにげる、死んだふりをする、丸くうずくまる、などはもってのほか。ここは覚悟を決めて、正面から、かなわないまでも死に物狂いで抵抗することを決した。

急速に近づいてきた熊にびびり、わずかに木を右に回った。木の周りをグルグル回って逃げるとの思いが働いた。だが、熊のスピードからは逃げられないであろう。


第一、斜面に立つ木であり、これはでは私は下に行くことになり、小熊側にも近づくことになり、熊が私を追うと上から飛び掛かられることになる。

これだと熊の攻撃を上から受けることになり、熊の全体重を受けることになる。木の影から左に出て、真正面から対峙することとした。かっこ良く言えば「さー、かかってこい」である。


そして、正面から熊の第一撃を受けた。このときに、傷を負ったかは定かではない。私の方が高い位置にいあたからである。

熊は下から駆け上がってきて、私に体当たり、私は転ぶ。熊は覆いかぶさろうとする。


私は必死でアリキックを熊の頭を狙って二回くらい放った。ほんの少しだけ熊の攻撃をおさえたものと思いたい。

アイゼンでも着けていれば、少しは効果があっただろう。しかし熊はずり上がってきて、大きく口を開け、鋭い牙を見せた。もはや、アリキックは使えない。


このまま押さえ込まれて、首を噛まれることを最も恐れた。

熊の左前足が私の右頬にパンチを入れた。覆いかぶさった体制からのものであり、横殴りの大きなパンチにはならなかったようである。

ノックアウトになるほどの強さではなく、意識ははっきりとしていたし、痛みも感じなかった。倒れた姿勢が斜面の上側に頭があり、熊の全体重を受けなかったことが幸いしたのかも知れない、と思う。


熊は左前足で私を抱え込み、顔付近に食らいつこうとしていたようだ。

大きく開けた口に鋭い牙が見えた。これはやられると思った。



熊の顔は目の前、のしかかられ、足は使えないので、無意識的に防護のため左手を上げたのであろう。熊がそのまま左手首に噛み付いた。これはガツンとショックがあった。同時に最大の恐怖が襲った。次に顔から首筋か、これで俺の山行きも、命も終わりかと思った。

熊に襲われてる間中唯一の武器である大声で叫んでいた。


大声なら熊にだって負けない。

もどれー、くるなー、このやろうーなどは憶えている。その他、絶叫交じりの数々が出ていたであろう。山菜採りが熊に襲われ大怪我をしたという記事は時々目にしていたが、登山者が襲われたニュースはあまりない。それだけ準備をして山に入っているのだろう。


私は何の対応もしていなかった。

まさか私がその当事者になろうとは、思いもよらなかった。が、これが現実となった。登山者数と比較して、確立からいえば宝くじに当たるようなものであろう。


左手首をガツンと噛んだ後、熊は私に背を向け、帰りも早がけで、出てきた笹薮に消えた。これで「助かった」と思った。私が撃退したわけではない。熊のほうが身を引いてくれたのである。さらに攻撃が続けば、おそらく助からなかったであろう。


熊の攻撃は1分以内、いや30秒以内、いや15秒くらいだったと思う。熊が去ったあとで最初に目に入ったのは、左手の手の平側である。

血の気が引いた。裂け、深く牙が入った穴が開いており、中が見えた。手首から吹き出した血がズボンの左側を真っ赤にしていた。


右足のももあたりも傷を負っているようだが、歩くには支障はないようである。

更に右上腕部にも傷を負ったようだ。右頬からも血が滴っているのが分かるが状態を確かめることも出来ない。


新たな恐怖が生じた。失血して意識を失う、下山できず死に至る。である。あるかも知れない熊の第二攻撃も怖いが、手首の止血もやらねばならない。しゃがんでザックからタオルを取り出し手首に強く巻いた。


その時、血のついた時計を外し、右ポケットに入れた。引き上げようとしたが、メガネがない。見つけたメガネは右のレンズが外れ、フレームはひしゃげていた。レンズなんかどうでも良い。

壊れたフレームをザックに入れた。絶対入れたはずだが、帰ってからザックを開けても、中にフレームは入っていなかった。

かなり動転していたようだ。



熊に襲われ敗退、からたきの峰(4)に続きます。



the summit of a mountain (山のてっぺん)

消えてしまったホームページより何回かに分けて載せることにしました。


☆「からたきの峰の熊に襲われ敗退」の体験や文章は「山のてっぺんさん」です。

私はただ記事をブログに載せただけです。(murasakiより)





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